NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
佐藤視点
「んじゃ、俺、もう上がるな」
「お疲れ様」
「お疲れ~」
今日の仕事を終えた俺は、まだ残っている遠山と八神より先に帰り支度を済ませてる。
特にクリスマスの予定はない。
家に帰って少し豪勢な夕食でも食べて休もう。
いそいそと帰り支度を済ませてオフィスを出ると……。
「佐藤く~ん♥」
最近鳴りをひそめていたヤツが出てきた。
「なんっすか花男さん」
「何って、佐藤君を煽りに来たの」
「……」
「りんちゃんへの想いが成就しなかったら会社辞めるとか言ってたのに、社員旅行からほとんどなにも行動を起こしてないじゃな――」
俺は無言でハリセンを突きつけた。
「反応したってことは、認めるってことね、佐藤く――って痛いわ!!」
ハリセンの一撃を食らい、花男は悲鳴を上げる。
が構わず追撃をかます。ついでに頭を掴んで髪をむしり取り、床にたたきつけた。
「ほんっとにアンタは、人の神経逆なでするようなこと言いやがって…人間性を疑いますよ」
「っ…ひ、ヒドいわっ! これでも真剣に応援してるのに!」
「それならそれで人間性を疑いますよ」
「うぐっ……」
それだけ言うと、俺はその場を離れた。
まったく、仕事終わりくらいゆっくりさせてくれよ。
「佐藤くん、いい加減にしなさいよね! せっかくのクリスマスなのよ! りんちゃんを誘わなくて良いの!? このままだと会社の中でコウちゃんとイチャイチャするわよ?」
後ろで何か叫んでいるようだけど無視だ無視。
ああいう手合いには関わらないことが一番なのだ。さあ家に帰ろう。
そう思いながら会社を出た。
車を置いてある駐車場に着いて車のドアに手をかけようとした時だった。
「ん?」
不意に手元に冷たい感触が走った。
視線を落として自分の手を見ると、そこは濡れていた。
雨にしては随分と冷たい。まるで氷水を浴びせられたような冷たさだ。
不思議に思って空を見上げると……そこには白い雪がちらほらと降っていた。ホワイトクリスマスという奴だろうか?
「へぇ~、綺麗じゃん」
真っ白に染まった都会の風景を見て思わず呟いてしまう。
社員旅行で雪は見飽きるほど見たが、やはり都会で見る雪と言うのもそれはまた趣がある。
「…そう言えば」
と、不意に今朝見たテレビの事を思い出した。
確か今夜はかなり降り積もるという。終電になる頃にはもしかしたら電車が止まることもあるかもしれん。そんな事を天気予報士が言っていた気がする。
そうすればきっと、あの二人はまた社内で寝泊まりすることになるのだろう。
八神の方は毎年恒例のことだが。
おそらく八神は泊まると言い出してスカートを脱ぐ。それを遠山が叱るのだ。
「やれやれ…」
とはいえ、今の俺は少しだけ違う。
踵を返した俺は会社へと戻る。
八神だけ泊まるなら勝手だが、遠山まで巻き込まれて泊まるようなことはいただけない。
ついでだ。
二人も乗せてやろう。
俺は社員証でドアを開けてオフィスの中に入る。
中はもう消灯されていて、真っ暗だが人の気配がする。
「お前ら、まだいるか?」
転ばないよう壁伝いでキャラ班のブースへに顔を出すと――
「なにしてるの!?」
「え? だって泊まるなら……」
「あぁもうそういうところは全然変わってないんだから-!!」
……案の定、八神がスカートを脱いでいるのを遠山が叱っていた。どうやら俺の考えは間違ってなかったようだ。
「……おい、お前ら、仲が良いのは構わんが、少し落ち着け」
「「!?」」
俺は顔を手で覆い、後ろを向いた上で二人に声をかけた。
「さ、佐藤君!?」
「ちょ! 佐藤なんで戻ってきてんの!?」
慌てる遠山と、羞恥に震える八神のリアクションを聞きつつ振り返ること無く続ける。
「雪が降ってきたから乗せてやろうと戻ってきたんだよ」
つうか、八神。
毎回毎回言うが恥ずかしがるなら脱ぐな。
もう突っ込むのも億劫になってきた俺はため息をつくしか無かった。
「あぁもう! 佐藤君っ、ちょっと待っててね! ほらコウちゃん早く着替えて!」
「わ、わかったよりん」
「…」
普段の遠山なら俺とともに叱るのが常なのだが、随分な慌てように違和感を覚える。
その根拠を紐解く暇もなく、遠山が俺の元に歩いてきた。
「ごめんね佐藤君。わざわざ戻ってきてもらって」
「…別に、ついでだし」
「そっか……」
今ちゃんと彼女のことを目視して、改めてわかったがやはり様子がいつもと変だ。
落ち着きが無いと言うか、もじもじしているというか…。
恥ずかしがりながら絞り出すように言葉を紡ぐ。
「…その、見ちゃった?」
「何を?」
「……その、コウちゃんの……」
彼女が何を聞きたいかは分かった。
それを本人の口に出させるほど、俺の性癖は歪んでいないし、させたくない。
「見てないよ。なんとなくこうなることはわかってたし」
「本当!? なら良かった」
俺の言葉を聞いて、心底安心したような表情を浮かべた遠山。
目の色が明らかに変わり、キラキラと輝いている。本当に心の底から安心しているようだった。
…なんだ?
今までこんな反応したこと無かったのに…。
「んじゃ、サッサと帰ろうぜ。あんまり遅くなって明日の仕事に支障が出ても困るし」
「うん、そうね。じゃあ、私はコートを取ってくるから先に駐車場に行ってて」
「おぅ、了解。八神も乗るだろ?」
「私も行くー」
遠山が小走りで自分の席に戻っていく。
「んじゃ、俺先に行くな」
その後ろ姿を見送った俺は、また駐車場へ向かうことにした。
先にエンジンをかけて置けば二人が乗るときには暖房が効いてくるだろう。雪が降っているなら尚更だ。
再び会社を出た俺は、駐車場に置いてある車に乗り込むとエンジンをかける。
「さて」
せっかくだ。
少し寒いがこの雪景色を楽しみながら一服と行こう。
車を出た俺は、タバコに火を付けて煙を吸い込む。
吐き出した煙が夜空と雪に交じって溶けていく。その風景が、俺の目にはどこか儚く見えた。
「佐藤君」
「?」
声をかけられて振り返る。
立っていたのはコートに身を包んだ遠山のみ。
「ん? 八神は?」
「ちょっとトイレに行くって」
「…そうか」
タバコの火を消そうとした時、遠山が隣にやってきた。
俺が急に戻ってきたときにみせた落ち着かない様子のままで。
「……」
「……」
寒さと沈黙が空間を支配する。
わずかに残ったタバコの煙だけがゆらゆら揺れていた。
そして、それを破るのもまた遠山であった。
彼女は意を決するように深呼吸すると、俺の方を向いた。
「佐藤君っ」
声色は浮ついていて、緊張がこちらにまで伝わってきた。
「なんだよ」
「えっと、あのね……」
そこで言葉が詰まる。
言いにくいのか、それとも別の理由があるのか、彼女は中々次の言葉を出さない。
「……」
「……」
「……」
「……」
俺はじっと待つ。
きっと何か大切なことだ。水を差すのは野暮に決まっている。
「あのね…これ」
恥ずかしがりながらも、彼女は両手で何か差し出してきた。
丁寧にラッピングされた箱。
この日にソレを渡すということはつまり……。
「その…クリスマス、プレゼント……誕生日の時、たくさんくれたから」
「……あぁ、なるほど」
確かに、誕生日の時に7つもプレゼントを渡すという凶行を敢行して、引かれたのでは無いかと心配していた。
だが遠山なりにも色々と気を使っていたらしい。
正直予想外だった。
別にお返しを期待して渡したわけじゃない。もう一種の自棄みたいなモノだったのだから。
「開けていいか?」
「うん……」
包み紙を開ける。
現れたのは綺麗に包装された腕時計。
「……」
「ごめんなさい。男の人が喜ぶモノが分からなくて…時計なら使えるかなと思って……」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
「……良かった」
ほっとしたように胸を撫で下ろす彼女。
そんな様子を見て、俺の心の中に温かい感情が芽生えてくる。
「つけてみていいか?」
「もちろん!」
俺は左腕に付けようとする。
しかし、それはうまくいかなかった。
「あれ? ちょっと待ってくれ」
「大丈夫? 私がやってあげようか?」
そう言って手を差し伸べてくる遠山。
断る理由は無いため、素直に手渡す。
彼女の細く白い指先が腕に触れ、腕時計をつけてくれる。
ただそれだけなのに、心臓が高鳴った気がする。
「はい、これで良いよ」
「…ありがとな」
「どういたしまして」
遠山が微笑む。
俺は彼女に礼を言うと、再び煙草に火を付けた。
「それで、いつまでそこにいるつもりだ?」
「へ?」
遠山が間の抜けた返事をする。
それと同時に、物陰に隠れている八神も姿を現した。
「バレてたかー」
「最初から隠れてたことなんて知ってるわ」
「あらら、そりゃ残念」
八神が肩をすくめる。
すると、遠山が慌て出した。
「え!? そうなの? 全然気付かなかったんだけど!!」
「いやぁ…ちょっと顔を出しずらくてさ」
「ったく、いいからサッサと乗れ。寒いんだから風邪引くぞ」
「それもそうね。じゃあ遠慮なく」
「あっ、私も乗るー」
二人が車に乗ってくる。
暖房の効き始めた車内の温度が上がったせいか、二人の頬がやや紅潮するのが分かる。
「コウちゃん? さっきから顔赤いけどどうしたの?」
「えっ!? いやぁ…その、そう! さっきまで隠れてたから!ほら寒かったし!」
「そっか……まぁそういうことにしておくわ」
なにやら二人の間で会話が交わされているが、あまり興味は無い。俺はアクセルを踏んで雪の街を駆け抜けるのであった。
●
八神視点
「ごめんりん、先行っててくれる?」
それは、私が佐藤とりんがプレゼントを渡していた駐車場につく前の事。
ほんのちょっとだけ時計の針が遡る。
「コウちゃん? どうかしたの?」
オフィスを出てすぐ、コートに着替えたりんは鞄を肩にかけながら首を傾げる。
「ちょっとトイレ」
正直、恥ずかしくてりんには言えないし見られたくない。
だから適当な理由を付けて少しの間だけ別行動をしたかったのだ。
「……もう、わかったわ。先に行って待ってるわね」
「うん。私も急ぐから」
というと、りんは納得したというか、安心したというか、変な様子でエレベーターのある方へ歩いて行った。
「…よし」
その背中が見えなく無ったのを確認した私は、気合いを入れるように両手をギュッと握りしめた。
私はこれから彼に会いに行く。
そう、吉田駿輔ことヨッシーに。
あれ以来、面と向かって話せていないけど今日はクリスマス。
本当は先日やらかした事に対するお詫びをしたいのだけど彼は受験生。
センター試験までもう秒読みだ。
邪魔するわけにはいかない。
きっと今も警備室で追い込みをしているはずだ。
だから手短に済まそう。
私は、早足で彼が働いている場所へ向かう。場所は意外と近い。本当に目と鼻の先。あっという間に警備室にたどり着いた。
「……」
ドアを開ける前にノックをしようとするが、躊躇ってしまう。
だって、またあの三白眼と目が合ってしまったら、彼にした事をまた思い出してしまうから。
うぅ……でもこのままじゃダメだよね。
よしっと心の中で覚悟を決める。そして意を決してドアを叩いた。
「…どうぞ」
ドアの向こうから聞こえる低い声は彼のモノ。
特徴的なその声を聞き間違えることは無い。
ヨッシーだ。
「……は、入るね」
深呼吸を一つして、私はドアを開けた。
警備室にはヨッシーが座っていた。机には参考書とノートがたくさん広げられている。
私が入ってきたのに気がついて、目が合う。
私が酔った勢いでキスした時と同じ三白眼、それに見つめられただけで息がつまった。
「えっと…こんばんは」
「はい、こんばんは」
勉強中なのにわざわざ手を止めて礼儀正しく頭を下げる彼につられて、こっちもお辞儀してしまう。
私と彼はそんなよそよそしい関係じゃ無いのに。
「今日はどうかしましたか?」
「えっ!? いや…その…」
ここまで来たのになに知りすぼんでるんだよ私!
さっきの覚悟はどこに行ったの!!
と叫びたくなるけど言葉が出ない。
でもいつまでも黙っているわけにはいかない。
りんと佐藤を待たせてるし、彼の時間を奪いたくない。だから、手短に、簡潔に話そう。
「その…今日はクリスマスでしょ? ちょっと…渡したいモノが、あってさ」
鞄の中からそれを取り出そうとするのだけど…。
「えっと…あれ、確かに鞄の中に……」
あるはずなのに、見つからない。
「大丈夫ですよ。ゆっくりで」
「う、うん。ごめんね」
おかしいと思い、鞄の中を探ると奥の方にあった。
「あ、あった」
手に取ったそれを、改めて見る。……うん、間違いない。
よかった。忘れたわけでも失くしたわけでもなかった。
「えっと、これ…渡したくて」
「それは…?」
私が取り出したのは布で出来た小さな袋。
そこには合格祈願と書かれている。
「お守りですか?」
「…うん。私さ、勉強とかわかんないからさ、こう言うのしかできないから…」
ネットで調べて悪戦苦闘しながら手作りしたモノ。
こういうのは苦手だけど、りんにも頼らずに一人で頑張って完成させた。
絵や3Dならもっと上手くできたのに、実物だとこうも難しいと思わなかった。
私が差し出すと、彼はしばらくじっとそれを見つめていた。
それから、私の顔を見て。
今度は私の目をまっすぐに見てきた。
いつも安心するその瞳は、今は怖い。
まるで、怒られるんじゃないかってぐらい怖かった。
だから思わず後ずさりしてしまいそうになる。
だけど、ここで逃げちゃダメだ。
私は、彼を信じてる。
だから、臆せず堂々としよう。
そう思った瞬間だった。
「ありがとうございます」
彼は小さく微笑みながら受け取ってくれたのだ。
「……!」
まさかの反応だったのでびっくりしてしまった。
「大切にしますね」
「う、うん!……あと、それ中開けてみて?」
「はい、わかりました。では、遠慮なく……」
お守りを開いて、中を見た。
そこには、私が描いた絵が入っている。
私が本気で描いた渾身の逸品。
それが彼にできる精一杯のことだから。
「スゴいですね」
「でしょ? これ、ホントなら数万円するからね?」
「え!?」
当然だ。
何せ、イーグルジャンプを代表するキャラクターデザイナー、八神コウが描いたのだ。
本当ならただの一般人が描いてもらえるかすらあやしい。
と言うより、お金じゃ買えないほど貴重な物なのだ。
「だから絶対ご利益あるよ」
そう言って笑って見せる。
すると彼は、また私に笑いかけてくれた。
「はい、頑張ります」
「うん。……えっと、じゃあそろそろ行くね。邪魔してごめんね」
「いえ、こちらこそ。わざわざ来てもらってすみません」
「いいよ。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
警備室を出て扉を閉める。
そして逃げるように駆け出した。走ったら危ないとか、そんな事は関係ない。
ただひたすら走りたかった。
胸がドキドキして苦しい。
息が荒い。……でも嫌じゃない。
むしろ心地よい。
なんだろうこの気持ちは。
わからない。
でも、悪い気分ではなかった。
よし…早く戻ろう。
りんと佐藤が待ってるはず。
真っ赤になる顔を両手で隠しながら、私はビルの中を駆け抜けていった。