NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
ゆん視点
「は~、極楽、極楽」
夜、はじめと一緒に初体験のスキーを楽しんだ私は、温泉に浸かって、雪山で冷えた身体を暖めていた。
最初はまったく滑れへんかったけど、コツを掴むと案外楽しめるもんやな。青葉ちゃんもひふみ先輩とリフト降りられてたし。
件の二人はというと、なんか、二人で話している。随分と真剣な雰囲気だから、私は少し離れたところで湯船に浸かっていた。
「ゆん、おっさんみたいだよ」
「なんやて!」
後ろを振り返ると、そこには私の悪友のはじめの姿があった。
はじめにはいつも揶揄われている気がするわ。
まぁ、ええんやけど。
隣り合って湯船に浸かりながら、いつもの調子で言い合っていると、脱衣所を遮る戸が開く音がする。
「おや、先客かい。相変わらず二人とも可愛いね。携帯を持ち込めないのが惜しいよ」
バスタオルで髪を結んでいたから一瞬誰かと思ったが、特徴的な眼鏡ですぐにわかった。
葉月さんや。
いつものボリュームのある灰色のウェーブがかった髪が結んであったから気がつかなかった。相変わらず綺麗な人や。普段の変態的な言動がなければ、普通に美人の部類に入る。
「あ! 葉月さん、お疲れ様です!」
はじめは葉月さんを見ると、いつもの調子で挨拶をかます。私もうるさくならないように会釈して。
なんか、はじめと葉月さんは最近よく話している気がする。前の面談とか企画書を出したとか話してたような。
ようやるわ。そんなん作ったって通る訳ないのに。
「隣良いかな?」
「はいっ」
葉月さんはお湯で身体を軽く流したあと、私達と同じ湯船に浸かる。それも、すぐ隣。
「……」
うっ……大きい。
はじめもとてつもないほど大きいけれど、葉月さんもそこそこある。
二人が隣で並んでいるのを横から見ていると、さながら昼間滑った雪山を彷彿させるほどだ。
まさに、山脈。
それに比べて私は……思わず両手で掬ってしまった。
手の平に乗るくらいの量しか無い……。
「ゆん?どうしたの?」
「なんでもあらへん!」
変に悟られないように気丈に振る舞うが、あることを思い出してしまった。
それは、敦さんと葉月さんの関係。
二人はかつて恋人同士だった。
それは、学生同士のようなアソビなどでは無い大人の関係。つまり、恋人として行う行為を最後までしているということを意味している。
敦さんは、かつて葉月さんの…その、はじめに匹敵するほどのモノをーー
「?」
あ、あかん!
葉月さんと目が合ってしもうた。さっきまで胸元見ていたのがバレてまう!
恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「あ、あの、私、もうあがりますねっ!」
「ちょ、ゆん!?」
逃げるように湯船からあがり、温泉を出る。女将さんが用意してくれた浴衣を着て、脱衣所を出た。
だけど私はそのまま大部屋に戻ることはできなかった。またはじめや葉月さんに遭遇してしまったら、今度こそ言い訳ができひん。
さまようように旅館の中を歩いていると、私は足を止めてしまった。
なぜなら、
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛~」
ロビーの方角から聞こえた聞いたことの無い男性の声。
それが、尋常じゃ無い声量だが、どこか力が抜けていくような声。
何事やと重い、私は恐る恐る、その方へ足を運ぶ。
うめき声が支配する薄暗くて不気味な通路を進むと、開けた場所に出る。
そこには、一つ。のれんが立て掛けられていた。隣に立っていた看板にはあん摩と書かれている。
「…マッサージ?」
確かに、温泉の醍醐味の一つや。うちも昨日受けたけど気持ち良かった。とはいえ、こないな声は出なかった。
この声の主は誰なのか?
興味本位で中の様子を伺うことにした。こんな声を出せるほど身体にガタが来ている人間なんて存在するのやろうか。
やがて、声が収まっていく。どうやら、施術が終わったらしい。
足音がどんどん近くなり、かけられていたのれんが翻った。
奥から出てきたのは……
「ふぅ…、ようやくマシになった」
「!?」
浴衣姿の敦さんだった。
今朝はスキーには行かないと佐藤さん達と話していたのは聞いていたが、まさか、温泉とマッサージだけでこの一日を費やしたのかと言わんばかりの風貌だ。
旅館でゆっくり休んだからなのか、マッサージの効果なのか、いつもの目のクマやむくみが完全に消えている。ゲーム展や有給の時に見せてくれたハンサムな顔。
あの時はある程度覚悟してたからまだ耐えられたけど、今は違う。
心臓がドキドキして、頭が沸騰してしまいそうだ。
「ん?」
敦さんもこちらに気づいたようで、私に声をかける。
「飯島か。なんだ、お前も受けに来たのか?」
「ちゃいますよ。ちょっと散歩してたらたまたまここを見つけたんです」
「そうかい……」
相変わらず私を見ると、少し距離を置くような態度を取る。この前の夜以来、私が苦手になっているみたい。確かに、ビンタしたのは悪いと思っているけれど、あれはもうチャラってことになったはずやのに。
何を気にしているのだろう。
でも、あれだけひどい状態だった身体が見違えるほど綺麗になっている。温泉の効能の成果、肌も艶が出ている。
「……」
「……」
「んじゃ、俺はもうひとっ風呂浴びてくるよ」
敦さんは、しばらく私を観察してから、避けるような態度を崩さないままその場を去っていった。
「……」
何も無い踊り場で一人残された私は周囲を見渡す。
「………………はぁ~、死ぬかと思ったぁ」
誰もいないことを確認してから、その場に膝をつく。緊張のあまり立つことすらできない。
いやほんま心臓に悪いわ。まさか、敦さんに、しかも綺麗な方と遭遇してしまうなんて思ってもいなかったからだ。
まだ心臓の音が脳まで響く。元々体温が高くなっていたせいか汗もヒドい。敦さんがいるときはまだなんとかなったけど、今は全身から滝の余蘊流れている。これじゃあ温泉に入ったばかりなのに、これじゃあ意味があらへん。
「……うちももう一辺入ろうか」
このままじゃ寝苦しいに決まっとる。とはいえ、さっきの温泉に戻ればまだはじめと葉月さんがいるかもしれない。
はじめの性格や。葉月さんと長話している可能性がある。
鉢合わせてしまうのは避けたい。
「あ…・」
と旅館の散策を再開していると、また開けた場所に出た。またのれんが下げられている。それには湯と書かれていた。
あ、そう言えば、まだここの温泉には入ってない。
ええ機会やし入ろうか。
他の人もおるかもしれへんけれど、はじめと葉月さんじゃなければこの際なんでもええわ。
のれんを潜って通路を進むと脱衣所に出た。そこもさっきの同じく薄暗くて不気味な雰囲気がある。
「……誰もおらんな」
意外にも、脱衣所には誰もいなかった。拍子抜けしたけどまぁええわ。
服を脱いで、タオルを持って浴場への扉を開ける。
「おおぉ……」
思わず感嘆の声が出てしまった。
私の視界に広がったのは広々とした露天風呂。それも、かなりの広さがある。
空に映える満天の星空の下、大自然と一体化したかのような解放感のある景色が広がっている。
眼前に広がる濃い湯気が夜空をより際立たせていた。
「すごいなぁ……」
早速、洗い場に行って身体を洗う。
この場所を貸し切りで楽しめるというのだ。心が躍らないはずがない。
ゆっくりと肩まで浸かりながら星空を眺めていると、今日一日の疲れが取れていく気がする。
大きく息を吐くと、身体から力が抜けていきそうになる。先ほどまでの動悸もウソみたいや。
「「は~、極楽、極楽」」
なぜか、声が揃った。
誰かおるのかと思い、顔を上げると、隣には
「…ん?」
「…え?」
敦さんがいた。
「なんだ飯島か」
「敦さんですか」
「……」
「……」
「「!?」」
二人同時に驚いてしまった。慌ててお互い顔を背ける。
な、なっ、ななななんやこの状況!
いるはずが無い場所に、彼がいた。さっき、踊り場で出会った綺麗な顔で。
しかも、お互い裸のまま。身にまとっているのはタオルのみ。
な、なんでこんなコトに!
「なんでお前がここに」
「それはこっちのセリフです!」
私はパニックになる思考を必死に整理させる。落ち着け私、こんな時こそ冷静になるんや。
まずは状況を把握せぇへんと。今この瞬間において一番気になることは何や?
決まっている。
敦さんのことだ。彼はなぜここに来たんだろう。それは温泉に浸かるためだ。でもなんでここにいるのか。
ここは女湯じゃないという可能性しか。
「…」
「…」
「「…まさか」」
今度は二人の言葉が一致した。
そして、そのまさかだった。
「こ、ここ…混浴ですか?」
「ああ、考えたくないがな」
最悪や。
最悪の状況や。
「「……」」
沈黙が痛い。
「すまん」
先に口を開いたのは敦さんの方だった。
「いや、俺の配慮が足らなかった。まさか混浴だとは思わなかったんだ」
そう言い訳しながら頭を下げる。こういう時、すぐ謝るのは彼の癖。風邪を引いてお見舞いに行ったときもそうだった。
しかし、今の私にとって彼の謝罪などどうでもいいことだった。
それよりも、問題なのは……。
ちらりと横目で彼を見る。
そこには一糸纏わぬ姿の敦さんがいる。
彼が風邪をひいたときに見た枯れた身体。
それがすぐ隣。お互い裸同然の格好で、無防備に晒されている。それだけじゃない。
いつもはだらけているのに、こうして真面目に謝っているときの表情。普段とのギャップに胸が高鳴ってしまう。
「……あ、あの」
「なんだ?」
「……あまり見ないでください」
「わ、悪い」
私のお願いに素直に応じてくれた。
「……」
「……」
あかん、ドキドキしてきた。今まで意識していなかったのに、急に見てはいけないものを見てしまった気分になってしまう。
「あ! ここ広いですね!」
「そうだね、まだこんな場所があったなんてね」
「「!?」」
聞いたことがある声が、露天風呂に響いた。
それは、先ほどまで共に湯に浸かっていたはじめと葉月さんの声だった!
う、ウソやろ!
なんでこのタイミングで!?
こんなところで敦さんと一緒にいるところなんて見られたら絶対に誤解されてしまう。というか、会社にもいられへん!
「おい、隠れるぞ」
それは敦さんも同じようだ。幸い、まだ二人は気がついていない。周囲の湯気が、私達を隠しているようだった。私たちは急いで岩陰に隠れて身を潜める。
「な、なんで一緒のとこに隠れるんですか!?」
「仕方ないだろここしか無いんだから!」
見つからないようにお互い小声で言い合う。
「もうちょっと向こう行ってくれません?」
「無理言うな! これ以上動いたら見つかるだろうが!」
「じゃあ、もっと離れて下さいよ!」
「お前こそ離れろって! くっつくな!」
「敦さんこそ!」
「つーか、お前は見つかっても大丈夫だろ!」
「嫌です!」
「何でだよ!?」
嫌なもんは嫌なんです。私も二人から逃げてここに来てもうたんです。
ここでまた遭遇したら、さっきのことを聞かれるに決まってる。私に誤魔化せる自信なんて無い。
「ふぅ~、やっぱり露天はいいですねぇ」
「伸びをするはじめくんも可愛いよ」
言い合っている私達にはまだ気がついていないのか、はじめと葉月さんはのんきに談笑を続けていた。
「そう言えば、ゲーム展の時に敦さんの同期って人にあったんですけど、葉月さんと敦さんって付き合ってたんですね」
「!?」
その場に葉月さんと自分しかいないと思い込んでいるのか、随分踏み込んだことを聞いている。そんなこと、ディレクターである葉月さんに聞くなんて、はじめの心臓は何で出来とるんや。
図々しいにもほどがあるやろ。あの時も、敦さんに逃げられて何も聞けなかったし。
「あぁ、流石にバレちゃったか。まぁ、いつまでも隠せるモノでもないか」
「…」
葉月さんは照れるわけでも、否定するわけでも無く、ただ事実を認めた。
その言葉に、どこか自分の胸が鋭利なモノで抉られるような感覚になった。
「敦さんとはいつ頃からお付き合いを?」
「それは秘密だよ。私はあくまで永遠の20歳なんだから」
はぐらかすような言い方だったが、きっと入社当時からだろう。敦さんが入社した時にはすでに一緒に働いていたはずだし。
「またいつものヤツですか。じゃあ、付き合ってた頃はなにしてたんですか?」
「…そうだねぇ」
葉月さんの声に肩が震えた。
いや…やめて。
聞きたくない。敦さんが他の女の人と一緒にいた話なんて。
耳を塞ぎたいのを我慢して必死に堪えた。だって、すぐそこに彼がいるのだから。
そんなところ見せたくない。
でも、彼女の口から決定的な言葉が出るのは時間の問題だった。
そして……。
「手を繋ぐぐらいかな」
「えぇ!?」
「嘘だけど」
「ちょ、勘弁して下さいよぉ」
「ごめんね、はじめ君をからかうのが楽しくて」
「……」
私は、安心なんてできなかった。
それは、ある意味では本当に恋人だったことの裏返しだ。
だって、葉月さんは敦さんとの関係そのものを否定していない。自分の年齢を誤魔化しているだけ。
本当にかつて二人は愛し合っていたというなりよりもの証拠だった。
「それじゃあ、少し早いけどそろそろあがろうか」
「はい!」
はじめと葉月さんは二度目からか早めに湯船から出て、露天風呂から消えていった。
「……」
また、私と敦さんしかいない空間にもどる。
「……」
「……」
気まずい沈黙が続く。
あんな話を聞かなければ、もう少し浸かっていたかった。
なんで、どうして、よりによってこんな時に聞いてしまうんよ。
彼の過去に嫉妬しても意味がないのに。
そんなことを思う自分が嫌になる。
「……ん?」
先に口を開いたのは彼の方だった。
「なんで泣いてるんだよ?」
言われて目元に手を当てると涙が出ていた。慌ててそれを拭いながら誤魔化す。
「な、なんでもないですよ。目にゴミが入っただけですって」
「ほんとか?」
「ホンマですってば!」
彼は心配そうな顔をしながら私の方に近づいてくる。
もう、これ以上来ないでほしいのに! 今、彼に近づいたら、抑えている感情が爆発してしまいそうになる。
もう、やめてほしいのに! なのに、彼は止まらない。
そして、目の前まで来たところで足を止める。
「本当に大丈夫なのか? ならいいんだけど」
そう言って私から離れていく。
離れていけばいくほど、心が落ち着く。
安心しているはずなのに、胸の奥に穴が空いたように寂しさを感じる。
矛盾だらけの気持ちに心がぐちゃぐちゃになった。
「まぁ、大丈夫ならいい。俺はもう上がる。お前も早いうちに上がれよ? 他の男の客が来るかもしれん」
「…はい」
そう言うと、敦さんは身体をゆっくりと起こして温泉から上がる。
「……」
最後に残されたのは私一人。誰もいない露天風呂に私だけ。
さっきまでの賑やかな雰囲気とは一変して、静まり返ったこの場所。
そこでただ一人、うずくまる。
「っ……」
葉月さんと敦さんの関係は、もう終わっている。二人の性格だ。寄りを戻すことなんてないに決まっている。
なのに、聞きたくなかった。想像したくなかった。
敦さんが私以外の女の人で笑っているところなんて。
ずっと見ない振りをしていた。
気付いていたのに否定していた。
他人にまで悟られたのに誤魔化した。
でももう無理だ。
この気持ちを無視できない。
私は―――――
私は――――――――
私は――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――敦さんの事が、好き。