NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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始まりの音色 後編

 ひふみ視点

 

 「……ただいま、宗次郎」

 

 お仕事を終えて、キャラ班の皆と別れてからすぐに自宅に戻った私は、1日ずっと巣穴に隠れてるハリネズミの宗次郎にエサの準備をする。

 とても臆病だから手にとったエサはなかなか食べてくれない。これでも素手で触れるようには慣らしたけどやっぱり寂しい。

 しばらくすると、宗次郎はゆっくりと巣穴から出てきてエサをかじり始める。

 

 「……ねぇ、宗次郎。私、もっと人と話せるようにならないとダメ……かな?」

 

 お昼休みのときにハンカチを拾ってくれた人のことを思い出す。

 私がちゃんと青葉ちゃんと話せてたら、青葉は初日からコウちゃんに注意されることもなかったし。あの人にも、まだちゃんとお礼、言えてない。

 

 家に帰る途中、SNSで知り合った人からリアルで会おうというお誘いがあった。OKしちゃったけど少し怖い。

 その人は男の人って言ってたし、でも、女の人と話すのが苦手って言ってた。

 私も、画面を通してでないとちゃんと話せない。

 その人もゲーム関係の仕事をしてるらしくて仲良くなったけど、どうしよう。やっぱりちゃんと断ろうかな。

 根に持つような人じゃないし。

 

 「……」

 

 でも、それで自分に言い訳してるような気がする。

 この仕事は長い間やってて、人と話す機会が少ないからよかった。

 だけど、新人の青葉ちゃんがあんなにハキハキとしてるのが、ちょっと羨ましい。

 青葉ちゃんなら、敦さんと話してたみたいにちゃんとお礼言えそうだな。

 それなのに私は……。

 

 「……ん」

 

 よしっ。勇気を出して行ってみよう。

 

 あの人にもちゃんとお礼を言わないといけないし、不安なことはその人に会って相談してみよう。

 

 

 ──と、そのときはそんな風に思っていました。

 

 ●

 

 「え……嘘」

 

 「あ……ぁ……」

 

 ライブの当日、待ち合わせ場所にやってきたその人は、ハンカチを拾ってくれたあの人だったのです。

 

 待ち合わせ場所として選んだ会場の一番近くの駅。

 そこにある大きくて丸い植木が待ち合わせ場所だった。

 

 「えっと……いや、これは……その、決して何か企んでた訳じゃなくて……その……」

 

 あの人はとてつもない慌てようだったけど、私も私でそれどころじゃない。

 えっと……、あの時昼休みにハンカチを拾ってくれたあの人がその人で、SNSで話してたその人があの人で──

 あぁもう頭が真っ白になって考えがちぐはぐになってる。

 あの人はなにか伝えようとしてるけど私はそれどころか言葉も出ない。

 

 「と、とにかく違うんですーー!」

 

 「あ……」

 

 彼は植木の周りを走って、影に隠れてしまう。

 よかった──じゃない。

 えっと、ちゃんと話さないと、でも何を話せばいいの?

 ダメ……何も出てこない。

 

 「そうだ」

 

 閃いた私はすぐにスマホを取り出して、彼のアカウントにメッセを送る。

 多分今までで一番早く打てたと思う。

 

ひふみん☆ 『あの、こっちで大丈夫なのでちゃんと話しませんか?』

 

 お願い、返信来て……。

 しばらくすると、私のスマホが震えた。

 

MASUDA 『はい、落ち着きました。すみません』

 

 これを見て一息つく。よかった。なんとか話せそう。

 

MASUDA 『えっと……確認しますけど、滝本ひふみさんですよね?』

 

ひふみん☆ 『え? なんで名前』

 

MASUDA 『あ、ほら。滝本さんってうちじゃ結構目立つので』

 

ひふみん☆ 『えぇ?!((((;゜Д゜))))』

 

MASUDA 『あ、それは悪目立ちしてるってわけじゃなくて、綺麗で物静かな人だから目立つって意味で』

 

ひふみん☆ 『あ、ありがとう(´`:)』

 

 男の人にそういうこと初めて言われた。思わずして顔が暑くなるのを感じる。

 でも、あの人にあの時のお礼、ちゃんと言えるチャンスがきたのに、それをこれで言うのはなんか失礼な気がする。

 

ひふみん☆ 『あの、今からそっち側に行きますので心の準備とかしておいてください。ちゃんと話したいことがあるので』

 

MASUDA 『あ、はい。わかりました』

 

 

 「……ふぅ。大丈夫、大丈夫」

 

 意を決して植木の反対側に回り込む。彼はちゃんと待っていてくれた。

 

 「……!」

 

 彼はまだ心の準備が出来てなかったのか、目があった途端すぐに目をそらしてしまう。

 でも、彼だって怖かったはずだ。それなのにあの時声をかけてくれたんだ。今度は私から──

 

 「あの……」

 

 「はっ、はいぃ?!」

 

 「あの時は……その、ハンカチ拾ってくれてありがと……お気に……入りの、だった……から」

 

 言えた。最後はしどろもどろしてたけどなんとか言えた。

 

 「あっ……いえ、こちらこそ。あのときは逃げ出しちゃったりして……すみません」

 

 初めてだった。初めて自分から話しかけて、ちゃんと会話ができた。でも、せっかく人と話せるようにしたくて会いに来たのにこのままで終わりたくない。

 

 「あの、名前……なんていうんですか?」

 

 「え…名前?」

 

 「だって、私の本名だけ知られてるのは……少し、不公平……」

 

 「あ、あー。そういえば言ってませんでしたね」

 

 彼は大きく深呼吸をして呼吸を整えてから──

 

 「僕は、増田純っていいます」

 

 「えっと……滝本ひふみ……です。今日は……その、よろしく。えっと……純君」

 

 「純く……?!」

 

 増田という苗字が少し言いにくかったし、少しでも喋る文字を少なくしたかったこともあって、とっさによって名前の方が出てきてしまった。

 彼は肩をビクッと震わせて反応してくる。

 

 「あっ……! ごめん、嫌だった?」

 

 「あ……いえ、よ、呼びやすいほうで」

 

 「う……うん」

 

 どうしよう。やっぱり馴れ馴れしかったのかな。でも。青葉ちゃん達とは名前で呼んでも大丈夫だったし……。

 

 「そ、それじゃあ、行きましょうか」

 

 「あ……はい」

 

 ●

 

 「ふぅ……」

 

 今は会場の休憩スペースに腰を降ろしている。ライブの開始まではまだちょっと時間が合るから、携帯音楽プレーヤーにイヤホンを差して、それで音楽を聞きながら、飲み物を買いに行った純君を待ってる。

 どのお店もいっぱい人が並んでいたから時間がかかりそうだと、私だけ休ませてくれた。

 それにしても、純君遅いな。

 と、思い始めた時にスマホのハイブレーションが鳴った。画面には純君のアカウントからのメッセの通知だった。

 

MASUDA 『後ろ後ろ』

 

 「っ……!?」

 

 振り返ると純君が二本のペットボトルが入った袋と、スマホを片手に持って座っている。

 もしかして、結構前から声かけられてたのかな?

 だとすると、申し訳ないことしちゃったな。

 

 「……ごめん、気がつかなかった」

 

 「いえ、大丈夫ですよ。はい、これ」

 

 「ありがと……」

 

 純君は私の分を渡してくれる。

 彼は少し慣れてきたのか、話すのが私よりすんなりしてる。

 でも少し言葉を選び損ねてるみたい。

 

 「えっと……なに聞いてたんですか?」

 

 「……アニソン、かな。ムーンレンジャーの、声優さんが歌ってる」

 

 「あ、知ってます。確か……今度の新作にも出てるんでしたよね」

 

 きっと、『フェアリーズストーリー3』のことを言ってるのかな。一応社員同士だけど、あんまり外で話すのは良くないし。今度は私から話題を振ってみよう。

 

 「……純君は、どこの部署で働いてるの?」

 

 「え? あぁ、サウンドチームです。作ってるのは、滝本さんと同じです」

 

 「……そうなんだ」

 

 サウンドチームって、確か敦さんもいたような。

 

 「滝本さんのキャラ班に、宮本って人いません? 僕、あの人にお世話になってるんです」

 

 「いるよ……、社員メッセでしか話したことないけど」

 

 「やっぱり、あの人ホントすごいですよね。頼りになります。尊敬はあまりできないですけど」

 

 「うん、私が……人と話すの苦手…なの、知ってるから。」

 

 あれ? もしかして私、今ちゃんと話せてる?

 まだ落ち着かないけど、なんだがいい感じ、な気がする。

 少し安心して彼の顔を見てると──

 

 「……と、とりあえず、喉渇きませんか?」

 

 なぜか純君は目を逸らして急に話題を変えてきた。

 あれれ? 今度は失礼なことしちゃったのかな。

 

 その後も、二人で会場を回った。ライブの席は別の席だったから途中で解散することになっちゃった。でも初めて、男の人と画面を通さずに話すことができた。

 ライブが終わって、家に帰って来られてもまだドキドキしている。ライブの興奮もあるけれど、私にとっては彼と話せた方が印象的だった。

 緊張したけど、ちゃんと話せたことが嬉しかった。

 宗次郎のご飯も、少し豪勢なものにしよう。

 

 そして迎えた二日目、ホントは純君とは初日だけ会うつもりだったのだけど、物販の買い物ブースでばったり遭ってしまった。

 なにもせずに別れるというのも嫌だったから、せめて何か話そうと思ってもう一度休憩スペースにやってきた。

 彼を引き留めたのは私だ。

 だから私が話題を振らないと。

 

 「その……純君は、作曲とか、するの?」

 

 「はい、今回の開発ではほとんど僕が作りました。今は……猫町のBGMを作ってるところです」

 

 彼の言葉に少しドキッとする。だって──

 

 「そうなんだ……。その……、猫町のモブ、モデリングしたの……私なの」

 

 「き……、奇遇ですね」

 

 「うん……」

 

 どうしよう。会話が詰まっちゃった。何か、何か他の話題は……。

 

 「あの……」

 

 「はいっ?!」

 

 「聞いてみますか? 僕の曲でよければ、未完成ですけど」

 

 純君は鞄から真っ白な音楽プレーヤーを取り出す。

 私のと色違いの機種だった。

 

 「……いいの?」

 

 「はい、同じ会社の人ですし、やっぱりグラフィック側の意見も聞いてみたいです」

 

 「……そ、それじゃあ」

 

 彼の音楽プレーヤーを受け取り、イヤホンを耳にあてがう。

 ファイルには、見たことがない曲がたくさんあった。どれも彼が作曲した曲なのかな。

 その中に、『猫町』というタイトルを見つけ再生ボタンを押す。

 

 「……っ!」

 

 イヤホンを通して流れてくる曲は、平和な猫町に暮らす猫人たちの風景ととても合う、とても穏やかな気持ちになる曲だった。

 

 すると、スマホに通知が鳴るのに気付く。

 純君だ。

 

MASUDA 『どうですか?』

 

ひふみん☆ 『すごくいいよ(≧∇≦)b ありがと、こんな曲作ってくれて』

 

MASUDA 『そう言われると照れますね』

 

ひふみん☆ 『他の曲も聞いてもいいかな?』

 

MASUDA 『はい、感想とか言ってくれると嬉しいです。あ、あと少し席をはずしますね。聞きながら待っててください』

 

ひふみん☆ 『はーい(^_^)/~』

 

 ●

 

 その後、また二人で会場巡りをして全部廻りきる頃には二日目が終わろうとしていた。

 純君とは、会社の近くの駅で別れた。

 もう随分暗くなってる。早く家に帰ったら私は荷物を部屋に置いて体休めるためにお風呂にはいることにした。

 

 「……今日も、ちゃんと話せたな」

 

 自然と頬が緩むのを感じる。人前では固まってしまうのに、でもなぜか今日はいつもと違うそんな気がした。

 明日から一週間仕事が始まる。今日はちゃんと寝なきゃ。

 湯船に浸かっているとふと、考えてしまう。

 

 「……」

 

 彼とは、もうこれで会えないのかな? 同じ職場だけど部署は違うし、違う部署に行く勇気なんてないし。

 でも、せっかく、初めて男の人と仲良くてはなれたのに、これじゃ、なんだかやるせない。

 もっと純君の作った曲、聴きたいな。

 

 お風呂から上がって、宗次郎に餌をあげてから、買ってきた荷物の整理を軽くしようとしたそのとき、鞄から音楽プレーヤーが落ちた。

 

 「あ……これ」

 

 手にとって見てみると私のじゃない。真っ白な機種は、純君のものだ。

 

 ……なんで? 

 

 なんでここにあるの?

 

 「……え?」

 

 背筋が凍るのを直で感じる。

 も、もしかして……私──

 

 「……あ……ぁ……あぁぁ……っ!」

 

 間違えて持って帰ってきちゃった!!

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