NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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夜を越えて 後編

 ひふみ視点

 

 「りんさん、最近また様子が変ですよね」

 

 「うん」

 

 社員旅行が終わって最初の出勤日。

 そのお昼休みの時、私は青葉ちゃんと最近のりんちゃんのことについて話していた。

 もはやこの状況すら日常になりつつある気がする。

 

 「多分なんですけど、社員旅行で佐藤さんと出かけた時に何かあったと思うんですけどね」

 

 「うん」

 

 その日のことは私は知らない。

 だって、私が純君とのデートから旅館に帰ってきたのはその日の朝。

 その時点から、ずっと上の空。東京に戻ってきても、なにか考え込んでいる様子だった。

 

 「あの、ひふみ先輩」

 

 「どうか…したの?」

 

 「ひふみ先輩は、その日、なにしてたんですか?」

 

 「…」

 

 「…」

 

 「……っ!?」

 

 青葉ちゃんの問いかけに、私はあの日の夜のことを思い出す。

 私と純君といた時間。

 あの部屋で私達がどんな夜を過ごしたか。

 何度触れあったか。

 何度口づけを交わしたか。

 何度愛し合ったのか。

 思い出すだけで顔が熱くなる。

 感触は未だに残っている。

 組み付されたに感じた力強さも。

 時折見せてくれた優しさと温かさも。

 場所も時間も、状況も、全部忘れて身を重ねて、お互いの熱をぶつけて蕩け合い、気がついた時には朝になっていた。

 いつもより少しだけ早く目覚めた私の隣には、寝息を立てて眠る純君の姿がそこにあって……。

 嬉しくなって撫でた頬の柔らかさも。

 全部鮮明に思い出せてしまった。

 

 「ちょ! ひふみ先輩!?」

 

 「え?あっ!? ち、違う…よ?」

 

 「いや、どう考えても今思いっきり赤面しましたよね!? しかも、なんかもうそれじゃ説明つかないくらい真っ赤になってますって!!」

 

 「えっと…その、これは……」

 

 「まさかひふみ先輩、ついに大人の階段を上っちゃったとかじゃないですよね?」

 

 「うぅ~!」

 

 恥ずかしくて顔を手で覆ってしまう。

 そうだ。私はとうとう一線を越えちゃったんだ……。

 でも後悔はない。むしろ幸せだと思った。

 私の初めてをあげられたことが、本当に嬉しい。

 これから先、この思い出があれば生きていける。そう思えるほどに。

 

 「どっちなんですかー!? はっきりして下さいよぉ〜!!」

 

 「ごめん、ね……内緒」

 

 だけど、こんなこと言えるわけない。

 言ってしまえば、きっとみんなにも迷惑をかけてしまうだろうから。

 だから言えない。

 言えるはずがない。

 

 「そ、それより、り、りんちゃん…のこと」

 

 そうだ。

 私のことはいい。

 だってこんなにも幸せなのだから。今はそれよりもりんちゃんのことをなんとかしないと。

 あんな調子だと、仕事に支障が出てしまうかもしれない。

 それに心配なのはそれだけではない。

 なんとかしないと。

 でも、私、前もりんちゃんと佐藤君が喧嘩しちゃったときもうまく仲裁できなかったし。

 どうすれば良いんだろう。

 

 ――滝本さんなら、きっと大丈夫だよ

 

 ――僕が滝本さんの部下なら、この人を裏切りたくないって思える。だから、自信を持って欲しい。

 

 旅館でそう話してくれた純君の言葉を思い出す。

 面談の時、キャラ班のリーダーを打診されて不安な私を励ましてくれた。

 まだキャラ班をひっぱっているのはコウちゃんだけど、コウちゃんが忙しいとりんちゃんを支えることもできない。

 私が一番年上なんだ。なら、私にできることがあるのなら、やってあげないと。

 それが一番の恩返しになるはずだから。

 

 「そ、そうですよね。どうしましょうか」

 

 「わ、私が、なんとか…して…みるっ」

 

 ●

 

 りん視点

 

 あぁダメだ私。

 旅行から帰ってきてから仕事に集中できていない。

 再来週に迫るキャラコンペに向けて、向こうのプロデューサーである大和さんともちゃんと話し合っておかないといけないのに、全然話がまとまらなかった。

 これ以上皆に迷惑かけられないのに。

 

 「っ……」

 また、あの瞬間が脳裏を過ぎる。何度も反すうしたせいで記憶に焼き付いてしまった光景。

 そのせいで佐藤君ともちゃんと話が出来ない。

 彼と向き合っても言葉が出てこない。

 顔を見るだけで胸が苦しくなってくる。

 どうして?

 ぎゅっとされたことも嫌な気持ちはならなかった。

 なのに、なんで? わからない。

 自分の心が理解できない。

 まるで自分じゃないみたい。

 自分の中で、もう一人の自分が生まれてきている感覚がする。

 旅行の時の夜、コウちゃんと青葉ちゃんが布団の中で話していたのを聞いていたときでも、こんな気持ちにはならなかったのに。あの時はただ二人が仲良くしているように見えて、ちょっとモヤッとしただけ。

 

 「はぁ……」

 

 ため息が自然と出てくる。

 原因はわかっている。

 でもそれをどうやって解決すればいいのかがわかんない。

 

 「……」

 

 だめだ。こんなんじゃ。

 今日は早めに帰って休もうかな。

 

 「りん……ちゃん」

 

 「ひふみちゃん……?」

 

 するとそんな時だった。ひふみちゃんに声をかけられたのは。

 

 「どうか……したの?」

 

 「えっと……なんでもないの」

 

 「そっか……」

 

 「うん……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 沈黙が流れる。

 どうしよう。何か言わなくちゃいけないのに、何を言えばいいかわかんない。

 

 「りんちゃ……ん」

 

 「はい?」

 

 「えっと……その……元気……出して?」

 

  「ひふみちゃん」

 

 彼女にも気づかれていたみたい。やっぱり隠しきれなかったんだ……。

 

 「ありがとう、でも大丈夫よ」

 

 「で、でも」

 

 「本当に大丈夫だから。心配しないでください」

 

 「うん……」

 

 「では私、もう行くね。お疲れ様」

 

 「あっ……ま、待って!」

 

 「?」

 

 「えっと……その、私も…そろそろ…帰る、から…ご飯食べに、かない……?  一緒に……食べたいな」

 

 「……」

 

 正直、断りたかった。

 だけど、今の私は誰かと一緒にいたかった。

 一人でいる方が辛くなる。だから彼女の提案に乗ることにした。

 

 「そうね、そうしましょう」

 

 「う、うん……! じゃあ、行こうか」

 

 それから私たちは二人で駅の近くにあるレストランに入った。

 テーブル席で向かい合う彼女が、普段より大人びて見えた。

 

 「ねぇ、りんちゃん……」

 

 「何?」

 

 「その……旅行中のこと、だけどさ」

 

 来たかと思った。

 彼女が切り出してきた話題は間違いなくあれだろう。どうしよう。なんて答えよう。

 佐藤君のことは言いたくないし、ごまかせるだろうか。

 

 「ど、どうかしたの?」

 

 「え、あ、ほら、りんちゃん、旅行の…時に、佐藤…君と、なにか…あった、の?」

 

 「!?」

 

 どうしてわかるの!?

 まさか私の態度ってわかりやすいのかな? 確かに以前ひふみちゃんに佐藤君と一緒に呼び出されたことがあったけど、その時と今は状況が違う。

 彼女は佐藤君とあまり面識がないはずなのに、なんでわかったんだろう。

 

 「聞か…せて?」

 

 「ぇっ……と、それは……」

 

 「教えて…私、ちゃんと…聞く、から」

 

 「……」

 

 「お願い、りんちゃん……」

 

 「……じゃ、じゃあ、話すね」

 

 覚悟を決めるしかない。

 そう思った。

 

 「実は……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 全てを話し終えると、ひふみちゃんは黙ってしまった。

 やはり言うべきではなかったかもしれない。

 

 「ごめんね、こんなこと相談して」

 

 「……りんちゃんは、どう…したいの?」

 

 「わからない。私にもわからないの。あの時、抱きしめられて嫌だと思わなかったのも、コウちゃんたちを見てモヤッとした気持ちの違いも、なんなのかわからない」

 

 「そっか……」

 

 「それに、最近変なの。仕事中なのにボーっとしちゃったりとか、佐藤君のことを考えたりとか、胸が苦しくなったりとかするの」

 

 「……」

 

 「でも、佐藤君とはいつもどおり話したいの。だって、佐藤君、この開発が終わったら辞めるかもしれないから。だから、今まで通りに接して欲しい」

 

 それが私にとっての願い。

 佐藤君がこの会社でいることを後悔しないようにしたい。

 

 「わ、わたしは」

 

 「?」

 

 「わたしは……別に、いいと思う」

 

 「え?」

 

 「だ、だから、いいんじゃないかなぁ……って」

 

 「どういう意味?」

 

 「そのままの意味だよ……あと、このことは誰にも言わない……から」

 

 「ありがとう。助かるわ」

 

 「ううん……こっちこそ、あり……がとう」

 

 ひふみちゃんには感謝しても仕切れない。

 おかげでだいぶ楽になった気がした。

 

 「ふぅー」

 

 「りんちゃん」

 

 「ん?」

 

 「今日は、頑張った……から、たくさん……食べよ?」

 

 「うん、そうだね」

 

 それから私たちは二人だけで食事を楽しんだ。

 一人じゃないご飯はとても美味しく感じられた。

 

 ●

 

 「佐藤君」

 

 「?」

 

 次の日、私はまた佐藤君に声をかけた。

 この前は体調が悪くなったと言って逃げられちゃったから、今度はちゃんと言葉を選ぼう。

 今思い返すと、すごく失礼なことを言った気がする。

 佐藤君を傷つけないようにしないと。よし、頑張れ私!

 

 「あ、あのね。い、いつも通りにしようね!」

 

 「……俺はいつも通りだけど」

 

 「え? あ、そうね」

 

 あれ、おかしいな。なんか言葉選び間違えたかしら。

 でも、大丈夫よね。普通にできてるはずだもの。

 

 「……」

 

 「……」

 

 会話が途切れる。

 え、嘘でしょ。これって結構きついんだけど。

 なんとかして話を繋げないと……。

 

 「きょ、今日のお昼はなにを食べるの?」

 

 「牛丼」

 

 「へぇ、そうなんだ。おいしいもんね」

 

 って、違う!! なんでそんな無難な話題しかできないかなぁ~。

 もっとこうさ、あるじゃ無いの!こう、天気の話とか、好きな食べ物とか色々!……って何考えてるんだろ。

 

 「八神の話はしないのか?」

 

 「えっ!? あ」

 

 そうだ。コウちゃんの話ならうまく話せるかも知れない。

 

 「でも、いい、の?」

 

 「いつも通りって言ったろ?」

 

 「あ、うん。じゃあ」

 

 「おう」

 

 そこからはスムーズだった。

 コウちゃんのことで盛り上がった。

 東京に戻ってきたコウちゃんが全然片付けしてなかったり、夕食も食べてなかったり、それを私が作ったり、ちゃんと自分でやらないとダメだって注意しても、私の料理が一番おいしいからって嬉しいこと言われたり、そんなことをたくさん。

 

 「それでね、その時のコウちゃんは本当に子供みたいで、ほんと、しっかりしてほしわ」

 

 「そうか」

 

 それを、一通り話し終えてしまった。だって、この前の旅行で、コウちゃんの愚痴はほとんどはなしてしまったのだから。

 でも、いつも通り話すことができた。

 

 「……えっと、じゃあ行くね」

 

 「おう」

 

 「その…また誘ってねっ」

 

 そう言って、背景班のブースを出て自分の席に戻ろうとした。

けど……

 

 「あ、私の席ここだった。やだ私ったら」

 

 「……」

 

 ●

 

 でもそれからはいつも通り仕事に集中できるようになってきた。

 用事があって席を立った私は、その道中、コーヒーを淹れに行ったコウちゃんとバッタリ会った。

 

 「あ、りん。なんか元気になったんだね。この間まで変だったのに」

 

 「コウちゃん、さっきね、やっと佐藤君といつも通り話せたの」

 

 嬉しくなった私は、さっきの話をコウちゃんもした。

 旅行の時からずっともやもやしていた気持ちが整理できたような気がしたからだ。それを、一番話したいのがコウちゃんだったから。

 

 「ふーん。そっか」

 

 「なんだかね、佐藤君といると、色々頑張ることが多いけど、自分も新しいことに挑戦したいって思えるというか、自分の世界が広がっていく感じがするの」

 

 「……」

 

 「ちょ、コウちゃん!? コーヒーこぼしてる!」

 

 「あ、ごめん」

 

 「ちゃんと気をつけてよー。あと、早く拭かないとシミになるよ?」

 

 「わかってるよ」

 

 「もう、コウちゃんったら、ほんとしょうがないんだから」

 

 ホント、相変わらず、放っておけないんだから。

 でもまた、佐藤君と話せる口実ができた。

 これなら、またちゃんと向き合えると思う。

 叱っているはずなのに、不思議と笑顔が溢れた。

 

 

 ひふみ視点

 

 「りんちゃん、元気に…なった、ね」 

 「はい、よかったです」

 定時になって、一緒済ませている済ませている青葉ちゃんと、今日のりんちゃんの話になった。

 昨日、一緒にご飯に誘って話を聞いてあげたのがよかったみたい。

 正直、うまく話せた自信は無いけれど、これからもっと上手になりたい。そうすれば、キャラ班のも引っ張っていけるし、もっと純君とも恋人らしいことできるかな。

 

 「なんだ、お前らも帰りか」

 

 「あ、佐藤さん、お疲れ様です」

 

 「ああ」

 

 そこに、作業を終えたと思われる佐藤君も今から帰るようなのか、鞄を持って背景班のブースから出てきた。

 

 「あ、そう言えば、りんさん、元気になりましたね」

 

 「涼風が何かしたのか?」

 

 「いえ、ひふみ先輩が相談に乗ってあげたんです」

 

 「そうなのか?」

 

 「……う、うん」

 

 「なるほどな」

 

 私も長い間、あの三人を見てきたからわかる。

 佐藤君はりんちゃんが好き。

 りんちゃんはコウちゃんが好き。

 この三角関係が、佐藤君を苦しめている。

 でも、私の勘があっているならりんちゃんは……。

 

 「佐藤…君」

 

 「ん?」

 

 「……ふぁいと」

 

 そう言って、私は両手でガッツポーズを作った。

 すると、彼は少し驚いた表情をした。

 でも、すぐにいつもの無愛想な顔に戻る。

 そして、私と青葉ちゃんのところまで来ると――

 

 「きゃっ!?」

 

 「わぁっ!?」

 

 その大きな両手で私と青葉ちゃんの頭を掴んでワシャワシャとしてみせた。

 でも、それはいつもやってる青葉ちゃんの髪の毛を弄っている感じじゃ無かった。

 まるで、ありがとうと言っているような、そんな手つきだった。

 

 「じゃ」

 

 すぐに手を離すと、佐藤君は軽い足どりでオフィスから出て行った。

 

 「もー佐藤さん、ひふみ先輩にまで」

 

 「いい、よ。大丈夫」

 

 「……そうですね」

 

 髪の毛を直しながら、青葉ちゃんと顔を見合わせた。

 すると、青葉ちゃんが笑ってくれた。

 それが嬉しくて、私もつられて笑った。

 

 「じゃあ、私たちも…帰ろっか」

 

 「はい!」

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