NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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一杯の茶漬け

純視点

 

 ……何をしているんだ僕は。

 

 あれから数日が経った。

 その間、僕はずっと後悔していた。

 

 何故あんなことを言ってしまったのか。

 

 何故ひふみを傷付けてしまったのか。

 

 何度も考えた。でも答えなんて出るわけがない。

 

 彼女に謝らないといけない。そう思っていても、合わせる顔が無い。

 悲しませないと、泣かせないと誓ったのにこのザマだ。

 彼女の涙を思い出す度に、心苦しくなる。

 だけど僕は逃げている。現実から目を背け続けている。

 きっといつか後悔するとわかっているはずなのに。

 

 「……ごめんなさい」

 

 僕は誰に対して謝罪をしているんだろう。

 ひふみか。それとも他の人達だろうか。それすらわからない。

 僕は一人、ピアノの前でうずくまっていた。

 まるで世界にたった一人で取り残されたような気分だ。

 いっそこのまま、消えてしまいたい。

 でもそんな勇気は無い。

 僕に残されたのはこの身一つだけなのだ。

 何も出来ない。何も残せない。

 

 「……」

 

 不意にピアノを見る。

 もし、かつての僕だったらこの状況を変えられたのだろうか。

 いや、無理だろうな。

 結局、僕という人間はこういう人間だ。

 今までも、これからも変わることはない。

 だって僕は――

 

 「なに辛気くさい面してんだよ、増田?」

 

 突然の声に驚いて振り向く。特徴的な目のクマ。

 この人相を見間違えることはない。

 宮本敦。

 彼がドアを背にして立っていた。

 

 「……先輩」

 

 いつの間に入ってきたんだろうか。全く気付かなかった。

 

 「よっ」と言いながら、彼は僕の横に座った。

 

 「大丈夫か?」

 

 「え……あ、はい……」

 

 「そうか」

 

 彼は短く答える。

 それ以降、何も言わない。でも、これが彼なりの気遣いであると言うことは、長年のつきあいで分かった。

 この人と会ってから、僕はまだ何も変わっていないのかな?

 僕はどうすればいいかわからず、俯いたまま動けないでいた。

 

 「……先輩」

 

 「あ?」

 

 「聞いてもいいですか」

 

 「ああ」

 

 「あの時、僕に声をかけたんですか?」

 

 僕はふと、昔の事を訪ねた。

 気を紛らわせたかったと言えばそれまでだけど、何でも良いから話がしたかったのだ。

 それは、僕と先輩が初めて会った日のこと。

 僕がこの会社に入るきっかけになった出来事である。

 

 

 ――時間は5年前まで遡る。

 その時、僕は故あって餓死寸前で路上に倒れていた。

 

 『……死ぬ』

 

 意識はあるが身体が動かない。指一本動かせなかった。

 このまま死んでしまうのかな。僕はぼんやりと考えていた。

 こういう時、自分が過去に食べた一番美味しいものが脳裏に過ぎるという。

 僕の場合、茶漬けだった。

 夜遅くまでレッスンして、疲れで言うことも聞かない身体で、暗い家の中で人知れずひっそりと食べていた。

 なんでそんな地味なものを?

 多分、腹が減って思考力が鈍っていたせいだろう。だが、そんなことはどうでも良い。

 このままでは本当に死んでしまうのだから。

 

 「何してんだお前?」

 

 死にかけた僕に差し出された救いの手は、その声と共に現れた。

 

 「……っ!?」

 

 ゆっくりと顔を向けると、まず目に入ったのは濃い目のクマだ。

 今の僕に言えた義理では無いけれど、あまりに不健康に見えて幽霊じゃないかと思った。

 思わず飛び退いてしまう。

 実はもう僕は死んでいて、ここは黄泉国なのか。そう思ってしまうくらい、目の前にいる人は現実離れしていた。

 僕は息を飲む。

 しかし次の瞬間、自分のお腹が大きな音を立てて鳴ったことで正気に返った。

 

 「なんだお前、動けるのか。今にも餓死しそうに見えたが」

 

 「いえ…その……」

 

 その時、ぐぅ~とお腹が鳴って再び顔が赤くなる。

 恥ずかしくて顔を上げられない。

 こんな姿を見られたら馬鹿にされるか笑われると思って、僕はうつむいていた。

 

 「ははっ、やっぱり腹減ってんのか」

 

 すると頭上から笑いが聞こえてくる。

 やっぱりからかわれたんだ。そう思ったが、次に発せられた言葉に僕は耳を疑った。

 

 「お前、増田純か?」

 

 「!?」

 

 どうしてこの人が僕の名前を……。驚きつつも恐る恐る見上げる。

 すると彼は僕の方に手を差し出していた。

 そしてニヤリと笑う。

 まるで獲物を見つけた獣のように、口角を上げて。

 

 「な…なんで僕の名前を?」

 

 「あぁ、いきなり悪いな。お前のことを書いてある記事を読んだことがある。ある意味有名人だからな」

 

 「っ……」

 

 その人の言葉に、僕は身構えてしまう。

 知っているんだ、僕のことを。

 確かに、普通の人でも知っている人は知っているだろう。

 でも確かにその界隈では僕は有名人どころの話じゃ無い。そして、今僕が餓死しそうになっている原因 そのものだった。

 

 「ショパンコンクール優勝最年少記録を達成した天才ピアニスト。それが今やこんな路上で餓死寸前とは世の中何があるかわからんな」

 

 彼は僕の事を読み上げるように言う。

 その表情には嫌悪感とかは無く、むしろ楽しんでいるように見えた。

 まるで僕に興味があるように。いや、実際に興味があったのかもしれない。

 彼は差し出した手を下ろした。

 

 「興が乗った。面白い話が聞けそうだ。おい、行くぞ」

 

 「え?」

 

 彼は唐突に立ち上がって歩き出す。

 ついて来いと言わんばかりにこちらを見て。

 僕は困惑しながらも、その背中を追った。

 連れて行かれたのは近くの居酒屋だった。木目調の落ち着く内装は見たところ、随分と新しい。

 オープンしてそう時間が経っていないのが伺えた。

 

 「よう、きたぜ」

 

 「お、見ない顔だね、知り合いかい?」

 

 「あぁ、ちょっとそこで拾った」

 

 彼は慣れた様子で中に入り、茶髪の爽やかな男性とフランクに話してから奥にあるテーブル席に案内された。

 

 「さて、俺のおごりだ。好きなの頼めよ。まあ食えれば何でもいいけど」

 

 「……あの、ありがとうございます。……お金持ってなくて……」

 

 僕は申し訳なく思いながらそう言った。

 今僕はひもじいを通り越して飢えている状態だ。

 空腹が過ぎて逆に何も食べる気がしない。

 だけど、お店に入って注文せずに居座るのは迷惑になる。

 それに、お腹が鳴る度に恥ずかしくて顔が熱くなって仕方がなかった。

 僕は早くこの状況から抜け出したかったのだ。

 

 「あの、お金はあとでかならず」

 

 「んなこといいからサッサと何か頼め」

 

 「……はい」

 

 僕はズラリと並ぶ豊富なメニューの中からあるモノに目が引かれた。

 

 それは茶漬け。

 さっき自分が走馬燈のように思い出したものと同じ食べ物である。

 

 「じゃあ、これを」

 

 僕はそれを指さした。それを見た彼は吹き出して笑った。

 

 「ははっ! なんだお前、こんな時に茶漬けかよ。嫌いじゃないぜ、そういう奴」

 

 彼は楽しそうに笑いながらも店員さんを呼ぶ。

 

 「すまん、これ二つ頼むわ」

 

 数分後、運ばれてきた二つの茶碗には山盛りのご飯が入っていた。

 僕はじっとその様子を見ていた。その視線に気付いた彼はまた笑った。

 

 「なんだ? 食わないのか?」

 

 「い、いえ……そんな……」

 

 「遠慮するなよ。ほれ」

 

 そう言って彼が手渡してきた箸を僕は受け取る。

 そして目の前に置かれた茶漬けを見つめていた。

 温かい湯気が立ち上り、鼻腔に良い香りが広がる。

 ゴクリ、と僕は生唾を飲み込んだ。

 食べても、大丈夫だろうか。もし毒なんて入っていたら……。

 いや、そんなことを考えていても仕方がない。

 もう死ぬんだ。どうせなら、最後の食事くらい美味しいものを食べてから死にたい。僕は意を決してそっと一口だけ掬って口に運んだ。

 

 「!」

 

 おいしい。

 すごく、とても、今まで食べたどんな料理よりも。

 僕は夢中で口に入れた。次から次に口に入れて頬張る。

 すると僕の様子を見て、彼もまた自分のお茶漬けを口に運ぶ。

 そして同じように僕と同じように驚いたような顔をしていた。

 

 「うめぇな、この茶漬け」

 

 「はい、おいしいですっ……」

 

 それから僕らは何も言わずにひたすらにその茶漬けを貪るように食べ続けた。

 

 「ごちそうさまでした」

 

 僕は手を合わせて感謝の意を伝える。

 そして彼は僕の方をみて口を開いた。

 

 「さて、腹も膨れたことだし聞かせてもらおうか。なんでお前がこんなところにいるのか」

 

 「僕は……」

 

 僕は黙り込む。そして、ゆっくりと口を開き、事情を話した。

 ……そして全てのことのあらましを話し終えたとき、また彼は腹を抱えて笑い転げていた。

 

 「はっははは!! はー、面白すぎだろお前!!」

 

 「な、なぜ笑うんですか!?」

 

 彼はひとしきり笑って満足したように息を整えた。

 

 「いや、だってよぉ。ショパンコンクールで最年少優勝して、天才ピアニストとか言われてる癖に餓死しかけた理由が就職活動のせいとか。最高に笑えるだろ」

 

 「うぅ……」

 

 僕は恥ずかしくなって俯いた。

 確かに彼の言う通りだ。それが理由で餓死寸前まで追い詰められている。

 改めて考えると、僕は本当に何をしているんだろうと思った。

 

 「なるほどね。確かに、ピアノが弾けなくなっちまえばピアニストとしては致命的だ。その上、顔が割れ過ぎちまってどこも雇ってくれないときたもんだ」

 

 「はい……」

 

 僕は項垂れながら返事をした。

 実際、先の金融危機による就職氷河期も相まっている上、僕には実家からの仕送りもない。

 勘当同然に家を追い出された上、なけなしの奨学金とバイト代で今まで食いつないでいたのだ。

 ソレも就職活動に奔走している間はろくに使えず、結局僕は明日の生活にも困るほどにまで困窮していた。

 

 「はぁ……笑った笑った。よし、決めたぞ」

 

 そう言って彼は立ち上がると店のカウンターへ歩いていく。

 そして、一枚の名刺を手に戻ってきた。

 

 「俺はこういう者だ」

 

 渡された紙切れには、こう書かれていた。

 株式会社イーグルジャンプ。

 宮本敦。

 そして、上に書かれてある会社の所在地が。

 

 「これは?……ゲーム、制作会社?」

 

 「ああ、そうだ。一応、最近ヒットした作品があるから結構熱いぞ?」

 

 僕はその名刺を見ながら呟いた。

 

 「でも、どうして僕なんかにこれを?」

 

 そう聞くと、彼はニヤリとして言った。

 

 「個人的にお前が欲しいからだ」

 

 「え?」

 

 思わず聞き返す。宮本敦というその男性は立ち上がってもう一度繰り返した。

 

 「ウチで働かないかって言っているんだよ」

 

 僕は突然の話に頭がついていけなかった。

 

 「どういうことですか?」

 

 「言葉の通りだよ。お前が欲しくなった」

 

 「そんな……いきなり言われても……。それに、僕はピアノが弾けないんですよ?」

 

 僕の言葉に彼は肩をすくめる。

 

 「別に、生演奏にこだわる必要は無いねぇさ。それに、作曲のこと勉強してたんだろ?」

 

 コクリと首を縦に振った。

 

 「DTMとかのソフトの使い方は?」

 

 その質問にまた首を振る。

 

 「一応、専門学校で一通り」

 

 「なら問題ないな」

 

 彼は再び僕の隣に座って語りかける。

 

 「うちには作曲出来るヤツがいなくてな。基本外注なんだが経費削減のために俺に押しつけてくるんだ。それをお前に任せたい」

 

 僕は困惑しながら彼に聞いた。

 

 「そんなこと急に言われても……」

 

 「まあ、無理にとは言わないさ。気になったら履歴書出しに来い。ウチは年中募集してるから。じゃ、そろそろ行くわ」

 

 そう言って彼は立ち上がり勘定を済ませて出て行ってしまった。

 残された僕は呆然としていた。

 あの後、どうやって帰ったのかよく覚えていない。

 

 今になって思い返しても、なぜ彼が自分に声をかけてきたのか分からなかった。

 ただ分かることは、僕を必要としてくれたということだけだ。

 でも、彼が何故僕を必要としてくれたのか今になっても分からなかった。

 

 そして、時計の針は今に戻る。

 サウンドルームの一室、隣で座る先輩に……僕に手を差し出してくれた人、宮本敦に改めて訪ねた。

 もう五年くらい前のことの話を引き合いに出しながら

 

 「だから、それが知りたいんです」

 

 「……別に? 俺はお前が使えると思っただけだよ」

 

 「ちょっと!ごまかさないで下さいよ!」

 

 こっちは真剣に話しているのに、この人は…… すると、少し間を置いて、観念したようにため息をつくと彼は口を開いた。

 

 「お前が俺と似ているからだよ」

 

 「えっ!? どこがです!?」

 

 「うるせぇな、耳元で叫ぶんじゃねぇよ」

 

 僕が驚いて立ち上がると、彼は迷惑そうな顔をする。

 

 「いいか、お前の問題点の一つはその才能だ。確かに天才的な才能を持つやつは往々にしてどこかおかしい。人の話を聞かずに自分の世界に没頭しちまうような連中だ。だが、そういうヤツは例外なく、何かしら欠陥を抱えている」

 

 「……」

 

 「俺は昔色々とあってな。そんなやつの気持ちが痛いほどわかるんだよ。俺はそんなやつを放っておけなくなった。ただそれだけだよ」

 

 そう言うと、この話しは終わりだと言わんばかりに深呼吸して天井を見る。

 

 「でもな、そういうヤツでも好きになってくれる人間てのは意外といるもんだ」

 

 「それって…」

 

 その言葉を聞いたとき、ひふみの顔が浮かんできた。

 

 僕の大好きな人。

 

 僕の大切な人。

 

 そして、僕が傷つけてしまった人。

 

 「お前がまたピアノと向かい合ったのは、滝本のためなんじゃないのか?」

 

 そうだ。僕は、僕や他の皆と関わって成長していくひふみを見ていて思ったんだ。……こんな僕にもまだできることはあるんじゃないかって。

 僕は彼女のために何ができるだろうと考えて、考えた結果がピアノだった。

 

 「なら、尚更それを本人伝えないと意味ないだろ?」

 

 「でも……怖いんです。もし言って、期待させて、その期待を裏切ったらと思うと…」

 

 「なら言えばいいじゃないか。応えたいって気持ちも、怖いって気持ちも、全部」

 

 「なっ、そんな簡単に」

 

 「簡単だろ?」

 

 と、先輩は立ち上がって言った。

 

 「お前は滝本のことが好きなんだろ? そんで、滝本もお前を好きでいてくれてる」

 

 そして、まっすぐ僕の目を見た。

 

 「なら信じてやれ。お前が好きな人間を、お前を好きでいてくれる人間を」

 

 「っ……」

 

 その瞬間、涙が出そうになった。

 

 「それにな、言い分が食い違うことはそんな悪いことじゃねぇよ。期待に応えたい気持ちも、怖いって気持ちも、伝えて擦り合わせていけばいい」

 僕は下唇を噛んで堪えた。

 

 そして大きく息を吸ったあと、吐き出す。

 

 きっとこれは、勇気を振り絞るための儀式のようなものなのだ。

 

 言わなくても分かってもらえるなんて傲慢だ。

 

 言わなければ伝わらないことだってある。

 それでも言わずにいることですれ違ってしまうこともある。

 僕は、彼女に伝えなければならないのだ。

 彼女に会わなければならないんだ。

 そのために、まずは目の前にいる彼に伝えることから始めよう。

 

 「ありがとうございます」

 

 そうだ、僕には彼女がいる。彼女が好きだと言ってくれたんだ。なら、僕はそれに答えないといけない。

 いつまでも、怖がっていてどうするんだ! その時、僕は気付いた。……ああ、そうか。僕は怖かったんだ。

 今までずっと一人でやってきた。誰の助けもなく、全て自分で背負ってきたつもりだった。……でも、本当は違った。

 僕の周りには、僕を支えてくれていた人がいるのに。

 そんな大切なことを、忘れていたなんて。

 

 「ありがとうございます、先輩」

 

 「おう、んじゃ早速行こうか」

 

 「え?」

 

 先輩の言葉の意味がよく分からず聞き返す。

 

 「今から行くんだよ。滝本と話しに」

 

 「今からですか!?」

 

 「当たり前だ。善は急げっていうだろ? 」

 

 「ちょっと…まだ心の準備がーーあ、あー!!」

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