NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
柚貴視点
「ムムム……」
アパートの一室、ベッドの上で寝転がっている桜は今日もゲーム製作とやらに勤しんでいた。
画面には俺が描いた絵と、黒く塗りつぶされた上に白の文字で書かれたアルファベットや数字の羅列の二つ。
「なんだ、まだ手詰まりなのか?」
一応、桜が持ってきた本のおかげでそれぞれが何を意味するのかは理解している。
とはいえ暇つぶし程度。
素人に毛が生えたレベルだ。
進展しない状況に飽きてきた俺は、いつもみたくベッドの脇に腰掛けて冷蔵庫の中にあったシャーベットを口に運んでいた。
季節はもう師走。
冷たいモノは冷えるのだが、今は暖房が効いている。桜が際限なく温度を上げるせいでむしろ暑いくらいでちょうどいいだ。
「そうですけど? なんか文句でもありますか?」
「いーえ、別に」
つんけんとした態度をとる桜だが、その実機嫌が悪いわけではないらしい。
ただ単に、こちらを構う余裕がないだけなのだろう。視線は完全に画面から離れず、口元から漏れ出る言葉からは苛立ちを感じることもない。
まぁつまり、邪魔するなってことなんだろう。
「また止まった!?︎ どうやったらうまくいくんだろ……」
「さぁな。ただ、独学じゃ流石に限度ってもんがあるんじゃないのか?」
ただ本を読んだだけでできるようになるのなら、誰だってその分野で飯を食べていけるだろう。
そもそも俺達だけで作ろうって言うのが無茶な話だ。
せめて誰か詳しい人間がいれば。
と考えを巡らせていると桜が話していた事を思い出した。
「なぁ桜」
「今度はなに?」
「お前、前にゲーム会社でバイトしてたんだろ? それなら、得意なヤツと知り合いになったりしてないのか?」
確かそんな事を言っていたはずだ。
そこで働く幼なじみが心配で内部調査に行くとかなんとか。
桜は担当のヤツに随分と怯えていたらしいが……それでも一緒に働いていた以上、全く接触がなかったとも思えない。
となると、顔見知りの一人や二人いてもおかしくはないわけで。
実際、土日には上司にあたるヤツに怖い目に遭わされたとかなんとか言ってたが、それはこの際置いておくことにする。
俺の言葉を聞いた桜は何やら考え込むように押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「一応、いる」
「へぇ、そりゃよかったじゃないか。なら連絡しろよ」
「……でも、まだ見せられるほどじゃないかなって」
歯切れの悪い返事に呆れてため息が出る。
何事も最初が一番難しいのだと言うことはわかるが、ここまで尻込みされると少しばかり不安になってくるぞ……。
「ならずっとこのまま手詰まりか? もう辞めるか?」
「むぅ……わかりました、やりますよーだ!」
売り言葉に買い言葉。
逆ギレ気味に声を上げた桜はキーボードに手を置いたまま、どこかに連絡を取り始めた。
電話をかけてるようだが、相手は一体どこのどいつなのだろうか?
ま、俺には関係ないか。
どうやら繋がったらしい。
「もしもしうみこさん? お久しぶりです。今ちょっと大丈夫ですか?」
電話口から聞こえてくるのは女の声。
口調や声の響きはそれらしいが随分と低い声だ。
「えっと、今度の土日とかあいてますか?……はい、はい。それでお願いします!」
電話の向こうにいる相手にどんな話をしているのかはわからないが、用件を話していないのが気になった。
「はい、ありがとうございます。あと、知り合いも連れてきて良いですか?……あ、はい。それじゃ土曜日の朝十時に忠鳥ペン公前で」
ピッという電子音と共に通話が終了する。
それと同時に桜の体から力が抜け、大きく伸びをした。
「ふぃ〜……これでよしっ」
「おい、その知り合いって俺じゃないよな?」
「えー別にいいじゃん。暇でしょ?」
「暇だけど……」
「だったらいーでしょ。ゆずっちも作ってるんだし、きっとタメになると思うよ。プロなんだし」
こっちは暇つぶし程度なんだが。
まぁいい、暇なのは事実だしな。
たまにはいいだろう。付き合ってやるか。
「わかった。行くよ」
「ほんと!?︎ やったー!!」
……なんでコイツ、こんなに嬉しそうなんだよ。
まぁ、いちいち口に出してもしかたないか。
「よし、またうみこさんに会う前にできるだけ進めよっと」
「はいはい頑張ってくれよ」
そう言って俺は桜のいるベッドの上に寝転ぶ。
結局この後、桜が手を止めるまで一時間近く待つことになるのだが、それはまた別の話。
●
土曜日になった。
桜と共に、件の知り合いと待ち合わせている場所に向かっていたのだが……。
「ねぇゆずっち、ここで待っててほしいんだけど?」
桜が急に立ち止まってそんなことを言い出した。
場所は駅前にある噴水広場。
時刻は約束の時間より数分前。
確かに、ここで待っているだけで十分時間は潰せるかもしれないが……。
「なんだよ?」
「ちょっとね、ニシシ……」
「……」
俺もそれなりにコイツとの付き合いが長くなってきた。
出会って一年も経っていないが、部屋に入り浸ってくるせいか共にいる時間が多い。
だから何を企んでいるのか大体見当がつく。
……またしょうもないこと思いついたな。
「じゃ、行ってくるねー」
それだけ言うと、桜は一目散に駆けていった。
俺は噴水の塀に腰かけて、桜の足取りを追う。
木や人並みに隠れて進んでいるようだ。
やがて、望遠鏡なんか取り出して何かを射程にとらえた。
「…ナニしてんだよ、アイツ」
桜の視線の先には一人の女性が、銅像の前に立っていた。
日焼けした肌に茶髪の長い髪、目尻が鋭いのが特徴の美人。
あれが桜がいっていたうみこという人物なのだろうか?
随分と立ち姿が様になっている。俺と同じで何か使っているな?
「…」
あ、こっちみた。
どうやら視線を察知できるくらいには勘が鋭いらしい。
次は桜の方を向いた。そっちにも気がついたようだ。
桜も目があったことに驚いたのか、木の裏に姿を隠す。
なにやってんだよ。場所が割れたならすぐに動けばいいものを。
身を潜めている間に、褐色の女は動いていた。
速い、やはり何か武術を心得ているのだろう。
身のこなしや歩き方に無駄がない。
人混みを上手いこと桜の死角にして、桜が隠れている木の影までたどり着くのに数秒とかからなかった。
……あの身のこなし。
見たことあるな。誰かに似てる気がする。
「もおおおおお!!」
俺が考えを巡らしてる間に決着はついた。
どうやら桜は彼女に捕まったらしい。
…なにやってんだか。
どうせ、隙をついて驚かしてやろうとかそんなこと考えていたんだろ。
馬鹿だなぁ。
さて、下らないお遊びも済んだことだし、合流するとするか。
俺は彼女達の方へ歩いていくことにした。
「おや?」
と、揉み合っている二人に声をかける前に、桜を捕まえた女に気づかれた。
特に驚きはない。さっきも察知されていたし。
「桜さん、知り合いと言うのはこの人ですか?」
「えーっと……そのぉ……」
桜は観念したのか、渋々うなずき、こちらを見た。
「この人が知り合いです」
「初めまして、阿波根うみこといいます。うみこと呼んでください」
「お…おう」
なんか、名前呼びに対する圧が異様に強く気圧されてしまう。
俺と同じで名字にコンプレックスでもあるのだろう。
「なら俺も柚貴でいいよ。名字は嫌いなんだ」
「わかりました。では柚貴さんとお呼びしますね」
ま、それはいいとして。
「で、桜さんはなんで呼び出したんですか?」
手短に挨拶をすませるとうみこは本題に入ろうとした。
そりゃそうだ。用件も話さず呼び出されたのだから当然だろう。
俺もそういうのは手早く済ました方がいいと考える主義だから、サッサと事情を話そうとすると、桜が割って入った。
「あっ、と、とりあえずどっかお店入りません?」
「……」
「……」
俺たち二人はジト目で桜を見る。
すると桜は焦ったように両手を振り回しながら弁解を始めた。
「だってほら、外寒いしこんなところで立ってたら風邪ひくじゃない!?」
「……」
「……はぁ」
桜の言い訳を聞いて、うみこはため息をつく。
「仕方ありませんね。確かにここだと冷えます。確か近くに喫茶店がありましたよね?そこに行きましょう」
「そうか」
「やったー!」
好物の甘いものが食べられることにはしゃぐ桜を横目に、俺はため息をついた。
昨日の時といい、今さら何を怖じ気づいているんだか。
●
「お待たせしましたー」
店員の声と共に注文したものが届く。
テーブルに置かれたのはオレンジジュースと抹茶パフェ、白玉あんみつ。
前者は桜、後者はうみこが頼んだものだ。
俺はあまり腹が減っていなかったからコーヒーだけにした。
「うまうま」
桜は好物の甘い物をスプーンで口に運ぶたびに幸せそうな顔になっている。
「相変わらずですね」
「どういう意味ですか!」
桜のマイペースぶりに振り回されていたらしいのが、うみこの顔つきや言い方でわかる。
コイツがバイトでなにやったのか不安になってきたぞ。
「あ、でも白玉あんみつも美味しそう」
「食べますか?」
「いいの!?じゃあ、あーん」
「…………」
隣で座る桜は自分の口を大きく開ける。
うみこは一瞬躊躇していたが、結局は自分のスプーンでそのまま食べさせていた。
「うまうま」
こうしてみると、動物にエサをあげているみたいだな。
「じゃあお返し!」
「!?」
差し出されたスプーンに対して、からうみこは慣れていないのか、目に見えて動揺している。
「私は結構です」
「えー」
人付き合いに慣れていないのか、或いは人見知りなのか、少し遠慮気味だ。
「あれ? もしかしててれてるんですか?」それを見逃さなかったのか、桜が挑発する。
「てれてないてすよ」
「ふーん……」
「……」
「ふ~~~~ん」
こういう時に調子に乗り出すのは桜の悪い癖だと思うのだが、本人には自覚がないようだ。
「わかりました。食べますよ!」
そして、とうとう我慢できなくなったのか、うみこは折れた。
意外にも素直だったな。もっと粘るかと思ったのに。
「じゃあ、あーん」
桜は再度スプーンをうみこに差し出す。
「……」
俺の目には、桜がスプーンでパフェを掬って、うみこの方に向けよう始めようとしているところだ。
…なんとなく、そう。なんとなくだ。
俺はその光景が面白くないと感じた。
「っーーーー!」
「あっ!」
俺は桜が握るスプーンの上にあるアイスを頬張った。
「ちょっとゆずっち! 何するの!?」
「……ふん」
抗議してくる桜を無視して、俺は黙々と咀噛を続ける。
味わう余裕もなく、ただ淡々と飲み込んだ。
その様子を見て、うみこも呆気に取られていたが……。
「……なるほど、そういうことですか」
「なんだよ?」
「いえ別に」
何かわかったような顔をしてこちらを見てきたが、それ以上は何も言わなかった。
それから、多少言い合ったりしながら時間が過ぎていく。
それぞれの皿が空になった頃合いでうみこは今日呼び出した用件を聞いてきた。
「で、今日は用事ってなんですか」
あぁ、やっと本題に入れる。随分と回り道をしたもんだ。
「え? うーん…えっと…」
だが、相変わらず桜は歯切れが悪い。用件を知っている分余計にイライラしてくる。
「笑わない?」
「場合によっては笑います」
「いじわる!」
桜はむくれているが無視しよう。
さすがにこれ以上引き延ばされると俺もキレそうだ。
「はぁ、言う気がないなら帰りますよ」
それはうみこも同じのようで、ため息をついて席を立とうとする。
「あ! ちょっと!」
それを見て、慌てて桜は呼び止めた。
桜は観念したように口を開く。
「んーと…プログラムでわからないことがあったんだけど、調べてたら解決したから特に用もなくなっちゃって」
あぁ、昨日のアレ。うまくいったのか。
俺の部屋にいるときは反応から手詰まりだったのはわかっていたが、どうやら家に帰ってからもやっていたらしい。
だから妙にはぐらかしていたのか。
ただ、桜が言っていた通り、その道のプロらしいから同じ分野の話には反応した。
「桜さんがプログラム? 何か作っているんですか?」
「見る!?」
桜は嬉々として自分のサメを模したリュックを探る。
出てきたのはパソコン。
テーブルの上に広げると電源を入れてしばらく操作して、画面を広げる。
昨日と同じ光景が出てきた。
「この絵は?」
「これ、ゆずっちが描いてくれたんだよ。シキって言うの」
桜が指差したのは刀を持った和服の女性。
簡単に内容を説明すると、この主人公が魔物や異形の類いを不思議な魔眼の力で切り倒していくというもの。
最初に作っていた馬に乗った騎士やら猪やらにぎりめしやらが一新され、背景もそれなりに見えるモノに仕上がっている。
「うまいですね」
「暇つぶし程度だよ」
うみこは感心していたが、俺はそれほどでもないと思う。
手先は器用な方だし、やり始めると色々手を抜くのが性に合わないのだ。
「もー! 私もがんばったんだよ。ほら、ちゃんと動くしジャンプだって……」
自分だけのけ者にされたのが気に触ったのか、桜はキーボードを操作して、キャラクターを動かそうとするのだが――
「あ! また止まっちゃったー」
「問題解決してないじゃないですか」
うみこが指摘するように、画面ではキャラクターが固まっていた。
一応、動きはするがどこかぎこちない。
桜はもう一度キーを叩くが……やはりダメだった。
そこで俺はふと思い出す。
そういえば、昨日の夜もこんな感じでフリーズしたな。
「前はそもそも起動しなかったりだし…でも動くときはずっと動くんだけど…」
「こっちに来て見せてください」
桜は彼女の隣に移動すると、俺達に見えるようにパソコンを置き直した。
そして、黒いウィンドウをしばらく見てから、ある場所を指さす。
「ほら、ここ、わかりますか?」
「あ、同じ処理を何度もくりかえしてたんだ…」
桜は納得した様子で、再びキーボードを操作する。
すると、今まで硬かったキャラが滑らかに動いた。
それがあまりに嬉しかったのか、目の色に輝きが増している。
「なるほど、さすがプロ…!」
夢中になってまたパソコンをいじる桜。
そんな様子を伺ううみこの様子もどこか微笑ましい。しかし、本当にすごいものだ。
俺のような素人の目から見てもわかるくらいに改善されている。
確かにこれは頼んで正解かもしれない。
だが……それでもまだ問題は残っているようだが、それはおいおいということだろう。
「なぁうみこ、ここはどうなんだ?」
そこに表記されているところに違和感を覚えた俺はそこを指さす。
「あぁ、それはですね……」
説明を求めると、うみこは淀みなく答えていく。
彼女はプログラマーとしての実力もあるらしく、すぐに理解してくれた。
だが、それと同時に目を丸くしていた。
「柚貴さんもわかるんですか?」
「暇つぶしで桜の持ってる本読んでたりするからな」
「それはそれですごいですね」
素なのか皮肉かは知らないが、とりあえずスルーすることにする。
それから、しばらく桜の作るゲームに口を出しながら時間を潰していったのだが、不意にうみこがこんなコトを言ってきた。
「ずっと気になっていたのですが、二人はどういう関係なんですか?」
唐突すぎる質問だったが、俺は別に隠すわけでもないからすぐに答えた。
「ただの同じ大学のゼミ生だよ」
「そうですか。ですが、それだけにしては随分仲がいいようですが」
言い出せば暴漢に襲われているところに出くわして、成り行きで助けたら自宅に入り浸るようになったというだけだが、ここまで懐かれるとは思わなかった。
「別に普通だけど」
「そいうものでしょうか」
「他にどんな風に見えてたんだ?」
「距離感が近いので恋人同士とか、兄妹ぐらいに思っていましたが違いましたか?」
予想以上に的確な回答だったので驚いたが、よく考えれば当然のことかもしれない。
確かにそう言う関係だと揶揄られることもあるだろう、
ただ、桜も俺も、全く意識してなかったわけだが。
「まあ、全然意識してなかったな」
ただ、今の関係を説明するならそれが正しい気がした。
少なくとも同じ空間に長いこといて、男女として見られていないのは事実だ。
「え? そうなの!?」
桜は意外にもショックを受けていたのか、悲しそうな顔をしている。
それにしても、その反応は一体どこから出たのかわからない。
「やはり少し距離が近いように思いますが」
「そうかな……そうかも……」
納得はしていない様子ではあるが、一応は引き下がってくれた。
あと、いつの間にか、桜のプログラムの方も一段落ついたらしい。
「うみこさん、ありがとね!」
「また進んだら見せてくださいね」
「うん! わかりました」
「んじゃ、帰るか」
桜をつれて席を立つ。随分と話し込んだようで、もう日が暮れそうになっていた。
日が落ちるのも随分と早くなってきた。冬至はもうすぐだ。
「あの、最後に一つ良いですか?」
コートを羽織るのに手間取っている桜を待っていると、思い出したかのようにうみこが声をかけてきた。
「なんだ?」
「これはただの好奇心なんですけど、寒くないんですか?」
俺の格好は単衣のみ。傍から見ている方としては寒いかもしれない。
しかし、これはこれで案外慣れると平気になる。
「いや、全然」
現に今も特に寒さは感じていない。
だから、俺はこう答えることにしよう。
だって、これは俺にとってはいつも通りのことだから。
「そう言えば、ゆずっち何も羽織ってないよね」
うみこと別れた帰り道、隣にいた桜がふと思い出したように言った。
今は最寄り駅まで向かう途中だ。かろうじて出ていた日も完全に落ち、俺達は街灯が点き始めた道を並んで歩いていた。
「なんか、服、買ってみたら?」
「あー……そうだな……」
言われてみると、確かに季節的には必要かもしれない。
実際今まであまり気にしていなかったが、良い機会だ。
「つっても、何があるんだよ?」
が、いままで洋服など部屋着のワイシャツ以外着たことが無い。
だから何を着れば良いかわからない。
桜に聞いてもまともな返事は帰ってこないだろうが、参考程度に聞いてみることにした。
「うーん、そうだね…革ジャンとか?」
「却下」
一瞬脳裏に浮かんだのだが、さすがにそれは無いだろう。
そもそも和服と合わないし。
「えぇ~? カッコイイよ?」
「お前に聞いた俺がバカだった」
やっぱり聞くだけ無駄だったようだ。
ため息をつくと、桜は続けた。
「色はね、黄色がいいと思うの」
「…なんで?」
「えっとね、なんとなく」
桜の回答にため息が出た。
適当に言ってるようにしか見えない。これ以上話を聞いていても仕方がないような気がする。
「似合うよ。絶対」
そう言うと数歩前を歩いて俺の前で笑って見せた。
その笑顔に俺は思わず目をそらしてしまう。
そして、先ほどまでの会話を思い出していた。
なんで革ジャンなんて言い出したのだろうか。
まぁ、どうせ桜の気紛れだろう。
そんなことを考えながら歩いているうちに駅に着いた。
「じゃ、ここでお別れだな」
「うん。今日もありがと。バイバイ」
「おう、また明日な」
改札前で手を振ると、桜はホームへと消えていった。
…革ジャンね。俺はしばらく桜が消えた方を眺めていたが、すぐに踵を返して家路についた。
●
それから数日後。
「やっほー、遊びに来たよー」
桜はいつものようにチャイムも鳴らさず玄関を開ける。俺はベッドの脇に桜が置いて行った教本を読んでいた。
「なんだ、今日は早いな」
桜はというと、台所の方に行き冷蔵庫を開けている。
買ってきた物を入れているのか、少ししてからこちらにやってきた。
手に持っているのはコーラとスナック菓子だ。
いつも食べている好物を両手に持った彼女の視線は、部屋の奥にあるモノにだ。
「あっ、それっ!」
桜の目が見開かれた。
彼女が指差したのはハンガーに掛けられている革ジャンだ。数日前に買った。
色は明るい黄色、首元にファーがかかってある。
正直忘れかけていたくらいだが、やはり目に付くところに掛けたのはまずかったらしい。
さて、これから起こるであろう出来事を考えると面倒なことになるのは間違いない。
しかし、隠すのも違う気がしたのでそのままにしておいたのだ。
案の定、桜の目はキラキラしているように見える。
「ゆずっち、これ、着たの!?」
「あぁ」
「……」
「おい、黙るなって」
「えへへー」
「気持ち悪い笑い方をするんじゃない」
桜は無言のままニコニコしながら近づいてくる。
その様子に嫌な予感を感じながらも、とりあえず座らせることにした。
「それで、どうしたんだ?」
俺の隣に腰掛けると、桜が口を開いた。
しかし、その顔はまだニヤけたままだ。
「ゆずっちー、これ着る時ってどんな感じだった?」
「あ? あー……」
そう聞かれても困ってしまう。
ただ買って着てみただけだからだ。
「特に何も感じなかったけど……」
「そうなの?」
「あぁ、そうだ」
「そっかー」
桜はそう呟くと、何か考え込むように俯いた。
やがて、俺の顔を見上げる。
「ねぇ、ゆずっち」
「ん?」
「私も着たいんだけど、ダメかな?」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
いやだって、いきなり何を言い出すかと思えば……。
「…まぁ、別にいいぞ」
「えっ? 本当に?」
「あぁ」
そう答えると桜は立ち上がって部屋の奥にある革ジャンの所まで小走りで向かっていった。
「やった! ありがと、ゆずっち」
「はいはい」
「ちょっと待ってね」
桜は上機嫌でハンガーから外した革ジャンを持って戻って、いそいそと着替え始める。
そして…。
「じゃじゃーん。どう、似合ってる?」
桜がその場でクルリと回った。
その姿を俺は呆然と見ていた。
「……」
「あれ、どったの?」
「…全然似合ってない」
「えぇ!?」