NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
純視点
「あれ……葉月さんどこだろ? さっきひふみと歩いてるところ見たんだけどな」
プロトタイプ版の提出日期限が明日に迫る中、仕事に一段落がついた僕は彼女に話があったのだけど、どこに行ったのだろう。
会議室が並ぶ通路を歩いていると、2人の人影を見つけた。
片方は印象が薄いけれど、もう片方には覚えがある。
僕は人影がある場所へ足を進めた。
そこには…。
「お、ひふみんの彼氏じゃん。どうしたの?」
「あ……」
通路にいたのはひふみと八神さん。
今作のADを勤めている人だ。話す機会はほとんど無いけれど、有名人だしひふみの上司、よく話にも上がる人だから顔と名前にも覚えがあった。
「ひふみ? 大丈夫? 顔悪いけど」
それよりも気になったところがある。
ひふみの顔色が目に見えて悪い。明らかに青くなっていて、手も震えている。
年末の冬コミなんか比にならないくらい動揺しているようだった。
「えっと……ね、キャラ班…の、ことで、相談……してて」
それは社員旅行の時に話していたことだ。
キャラ班のリーダーになるという話。
そうか、まだまとまっていなかったんだ。あの時は僕のことばかり気にしてくれたから気にはなっていたのだけど、形になってくれたのは嬉しい。
「それで……やっぱり不安になっちゃって」
「あぁ…」
「ひふみんは心配性だなぁもう。大丈夫だって」
八神さんはこう言っているけれど、確かに不安だろう。
僕も同じ立場ならきっと同じ気持ちになっていたはずだ。
でも、リーダーになることで自信を持てる部分もあると思う。
今まで通りでいいということではないかもしれないけど、何かしら変わることはあるはずなんだ。
だから、そんな顔しないでほしい。
「きっと大丈夫ですよ。僕も応援します。それに」
「…それに?」
「ひふみがリーダーになってくれたら、一緒に働ける機会も増えるだろうし」
僕にとって一番嬉しいことはそれだ。
僕も一応、サウンドには僕しかいないから事実上のリーダーを担うことになっている。
だから会議にも当然出るし、リーダー同士で話し合う場面もある。それはつまり、ひふみと一緒に仕事ができるということだ。
僕は基本的にサウンドルームで引きこもっているから、あまり社員と関わることは少ない。
当然、会議には顔を出すけれど、仕様書や世界観の共有をするくらい。正直言って寂しいのだ。
たまにはみんなと話したいという願望はある。
そして、その中にひふみがいるなら、それ以上望むものはない。
「……うんっ。 頑張る!」
少し間があって、いつも見せてくれる笑顔に戻った。
よかった。これでこそひふみだ。
「ひゅーひゅー! お熱いねぇ!」
八神さんが茶化してくる。
「ていうか、名前で呼んでるんだ」
「あっ」
しまった。つい癖が出てしまった。
他の人の前では名字呼びにしてたのに、つい出てしまった。
特に隠すような事でもないのだけれど、なんとなく恥ずかしい。
「っ……」
ひふみを見ると顔を赤く染めていた。
まずい。こっちまで恥ずかしくなってきた。顔が熱くなる。
僕のせいだ。
なにか話題を逸らさないと……そうだ!
僕は葉月さんを探してたんだ。
2人なら知っているかもしれない。
「そ、そういえば、葉月さん見ませんでした? 探してるんですけど」
「あ…葉月さん……プログラムの……ブースに、いると…思う。さっき、連れてかれてた…から」
ひふみが答えてくれた。
葉月さんはうみこさんによく連れ回されている。先輩と同様、思いつきの仕様変更の被害者なのだろう。
でも行幸だ。
話題も逸れたし、当初の目的も果たせる。
「あ、それと八神さん。遠山さんも呼んで欲しいんですけどいいですか?」
「え? りんに? なんで?」
「葉月さんと一緒に相談したいことがあって」
プロデューサーの遠山さんの名前も出した。
これは去年の面談の話。本当は大和さんとも話しておきたいけれど、まずはこの2人に相談したいことがある。
八神さんはすぐに察してくれたようで、快く了承してくれる。
「いいよー。じゃあちょっと連絡しておくね。先に葉月さんのとこ行ってて」
そしてどこかへ電話をしに行った。
多分、遠山さんを呼び出しているのだろう。
「……じゃあ、僕はもう行きますね」
「…うん、バイバイ」
僕らは別れの挨拶をしてそれぞれ向かうべきところへ向かった。
「……」
通路を1人歩く。
その中でふと、さっきの会話が反芻していた。
そうか、ひふみも頑張ってる。
彼女なら大丈夫だ。
そう断言できる。だって、ひふみの勇気と優しさに僕は救われた。
だから、僕もそれに答えたい。
そして、プログラム班のブースの近くで、特徴的なウェーブがかった灰色の髪の女性を見つけた。
彼女の名は葉月しずく。僕が今日探していた人だ。
「葉月さん」
「ん? なんだい?」
「ってその額どうしました?」
彼女の頭は包帯でぐるぐる巻きだった。
一体何があったのか。
いや、なんとなく予想がつく。
この人はまた、無茶をしたのだろう。
そして、それを諌めるためにうみこさんがやったに違いない。
きっとそうだ。
でなければこんなに念入りにするわけがない。
「あぁ、これね。ちょっとうみこくんにね。でもだいじょーぶだよ。可愛い女の子のデコピンならご褒美さ」
葉月さんは笑みを浮かべながら言う。
本当かな?
まぁ本人がそういうなら大丈夫だろうだけど……。
「それで、私に用があるんだろう?」
「はい。実は前の面談のことで相談があって、詳しいことは遠山さんと話したいんですけど、先に話しておきます」
「へぇ?」
僕は改めて葉月さんの眼鏡越しにある茶色い瞳を見つめる。
図らずも綺麗な目だと思ってしまう。
僕にはないものを持っている。
羨ましい限りだ。
そんな彼女が僕の目を真っ直ぐに見据えている。
自然と背筋に力が入った。
だけど逃げない。寧ろ決意が固まった。
「葉月さん。今回の新作、ラスボスやエンディングの曲のイメージは決まっていますか?」
「いや…まだだねぇ。キャラも決まってないし」
やっぱりそうか。
「なら、提案があります」
でも尚更好都合だ。それならなんとでもなるはずだ。
新作の世界観はおとぎ話とぬいぐるみをイメージしたファンタジー。
フェアリーズストーリー3の時とは違うジャンルではあるけれど、世界観のズレはない。
それに、例えどんな世界観だろうと表現が可能な楽器を僕は知っている。
それは、かつて僕の半身だったモノ。
「ピアノの、生演奏を使いたいです」
●
「なるほど、それで改めて話したかったのね」
ここは待合室の一角。
僕は葉月さんと遠山さんと向かい合うように座っている。
去年と同じ面談だけど、前のような負抜けたモノじゃない。
僕の空気を察してか、2人も真剣な顔をしてくれている。
「すみません。忙しいのに」
「いいの。気にしないで。それにしても、増田君がピアノ弾けるなんて驚いたわ。全然知らなかったもの」
遠山さんは意外そうな表情で言う。
無理もない。
僕自身がそれをひたむきに隠していたからだ。
それを知っている人はここにはほとんどいない。
バレれてもし迷惑をかけるようなことがあれば、僕はこの会社を辞めなければならないかもしれないと思っていたからだ。
つい最近までは、でもようやく覚悟が定まった。
今はもう、辞める気などさらさらない。
だからこうして打ち明けることができた。
ずっと隠していたのは本当に申し訳なかった。
遠山さんはともかく、ひふみにも黙っていたのは少し心苦しかった。
「確かに、いいかも。イメージにぴったりだし」
遠山さんも納得してくれたようだ。
だが、話はまだ終わっていない。これからが本題だ。
なぜなら――
「増田君」
葉月さんの言葉が、この場の空気を凍てつかせる。
「君は、ピアノが弾けないのだろう?」
彼女は、僕が一番恐れていた言葉をあっさりと言い放った。
「……はい」
「えっ!?︎」
「どういうことですか?」
驚く遠山さんと、鋭い視線を向ける葉月さん。
やはり気付かれていた。
「君のことは、敦君とはなちゃんから聞いている。7年前から、君はピアノが弾けなくなっている。そうだろう?」
「…………」
沈黙は肯定の意だと受け取ってくれたらしい。
「で、でもならなんでピアノの生演奏だなんて」
だけど、遠山さんは動揺しているのかそんなことを口にする。
葉月さんは彼女を制止すると、続きを話すよう促す。
そして僕は口を開いた。
何故なら、これが一番重要なことだからだ。
「去年、一度だけ、弾けたことがあるんです。一度鍵盤を叩いただけですけど」
僕は僕の身体の事情と共に、話始めた。
ジストニアのこと。
ピアノを弾こうとすると身体が硬直すること。
そして、一度だけ鍵盤を叩けたこと。
今思い返せば奇跡のような出来事だったと思う。
理由はきっと……。
「増田君」
考えがまとまる前に、葉月さんはまた僕の名前を呼んだ。
「君の意見はわかった。でも、君のその状態では作品に組み込むわけにはいかない。生演奏ならばレコーディングにもスケジュールを見直す必要がある。君もそれをわかっていて、こんな開発初期の段階で話を持ちかけてきたのだろう?」
彼女の言葉は至極真っ当な意見だった。
僕の状態が万全ではない以上、葉月さんの判断は正しい。
でも、それではダメなんだ。
僕はもう二度と間違えない。
僕はもう逃げない。
でないと、ひふみに何一つ報いてあげることができないから。
「だから、猶予を与えよう」
「え?」
「プロトタイプ版の評価が決まってから2週間後。それまでに開発チーム全員を納得させる演奏ができたなら、君の意見を採用しよう。それでいいかい?」
「ちょっと葉月さん!」
遠山さんは抗議の声を上げるが、葉月さんはそれを手で制した。
「わかりました。お願いします」
それだけ聞ければ十分だ。
あとは、力をを示すだけだ。
●
りん視点
「葉月さん、さっきのは」
増田君が席を立ってから数十秒ほどが経過した後のこと、私は隣にいる葉月さんに声をかけた。
ソレはもちろん、増田君のこと。
いくらなんでも無茶苦茶だ。
2週間だなんて短すぎる。
私は彼の事情をさっきまで知らなかった。
ならば尚更、もっと時間をかけるべきだ。開発にはまだ時間はある。そこまで焦る必要なんか無い。
もしそれで上手くいかなければ、増田君は立ち直れないかも知れないのだ。
「遠山君、イップスというのを知っているかい?」
「え? あ、はい。聞いたことはあります」
スポーツ選手などが経験する精神的な障害の一種。
精神に異常をきたしてしまうほどの極度の緊張やストレス。
それが原因となって起こる症状。
ボールを投げたり、トスを上げたボールを打てなくなったりと、普段なら当たり前にできる動作ができなくなるという病気。
「彼はそれと同じだ」
「ならっ」
「一流のスポーツ選手すら、一度イップスになると引退に追い込まれるという。もし治ったとしても、今度はまたそうなってしまったらという恐怖が、次のイップスを引き起こす」
葉月さんは淡々と話す。
「言うなれば、心のガンだ」
でも、それはあまりにも残酷な事実。
増田君は、どれだけの苦しみを抱えているのだろうか。
私達よりも、ずっと。
「だからこそ、半端な猶予で治るものじゃない。そして、より強い確固たる意思が必要だ。増田君もそれは分かっている。できると、弾けるという確信があったからまず私に話しに来たんだ」
確かにそうだ。
彼ならきっと弾けるかもしれない。
弾けてみせると、そう思って行動しているに違いない。
だけど――
それにしても2週間は短すぎる。
レコーディングのスケジュールだって、まだ融通は充分に利くというのに。
……ここで、葉月さんと増田君との確執が脳裏によぎった。
「……葉月さん、もしかして、増田君にひふみちゃんを取られたから腹いせにこんな無茶な要求したんじゃないですか?」
「……」
「……」
「………………………………ちょっとだけ」
「やっぱりー!」