NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
敦視点
「あぁ寒…屋上も冷えるからあんまタバコ吸えないんだよなぁ」
深夜、愚痴をこぼしながら俺はオフィスに戻ってきた。
今日も徹夜だ。
確かに、今月にマスターアップするはずの作品は完成した。
だが現実は非情である。
なにせ次は4月にマスターアップしなければならない作品がある。
俺のとち狂った日々は一切変わらないのだ。
唯一の救いは、飯島のキャラデザがプロトタイプ版の時期に完成して、涼風も多少の遅れはあるが問題無く進んでくれているということだ。
「ん?」
オフィスに入ってすぐに違和感を覚える。
それは人の気配があると言うこと。
電気がまだついていた。
最近は八神もADの仕事に専念することもあって、去年みたく会社で寝泊まりすることも少なくなったのに。
だれかまだ残業をしているのだろうか。そんなことを考えながら、オフィスの中を進む。
光の出所はキャラ班のブース。
近道がてら様子を見てみようと中を覗いてみると……
「え? みうとれんの朝食? 明日はお母さんが作る番やろ?」
飯島がいた。
コイツが残っているなんて珍しい。
しかも電話中のようだし邪魔しない方がいいだろう。
そう思ってその場を離れようとした時だった。
「……あーわかったわかった。帰ります。もう……」
会話の内容を聞いてしまった。
聞き耳を立てるつもりは無かったのだが、偶然聞こえてしまった。
「しかたあらへん……」
そして通話を終えた彼女はこちらを振り向く。
「っ…あ、敦さん!?︎」
「お…おう、お疲れさん」
気まずそうな表情を浮かべる彼女に吊られて、動揺してしまう。
正直言って、飯島と話すのはあまり得意じゃ無い。
彼女とは色々あったし、先日のクリスマスにかなり高価な携帯灰皿を渡された手前、接し方が分からなくなっている。
「珍しいな。お前が残業だなんて」
だから話題を逸らすために、あえて疑問をぶつけてみる。
すると彼女の顔はさらに暗くなる。
「いえ……その……ちょっと遅れてて」
どうにも歯切れが悪い。
何か言いづらいことでもあるのだろうか。
なんにせよ、彼女が遅くまで残っていることは事実なので労っておくべきだろう。
それに状況は察した。
さっきの電話の内容や、妙に罰が悪そうなところを見るにまだ仕事が片付いていないのだろう。
「……なんなら、俺が片付けてやろうか?」
コイツの手癖は知っている。
ある程度なら真似ることは簡単だ。
おそらく八神や滝本も違和感こそ感じるが、出来ているなら文句は言わないだろう。
「そっそんな! 悪いですよ!」
「みうとれんの飯作らないといけないんだろ?」
「でもっ……」
なにやら葛藤している様子だ。
というよりか、後ろめたいことがあると言った方が正しかったかもしれない。
それを言おうか言わないかで迷っているように思えた。
結局、根負けしたのは飯島の方であった。
観念したかのように口を開く。
「あの……ひふみ先輩のことでちょっと」
「滝本が?」
意外な名前が出てきたことに驚いた。
あいつがどうかしたというのだろうか。
「はい…あの、今まで八神さんがリーダーだったじゃないですか…それで…その……」
「勝手がわからなくなったと?」
「っ…」
コクリとうなずく。
なるほど。
滝本の性格は飯島もよく知っている。
共に働いているのだから当然だろう。だが、だからこそ言いにくいことがある。
現に、滝本の恋人である増田も似たようなことで自身を追い詰めていたんだ。
「これが八神さんやったら、軽く叱ってくれるだけで済むと思うんです。でも、この前のこともあるし、ひふみ先輩にこれ以上負担かけたくないっていうか……」
まぁ気持ちはわかる。
あの時の滝本は相当参っていたみたいだし。
だが、俺は知っている。
滝本と増田はちゃんと乗り越えることができたということ。
「大丈夫だと思うぞ」
「え?」
「お前が思っている以上に、滝本は弱くないって事さ。だが、今はそっちより進捗の方だろ? どうする?」
飯島を安心させるべく言葉をかける。
それと同時に現実的な話へと話題を変えた。
「えっと……」
「とりあえず、今日は帰りな。あの子らが待ってるんだろ? これは、俺が片付けてやるから」
「はい……すいません……ありがとうございます」
「いいよ別に」
「それでは……失礼します」
ペコリと頭を下げて飯島はオフィスを出て行った。俺は自分のデスクに戻る。
そして目の前にあるPCの電源を入れて作業を開始した。
それから数時間後、ようやく片付けることができた。
時計を見るとすでに朝の5時。あと1時間もすれば太陽も昇ってくる頃合いである。
さすがに眠い。
就業時間までそれなりの猶予はあるし、仮眠を取ることにした。
その場で横になり目を閉じる。
こういう時すぐに眠れるようになるのは、この会社で働き始めた時から身に付いた技能と言ってもいいだろう。
心底嫌な技能であるが、寝れらるのならもはやなんでもよかった。
そのまま意識を闇の中に沈ませていく。
……………… ふと目が覚めた。
これでも、決めた時間には必ず起きることができる体質なのだが今回は少し違った。
足音が聞こえたからだ。
まどろみの中わずかに、視界に人影を捉えることが出来た。
「……」
誰だろうか。
社内はまだ薄暗く、目を凝らさないとシルエットくらいしかわからない。
その人物が何をしているのかまではわからなかった。
足音は近づいてくる。そして、俺のすぐそばまで来たところで止まった。
「……」
息遣いが聞こえる。
どうやらしゃがみこんでいるようだ。というか、こんな至近距離にいるのだから顔を上げれば分かるはずなのに、なぜか顔を上げる気にはなれなかった。
頭に手を置かれる感覚がした。
誰かの手だ。それはゆっくりと髪を撫で始める。
あ……。
そこでやっとわかった。
俺は頭を撫でられているのだ。それもかなり優しく、まるで大切なものを扱うかのような手つきだ。
「……」
しばらく無言の時間が続く。
この歳になって頭を撫でられるなんてこと、考えたことすらなかったから落ち着かない。
だが、今動くわけにも……。
やがて手が離れていった。
少しだけ名残惜しいと思いつつも、相手に悟られないよう、薄く目を開く。
「っ」
息が詰まった。
そこには俺の顔を覗き込むようにして、心配そうな表情を浮かべた飯島がいた。
「……」
彼女は何も言わず、ただジッと俺の顔を見つめているだけだ。
浅緋色の瞳に吸い込まれそうになる錯覚を覚えた。
そんな時間がどれ程続いたのか。おそらく数秒程度のものだったのかもしれない。
不意に彼女が立ち上がる。
「……」
無言で、鞄から取り出した何かを俺の机にポンと置くとそのまま背を向けた。
ブースの出入口のところで振り返り一言だけ発する。
「……お疲れ様です」
遠ざかっていく足音を聞きながら、俺は先程置かれた物を見る。
それは巾着袋に入った弁当箱であった。おそらく飯島が作ったものだ。
「……なんでこんなの」
彼女の意図がわからなかった。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。
きっと、これがあいつなりの励まし方なんだろう。
俺は立ち上がり、その中身を確認するために包みを開ける。
中には3つのタッパーが入っていた。
「まったく」
小さく笑う。
本当に不器用な奴だ。
「いただきます」
俺は誰もいないオフィスで一人、感謝の言葉を口にして弁当に手をつけた。
弁当はうまかった。
作りたてだからかまだ少し温もりがあり、食感や風味から出来合のものではないことがわかる。間違いなく飯島の手で作られたものだ。
しかし不思議なことに、どんな食材を使っているのかわからないがとても優しい味だった。
そして何よりも、その料理に込められた想いを感じた。
「うまい……」
自然と口から言葉が出る。
飯島は俺のためにこれを用意したんだろうか。
ったく、気にしなくていいのに。
「ごちそうさま」
あっという間に無くなってしまった。
3つあった内の2つが俺の胃の中へと消えた。
俺はゴミを捨てようと席を立つ。
その時、PCの下にメモ用紙が一枚あることに気づいた。
「なんだこれ?」
拾い上げてみると、
そこにはメッセージが書かれている。
『無理しないでください』
たった一文、それだけ書かれていた。
俺は苦笑しながらそれをポケットにしまう。
「ありがとよ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
とはいえ、タッパーだけでも返しに行くか。
まだ早朝だ。
涼風らも来ていないだろうし、サッサと渡してしまおう。そう思い、俺は洗ったタッパーを飯島に返すべくキャラ班のブースへ足を運んだ。
「飯島、いるか? デスクに置いてあった弁当なんだが――」
「…ズルするなんて悪い子ね。ダメでしょ?」
「……へ?」
キャラ班のブースは、飯島の他に滝本がいた。
滝本は何か、妖艶というか気品のある表情で飯島の頬に触れている。
飯島はなぜか顔を赤く染めていた。
「ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなひゃい…」
うん、ここは何も言わずに退散した方がいい。
二人だけの世界というか、この空間に立ち入ってはいけない気がしてならんかった。
俺は音を立てずに踵を返して歩き出そうとしたときだった。
「あ、敦さん」
涼風が出社してきた。
そして、いつも通りの元気な声で俺の名前を呼ぶ。
「おはようございま……」
当然な話だが、涼風が声を出すと言うことは、当然、俺の背後にいるであろう飯島と滝本も涼風に気がつくだろう。
そして、その手前にいる俺の存在にもだ。
俺は静かに振り返る。すると案の定二人は俺達に集中していた。
「「っ!?」」
飯島も滝本も驚きの表情を浮かべている。
そりゃそうだろな、俺だって驚いたんだからよ。
「っ…! っ……!!」
飯島は口をパクパクさせて、まるで金魚みたいになっている。
「調子に乗りすぎた-! ううう~~~!」
滝本に至っては意味不明なことを口走っていた。
そんな二人の様子に、涼風は首を傾げて俺を見上げる。俺は無言で肩をすくめた。