NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
ゆん視点
「あ~もう頭が爆発しそう!」
次の新作のキャラコンペが明日にまで迫っている今日この頃、隣の席にいる青葉ちゃんは先週からずっとこんな調子や。
青葉ちゃんと言い、はじめといい、ようやるわ。
こんなん八神さんの出来レースだって分かっているのに。
参加したって恥かくだけやろうに。
私も何かアドバイスをしようにも、この前やる気を削ぐようなことを言ってしまった手前、声をかけずらい。
でも青葉ちゃんの様子は隣で見ていたし、ずっと追いかけている夢やから何らかの形で報われてほしいんやけどなぁ。
と、作業をしながら青葉ちゃんの方を一瞥しようとした私は肩を揺らしてしまった。
「…先週からなに騒いでるんだ涼風。お前流石にうるさいぞ」
そこには、先日の社員旅行で混浴になってしまった敦さんが、青葉ちゃんに声をかけていた。
彼がこの場に出てきただけで、私の心中は穏やかではなくなってしまった。
だって当たり前や。
ほぼ裸の状態で同じ空間にいたし、敦さんの前で涙も見せてしまった。そんな彼の前で平静を保っている方がおかしいというものだ。
……それに、あの時以来、彼も私に対して気まずさを感じてあまり話しかけてくれへんかったら……。
「す、すみません! ちょっと考え事をしていて……」
「ふーん……まあいいけどよ。つーか、なんだそれは?」
と、頭を下げる青葉ちゃんに呆れるようなため息で答えると、敦さんは青葉ちゃんの机の広げられている紙を指さした。
「これは、明日のコンペに提出するキャラデザです」
「……」
敦さんはそのうちの一枚を手に取って、しばらく眺めた。
そして――
「なってないな」
「うぐっ……」
と、紙を青葉ちゃんに突き返した。
その言葉を受けて、青葉ちゃんは胸を押さえながらよろめいてしまう。
普通に可愛く描けてるのに。何がダメなんや??
「何がダメかわかるか?」
「…それが、私も何がダメなのかよくわからなくて」
「お前が今、書いているのは新作のキャラデザじゃ無い。フェアリーズストーリーの劣化版だ」
「……どういう、意味ですか?」
「そのままの意味だ。前々から思っていたが、お前の八神に対する意識が強すぎる。これじゃただの二番煎じだ」
敦さんの言葉には容赦がなかった。
今までそんな様子、見たことが無い。
後輩や下の子らに、こういう厳しいことを言う姿はあまりに珍しく見えた。
「私に何が足りないんですか?」
「そもそもの意識の問題だ。コンペは明日だから時間が無いし、今ここでレクチャーしてやりたいのは山々なんだが、生憎今日は電気の点検があるようでな。遅くまで残る訳にはいかないんだ」
「じゃあ――」
青葉ちゃんが放った次の言葉に、私は耳を疑った。
「敦さんの家に行って良いですか?」
「はあ!?」
な、なんでそうなるねん!
いくらなんでも大胆過ぎるわ!
ほ、本当にこの子は男の家に上がり込むつもりなんか?
いや、でもそれくらいしないと、コンペ本番まで時間が無い。
とはいえ不用心すぎる。
敦さんに限ってそんなことないって信じたいけれど、襲われるとか考えへんの!?
この前の旅行でひふみ先輩が彼氏と何したのかわかってないん!?
「お願いしますっ!」
「っ……」
青葉ちゃんの熱意に根負けしたのか、頭を数回ほど掻いたあと、ため息をつく。
そして……。
「ったく、しょうがねぇな」
え?
待って。
ホンマに行くん?
マジで言うとんの?
嘘やん。
私達の視線などお構いなしと言わんばかりに、彼は椅子に掛けてあったジャケットを取ると、袖を通した。
その光景を見て、私は胸の奥にチクリと痛みを感じた。
……嫌や。
行かんといて、青葉ちゃん。
その人を連れていかないで……!
「行くぞ」
「はい!」
「あ、あの!」
私は思わず声を上げてしまった。
「私も行っていいですか!?」
「?」
私がそう言うと、二人は驚いた表情を見せた。
……つい口走ってしまった。
何を考えているんだろうか。私は。
葉月さんの話を聞いてしまってからおかしくなっている。
敦さんが誰か他の女の子と一緒にいるところを頭に浮かべることすら拒むようになっていたのだ。
「ゆ、ゆんさん……?」
「……お前、コンペ出ないんじゃないのか?」
「えっと…」
二人とも怪しんでる様子だった。当然の反応だと思う。
こんなこと言われても迷惑だろう。
青葉ちゃんも訝しんでいる。当たり前だ。
この前消極的なこと言ったばかりなのだ。
なんて言えば……。
「……まぁ別に良いよ。涼風もいいだろ?」
「え? はい」
意外な返事に少し戸惑う。
しかし、青葉ちゃんは特に気にしていない様子だった。
さっきまでの意気込みはどこにいったんだと言いたくなるほどあっさりしていた。
そういうところも青葉ちゃんらしいけれど。
「んじゃ、行くか」
「はい」
「は、はいっ」
そんなこんなで就業時間を過ぎた、私は敦さんと青葉ちゃんの三人で、彼の家に向かうことになってしまった。
「さて、まずは最初に話していたところからだな」
夏に看病にしに来た時に入った敦さんの部屋に入る。
私達は敦さんと対峙するようにテーブルに座った。
青葉ちゃんはかなり本気だ。寝袋まで持ってきている。
相変わらず最低限の家具しかない質素な部屋。
ベッドとテーブル。
パソコンがあるデスク。
背の高い本棚。
彼の趣味を思わせるモノがなにも無い部屋。
ほとんどがほこりかぶっていたことから、おそらく、本当にしばらくの間この部屋は使われていなかったことがわかる。
「私の意識の問題についてですよね?」
「あぁ」
「何が足りないんですか?」
先に切り出したのは青葉ちゃんの方やった。
彼女は真剣な眼差しを向けていた。
きっと、彼女なりに本気で取り組もうとしているんだろう。
それを察してなのか、敦さんは腕を組んだまま答え始めた。
「まず物事を逆算して考えろ。この開発の最終目標はなんだ?」
「えっと、それは、ゲームを完成させることじゃないんですか?」
「違う」
青葉ちゃんは戸惑いながら答える。
確かに、この会社ではそれが目的だと思っている人は多いと思う。
でも、敦さんの言っていることは違うみたいや。
「発売された作品が数字を取って黒字になることだ。今回は完全新作だ。つまり、新規のユーザーを取り込みたいと考えている。そして、そういうユーザーは何に惹かれて作品を手に取ると思う?」
「それは、例えば有名なキャラクターデザイナーが手がけているとか?」
「好きな声優さんが出ているとか?」
「それはあくまで、ある程度うちの名前を知っているユーザーだろ? 確かにそれも重要な客層だが、新しいユーザーが求めるものは違う」
その言葉に私と青葉ちゃんは固唾を飲む。
一体何が求められているというのだろうか? 敦さんは大きく息を吸い込むと、ゆっくり吐いて言った。
「そういうユーザーが求めるのは世界観だ」
「世界観……ですか」
「あぁ、基本的にユーザーが作品に興味を持つのは、宣伝のPVとかだろう? ソレを見て、この世界に興味が持てて、この世界に入ってみたい。そう思わせる必要があるわけだ。今回のコンペも、要領はそれと同じだ」
真剣な目で話す敦さんの声に、自然と聞き入ってしまう。
「上の連中に、この世界をもっと知りたい。作ってみたいと思わせることだ。だって考えてみろ? 作る側の人間が面白いと思えないモノが、ユーザーが面白いって言ってくれると思うか?」
……たしかにそうだ。
私は思い浮かべてみる。
自分が作ったものがプレイヤー達からどのように思われるかを……。
……ダメだ。全く想像できない。
だって今までは、ただ仕様書通りのモノを作ることに精一杯だったから。
私がもしゲームを作るとしたら、どんなものを作りたいのだろう。
前にキャラ班のみんなと話したときはシリアスな雰囲気がいいとしか言えなかったし。
「私に足りなかったのはそれだったんですね」
「そうだ。お前、はじめてソフィアのキャラデザしたときに話したろ? キャラの特徴を理解しろって、それを世界範囲で拡大すればいい」
「はい」
「……」
青葉ちゃんは納得したように大きくうなずいていた。
一方で、私は彼女の隣で黙っているだけだった。
何か言わないといけない気がするけど、何も言うべき言葉が見つからなかった。
いや、むしろ何を言えば良いのかすらわからなくなっていたのだ。
「飯島、お前は前に涼風に出来レースだと言っていたよな?」
急に話を振られてびっくりしてしまう。
いきなりだったせいで、声が出せなかった。
確かにそんなことを言った。でもなんで今それを聞いたんや?
「この話を聞いていればわかることだと思うが、お前達にも勝算は充分にある。キービジュアルならコンペする間もないだろうが、キャラクターデザインに関しては別だ」
「な、なんでそう言い切れるんですか?」
「ユーザーはわがままな連中だ。低いクオリティのモノは絶対悪のごとく叩くし、高いクオリティでも飽きたら逃げていく。お前らだって、好きな食べ物毎日食ってたら飽きるだろ?」
敦さんは私の質問に対して当たり前のように答える。
すると青葉ちゃんも食いついた。
「つまり、八神さんに勝てるってことですか!?」
「言ってしまえば、上の連中はお前らが作った作品の最初のユーザーだ。ソイツらが面白いって思えるモノを作れれば、他の連中の心を動かすことも出来る」
「なるほど!」
「とはいえ、連中に媚びるような作品は作るなよ? あくまで、上の連中と、一般のユーザーの両方が興味を持つモノを作るんだ」
「はいっ!」
敦さんの言葉に、青葉ちゃんは目を輝かせながら返事をする。その姿を見て、少しだけ複雑な気持ちになった。
どうして、彼女はこんなに前向きになれるのだろう。
私には、とても無理だ。
人の期待に応えることも、自分の才能を信じることすら出来ない。
やりたいことも、目標も、私には無い。
それが出来る彼女の方が、ずっとすごいんじゃないかと思ってしまう。それに比べて私は……。
「んじゃ、講釈はここまでだ。コンペまで時間が無い。ここは自由に使って良いから、2人でしっかりやってくれ。俺はちょっと風呂入ってくるよ」
「ありがとうございましたっ!!」
「え? あ、は、はい。どうもです……」
敦さんはそれだけ告げると、そのまま部屋を出て行った。
残されたのは、私と青葉ちゃん。
「よし…」
と気合いの入った声と同時に、青葉ちゃんは紙とペンを取り出した。
そして、私に向き直ってこう言った。
「さぁ、やるぞ! ゆんさん、一緒に頑張りましょう!」
「……うん。せやな」
「大丈夫ですか? なんだか元気ないように見えますけど……」
「そ、そんな事あらへんよ? 全然平気やから、気にせんでくれてかまへんから?」
私は笑顔を作って彼女に応えた。
「……わかりました。じゃあ、始めましょっか!」
「う、うん」
こうして、私は再び彼女と向かい合うことになった。
流れ的に、自分までコンペに参加しないといけない空気になっとる。
ここまで来て何もしませんでしたってなったら、それこそ敦さんに申し訳が無い。私は覚悟を決めて、作業に取り掛かった。
はいいものの……。
「……」
あかん。
全然出来へん。仕様書はある程度把握しているけれど、そもそも参加するつもりなんてなかったからイメージがふくらまへん。こういう時、どんなキャラを作ったらええんやろ……。
「あの、ゆんさん?」
「ふぇ?」
急に声をかけられて変な声が出てしまった。
顔を上げると、青葉ちゃんの顔が目の前にあった。
「ひゃっ……」
思わず、体を後ろにそらす。すると彼女は慌てて謝ってきた。
「ごめんなさいっ! ちょっとまた煮詰まってて、ゆんさんはどんな感じかなっと思って、つい覗き込んでしまいました。ホントすいません!」
ペコペコと頭を下げる青葉ちゃん。
そんな彼女に私は手を振りながら応えた。
「あぁ、気にせんといて、私もそんな感じやし」
と言いつつ、青葉ちゃんの手元を見る。そこには既にラフ画が出来上がっていた。
それも何枚も。
「結構描けてるやん?」
「いえ、でも、これじゃ多分八神さんにはとても及ばないと思います。もっと良くしないと」
「そうなん?」
「はい。ほらこことか、まだ装飾がちゃんと描けてないでしょ?」
彼女が指差した箇所を見てみると、確かにそうかもしれない。
ただ、言われないとわからないレベルだ。
「それに、この辺の線もちょっと荒いかなって思うんですよね」
「へー、凄いなぁ」
「そんなこと無いですよ。私なんかより、ゆんさんの方はどうなんですか?」
「え? わ、私?」
「はい。私、この前、八神さんの絵を見たとき、悔しいって思ったんです。こんな気持ち、初めてだったんです。それに…」
「それに?」
まっすぐな目で青葉ちゃんは続けた。
「敦さんと約束したんです。いつか敦さんが自分の仕事を楽しいって、誇らしいって思えるようにって」
「……」
「そのためには、やっぱり私たちがちゃんと成長して、敦さんの足を引っ張らないようにしないといけないなって、そう思ったんです」
あぁ、やっぱり青葉ちゃんはすごいなぁ。
私と違って、目標があって、そのために努力して、結果も出して。
なのに私は……。
私の心の中に、黒いものが湧き上がる。それはどんどん大きくなっていく。
嫌だ。こんな気持ちになりたくない。
でも、どうしようもない
「だから、お互い頑張りましょうっ」
青葉ちゃんは笑みを浮かべながら私に言う。
その表情を見ると、彼女の言葉を信じてしまいそうになる。
それに後ろめたい気持ちになった。だって、私はただ、青葉ちゃんと敦さんが二人きりになるのを見たくなかっただけなのだから。
「あ、あはは。せやな。お互いに頑張ろうな!」
私は精一杯の作り笑いをしながら、彼女に応える。
……もう、嫌だった。こんな自分が。
「はい!」
屈託のない笑顔を見せる青葉ちゃん。
その顔を見ていると、胸の奥がチクチクと痛んだ。
「……あ」
その時、ふと思い出した。
確か、前に青葉ちゃんの事を『かわいい』と言ったことがあった気がする。
それを覚えていたからか分からないけれど、今、私の目に映っている彼女は、いつも以上に可愛らしく見えた。
…敦さんは、青葉ちゃんみたいなのが好きなんかな?
そんな考えが浮かぶと同時に、胸の内で抑えていた黒いものが溢れそうになるのを感じた。
あかん……!
これは考えちゃあかんヤツや。
私は必死になって湧き上がる黒いモヤをかき消そうとする。
けれど一度生まれたそれは消えることなく、どんどん大きくなっていく一方だった。
「……ゆんさん、どうかしましたか?」
「え? な、なんでもあらへんよ!?」
「そうですか? なんだか顔色が悪いように見えますけど、さっきだって…」
「そ、そんな事あらへんよ! 全然大丈夫やから!」
「本当ですか?」
「ほんまやから!」
「ならいいですけど……。もし具合悪くなったら言ってくださいね?」
「あ、ありがとう……」
私は何とかお礼を言うことができたけれど、本当は限界を迎えようとしていた。
「お前ら、調子はどうだ?」
突然、玄関のドアが開いた。
振り向くとそこには、レジ袋を持った敦さんが立っていた。
お風呂から上がってからしばらく部屋にいないと思っていたけれど、買い物に行っていたみたいだ。
「あ、敦さん、おかえりなさい」
「腹減ってるだろ? 飯買ってきた」
彼は手に持っていたコンビニの袋を差し出す。中にはおにぎりやサンドイッチが入っていた。
「ありがとうございます」
青葉ちゃんは嬉しそうな声で返事をする。
「飯島も食うだろ?」
「あ、はい。いただきます」
私は少し戸惑いながら答える。正直、食欲なんて無かった。でも、せっかく用意してくれたものを無下にもできない。私は青葉ちゃんと一緒に、敦さんが差し出してきたビニール袋を受け取った。
「じゃあいただきます」
「……いただきます」
私たちはそれぞれ好きなものを手に取って食べ始める。
でもその間もずっと頭の中にあるモヤは晴れることはなかった。
「あの、敦さん、これちょっと見てもらって良いですか?」
そう言いながら、青葉ちゃんはさっき描いた絵を見せてきた。
「ん? どれ?」
敦さんは青葉ちゃんから手渡された紙を何枚か受け取る。
「…確かに、世界観は良く描けてるな」
敦さんは会社の時のような辛辣な評価はしなかった。
「だが、ここ、もっとよくならんか?」
でも、しっかりとした指摘をした。
「あー、やっぱりそこですよねー」
「それに、全体的に主張が弱いな。だから印象に残りにくい。メインキャラは作品の顔だ。もっと意識しないと」
「具体的には?」
「何か飛び抜けたパンチがほしい。初めてそれを見たユーザーが驚くようなモノにしないと」
二人は何枚もあるラフ画を見ながらああでもないこうでもないと話し始めた。
その様子を横目で見つつ、私はゆっくりと自分の手元にある食べ物を口に運んでいく。
「……」
結局、全部食べることはできなかった。
「ごちそうさまでした」
「え? もう食べたのか?」
「はい。あまり食べられなくて……」
「体調悪いんじゃないか? 無理ならコンペも参加しなくていいぞ。流石に今から始めるんじゃしんどいだろ?」
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ、ちょっと疲れちゃっただけで」
そう言うと、青葉ちゃんも苦笑いを浮かべて見せた。
きっと私が気分悪くしている事に気付いていたんだと思う。
私のせいで青葉ちゃんまで迷惑かけてしまった。本当に申し訳なかった。
「飯島、お前も見てやるけど、いいのか?」
「えっ!?」
急に声をかけられてびっくりする。
「えっと…すみません、見せられるほどできてなくて」
「まぁ。さすがにすぐには難しいだろうな」
敦さんの言葉を聞いて、ホッとする。そして同時に罪悪感を感じた。
……敦さんには見せたくない。絵自体はそこそこ得意やけれど、青葉ちゃんの絵を見てあんな反応をしていたから、私の絵を見たら絶対ガッカリするはず。
……嫌や。失望されたくない。嫌われたく無い。
だったら、最初から関わらなければ良かったのかもしれない。
そしたらこんな気持ちになることもなかったのに……。
だったらせめて、これ以上醜態を晒さないように努めへんと。
せやないな、夢のために頑張ってる青葉ちゃんの足引っ張ってるだけやし。
……だから罰が当たったんかな?
「まぁ、迷ってるなら、自分の好きなモノでも描いてみたらどうだ?」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、思わず顔を上げてしまう。
「気分転換にもなるだろうしな」
敦さんはそれだけ言うと、タバコを吸いにベランダに出て行った。
「ゆんさん、好きなものってなんですか?」
「……へ?」
唐突すぎる質問に変な声が出てしまう。
「絵を描く時ってどういう風に描くことが多いんですか?」
「そ、それは…構図とか描きたいもののイメージを固めてから……」
「それだと時間がかかるから苦手だって言ってませんでした?」
「うぐぅ……」
正論すぎて何も言えない。
「好きなものを描くなら、すぐ描けるんじゃないですか?」
「……」
確かにそうだと思った。
でも、私の好きなモノって一体……。
私はふと窓を見た。
窓の向こう側で、タバコを吹かしている敦さんが目に入る。
「っ……」
私の好きな人。
社員旅行の時に思い知らされた、もう無視できない自分の気持ち。
私はもう一度ペンを握った。
―――
――
―
……できた。
「っ……!」
すぐに両手でソレを隠す。
こんなの敦さんはもちろん、青葉ちゃんにも見せられる訳が無い。
私が描いてしまったのは椅子に腰をかけ、タバコを吹かしている30代くらいの男性の絵。
紙の上に描かれているのはどう見ても敦さんだ。
服装や風貌こそファンタジーっぽい格好にしているけれど、よほど鈍い人で無い限りこの会社にいる人間が見れば分かる。
なんでや!
なんでよりにもよってこの人描いたんや!
あかん! 私、敦さんの事が好きすぎる!!
とにかく隠さないと。
流石にこれ一枚だけだと絶対青葉ちゃんとかが不審がる。
どうしても他の絵を描かないといけない理由ができてしまった。
幸い、青葉ちゃんはさっきから自分の絵に集中している。
やるならいましかない。私はまたペンを握って新しい絵を描き始める。
もうなんでもいい。木を隠すなら森の中、紙を隠すなら紙の中や。
…そして、しばらくすると、敦さんがまたベランダから部屋に戻ってきた。
「ん? なんか増えてないか?」
「え?」
気づくと私は10枚以上も絵を描いていた。
仕様書のとおり、敵を吸収して変身するというのをテーマを主軸に、ただ描きまくっていた。
「……随分と描いたな。見てやろうか?」
「い、いえっ…大丈夫です」
私は慌てて全部隠す。
うっかりアレを見られたら死んでしまう。
「そうか。ならいいが」
「はい…私、もう帰りますねっ」
「あ、でも終電もう終わってるぞ!」
「大丈夫です。タクシーで帰るんでっ」
描いた絵を全部ファイルにしまって、足早に彼の家を飛び出す。
これ以上あの場所にいたら今の私は絶対に墓穴を掘る。
敦さんも、青葉ちゃんに変なことしないはずだ。……多分。
私は大通りにでると、すぐに通りかかったタクシーを止め、自分の住所を伝えて家路についた。
「……」
その道中、タクシーに揺られながら、さっき描いた絵達を眺めている。
ほんとうにたくさんできてしまった。あの短時間で。
…せっかく描いたんだし、ダメ元でコンペ、出てみようか。
もしかしたら、案外ええ評価もらえるかもしれへんし。
あぁ、でも安心したからなんか眠くなってきた。これの整理はまた明日にしよう。
タクシーに揺られた私は、突然やってきた睡魔に負けて眠りに落ちた。
おまけ
敦:そろそろ帰ったらどうだ?
青葉:いえ! まだ納得いくのができてないので!
敦:…明日も仕事だし、コンペもあるだろうが。
青葉:大丈夫です! 寝袋あります!
敦:なんで持ってきてんだよ……
青葉:……あ! そうだ!!