NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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決意ですが、何か? 後編

 佐藤視点

 

 「……」 

 

 俺は背景のブースでただ無心になって手を動かす。

 

 あの感じ、葉月さんが自棄になって遠山に何か言ったか。

 あるいはこの間の会話を聞かれていたか。

 マジでいよいよ潮時かもしれん。

 今度こそ遠山に俺の気持ちがバレてしまえば、もうこの会社にいられるかも怪しくなる。開発が始まるまでまだ猶予はある。辞めるなら今がチャンスなのだ。

 だが、遠山をあのままにしておくわけにも。

 

 「佐藤さん。またりんさんのことで悩んでるんですか? 私でよければ話してください」

 

 「わかるか?」

 

 「わかりますよ。だって」

 

 俺の真下、足元にいる涼風は言う。

 

 「こんな素敵な髪型にしてくれるなんて、いつものいじめにキレがないです」

 

 「…キレ、か」

 

 俺はブラシと櫛を持って、ひたすら涼風の髪を弄っていた。

 今回はシニヨンヘア。セイバー結びと言えば通りはよいだろう。

 仮留めのをポニーテール作り、山形になるようにハーフアップにする。それより下の余った髪でミツアミを作る。このときにハーフアップにした髪を取りすぎないようにするのがコツだ。そうすることによって、後ろ髪の内側にミツアミができるようになる。

 仮留めのポニーテールをほどいて、ミツアミの根元が隠れるポイントで結い直す。

 新しくできたポニーテールをお団子にして、ヘアゴムで固定する。そしてリボンで飾り付け。

 仕上げに最初に作ったミツアミをお団子に巻き付けてヘアピンで留めれば完成だ。

 2本の長いミツアミは、あえてそのまま流すことにした。自分的には邪道なのだが、涼風には好評のようだ。

 

 「なるほど。そういうことだったんですね」

 

 すでに俺に気持ちを知っている涼風にまで隠す必要は無いと感じた俺は、事のあらましを伝えることにした。

 だが、正直これに関してはどうでもいい。問題は、今の遠山がおかしくなったのをなんとかすること、それと、この三角関係の終着点についてだ。

 それについて、涼風は何か思い当たることがある様子だった。

 

 「私、思うんですけどね。こういうのって、具体的に期限を設けた方がいいんじゃないかなって」

 

 「期限?」

 

 「はい。佐藤さんは7年間も片思いしてたわけですよね。要は、それだけ時間があるからいつでもできるかという甘えがあったんじゃないかなって」

 

 「……甘え」

 

 「だから、期限とかなんらかの制約を加えて自分を追い詰めてみるんです」

 

 「なるほど」

 

 かなり的を射た答えが返ってきた。

 言われてみれば確かにそうか。いつでもそばにいられて、十分な時間があるから手を抜いてしまう。だから、問題を先延ばしにしてしまうと彼女は言いたいのだ。

 それを払拭すれば、俺もこの状況を打破できると。

 

 「私も、実は目標があるんですけど、ただ漠然と頑張るだけじゃダメなんだと思い知りまして」

 

 「それは、キャラデザじゃないのか?」

 

 「はい。敦さんのことなんです」

 

 ある意味意外な人物が出てきた。涼風にとって一番のあこがれは八神のはずだ。ならば八神に追いつくと言うのが目標かと思えたのだが。

 

 「私、敦さんに約束したんです。いつか、敦さんが自分の仕事を楽しいって、誇らしいって思えるようにって」

 

 涼風の目はまっすぐだった。それだけ、彼女の言の葉の重みがあるのが伝わる。

 思えばそう可笑しい話では無い。敦さんは涼風がキャラ班に入ると同時に合流してきた。それ以来、なにかとアドバイスを受けていた。きっとそれでなにか感じるところがあったのだろう。

 しかし、涼風の表情はすぐに崩れた。

 

 「でも具体的に何をすればいいかわからないんです…」

 

 「ふむ」

 

 「すみません。相談に乗るとか言って、こんなこと話して」

 

 「気にするな」

 

 実際、涼風にとってこの半年間は自分の仕事を覚えるだけで精一杯だったはずだ。仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、そう言って先延ばしにした状況が今なのだ。 

 本人も焦る気持ちもわかる。せっかく相談に乗ってくれたよしみだ。多少は堪えてやりたいのだが。俺にも見当が付かない。敦さんのこと。俺もよく知らないんだよな。

 

 「あの、ところで佐藤さん」

 

 「なんだ?」

 

 「これどうやって解くんですか?」

 

 「……」

 

 さて、光明も見えてきたことだし、景気づけにタバコでも吸ってくるか。

 

 「あの、佐藤さん? ねぇ! 佐藤さん!? ちょっと!!」

 

 ●

 

 りん視点

 

 午後の休憩の合間、また佐藤君に髪の毛を弄られた青葉ちゃんに、はじめちゃんはキラキラとした目で西洋の剣を渡していた。

 

 「青葉ちゃん、青葉ちゃん! これ! これ持って!」

 

 「は、はい」

 

 「それで、このセリフ読み上げながら剣振ってみて!」

 

 「えっと」

 

 渡されたカンペを見た青葉ちゃんは、誰もいない方に身体を向けると、ゆっくりと剣を構える。そして、

 

 「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。受けるが良い! エクス、カリバー!」

 

 と、有名なアニメのキャラクターの必殺技を再現していた。確かに青葉ちゃんの髪の毛は今、そのキャラクターと同じ髪型。

 とても似合っている。でも、ある意味では佐藤君らしくない。きっとこの前の葉月さんのことを気にしているのだろう。

 

 「……」

 

 私はずっと気になっていた彼の方に視線を向けてしまう。そして、声をかけたいのに何を話せば良いのかわからず目を反らす。それを何度も繰り返してしまっている。

 佐藤君は真面目に、ただ黙々と作業を進めている。なのに自分は全然集中できていない。こんなところ、他の皆に見せたくない。

 社員旅行が終わればすぐに開発が始まる。こんな調子じゃ皆の足を引っ張ってしまう。

 居たたまれなくなった私は、外の空気を吸いたくて屋上に向かった。

 

 「…私が悩んでも、仕方の無いことなのよね」

 

 屋上で一人、11月の冷たい風が頬を伝う。でも、私の気持ちは全く晴れない。寧ろその冷たさが余計に心を締め付けるようにすら感じた。

 

 どうして悩んでいるのかしら?

 私は、佐藤君が誰か好きな人と幸せになれるように応援して……

 

 「誰か、好きな人と……」

 

 私の中で、佐藤君の隣に誰か素敵な女の人がいる。その光景が浮かぶ。

 

 「いっ…」

 

 「りん――」

 

 その時、私は何故かそれを見たくなかった。想像したくなかった。理由は分からない。ただ、佐藤君がどこか遠くに行ってしまうと思うのを、脳が、心が拒否してしまう。

 

 「嫌っ!」

 

 「すみません、遠山さん」

 

 反射的に頭を抱え、声を上げた直後に気付く。

 この低い声は佐藤君の声。

 振り返ると、扉の影にこじんまりと身を潜めている佐藤君が、眉毛を八の字にしてこちらを覗いていた。

 背が高いはずの彼が、どこか小人のように見えてしまう。

 

 「え? ぁ、ちがっ…色々違うのっ! ど、どどどどうしたの!?」

 

 身振り手振りで必死に誤解を解く。どうやら、佐藤君は自分が声をかけたのを拒絶させたと思っているようだ。

 そんなことはない。それが伝わってくれたのか、佐藤君はゆっくりと扉の影から姿を現す。

 

 「…お前、やっぱりちょっと変だよな?」

 

 「……」

 

 彼の問いに、私は沈黙で答える。

 あぁ、やっぱり気付かれていた。

 あんなに動揺していたら、佐藤君も流石に分かるよね。コウちゃんにも気付かれていたし。

 これ以上、誤魔化すのは彼に失礼だ。私は自分が耳にしたことを正直に話すことにした。

 

 「そうか。葉月さんとの話、聞いてたのか」

 

 「ごめんね。『好きですが、何か?』辺りから」

 

 「……(また絶妙のタイミングだな)」

 

 何故か佐藤君の顔が妙な曇り方をする。確かに、私も話の途中から聞いてしまったから文脈が滅茶苦茶で話が全然分からない。

 自分がどうしたいのか、佐藤君にどうなって欲しいのか、それらが全然整理できていない。

 

 「で、でもね。前みたいに葉月さんが好きなの? って思っちゃったわけじゃなくて…なんかこう、頭がごちゃごちゃになって」

 

 「…なんか、すまないな。俺がはっきり言わないせいで」

 

 「そ、そんなことないわ! 私ね、佐藤君には幸せになって欲しいと思っているの…友達だから」

 

 「……」

 

 「だから、頑張って…佐藤君」

 

 そうこれでいい。

 自分の気持ちはまだわからないけれど、それで佐藤君の気持ちを縛り付ける訳にはいかない。佐藤君が頑張っているのは知っている。だから彼は絶対に幸せになるべきだ。

 7年間。ずっと見てきたのだから。

 でもなんでだろう。どうして、こんなに不安げな言い方をしてしまうのかな?

 

 「…あぁ、いい加減、俺もケリをつけたいと思っていたんだ」

 

 頑張る。と、そう言うと、私の方へ一歩踏み出して見せた。

 俯いていた私はゆっくりと佐藤君の顔を見る。まっすぐで迷いの無い黄色い瞳。

 それは、彼が何か決意を固めたことを物語っていた。

 

 「…で、今度の開発が終わるまでに、ダメだったらスッパリと、会社辞める」

 

 「っ!? な、なんで? 会社関係ない…」

 

 佐藤君の言葉に耳を疑う。

 そこまでする必要なんて無いのに!

 でも、彼の目は真剣だった。私の目をジッと見つめていた。

 

 「…まぁ、なんというか、具体的に期限とか制約を加えて、自分を追い詰めて頑張ろうという……決意の表れのような」

 

 「そう…なのね」

 

 でもすぐに目を反らす。

 多分、自分でもまだ考えがまとまっていないのだろう。

 だけど、彼の言葉から説得力がなくなることはなかった。

 きっと本気だ。

 考えてみれば可笑しい話じゃ無い。恋愛だってとても大事なコトだ。だって、将来、その人とずっと一緒にいるかもしれないのだから。

 佐藤君がそこまで真剣なのは伝わってくる。

 私、私は…っ!

 

 「あ、あのっ! 頑張ってね!」

 

 そうだ。彼が決めた以上、私ができるのは応援だけだ。

 私の個人的なわがままで彼の覚悟は踏みにじることはできない。

 だからこれでいい。自分の胸の中にある気持ちよりも、佐藤君の決意の方が大事なのだから。

 

 「あぁ、頑張る」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「…わ、私に何かできることある?」

 

 「いや、俺が勝手に頑張るだけだから、いつも通りでいい」

 

 「そう? いつも通りね。わ、わかったわ。えっと、じゃあ、ほ、ほんじつーはおひるが」

 

 「いつも通り、八神の愚痴でも聞かせてくれ」

 

 「え、いいの? それで」

 

 「あぁ、それでいい。いや、それがいいんだ」

 

 そう言うと、佐藤君は笑ってくれた。

 ちょっとだけ口角が揺るんで、目尻と眉毛がわずかに柔らかい。7年間ずっと見てきた彼の笑顔。今までで、一番優しい笑顔だった。

 それを見ると私の心の中に絡まっていたモヤモヤがほどけるていく。

 つられて私も笑顔になった。

 ●

 

 佐藤視点

 

 「あ、佐藤さん。りんさん元気出してくれましたよっ」

 

 持ち場に戻ってきた俺を見つけた涼風は、開口一番に話しかけてきた。どうやら、遠山はさっきの八神の愚痴を話したおかげもあってかある程度気が晴れたようだった。

 これで、なんとか一段落。一番社交的な彼女が明るくなったおかげか社内の雰囲気もどこか暖かさを感じる。

 

 「まぁあれだ。お前のアドバイス通り、自分を追い詰めて頑張ってみるよ」

 

 「そうだったんですね! ならよかったです」

 

 今回のMVPは涼風だ。実際、俺が一歩踏み出せたのは彼女のおかげだ。何か礼でもしれやらんと、と考えているとあることを思い出した。

 

 「あぁそうだ。敦さんの事で俺も一つ思い出したことがある」

 

 「え?」

 

 俺の悩みを聞いてくれたのだ、涼風の悩みの解決の糸口ぐらいは教えておいても損はないだろう。

 

 「敦さんってさ、『働きたくない』ってのが口癖なんだ。でもな、最近は言ってないんだよ」

 

 「…言われてみれば、聞いたこと無いです。敦さんからその言葉」

 

 「それな、お前が入社した頃からなんだ。社内でも結構噂になってる」

 

 「そうだったんですか!?」

 

 涼風の顔が驚きと感動の両方が混じった顔つきになる。それはつまり、涼風の存在が、少なからず敦さんに変化を与えていたことの証明なのだから。

 

 「お前がどうすればいいかまではわからんが、ヒントくらいにはなるんじゃないのか?」

 

 「はいっ! ありがとうございます!」

 

 「あ、あとこれもお礼だ」

 

 「?」

 

 俺は嬉しそうにお辞儀をした直後の涼風の頭を、俺は掴んだ。

 

 さて、こんなもんだろう。

 ほどきたがっていた彼女のシニオンヘアを別の髪型に変えてやった。

 涼風の脳天には見事な鶴が羽ばたいている。

 うん、我ながら改心のできた。

 

 「いじめのキレが戻りましたぁ……」

 

 ●

 

 さて、今日は定時で帰るか。

 パソコンの電源を閉じた俺は、帰り支度に取りかかる。他のチームのヘルプ故、そこまで本腰を入れる必要も無いからだ。

 開発が始まればそうも言っていられない。実際、この開発までに遠山をなんとかすると決めたが、このまずかな暇だけでも楽しんでおくことにしよう。

 

 「さ・と・う・く~ん♥」

 

 と、思いがけた時、花男さんが背景班のブースに顔を出してきた。随分と上機嫌なご様子で。

 

 「聞いたわよ。君もようやく本気でりんちゃん攻略にとりかかるのね」

 

 全く、どこで聞きつけたんだこの人。

 

 「そうよね。現実問題、もっと本気を出すべきだったわよね? これでまた面白――じゃなかったわ、楽しそうな事になるわね」

 

 おい、今、面白そうって言いかけたの聞き逃してないからな。

 だが、花男さんはトークは止まらない。身体をくねくねとひねらせて、満面の笑みで俺に迫ってくる。

 

 「あーもう本音が隠せないわ。私も積極的に、佐藤君が動けるよう協力するわ。甘やかさないから、そのつもりでね♥」

 

 「花男さん」

 

 「ん? なぁに?」

 

 「薬って、水より湯冷ましで飲んだほうが飲みやすくね?」

 

 「現実逃避するな」

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