NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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好きだから

 佐藤視点

 

 「……ねぇ、聞いた純君とひふみちゃん。喧嘩したかもって」

 

 「あぁ、言われてみれば確かにそうですね」

 

 出社してすぐに、オフィスの中を隣で歩いていた花男さんはそんなことを言い出した。

 確かに、昨日だって目元を赤くしながらオフィスに戻ってきていた。状況から考えれば、泣いていたと考えるのが妥当だろう。

 涼風を筆頭としたキャラ班の面々に変わったところは見られなかった。

 だとすると、それ以外の人間と何かあったのか。

 滝本が涼風以外と親密になっている人間を俺は一人しか知らない。

 

 「増田と何かあったんですかね?」

 

 「確かに、ありそうね。まあ、付き合ってると喧嘩の1つや2つ当たり前と言えばそうだけど」

 

 根拠は他にもある。

 増田は最近の増田はかなりやつれていた。具体的には、プロトタイプ版の合否が出た辺りだったからか。

 何か関係がある可能性が高い。

 

 「佐藤君!」

 

 突然、慌てた声で飛び出してきたのは遠山だった。

 それもかなりの動揺ぶり。

 何度か彼女が思い詰めていたところは見たことあるが、今回は一線を画していた。

 ただ事じゃ無い。

 

 「りん、どうかしたのか?」

 

 「ひふみちゃんと増田君、何かあったの?」

 

 プロデューサーになってから、彼女は外回りが多くなっている。

 昨日も一日中社内にはいなかった。だから、今朝の滝本を見て事態を初めて認知したのだろう。

 しかし、それでこの慌てようは一体?

 

 「確かに、なんか様子が変だったな。最近は二人で出社してたのに」

 

 「……ごめんなさい。それ、私のせいなの」

 

 どうやら、俺と花男さんの話を聞いていたらしい。

 彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。

 その言葉の意味がよく理解できない。

 滝本と増田の間に何かがあったのは間違いない。

 でもそれは遠山のせいでは無いはずだ。

 少なくとも彼女は悪くないだろう。

 とにかく、詳しく話を聞く必要がある。

 

 「話してくれるか?」

 

 遠山は事のあらましを話してくれた。

 どうも、葉月さんが増田にかなり無茶な要求を吹っかけたらしい。

 だからあんなに疲弊していたのか。

 しかも期限まで1週間を切っている。あの様子じゃ、上手くいってないに決まっている。

 

 「私がちゃんと葉月さんを止めていればこんなことにならなかったのに」

 

 「落ち着け。お前は悪くない」

 

 「でも…もし間に合わなかったら、増田君が辞めちゃうかも……っ!」

 

 確かにそれはあり得る話ではあるが、彼女の顔色はまた悪くなる。

 なにか悪い予感を感じ取ったかのようだ。

 遠山は少し呼吸を整えた後、また口を開いた。

 

 「佐藤君も…いつか辞めちゃうの?」

 

 「なんで俺が辞めるんだよ……」

 

 「だって、想いが実らなかったら会社辞めるって言ってたから…もしそうだったら…私……っ」

 

 泣き出しそうになる彼女を見ると、こっちまで息が詰まる。

 

 「……俺はまだ、決めてない」

 

 畜生、俺が言わなきゃいけない言葉はこれじゃないのに、上手く口に出来ない。

 俺は確かに言った。その通りだ。だがそれを今引き合いに出されるとは思っていなかった。

 それに今動揺している彼女を追い詰めたくない。

 遠山を安心させる言葉くらい、俺だって思いつく。

 

 ――お前がいる限り、辞めるわけ無いだろ。

 

 ただ一言。だが、俺に、そんなこと言える勇気なんて無かった。

 

 

 「お前がいる限り、辞めるわけ無いだろ――っ痛い! 佐藤君苦しいわ!!」

 

 「ぬぅ……っ!!」

 

 脇で余計なことを言い出した花男さんの首を絞める。

 くそ、なんで今そんなこと言うんだ。

 こういう時だろうとお構いなく好き勝手言いやがって。

 

 「え? な…なに?」

 

 遠山が驚いた様子でこちらを見ている。

 俺は慌てて、彼女の方に向き直る。

 どうやら聞きそびれてくれたようだ。

 

 「なんでもねぇよ。とにかく、今は辞める気ねぇから。ほらいいから仕事に戻れ」

 

 「ぁ……うん。わかったわ。じゃあね」

 

 遠山がブースの奥へ消えていくのを見届けてから、俺は腕の中にいるクソ野郎に対する始末を始めることにした。

 

 「あぁ! 痛い! 本気でしょ!? 本気でしょそれ!!!」

 

 「思い知れ…マジ死ね」

 

 「マジ!? マジなの佐藤君!!」

 

 ●

 

 りん視点

 

 後ろで佐藤君と花男さんが取っ組み合っている声を聞きながら私は自分の席に戻る。

 花男さん、さっきなんて言ってたんだろう。

 良く聞き取れなかったな。

 そんな事を考えながら、慌てて荷物を揃えて、オフィスを出ようと席を立った。

 そこで私は見てしまった。

 

 「あ……」

 

 「っ……」

 

 オフィスの通路で、ひふみちゃんと増田君が鉢合わせてしまっているところを。

 気がついた瞬間、お互いの顔が青ざめてしまう。

 ひふみちゃんも増田君もすごく辛そうだった。

 ひふみちゃんに至っては、今にも倒れてしまいそうなほど真っ白になっている。

 そして二人とも、目を合わせずにそのまますれ違ってしまった。

 ひふみちゃんも増田君も、お互いに何も言わなかった。

 

 どうしよう…私のせいだ。

 

 私がもっと葉月さんを強く止めていれば……。

 

 咄嗟に身を隠してしまった私は後悔の念に苛まれていた。

 増田君はひふみちゃんのことをずっと見ていたみたいだし、きっと何かあったと思う。

 ひふみちゃんのあんな表情初めて見たし、増田君のあの疲れ様は尋常じゃないもの。

 二人がギクシャクしてしまう理由があるとしたら、やっぱりピアノの事だ。

 期限まで1週間を切っている。なのにまだ上手くいっていないとなると、増田君に相当な負担を掛けているのは間違い無いだろう。

 彼は真面目な性格だから、背負い込み過ぎているのだろう。

 だから、もしかしたらかなり無理をしているかもしれない。

 

 私、とんでもないことに関わってしまった。

 

 ひふみちゃんには佐藤君のことで何度も助けてくれたのに、私には何も出来てない。

 佐藤君の好きな人のことで気まずくなったときも、私達の間を取り持ってくれた。

 社員旅行で佐藤君と起きたことで悩んでいたときも、食事に誘って話を聞いてくれた。

 元々話すのは苦手なはずなのに、一生懸命になってくれてるのが伝わってきた。

 彼女があそこまで変われたのは、間違いなく彼の存在が関係している。

 なら、私も彼に助けてもらったようなものだ。だから今度は私に出来ることをしてあげたい。

 

 今度は、私から動かないと――。

 

 「ひふみちゃん、ちょっといいかしら?」

 

 午前の仕事を終えた私は早速ひふみちゃんを捕まえることにした。

 今は昼休みの時間帯だし、多分彼女なら自分の席にいるはず。

 最近の彼女は青葉ちゃん達と行動することが多かった。でもあの状態なら一人でいたいと考えるはずだ。

 ブースの中に入ると案の定、ひふみちゃんはすぐに見つかった。

 いつもの席に座ってお弁当を広げている。

 ひふみちゃんのお弁当箱はかなり小さい。

 でも箸が進んでいないには一目瞭然だった。

 やっぱり食欲も無いみたいね……。

 

 「りん……ちゃん」

 

 ひふみちゃんは私の方を見て呟いた後、再び俯いてしまった。

 彼女の顔色は真っ青で今にも倒れそうに見える。

 不安で寝れていないのだろうか。

 心配になるけれど、まずは話を聞かないと始まらないわよね……。

 私は覚悟を決めて、彼女に話しかける。

 

 「ひふみちゃん、ちょっと外の空気吸いに行かない?」

 

 「……なんで?」

 

 「だって、社員旅行の時、相談に乗ってくれたでしょ? だから今度は私に話して欲しいなって思って……」

 

 「…………」

 

 私の言葉に返事は無い。

 うぅ……気まずいわね。

 こういうのには自信があるつもりだったんだけど、最近は上手くいないときが多い。

 とりあえず、彼女を外に連れ出さないと。

 

 「じゃあ行こっか?」

 

 「……うん」

 

 私は嫌がるひふみちゃんの手を引いて、ブースを出る。幸いにも、知り合いとすれ違うことも見られることもなかった。

 私はエレベーターホールまで歩いて、丁度来たところに乗り込む。

 その間も会話は無かった。

 二人だけの空間に、機械が動く音だけが響き渡る。

 エレベーターはそのまま、上に上がっていく。

 やがて、私達は屋上に出た。

 外は寒い風が吹いているけど、今の私たちにとってはちょうどいいぐらいだ。

 日射しがあるから充分温かい。

 

 「気持ちいいね」

 

 「そうだね……」

 

 空を見上げながら呟く。

 

 ひふみちゃんも同意するように答えてくれた。

 でもその声は少し元気が無い。

 絶対、増田君のことと関係してる。言わないと、でないと取り返しのつかないことになっちゃう。

 

  「あのね、ひふみちゃ――」

 

  「私ね」

 

 私が切り出そうとした時、先に彼女が口を開いた。

 それは小さくて消え入りそうな声で、風にかき消されてしまいそうだった。

 それでも耳を澄ましていれば聞き取ることができる。

 私は黙って続きを待つことにした。

 彼女は視線を下に向けたまま続ける。

 

 「私ね…知ってたんだ。純君の、昔のこと」

 

 ひふみちゃんは知ってたんだ。

 増田君がピアノを弾けなくなってしまったってこと。

 

 「ピアノ…弾けなくなって、色んな人に…たくさんヒドいこと言われて……傷ついたの」

 

 彼女の口から語られる言葉の一つひとつが、胸に突き刺さってくるようだった。

 辛かっただろう。苦しかっただろう。悲しかっただろう。

 それは想像を絶することだと思う。

 昔のコウちゃんを思い出す。彼も同じだ。

 身に余る期待に押しつぶされて、心を閉ざしてしまった過去があった。

 その時のことを思い出して、胸が痛くなる。

 そして同時に思うのだ。

 なんて無力なんだろうと。

 

 「…私にそれを話してくれたとき、少しでも純君のキズを癒やせたらなって思ってた」

 

 ……でも、と彼女は続ける。

 俯いていた顔から何か光るモノがこぼれ落ちた。

 彼女は泣いていた。

 嗚咽混じりの声で彼女は言う。

 

 「結局……何も出来なかったっ」

 

 「ひふみちゃん……そんなこと」

 

 「違うの!」

 

 私の言葉を遮るように彼女は叫ぶ。

 そして彼女の瞳からは更に涙が溢れ出ていた。

 こんなひふみちゃんを見るのは初めてだった。

 いつも冷静で大人しい彼女が取り乱す姿を見たことがない。

 それほどまでに、彼女にとって今回のことはショックが大きかったということか。

 私はかける言葉を見つけることが出来ず黙り込んでしまう。

 すると、彼女は泣きながらも必死に語りかけてきた。

 

 「純君は、私も裏切っちゃうんだって思ってる! 私もっ、昔純君を傷つけた人と同じだって思ってるっ!!」

 

 彼女の心からの叫びに、私は耳を傾けることしか出来ない。

 

 「ヤダよ…そんなの……っ」

 

 ひふみちゃんはその場に崩れ落ちてしまう。

 私は駆け寄って、彼女の身体を支えた。

 小刻みに震えている彼女を見ると、抱きしめずにはいられなかった。

 

 「ひふみちゃん……」

 

 「私、そんなのヤダ! 純君を傷つけた人達と同じになんてなりたくない!! だって……私はっ…」

 

 ひふみちゃんは一度大きく息を吸った後、絞り出すように言った。

 

 「私は、純君のことが好きだから……。だから傷つけた人たちとは違うもん!!」

 

 弱々しく、涙を流しながら、彼女は今まで溜め込んでいたものを吐き出していく。

 まるで子供のわがままみたいだけど、そこには確かにひふみちゃんの心が現れていた。

 でも、増田君の気持ちもわからなくない。

 理由は同じなんだ。

 好きだから、嫌われたくない。

 好きだから、裏切られたくない。

 私もコウちゃんに嫌われたりしたらと、想像だってしたくないんだ。

 でも、好きな人の為ならどんなことでも出来る。

 たとえ嫌われても、蔑まれても構わない。

 ただ、自分が想う相手と一緒に居たいだけなのだ。

 その想いは、私にもわかる気がする。

 ひふみちゃんの言葉を聞いて、改めて思った。

 そうか、これが恋なんだなぁ、と。

 きっと私がコウちゃんに対して抱くこの気持ちも、同じものなのかな?

 

 ……あれ?

 

 なんでだろ。

 なんで今、私――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――佐藤君の顔が浮かんだの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つーことらしいぞ。サッサと謝りやがれ!」

 

 「えっ……ちょっ! せんぱっ……んがぁっ!!」

 

 「「!?」」

 

 突然聞こえてきた声の方を振り向くと、いつの間にか屋上の扉が開いていた。

 そこに立っていたのは、腕組みをして仁王立ちしている宮本さんの姿だった。

 その足下には増田君がいる。そして何故か地面に突っ伏している。

 どうやら今の会話を聞かれてしまったようだ。

 

 「あ、ひふみっ……これは違くて……っ」

 

 「いいからさっさと謝れって言ってんだろうが。テメェがウジウジしてると俺まで恥ずかしくなるんだよ」

 

 「……ごめんなさい」

 

 「俺に謝ってどうするんだバカ!」

 

 相変わらずの口の悪さだが、その言葉の端々に優しさを感じる。

 宮本さんは増田君の背中をポンッと叩くと、こちらに向かって歩いてきた。

 

 「さっきの話、全部聞かせてもらったぜ」

 

 「……はい」

 

 「……そっか」

 

 私の返事を聞くと、彼は不敵に笑ってみせる。

 そして増田君の元に歩み寄ると、彼の頭をぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でた。

 

 「お前も男なら覚悟決めろよ」

 

 「……でも」

 

 「でもじゃねぇ。つべこべ言わず行け!」

 

 「……はいっ」

 

 「よし、んじゃ邪魔者は退散するかね」

 

 満足したのか、宮本さんは背を向けて歩き出した。

 去り際に、彼は振り返らずに言う。

 

 「ま、頑張れや」

 

 そして、そのまま階段を降りていく音が聞こえてくる。

……なんというか、嵐のような人だった。

 でも、おかげで少しスッキリしたような気がする。

 

 「……ありがとうございます」

 

 私は彼の後ろ姿に感謝の気持ちを伝えた。

 

 「私も行くね?」

 

 「うん…りんちゃん。ありがと」

 

 彼女は笑顔でそう言うと、私は小走りで屋上を出て行った。

 屋上に残ったのはひふみちゃんと増田君だけ。

 宮本さんが増田君に何をどう言ったのかは知らないし、随分と乱暴な方法だったのかも知れない。

 でもきっと大丈夫だと思った。だって、あの二人はお似合いだと思うから。

 だから後は二人に任せよう。

 私はそう思い、屋上を後にすることにした。

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