NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
佐藤視点
「ねぇ聞いた? 八神のヤツ、コンペ落ちた後、新人の子に当たってたんだって」
「聞いた聞いた。完全に八つ当たりだった。マジサイテーだよね」
ブースの話題は昼間のコンペで持ちきりだ。
背景班のメンバーももれなくその話に夢中。
席に座っていれば耳に入るのはどれもその話題ばかり。
八神は入社一ヶ月のコンペで抜擢されて、フェアリーズストーリーのキャラデザを勝ち取った。
当然、それを面白く思わない連中は大勢いた。今、話をしている奴らもそうだ。
この場にいる人間は、善人か悪人かで言えばおそらく善人の部類だ。だが、こういう鬱憤やらスキャンダルがあると虫のようにたかり出す。
そして、こういう連中に限って――
「アイツ、結局前と全然変わってないよね」
「大丈夫かな。あの子辞めさせたりして。自分の枠欲しさに」
「アハハっ、それマジであり――」
「――おい」
俺は声を上げた。
そして、ゆっくりと奴らを見据えた。
「少し黙れ」
俺の声色からただならぬ気配を感じたのか、全員が口をつぐんだ。
あまり気に入ってはいないのだが、こういう時に限って、自分の目つきの悪さは役に立つ。
それ以外には何も言わず、俺は席を立った。
そのまま足早にブースを出る。
背後からは何か言い争いをしているような物音が聞こえてくる。
しかし、振り返りはしなかった。
「ん?」
「あ、佐藤君……」
背景班のブースから出てすぐ、俺は紅色の髪をした女性と鉢合わせてしまった。
遠山だ。
旅行の件以来、またおかしくなって、最近ようやくいつもの調子に戻ったのだが、その表情は明らかに曇っていた。
きっと、さっきの話を聞いていたのだろう。
「……なんか、悪いな」
「ううん。ありがとう。コウちゃんのこと、庇ってくれて」
「別にいいよ。大したことじゃないし」
確かに、俺にとって、八神は恋敵だ。
目の前にいる彼女は、きっと今でも八神に首ったけ。
ハッキリ言って憎たらしい。
だが、リングにも上がらず、向き合いもせず、それでいて調子を落としたときだけ陰口を言うような卑怯者はもっと嫌いだ。
そんな奴らと一緒にされたくない。
だから、つい口を出してしまったのだ。
「…こういうの、前もあったよね」
「……ああ、あったな」
こういうのは前にもあった。
それはフェアリーズストーリー2の開発期間中、八神のせいで新人が一人半年で辞めた時のことだ。
その時も、こうした話がやり玉にあがることは多かった。
実際、八神もかなり堪えていた。
「でも、アイツはちゃんと変わってるよ」
「…佐藤君」
遠山は驚いたように目を丸くする。
どうやら驚かせてしまったらしい。
まぁ、いつも喧嘩ばかりしているところを見せていたから、無理もないけど……。
だけど、俺だって八神がどれだけ努力してからくらい知っている。
それをずっと支えてきたお前のことだってそうだ。
「……ありがとね」
「お礼なんていらないって。当たり前のことをしただけだから」
そう言うと、遠山はクスッと笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、俺は少しホッとした。
「そう言えば、八神は?」
「あぁうん。それがね、ちょっと私も顔を合わせずらくて」
「そうか。何かあったのか?」
遠山にしては珍しい反応だった。
八神の事でこんなふうに言い淀むことはあまりなかったのに。
「え? ううん。なんでもないの。…じゃあ私、そろそろ行くね」
「おう」
「またね、しゃと……佐藤君っ」
遠山はそのまま逃げるように立ち去っていった。
なんだ、あいつ?
なんか顔も赤かったし。
体調は、悪そうには見えなかったが。
…まぁ今はいいか。これから背景班のリーダーとしての仕事もある。
早いとこ、あのブースの連中とも話を付けておかないと。
覚悟を決めた俺はそのまま背景班のブースへと戻った。
●
敦視点
それで、来週に持ち越された新作キャラコンペの結果はどうなったかというと。
「これどっちが描いたの?」
葉月は提出された紙を手に困惑の表情で涼風と俺の顔を見た。
紙に描かれているのは裁縫道具を持った金髪の少女。
クマのぬいぐるみを模したモンスターを利用して着ぐるみにする。
という、可愛い絵柄の割に結構残酷に見える作風は、涼風にしかできない持ち味だ。
涼風の奴、Sッ気あるよな。
「俺の絵柄忘れたのか? 涼風が描いたに決まってるだろ。俺は多少入れ知恵しただけ」
「いやでも敦さんも描いてくれましたし」
「あぁもうそういうのいいから」
謙遜する涼風を横目に呆れてしまう。
ここは俺に合わせておけばいいものを。
まぁ、これが涼風が見いだしたバランスならそれでいいか。
「まぁでも、うん。いい。とてもいい」
葉月の目の色は良い。
俺もこの案は気に入っている。
インパクトもあるし、キャラも立っている。
この少女はなんなのか?
ぬいぐるみはどんな生き物なのか。
ここはどういう世界なのか。
この一枚だけで、様々な世界観や想像が思い浮かぶ。
「それに、飯島君のとも合わせたんだね。なるほど、主人公が拠点にする場所の家主か……ふーん」
これはこれで面白そうかもと呟く葉月に胸を撫で下ろす。
どうやら満足していただけたらしい。
「よし、これでプロトタイプ版と行こう」
…あれ?
不意に余計なことを考えてしまった。
俺はこれ以上仕事を増やしたくないからコンペには出なかったのだけれど、この案は涼風と俺のセットの合作ということになってないか?
「と、言うわけだ敦君。君はメインキャラの涼風君と例のサブキャラは飯島君、それぞれのキャラデザをサポートしてくれ。決定などの責任はADの八神に持ってもらう。プロデューサーの二人もいいかな?」
「おい待て。お前言ったよな? 俺は別のチームの仕事あるから困った時だけ手伝えばいいって。なんでそんな話になるんだ」
平然と俺を開発の主軸にぶち込もうとしてないかこいつ!?︎
確かにサポートって体になっているが、どう考えても前と同じ事やろうとしてるだろ。
これを皮切りにあれもこれもと厄介ごとを押しつけたい魂胆が見え見えだ。
「仕方ないだろ? 君も描いたんだから少しくらい手伝ってくれたまえ」
「お前なぁ」
クソッ。
これならコンペ前に涼風と口裏合わせておくべきだった。
そっちには八神もいるから人員的には問題無いだろうが。
こちとら年明け直後に他のマスターアップが迫っているというのに何をさせようというのか。
「…」
反論しようとするが、隣にいる涼風を見た。
見てしまった。
不安と期待と喜びが混じったようなその顔が、かつて見た光景と一致した。
…あの時の彼女、綠とそっくりだっ。
「……わかったよ。ただし、あくまでサポートだけだ。あまり口を出しすぎたら二人のためにならないしな」
「ありがとうございます!」
まるで自分の案が通ったときのように喜ぶ涼風を見ていると、なんだか毒気が抜かれた気分になった。
はぁ、面倒なことになったもんだ。
……いや、悪くないかもな。
「それじゃあ、涼風君、飯島君、敦君。今作のキャラクターデザインをよろしく」
「「はいっ」」
と、今回の新作キャラコンペはまとまった。
だが、まだ懸念材料が残っている。
それは八神の事。
正直悪いことをしたと思っている。これじゃ八神の立つ瀬が無い。
実際、この一週間。
コンペにすら関わってこなかったわけだし。
「八神もそれでいいね?」
グラフィックの全てを統括する彼女の了解を得ようと、葉月は声をかけるのだが、当人は俯いたまま動かない。
「……八神?」
「え? あ、はい! 大丈夫です!」
一瞬遅れて返事が返ってきた。
本当に大丈夫だろうか
心ここに在らずといった感じなのだが。
珍しいこともあったもんだ。あの仕事人間で有名な彼女がこんなことになるなんて。
やはり、涼風との一件以来、様子がおかしい。
ずっと上の空で集中してしていなかった。
何かあったのかもしれない。
しかし、それを詮索するような野暮なことはしない。
誰だって言いたくないことの一つや二つはあるものだ。
そんな八神の気の抜けた声で、新作コンペの幕は閉じた。
●
青葉視点
「ねぇ青葉」
会議室から戻る途中、私は後ろからついてきた八神さんに声をかけられた。
「おめでとう、やるじゃん」
さっきまでのボンヤリとした雰囲気とは打って変わって、いつもの八神に戻っていた。
明るい笑顔に少し意地悪そうな表情を浮かべている。
でもそれがどこか安心できて嬉しい気持ちになる。
「いえそんなっ、敦さんとゆんさんがいないと描けませんでしたし、それに…」
「それに?」
「あの時のこと、ちゃんと謝らせて欲しくて」
改めて八神さんに頭を下げる。
自分でも彼女のことをすごい人だと思いすぎていた。
だから、多少のリテイクぐらいなんてことないって思っていた。
でも違った。
彼女は彼女なりに頑張って、それでも上手くいかなくて悩んでいる。
そんなこと、私だって知っていたはずなのに。
「別にいいよ。ほら顔上げて。これから忙しくなるよ。ゆんと敦さんで頑張って」
「はい、頑張ります!」
手を振って先に行く八神さんを見て、改めて決心できた。
そうだよね。落ち込んでる場合じゃないや。
ずっと夢だったことができるんだもん。もっと喜んでもいいはずだよ。
うん。よしっ。気持ち切り替えていこうっと。
「おーい! 置いてくぞ〜!」
「今行きまーす」
八神さんの声に元気よく返事をして、私は駆け出した。