NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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今回はただのイチャイチャ回


再起の音

 純視点

 

 「さて、午後も頑張るか」

 

 サウンドルームで一人、簡単に昼食を済ました僕は早めに作業に取りかかることにした。

 まだ昼休みは終わっていないけれど、今の流れを切らしたくない。

 社員旅行をひふみと過ごしてから、心にも身体にも生気が溢れている。

 なんというか、仕事が楽しいのだ。

 今までの僕はただ必死に死なないことを目的として生きていた。

 けれど今は違う。

 僕にはやるべきことがある。

 それが楽しくて仕方がない。

 だから、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。

 改めて仕様書を確認する。

 作品の方向性が決まってから僕らにもようやく詳しい仕様書が回ってくるようになった。

 内容はぬいぐるみが住まう世界に迷い込んだ女の子のお話。

 絵本やおとぎ話をモチーフにした世界観だ。

 どうやら今回のキャラデザには先輩も一枚噛んでしまっているらしい。

 あの人、なんやかんや面倒見良いからな。

 

 「となると、やっぱりピアノとか繊細な音がいいな」

 僕はパソコンのファイルの中から楽器の候補をピックアップしていく。

 ピアノとか弦楽器、あとはフルートなんかもいいかもしれない。

 と、そのときだった。

 ガチャリ。

 と、サウンドルームの扉が開く音がした。

 誰かだろうと、思いながら顔をあげると、赤いセーターの下にブラウスを着た女性が立っていた。

 暗紅色の髪を白いシュシュで結んだポニーテールの彼女を見て、僕の心臓は大きく跳ね上がる。

 だって、それは僕の大切な人、ひふみだったんだから。

 

 「えっと……ひふみ?」

 

 どうしてここに?

 という疑問より先に彼女の名前を呼んでいた。

 彼女は答えることなく、そのまままっすぐこちらに向かってくる。

 そして――

 

 「……純君」

 

 俯いたまま、ガバッ! と抱きついてきた。

 

 「へっ!? ちょ、ひふみっ!?」

 

 突然の出来事に頭がついて行かない。

 ひふみはそんな僕を無視して、胸元に顔をすり寄せてくる。

 柔らかさと温かさを感じつつ、頭の中はさらに混乱を極めていた。

 

 「ど、どういうことですかこれぇ!?」

 

 「しゃべりすぎて…疲れた、から……充電……」

 

 そう言ってさらに強く抱きしめられる。

 彼女の表情を見ることはできないけど、その声色だけで彼女が本当に疲労困ぱいしていることが分かった。

 そっか、ひふみも頑張ってるんだ。

 抱きついたまま話を聞くと、コンペに通った例の新人が3Dについて意見を言えなかったらしい。

 それを気を遣ったひふみが一緒にお昼ご飯に行って、そこで相談に乗ってあげたのだ。

 人と話すことが苦手で、幽霊より怖いと話していた彼女がここまでしたと思うと、嬉しく思う。

 

 「そうだったんですね。すごいです」

 

 だから僕はいつものように彼女を褒め、背中に手を回して優しく撫でる。

 すると、少しだけ腕の力を弱めてくれた。

 

 「ん……ありがとう」

 

 「いえ、良かったですね。ちゃんとその子も元気になって」

 

 「うん……でも、やっぱり…まだ、うまく話せなくて…これからもっと練習しないとって思った……」

 

 あぁ、この人は本当に優しい人なんだなと思った。

 相手のことを思って一生懸命になれる。

 いつだってそうだった。そんなところがたまらなく好きなのだ。

 だから、少しでも答えてあげたい。この人の勇気と優しさに、誇れるような存在でありたい。

 僕はもう一度言う。

 今度は真っ直ぐ目を見つめて。

 彼女の優しさに応えるために。

 大好きだよって伝えるために。

 

 「大丈夫ですよ。きっとすぐに上手くなりますよ」

 

 「……本当?」

 

 「はい。僕も手伝います」

 

 「……ふふ、そうだね……。ありがと……」

 

 それからしばらく僕らはそのまま抱き合っていた。

 彼女の体温を全身で感じながら。

 

 「ねぇ、純君」

 

 ひふみの肩を掴んで離れると、彼女は上目遣いのまま名前を呼んだ。

 何を言うのかと思えば、彼女は頬を赤らめたままこう続けた。

 

 「私、頑張れるかな……?」

 

 「もちろん!」

 

 即答する。

 むしろ頑張りすぎだよ。

 もう十分すぎるくらい。

 

 「ひふみなら絶対できます。僕は知っていますから」

 

 「……じゃあさ」

 

 ひふみは両手を伸ばしてくる。

 

 「キス、して…?」

 

 「……はいぃ!?」

 

 予想外過ぎて変な声が出てしまった。

 それを聞いた彼女は恥ずかしかったのか、慌てて手を引っ込める。

 顔は真っ赤だし、瞳は潤んでいるし、おまけにちょっと涙ぐんでさえいる。

 そんな姿を見て、僕は改めて実感した。

 やっぱり僕は彼女のことをどうしようもなく好きなのだと。

 

 「…じゃあ、目を閉じてください」

 

 僕は内心ドキドキしながら彼女に告げる。

 すると、彼女はゆっくりと瞼を閉じた。

 長いまつ毛と綺麗な肌に見惚れてしまいそうになる。

 だけど、今はダメだ。

 そんな場合じゃない。

 僕は一度深呼吸をして気持ちを整える。

 そして、意を決して、顔を近づける。

 何度も触れあったかわからなくなるほどしたけれど、会社でするのは初めてだった。

 

 「……」

 

 「……」

 

 お互いの吐息がかかりそうな距離。

 心臓は今にも破裂してしまいそうだった。

 彼女の唇に自分のものを重ねようと、あと数センチまで近づいたとき――

 

 「「っ!?」」

 

 チャイムがなる音が部屋に響く。

 ひふみはビクッと肩を揺らして、急いで僕の胸から離れた。

 それは昼休みの終りを告げる音。

 

 「ご、午後の仕事が始まるから……戻らないと……」

 

 「そ、そうですね……」

 

 ひふみはぎこちない動きでサウンドルームを出て行こうとする。

 その背中を見ると、名残惜しく感じてしまう。

 …そして、胸の内に沸いた感情を、僕は抑えることができなかった。

 ドアノブにひふみの手が触れるその直前、彼女の手を引いた。

 

 「!?」

 

 驚いた声をあげてこちらを振り向いた瞬間、僕はそのまま唇を奪う。

 何度も触れあった柔らかい感触が、唇に伝わる。

 ほんの数秒のことなのに、まるで時間が止まったようだった。

 唇を離すと、彼女は呆然としたまま立ち尽くしていた。

 

 「…じゅ、純君?」

 

 「あ、いえ…その、僕もしたかったので」

 

 正直な気持ちを伝える。

 せっかく会えたのにこのままひふみと離れるのが、どうしても嫌だったから。

 

 「す、すみません。驚かせて…」

 

 「ううん。ありがと……」

 

 謝る僕に、ひふみはほほえみで返してくれた。

 頬を赤らめ、瞳も輝いている。

 

 「それじゃあ、午後も頑張りましょう」

 

 「うん、バイバイ……」

 

 「はい、また後で」

 

 軽く手を振って別れると、彼女は急ぎ足で部屋から出て行った。

 

 「……あー……やっちゃったぁ……」

 

 一人になった途端、さっきまでの興奮状態は消え去り、冷静になる。

 いくらなんでも衝動的すぎた。

 これでは嫌われても文句言えないだろう。

 でも、後悔はない。

 ひふみは僕の彼女なのだ。

 誰よりも大切な人。

 だから、これから先ずっと一緒に居たいと思ったら、遠慮なんてしない。

 

 「よしっ」

 

 気合いを入れ直して、仕事に戻ることにした。

 もっと頑張ろう。

 ひふみの努力にも応えられるようになりたい。

 でも、そのためにはきっと今のままじゃだめだ。ただ良い曲を作るだけじゃ、今までと変わらない。

 

 「…」

 

 一人残された僕はサウンドルームの隅に置かれている、あるモノに視線が集まった。

 それは、前にここで働いていた人の置き土産。

 一度対峙し、諦めた電子ピアノだった。

 僕の中で、何かが動く音がした。

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