NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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かみ合わない音色

 純視点

 

 「大和です。皆さん、プロトタイプ版の製作、お疲れ様でした」

 

 葉月さんとの話し合いから数日が経過した今日。

 開発チームの面々が会議室に集まっている。その中心には葉月さんと遠山さん。そして、この出資会社からやってきたプロデューサーの大和さんがいる。

 今日は新作のプロトタイプ版が、出資元である芳文堂の評価が報告される日。

 これが通らなければ、出資元からの資金が断たれ、今回の開発は中止となる。

 当然、僕の提案すら無かったことになるだろう。

 その結果は……。

 

 「弊社で製品を評価した結果ですが、とても高評価でした。この調子で気を引き締めて、まずはα版まで頑張りましょう!」

 

 その言葉に、緊張で支配されていた会議室の空気が一気に緩む。

 各々が和気藹々と喜びを分かち合う中、僕の心中は穏やかでは無かった。

 当然だ。ここからが本番なのだ。

 今から2週間後、この場にいる人間全てを納得させる演奏をすること。

 それが今の僕に与えられた試練なのだから。

 僕は今一度気持ちを引き締めると、サウンドルームへと戻った。

 自分一人しかいない空間。そこで僕はまたあるモノと対峙する。

 

 「……」

 

 それは前にここで働いていた人の置き土産である電子ピアノ。

 古い型だが、性能も良く、音にもこだわった一品だと聞いている。

 だが、今の僕にはその片鱗すら引き出すことはできていない。

 面談の直後から今日まで、一度も弾けていない。

 弾こうとしても、やはり身体が硬直してしまう。

 覚悟はしていた。そんな簡単にいくはずもないことくらい。だが、期限は刻一刻と迫っている。

 

 「……よしっ」

 

 このままではいけない。

 僕は意を決してピアノの前に座ると、鍵盤の上に指を乗せる。

 ……が、しかし、そこから先の一歩を踏み出すことができない。

 まるで身体中に鎖が付いているかのように、全く動かないのだ。

 

 「くそッ!!」

 

 思わず声を上げてしまう。

 苛立ちを覚えつつも、ゆっくりと立ち上がると、大きく息を吐いた。

 正直、焦りもある。

 こんなことで本当にやれるのか?という不安もある。

 でもそれ以上に、何よりも怖いのが。

 

 ――また裏切るつもりか?

 

 ――やめておけ、貴様には無理だ。

 

 あぁ、最近は聞こえなかったのにな。

 耳に入るのは父の声。

 頭の中で響く幻聴だった。

 あの時の記憶がフラッシュバックしてきて、どうしても手が震えてしまう。

 ダメなのか?

 僕なんかじゃ、何もできないまま終わってしまうのか?

 自問自答を繰り返しているうちに、時間だけが過ぎていく。

 結局この日は、1曲も弾けないまま終わった。

 翌日。

 昨日の鬱憤を払うために、早速ピアノを弾いてみることにした。

 僕は椅子の高さを調整して座り直すと、深呼吸をして鍵盤の上に置いた。

 だが……

 

 「ぐっ…!」

 

 指を置いた瞬間、またしても全身が固まるような感覚に陥る。

 一度も弾けることはなかった。

 それでも諦めることなく、何度も挑戦し続ける。

 ピアノに向かい合ってから数時間が過ぎようとしているけれど、状況は一向に好転しない。

 それどころか、悪くなる一方だ。

 何故だ。どうして弾けないんだ。

 期限は刻一刻と迫っているというのに!

 焦燥感ばかりが募っていく。

 同時に僕の耳を支配していた鈍いの声が、段々と大きくなっていく。

 

 ――もうやめろ。お前には何も出来ない。

 

 うるさい、黙れ!!

 僕はそう叫びたい衝動を抑えながら、更にピアノに向かって手を伸ばす。

 だが、僕の指が音を奏でることはなかった。

 

 「純君?」

 

 不意に後ろから声を掛けられる。

 振り返ってみると、そこには不思議そうな顔をしているひふみの姿があった。

 思わぬ来訪に、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 彼女もきっと心配して来てくれたのだろう。

 だが、今は顔を合わせたくない。

 情けない自分の姿を見せたくはなかった。

 

 「今日のお弁当…どうだったかな」

 

 ひふみの言葉を聞いてハッとする。

 しまった。今朝、ひふみからお弁当を貰ったことを忘れていた。

 時計を見るともう昼休みの終わりがすぐそこまで差し掛かっているではないか。

 

 「ごめんなさい。ちょっと食欲なくて」

 

 咄嵯に出た言葉がこれである。我ながら最低だと思う。

 

 「え……大丈夫?ちゃんとご飯食べないとだめだよ」

 

 彼女は僕の嘘を見抜いた上で、心配してくれているようだ。

 

 「うん、ありがとうございます。午後からは頑張ります」

 

 「頑張ってね……応援してるから」

 

 僕の言葉を聞いた後、微笑んでみせると、小走りでその場を去って行った。

 その背中を見送った後に視線を落とすと、彼女の手に握られていたであろうお弁当箱が見える。

 そして、先程言われた言葉を反すうする。

 

 『頑張って』か……。

 

 果たして今の自分に出来るのだろうか。

 一人になったサウンドルームに、昼休みの終わりを知らせる鐘の音が聞こえる。

 

 「ん?」

 

 そこでふと、さっき目にした時計に目が行く。

 ちょっと時間がズレてる。

 一目盛りだけ、時計の長針が早かったのだ。

 この会社に来てからずっと買い換えていないから仕方がないか。

 僕はまたピアノと向かい合う。

 でもどういうわけか、今度はその時計が気になって集中できなかった。

 時計の針は進む。

 たとえズレていたとしても。

 僕らの気持ちを置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 ひふみ視点

 

 …何か、あったのかな?

 サウンドルームからの帰り道を歩きながら、私はさっきの純君のことで頭がいっぱいだった。

 私は純君の様子がおかしいことに気が付いていた。

 最近は見ることがなかった怖い顔。

 それに似ている気がした。

 純君に昔何があったかを、私は知っている。

 だから、私が彼の力になることが出来るかもしれないと思ったけど…… 私には無理なのかな? 

 違和感はそれだけじゃない。

 さっきの純君を思い出す。

 彼はピアノを向き合っていた。椅子も、いつと仕事で使ってる椅子じゃなかった。

 それはつまり、純君がピアノを弾こうとしていた証拠だ。

 でもなんで急に?

 思い当たる節が、記憶の中に確かにあった。

 …純君、私が面談を終えた後、後葉月さんを探していた。

 その時に何かあったとしか思えない。

 きっとあの時だ。

 そこで何か言われたのかな?

 もし純君が何かに向けて頑張ろうとしているのなら、私はそれを全力で応援したいと思う。

 でも、胸のうちにあるわだかまりが邪魔をする。

 ――頑張ってね。

 私は彼にそう言った。

 でも、私が言うべき言葉は他にあったんじゃないかな?

 私の心は晴れない。

 そんなことを考えながら、私は自分の席まで戻ってきてしまった。

 

 「あ、ひふみ先輩」

 

 キャラ班のブースには、もう青葉ちゃん達が席についていて、私の帰りを待っていたみたいだった。

 みんなが一斉にこっちを向いてくる。

 なんだか少し居心地が悪い。

 私はすぐに自分のPCの前に座った。

 本当は純君のお弁当箱を片付けてからにしようと思ってたんだけど……まぁいいや。

 私はキーボードに手を置く。

 その時、青葉ちゃんの声が聞こえてきた。

 

 「ひふみ先輩、何かありました?」

 

 「えっ」

 

 突然の言葉に思わず声が出る。

 

 「それ、ひふみ先輩のお弁当箱やないですよね?」

 

 私の反応にゆんちゃんまで話に乗ってきた。

 どうやら二人は、私がいつもより元気がないと感じているらしい。

 普段通りのつもりだったんだけど。

 皆に話す言葉を選んでいるうちに、はじめちゃんも加わってきた。

 

 「彼氏と喧嘩しちゃったとかですか?」

 

 「ちょ、はじめ! 変な事聞くなや!」

 

 はじめちゃんの言葉に思わず言葉を失ってしまった。

 これは喧嘩……なのかな?

 今まで純君と恋人として付き合ってきて、避けられるようなことはあった。

 でもそれは純君が自分の過去を知られたくなくて、必死になっていたからだと思っていた。

 でも今回の出来事は明らかに違う。

 私を避けているように感じる。

 それは私にとって初めての経験で、正直どうすれば良いのか分からない。

 

 「いや、本当にそうなんですか!?」

 

 「ち…違うよ……?」

 

 否定したけど、あまり説得力はないと思う。

 それでも三人はそれ以上聞いて来ることはなかった。

 そのまま黙々と作業に取り掛かる。

 純君は今頃何をしてるんだろう。

 また、あの苦しそうな顔しているのかな?

 そんなことを考えながら、画面を操作してモデリングを進める。

 青葉ちゃん達も会話をやめてそれぞれの作業を始めていた。

 ブースの空気が重い。

 このままじゃダメなのは分かってるけど、私は純君のことが気になって集中できない。

 結局その日の作業は中々捗らなかった。

 

 「あ……雨」

 

 仕事を終えて、会社を出ようとした私は空を見上げて呟いた。

 昼間はあんなに綺麗な青空が広がっていたのに。

 まるで今の私達みたいだと思った。

 ……大丈夫。

 私は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。

 純君が過去に何があっても、私は彼の隣にいるって決めたから。

 だから私は信じよう。

 彼が私を必要としてくれる日が来ることを。

 ……そうだ。明日はお休みだし、純君をどこかに誘おうかな?

 気分転換にもなるだろうし、それに今日のことも相談してくれるかも知れない。

 少しだけ勇気を出してみようかな? きっと、この気持ちは純君にも届くはずだから。

 そう思い立って、スマホを取り出して純君へメッセージを送った。

 

 『純君、今日もお仕事、お疲れ様(#^.^#) 明日はお休みだね。もし良かったら一緒に遊びに行こ?』

 

 送信ボタンを押すと、少しドキドキする。

 すると返信はすぐに来た。

 そこにはたった一言。

 

 ―――ごめんなさい。忙しいのでまた今度。

 

 その短い文章を見て、胸の奥がズキリと痛むのを感じた。

 やっぱり迷惑だったのかな……。

 でも、仕方ないよね。

 純君だって頑張ってるんだもん。寂しく感じてしまう自分を宥めるようにして思う。

 次に会った時にはもっとゆっくり話をしようっと。

 

 「……雨、やまないなぁ」

 

 一人、傘をさしながら家に帰ってきた私は、ベッドに横になりながら独り言のように呟いていた。

 不意に、寝室に飾ってあるスノードームが目に入る。

 社員旅行の時、純君がくれたプレゼント。

 中にいるサンタに扮した女の子が雪玉を投げ合っている様子が可愛らしい。

 でも、今の私にはとても悲しげに見えた。

 あの時、純君の力になると誓ったのに。何も出来なかった自分が情けなく思える。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう? 私はただ、彼に幸せになって欲しいだけなのに。

 

 「……駄目だなぁ。私……」

 

 弱音を吐いている場合じゃない。

 私はゆっくりと起き上がる。

 そして、棚に置いてあった携帯を手に取った。

 純君にメールを送る。

 

 ――おやすみ。

 

 それだけ打ち込んで、すぐに送信ボタンを押した。

 それから私は部屋の電気を消して布団の中に潜り込む。

 また会うときには笑顔を見せられるように、今は休もうと決めて目を閉じた。

 まどろみの中、ふとある考えが脳裏に浮かぶ。

 ……最近、聞けてないな、純君の曲。

 新しい曲、作ってないのかな?

 また、聞きたいな……。

 そうすれば、きっとこのモヤモヤも晴れる気がした。

 

 ●

 

 「……」

 

 休日が開けても、私の心は曇ったままだった。

 寧ろ悪くなっているように感じる。

 ずっと純君のことを考えていた。

 昨夜送ったメッセージへの返事もない。

 ただ、避けられているような態度だけが残っていた。

 何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか?

 考えてみるけど分からない。

 なんで相談したくれないの?

 私は頼りにならない?

 不安ばかりが募っていく。

 そんなことを考えているうちに時間は過ぎていく。

 

 「ぁ……」

 

 私はいつも通りに出社すると、純君と鉢合わせになった。

 

 「お…おはよ、純君」

 

 「……おはようございます」

 

 純君は相変わらず辛そうにしている。

 明らかに疲弊してるように見えてしまった。

 ……どうしよう。聞くべきなのかな?

 でも、聞いたところで私には解決出来ないかもしれないし、逆に余計に悪化させてしまうかも…… 悩んでいる内に純君はそそくさと自分の席へと向かってしまう。

 私はそれを黙って見送るしかなかった。

 その後、仕事中は何事もなく時間が過ぎる。

 謂われもない不安と焦燥感だけが、胸の中で渦巻く。……純君に会いたい。

 会って話したいことがあるのに。

 私はこの日も仕事に集中することが出来なかった。

 お昼休憩の時間。

 青葉ちゃん達はそれぞれお弁当を持ってどこかへ行ってしまった。

 きっと、私に気を使ってくれたのだろう。

 キャラ班のリーダーになったばかりなのに情けないなと思う。それでも、今の私にとってはありがたかった。

 …純君はどうしてるかな?

 まだ、なにかしてるのかな? ぼんやりと彼の姿を思い浮かべる。

 ……会いたい。

 私は無意識に席を立っていた。

 そのまま足早に部屋を出て、階段を降りてフロアを出る。

 行き先は決まっていた。

 

 ――サウンドルームだ。

 

 ドアの前に立つと、息を整えてからノックをする。

 

  「はい」

 

 返ってきた声は純君の声だった。

 

 「あ、あの! 純君……?」

 

 「っ!?……ひふみ? ど、どうかしましたか?」

 

 「えっと……その、少し話がしたくて……いいかな……?」

 

 私は恐る恐る問いかけると、扉の向こうから椅子を引く音が聞こえてきた。

 

 「……分かりました。ちょっと待っていてください」

 

 しばらくするとガチャリという音と共にドアが開かれる。

 そこにはいつも通りの格好をした純君がいた。

 でも、その表情は明らかに疲れが見える。

 大丈夫……なのかな? 私が心配そうな顔をしていることに気づいたのか、純君が困ったように笑っていた。

 

 「……それで、何か用ですか?」

 

 「ぁ……」

 

 いざ本人を前にすると言葉が出てこなくなる。……何を言えば良いんだろう? そもそも私が勝手に来ただけなんだもんね。迷惑だったんじゃないのかなって思う。

 

 「その……ちょっと、話をしたいなと思って……」

 

 結局、口から出てきたのは当たり障りのない内容だけだった。

 

 「……すみません。今、少し手が離せなくて」

 

 純君は申し訳なさそうな顔をする。やっぱり迷惑だったんだ……。

 私は慌てて手を振る。

 

 「ごめんね。急に来て、こんなこと言って……」

 

 「いえ。こちらこそすみませんでした」

 

 純君はそれだけ言うと逃げるようにして部屋に戻ってしまった。取り残された私は呆然と立ち尽くす。

 

 「っ……」

 

 また、何も出来なかった。

 

 「はぁ……」

 

 溜息しか出てこない。

 純君の力になりたいのに。

 それすらもさせてくれない自分が嫌になる。

 いっそこのまま消えてしまいたいとさえ思ってしまう。

 居たたまれなくなってきた私は逃げる様にその場を去った。

 早く戻ろう。青葉ちゃん達が待ってる。

 覚束ない足取りで来た道を引き返す。

 足に力が入らない。

 胸からドロリとした感情が溢れてくるようだった。

 …ダメ、純君がすぐそこにいるのに。

 もし今、この感情が溢れたらきっと迷惑をかける。

 ただでさえ苦しそうなのに、これ以上追い打ちをかけたくない。……我慢しないと。今は仕事を頑張らないと。

 そうすればいつか認めてくれるはずだもの。そうしたらまた昔みたいに笑い合えるはずなのだから。

 ……信じていいんだよね?

 

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