NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
ひふみ視点
「ホント、すごかったですね。ひふみ先輩の彼氏さん」
「あんな演奏初めて聞きました」
あれから三日ほど経った今日でも、ブースの中の話題は純君のことで持ちきりだった。
青葉ちゃんもゆんちゃんも興奮冷めやらぬって感じで盛り上がっている。
「それもそうですけど、ひふみ先輩も大胆でしたね。まさか皆の前であんなことしちゃうなんて~」
「うぅ…はじめちゃん、いじわる……」
あの時のことを思い出してか、顔を真っ赤にして俯く青葉ちゃんとゆんちゃん。
私だって純君が演奏したときは感動したし、思わず抱き着いちゃったくらいだもん。
それに――
……うぅ~
あのときのことを思い返すだけで顔に熱を帯びてくるのを感じる。
嬉しいような恥ずかしいような不思議な感情が私の胸の中を支配していく。
冷静になってみると物凄く恥ずかしいことをしてしまった気がする。
でも……私は後悔なんてしていない。むしろ嬉しいと思っている自分がいるのだ。
だって、あの演奏は私の為だけにしてくれたものだもの。
他の誰でもない私だけの為に奏でてくれた曲なのだから。
そしてその曲を一緒に弾いた時、まるで純君と一緒に演奏しているかのような錯覚に陥ってしまった。
そんなことあるはずがないのに。
それはきっと私がそれだけ彼を愛しているからだ。
きっと今、私は誰よりも幸せなんだと思う。
「お前ら、少しはしゃぎすぎだ。頭に響くから勘弁してくれ」
「あ、敦さんっ、大丈夫ですか!?」
そんな風に思っている私とは裏腹に頭を押さえて辛そうな表情を浮かべる敦さんが顔を出してきた。
いつもより増してヒドい人相に、青葉ちゃんも声を上げていた。
どうやら彼はさっきまでずっと何かと戦っていたらしい。
想像はつく。おそらく、ようやく一つの作品のマスターアップを迎えたのだ
その証拠に今も青白い顔をしている。
「ったく、たかだが一曲弾けたくらいだろ? あんなお遊戯会で満足してたんなら、先が思いやられるな」
「もー敦さん! そんな言い方無いじゃないですか!」
純君の演奏に対して文句を言う彼に、青葉ちゃんが立ち上がって抗議をしていた。
私も良い気分はしない。だって、純君がどんな覚悟でピアノを弾いていたか、彼も知っているはずなのに。
と青葉ちゃんに変わって敦さんに詰め寄ろうとしたとき、敦さんの脇からピンク色の髪をしたガタイの いい男の人がひょっこりと顔を出した。
彼の花男さん。純君や佐藤君と話しているところをよく見る。
彼は嬉しそうにささやいた。
「こんな事言って、敦君。昨日の夜、高いお酒飲んで嬉しそーに」
「黙れクソオカマ!」
「痛い!!」
余計なことを言い出した彼を蹴飛ばす敦さん。
そんな二人のやり取りを見てるとなんだか安心してしまう自分がいる。
そっか、敦さんも純君のこと応援してたんだ。
これが私の好きな人たちなんだなって思える。
本当に私は幸せ者だと思う。
「あぁそれと、昼休み、なんか増田が食堂に集まってくれって話してたぞ?」
それだけ言い残してまたブースに戻っていく敦さん。
そういえばさっき廊下を歩いていたときにそんな話を聞いていたかも。
「一体、なんでしょうか?」
「さぁ? でも多分、新曲の発表とかじゃない?」
「ああ、そうかもしれませんね」
それしか考えられないよね。
あの演奏を聞いた後だから特に期待が高まってしまう。
それに、あとちょっとでお昼休みだ。
「ほな、とりあえず早う行ってみよっか?」
「はいっ」
そして私たち四人は急ぎ足で食堂に向かった。
●
「皆さん、お食事中すみません」
開発チームの皆が食堂に一番集まる時間帯、その一角のスペースに純君はいた。
この前、会議室で奏でていた電子ピアノの隣に。
食堂にいる全員の視線が一斉にこちらに向けられているのを感じる。
中には驚きの声を上げる人もいた。
けれど純君は落ち着いた口調で続けた。
「先日は、忙しい中僕のピアノを聞いてくれてありがとうございます。それで、皆さんにもう少しだけ協力してほしいことがあったので、こうして集まってもらいました」
集まった人達を見渡しながら言う純君。
彼が何をしようとしているのか、ここにいる誰もが興味を持っているようだった。
当然だ。だって、この場にいる全員が純君の演奏に心を奪われてしまったのだから。
「実は僕、7年間ピアノが弾けなかったんです。それも、あの時までは」
突然のカミングアウトに食堂が色めき出す。
えっ、どういうこと!? みたいな声がちらほらと聞こえてきた。
だけど、純君は構わず続ける。
今度はあの時のように目を逸らしたりしていない。しっかりと周りを見ながら。
そのせいなのか、みんな純君の言葉を真剣に耳を傾けている。
「なので、今まで全くと言っていいほど練習してなかったんです。もし僕のピアノを作品に取り込むとしてもまだ不十分なんです」
そこまで言って一旦間を置いた純君は、大きく深呼吸をして口を開いた。
「だから、少しの時間だけでも僕の練習に付き合ってくれると嬉しいです。お願いします」
最後は勢いよく頭を下げて締め括る純君。
すると、今までざわついていた食堂がしん、となる。
そして次の瞬間には歓声が上がった。
その歓声の中に拍手が混じっていたことに気が付いて、思わず笑みがこぼれる。
良かった。やっぱり、純君なら大丈夫だ。
私は胸を撫で下ろして、純君を見た。
顔を上げた純君も笑顔を浮かべていた。
「ありがとうございます。それじゃあ、何かリクエストはありますか? すごいマイナーな曲以外ならなんでも弾きますけど……」
「はいはーい!」
純君がそう言うと、真っ先に手を挙げたのははじめちゃん。
「じゃあ、『ミラクル☆マジカル☆ムーンレンジャー』を!」
キラキラした瞳でリクエストする彼女。
あまりの迫力に周囲の人達は若干引き気味だったけれど、純君は快く了承した。
「わかりました。それでは準備するので待っててください」
そう言って電子ピアノの前に座る純君。
椅子の高さを調整して、よしっと小さく呟いた後、鍵盤の上に指を乗せた。
「それじゃあいきます」
そう宣言した後、純君は曲を奏でる。
私もよく知っている曲。
女児向けとして始まったアニメだけど、その完成度の高さから大人からの支持も書くとして、劇中かも評価も高い。
私もよくライブに遊びに行ったりしていた。そんな人気シリーズの主題歌。
まさかこんなところで聞けるとは思わなかった。イントロが流れ出し、私の心が躍動し始める。
あぁ、本当に良い曲だ。
曲も大好きだけど、それを奏でているのが純君だと思うとさらに胸に込み上げてくるものがある。
私は自然と身体を動かしながら聞いた。
それはきっと他の人も一緒で、皆が楽しそうな表情をしていた。
純君の演奏が終わると大きな拍手が送られた。
中には立ち上がって聞いてくれた人もいたみたいで、食堂は大盛り上がり。
「ありがとうございました。どうでしたか?」
電子ピアノの横に立って、感想を求める純君。
そんな彼に、いち早く反応したのはやはりはじめちゃん。
「最高! 本当に凄かったよ!!」
興奮冷めやらぬ様子で絶賛する彼女に釣られて、周りの人達もうんうんと同意していく。
さすがにここまで褒めちぎられると思っていなかったのか、純君は顔を赤く染めて照れ臭そうにしている。
でも、すぐに気を取り直して再び口を開く。
「では次の曲は……」
その後、純君の演奏に聞き惚れた開発チームのメンバー達は次々とリクエストしていった。
色んなジャンルの曲、中には私の知らない曲もあったけれど、彼は嫌な顔一つせずに答えていった。
そんな様子を見ていると、少しだけ辛くなってしまった。
だって、純君がピアノを弾けなくなったのはこうしてこの人達の期待に応えていたからなんだ。
彼に向かっているのは、どんな曲でも最高の形で奏でてくれるという無責任な願望。
それが、純君を追い詰めて、あんな風にさせてしまっていたんだ。
だから、こうして彼の演奏を聞くことが出来ていることが嬉しい反面、複雑な気持ちになってしまうんだ。
「じゃあ、今日はこれでおしまいです」
純君の一言で食堂にいた人達から不満の声が上がる。
もっと聞いていたい。まだ全然物足りない。
そんな言葉がそこかしこから聞こえてきた。
「ごめんなさい」
でも、純君は譲らなかった。
申し訳なさそうに謝った後、話を続ける。
「絶対に無理はしないって、約束してるんです。だから、今日はこれでおしまいです」
はっきりとした口調で言う。
そんな純君を見て、食堂にいる人たちは渋々といった感じで引き下がった。
そして、純君と目が合う。
大丈夫だよと笑顔で告げられたような気がした。
そっか、ちゃんと私との約束を守ってくれるつもりなんだね。
そのことに安心すると、少しだけ涙腺が緩んでしまう。
駄目だ。ここで泣いたら変に思われちゃう。我慢しないと。
私は目尻に浮かんできたものを必死に抑える。純君はそんな私の様子に気が付いていないようで、ほっとしたように息を吐いて話を締め括る。
「ありがとうございました。それじゃあ僕はこれで失礼します」
そして、軽く頭を下げると出口の方へ歩いていった。
よかった。
ホントに…よかった。
安心した私は、胸を撫で下ろす。
でも、純君は部屋を出る直前、こちらを振り返って微笑みながら言った。
まるで、私が泣いていることを見抜いているかのように。
純君がいなくなった食堂は、さっきの演奏のことで持ちきりだった。
凄いだとか、感動的だとか、そんな言葉を耳が耳に入ってくる。
「あの人、すごかったね」
「あとさ、結構顔可愛いかったよね」
「でも演奏してるときの顔、キリッとしてて格好良かったよ。ギャップ萌えってやつ?」
……ん?
段々、会話の内容がピアノの演奏から純君個人へとシフトしている気がするんだけど……。
いや…気のせいじゃ無い。
現に会話の内容がエスカレートしていく一方だ。
「今まであの子と話したこと無かったけど、どっか誘ってみよっかなぁ」
「えーズルくない?」
なんて声まで上がってくる始末。
これはマズイ。
このままでは純君が危ない。
純君が…他の女の人に取られちゃう……っ!!
「あ、青葉ちゃん…私、ちょっと行くねっ!」
私はそう思い、急いで食堂を飛び出した。
「え…ひふみ先輩!? 行っちゃった……」
後ろから青葉ちゃんの言葉が聞こえる。
でも今はそれどころじゃない。
向かう先は純君の仕事場であるサウンドルーム。
息を切らしながら、ビルの通路を全力疾走で向かっていく。
途中、何人かの社員さんにぶつかりそうになったけれど、謝ることもせずに走り続ける。
早く、速く、疾く、翔ける。
心臓が張り裂けそうなくらい鼓動を打っている。
それでも構わず走り続けた。
そして、遂にサウンドルームに辿り着くとノックもせずドアを開けた。
中では、純君が一人、お昼ご飯を食べている真っ最中だった。
「あ、ひふみ。どうしました、そんな慌てて……」
突然入ってきた私を見て驚いた様子の純君。
でも今は気にしていられない。
息切れしながら純君の元へ駆け寄る。
「……ダメ」
「え?」
「皆の前で演奏しちゃダメーーー!!」
おまけ
佐藤:あれ? 昼休みの演奏もうやめんの?
敦:あんなに評判よかったのにか?
純:…はい、ひふみが皆の前で演奏しちゃダメって
敦:なんで?
純:他の女の子に目をつけられないようにって……。
敦&佐藤:(女って怖いな……)