NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
佐藤視点
………………………………………………………………………………………き、だ」
言った。
すさまじいほどの間があったような気がしたが言った。
まるで俺の7年間が集約されたかのような告白だったが、もうこの際格好なんてどうでもいい。後は、りんの答えを聞くだけなのだから。
「あ……あの……」
言葉を紡ぐのに必死なのか、困った顔でりんは言葉を探しているようだった。
俺はただりんの答えを待つ。
どんな形であっても俺は受け入れるつもりだ。
そして、 そしてようやく、りんは口を開いた。
「ごめんなさい……」
っ……。
胸に何か刺さる感触があった。
そうか、やっぱりな。
わかってたよ。お前にとって俺はそういう対象じゃないことくらい。
お前が好きなのは八神だってことくらい。
だからそんな悲しそうな顔をするな。
わかっていた……ことだから。
「なんて言ったのかしら……? 間がありすぎて最初の単語忘れちゃった……」
「俺こそ本当にすまん」
俺とりんの間には微妙な空気が流れて、なんとも言えない雰囲気になっていた。
本当に申し訳ない。
完全に俺のせいだ。確かに長かった。
忘れるもの無理もない。
この状況がよほど辛いのか、りんの目にも涙が浮かんできているように見える。
「…本当にごめんね。私、佐藤君の話聞きそびれちゃうなんて……」
いや、もう今にも泣き出しそうだ。
「ううっ、私…佐藤君と話すとき言葉噛むし……聞き逃しまで……っ」
マズい…これじゃもう一度言い直すどころの話じゃ無い。
なんとかして彼女をなだめて落ち着かせないと。
でもどうやって? こんな時に限って思いつかない。
「り――」
「私もう駄目だわああああぁぁぁっ!」
ついにりんは大声で叫び出し、会議室を飛び出してしまった。
くそ、俺のヘタレせいで!
早く追いかけなければ。だが、何て言ってフォローすればいいんだ!? わからない。わからないけどこのまま放っておくわけにはいかない。
「りん!」
俺は急いで会議室を出て行った。
りんを追いかけようと廊下に出た瞬間、目の前に見知った顔が現れる。
「あ、佐藤さん」
ちっこいのがちょうど会議室の前を通りかかろうとしているところだった。
「え!? りんさんがいなくなった!?」
「涼風、お前は知らないか?」
俺は涼風にことのあらましを話した。
りんに告白したことは伏せたが、おそらく涼風は察するだろう。だけど、今はそれどころではないのだ。
「でも、確かにオフィスから出たのは見たかも…です」
「わかった。ありがとう」
少なくともこのフロアにいないことは分かった。
とにかく今は別の場所を探そう。
俺は急いでオフィスから出ようとしたときだった。
「佐藤さん! これ見てください!」
後ろを振り向いた途端、涼風が指さしたのはフロアの壁に立て掛けられているホワイトボードを指さしていた。
本来ならそこには、グラフィックチーム全体に周知するはずの情報が大まかに書かれているのだが、今は――
『すみません。すこしさぼらせていただきます。遠山りん』
「りんさん。伝言してからさぼってる!!」
りんらしいといえばらしい行動だが、まさかここまでするとは……。
『勤怠はちゃんと処理してあります。お給料はいただきません』
「しかもさぼり方が丁寧! さすがりんさん!!」
涼風、そこは褒めるところじゃない。
とにかく、今は彼女の足取りを追うしかない。
「私、他の皆にも声かけてきます!」
そう言うと、涼風も慌ててキャラ班のブースに駆け出して行く。
よし、俺も行くか。
俺はりんの後を追ってオフィスを出た。
のだが……。
「いたか?」
「こっちにはいませんでした」
「屋上にもおりません」
「サーバールームも怪しかったのですが見つかりませんでしたね」
「私も……見てない」
涼風の呼びかけに答えて、集まってくれたのは飯島にうみこ、そして滝本だった。
彼女達は全員、俺の気持ちをすでに知っている奴らばかりだ。だからこうして手を貸してくれるのだろう。
だがしかし……肝心のりんの姿がないとはどういうことだ? 俺達が必死になって探しても見つからないということは、彼女は社内ではなく外に逃げたということだろうか? だが、一体どこに?
「何してんの? みんな」
「八神…」
騒ぎを聞き付けてか、八神までやって来てくれた。
俺はさっきのことがある手前、顔を合わせずらかったのをわかっていたのか、滝本が代わりに前に出る。
「あの…りんちゃんが…いなくなっちゃったの。……私が佐藤くんと話せるようにしてから急に……」
「ふーん…そっか」
意外にも八神の反応は淡白だった。
りんとあれだけ共にいたのだから、もっと驚くと思っていたが……。
「……」
八神はなにも言わずフロアを後にしようとした。
「……コウちゃん?」
「プリン食べてくる」
「もー!!」
らしくもなく声を出して怒る滝本に背を向けたまま、手を振って去っていく。
なんというマイペースさだ。
だが、仕方がない。
八神の協力は得られなくてもりんを捜すしかない。
「…りんちゃんのカバンはあったよ」
「そうか」
滝本の言う通りならそう遠くへは行っていないはずだ。
電車やバスが使えないから家には帰っていないのは確実。
だがそれだけでも範囲が広すぎる。どうしたらいいんだ? 手がかり一つないままでは見つけることなどできない。
…それに、これ以上涼風や滝本の時間を取らせるわけには行かない。
「…お前ら」
俺は彼女たちの顔を見回した。きっと今の俺はすごく情けない顔をしているに違いない。
だけどそんなことを気にしてる場合ではない。
「あとは俺一人でいい。りんを見つけ次第連絡する」
「え!?」
「佐藤さん!」
「佐藤さん!?」
三人の声を無視して俺はエレベーターに乗り込んだ。りんが行きそうな場所、りんが寄りそうなところ。
考えろ。
考えるんだ。
りんはどんな性格で、何を考えてるかわからないところがあるけど、根は素直だ。
いつも一緒にいる俺にはわかる。
なら、りんが居そうな場所はどこだ?
……ダメだ思い付かない。
だが、こうして手をこ招いていることだけはできない。
ビルを出た俺は駅の方角に向かって走り出した。
とにかく彼女が行きそうなところを片っ端から当たるしかない。
もしそれで見つからなかったら、もう警察に頼むしかないだろうが、それは最後の手段だ。
りんは今、おそらく不安になっているはずなんだ。自分の身に起こったことに動揺してる。
だから早く迎えに行ってあげないと。
こんなことで彼女を傷付けたままにはしておきたくない。
俺はひたすら走った。
りんが行きそうな場所に頭の中で地図を描いてみるが、それは全て会社の中の光景。
俺はずっと…彼女がイーグルジャンプの中にいる姿しか見ていない。それが当たり前だったのだ。
それは、俺がその姿しか知らなかったからか?
あるいは、彼女にとってこの場所がそれほど大切なものだったのか?
この際どちらでもいい。
俺が知ってるりんのこと、何かあるか?
それは……
「……」
思い付いた。
たった1つだけ。
確証はない。
はっきり言ってギャンブルだ。俺が知ってる唯一の、りんが苦手としたこと。
それに賭けるしかない……っ!
俺は再び走り出した。
りんがそこにいると信じて…。
●
りん視点
会社を飛び出してからも、一心不乱で私は走っていた。
行く当てなんてない。
自分がどこを走っているのかもわかっていない。
どうしてなのか自分でもよくわからなかった。
ただ無性に息が苦しくて、胸が痛くなって……。
その痛みから逃れるために、気が付けば足を動かしていた。
佐藤君が辞めてしまうかもしれないということ。
自分が彼に迷惑をかけてしまったということ。
全てが重なって私を苦しめていた。
今まで我慢してきた感情が一気に爆発してしまったみたいに、涙が止まらない。
どうしようもないくらい、辛かった。
このまま消えてなくなりたいと思うほど、私の心を締め付ける。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
だから私はただ、足を動かし続けるしかなかった。
どうしてこうなったの?
その答えを知りたくて、私は走り続けた。
走っても、走っても、答えなんか見つかるはずもないのに……。
気が付けば、私は知らない裏路地に迷い込んでいた。
そこは薄暗く、昼間だというのに夜のような雰囲気を醸し出している。
ここがどこなのかもわからない。
だけど……少しだけ気分が落ち着くような感じがした。
「……?」
あれ?
ここどこだろ……?
さっきまでオフィス街にいたのに、今は住宅街の方に来てしまっている。
どうやら無意識のうちに道を変えてしまっていたらしい。
そしてとんでもないことに気がついてしまった。
……私、どうやってここまで来たのかな?
確か……会社を出て……それから……。
「っ……」
ダメだ、思い出せない。
気が付いたらここにいた。それだけだ。
とにかく、ここはどこかわからない。
引き返そうにも道なんて覚えていない。
それどころか、今自分のいる場所の方角すらわからない。
だから、会社がどの方向にあるかすらも……。
「そ、そうだわ。携帯でタクシーを呼べば……っ!!」
と、ポケットに手を入れてみて、はっとした。
携帯がない!?
嘘!?
財布も!?
確かいつも鞄の中に入れてたから……私今鞄持ってない!?
ど、どうしよう!? これじゃ連絡も取れない!!
この状態では帰ることもできない。
私はその場にへたり込んでしまった。これからどうすればいいのか全くわからない。もう何が何だかわからなかった。
私は顔を手で覆って泣き出しそうになってしまう。
こんなところで泣くわけにはいかない。でも、もうこれ以上感情を抑えることなんてできなかった。
自分の気持ちがバラバラで、何をしたいかもわからない。
わからないよぉ……。
自分の胸にあるナニカがいよいよ溢れてしまいそうになったその瞬間、背後の方から声をかけられた。
「りん」
「!?」
私はビクッとして振り返った。
路地裏から大通りに出られる入り口に、彼はいた。
金髪で、
背が高くて、
少し目つきが悪くて、
口下手で、
だけど優しくて、
いつも私の話を聞いてくれた人。
「佐藤君……」
彼の顔を見たとき、安堵と同時に羞恥の気持ちも出てきた。
ずっと彼には失礼なことばかりしている。その上、仕事を放りだしてまで駆けつけてくれたのだから。
と、とにかく事情を説明しないと……。
「ち、違うの佐藤君。これはその……少し頭を冷やそうと思って走ってたら道が分からなくなって、財布も携帯も忘れたから帰れなくなっちゃって、でも助けを呼ぶのも恥ずかしくて……っ」
自分で言っていて意味が分からない。
それでも、私は必死になって説明しようとした。だけど全然言葉も気持ちもまとまらない。
話せば話すほど、わけがわからなくなる。
なんでこんなことに……っ!
佐藤君はそんな私を見て、ふぅとため息をつく。
呆れられた?
……当然だよね。こんな面倒くさい女、嫌になるに決まってるよ。
「うぅ……私ってホント駄目ね……」
「駄目じゃ無い」
えっ? 私は驚いて彼を見上げた。
佐藤君の表情には、怒りの色はなかった。むしろ優しい笑みを浮かべているようにも見える。
どうして……? 私は何も言えずにいると、彼は言った。
「りんは、駄目じゃない」
それはまるで、私が言いたかったことを全て代弁してくれたかのように優しい声で続ける。
「こんな薄暗い路地裏で道に迷って、財布も携帯も忘れて、自分のしたいことも見失って、うずくまっている場合では無い」
「恥ずかしいわ佐藤君!?」
私は思わず叫んでしまう。だってそうでしょう!
私みたいな人間をフォローするより、もっと言うべきことがあるはずなのに……。
だけど、彼から出た言葉は意外なものだった。
「こんなところにいちゃ駄目だ。ほら、帰ろう」
差しのばされた手を私はまじまじと見つめる。
その手を取ってもいいのだろうか? また迷惑をかけてしまうんじゃないだろうか? そんな考えが頭に浮かんでくる。
しかし、その前に私の足は勝手に動いていた。
気が付けば、私は彼の手に自分の両手を重ねていた。
温かくて大きな手が、ぎゅっと握りしめる。
そのまま引っ張られ、私は立ち上がる。
「さあ、行こう。りん」
「……うん!」
私は満面の笑顔で返事をしたのだった。
「……ところで、どうしてここがわかったの?」
「……お前、前にもこうして道に迷ってたときあっただろ?」
「え? えぇ…」
忘れるわけが無い。
休暇の時に行こうとしていた市場の会場が分からずパンフレットを片手に困っていたところを佐藤君が見つけてくれて、車に乗せてくれたこと。あの時は本当に嬉しかった。
いつもそばにいてくれた彼の横顔が、とても頼もしくみえた。
そして、あの時と同じようにに……彼が隣にいてくれていることが何よりも嬉しいと感じていた。
手を握ってくれて、私と並んで歩いてくれることが。
それだけで、さっきまでの不安が嘘のように消えていく。
「……」
そっか、やっと気付いた。
私って、佐藤君のことが好きなんだ。
今まで気が付かなかったけど……もう誤魔化すことなんてできない。
私は……この人の事が大好き。
いつも私を支えてくれて、辛いときや逃げ出したくなったとき、手をさしのべてくれた彼のことを。
それが分かった瞬間、私は握っている手に力を入れた。
だから、ずっとそばにいたい。
会社なんて辞めないで欲しい。
でも、それも叶わないんだ。だって佐藤君には好きな人がいる。
そして、振られたばかりの彼にこの気持ちを伝えることはきっと酷なことだ。
それでも……伝えないと……。
「ほらりん、ついたぞ」
「え? あっ……」
いつの間にか会社の前に来ていた。
通い慣れたビル。
イーグルジャンプとアルファベットで書かれた看板。
間違いない、コウちゃんや、佐藤君、私が大好きな人達がいる大切な場所。
そこに、帰って来れた。
「……ありがとう、佐藤君」
私はそう言って、彼の手を離した。
名残惜しかったけれど、いつまでもこうしている訳にもいかないから。
「あの、ごめんね。今日は私混乱してて…あの、佐藤君がやめ……辞めるって聞いちゃって」
「!?」
佐藤君は驚いた顔をしていた。
当然だろう。私がこんなこと言うなんて思ってもいなかったはずだから。
「佐藤君が失恋したのも悲しいのだけど、佐藤君がいなくなっちゃうのが…さびしくて…」
声が震えてくる。目頭が熱くなってきた。
泣いたら駄目だ。今ここで泣いてしまったら、また彼に迷惑かけてしまう。……そう思えば思うほど涙が出そうになる。
「……はぁ」
必死に堪えている私の言葉に、佐藤君はため息で返した。
「また何を絶妙なタイミングで立ち聞きしたのか知らんが……俺は辞めない」
「ホント!?」
思わず顔を上げてしまった。
でも、私が見た佐藤君の顔は、たまに見せる力が抜けているような顔になっていた。
「いや…結果次第では辞めることになるかもしれんが…」
「どっち!?」
私の目から逃げるように視線を外す佐藤君。
なんだかさっきまでと立場が逆になっているみたい。
でも、この言い方はまだ佐藤君は失恋していないってことよね?
じゃあ…佐藤君の好きな人って一体。
私の頭に浮かんだ疑問に答えるべく、佐藤君は、ゆっくりと話し出した。
「結構前に、俺の好きなヤツの話になったとき、りんを指さしたよな?」
「えぇ。私の後ろにいる幽霊の女の子が好きという話よね」
「実は俺、霊感ないんだ」
「!?」
答えを知るどころか、余計に訳がわからなくなる。
佐藤君は何を言っているの?
私は思わず固まってしまう。
「「……」」
佐藤君との間に再び沈黙が訪れる。
どうしよう……。何か言わないと……でも言ったら言ったでまた変なこと言ってしまいそうだわ。
そんな私の思考を読んだかのように、彼は口を開いた。
それは、とても真剣な表情だった。
まるで、覚悟を決めたかのような……。
「まぁそこから色々こんがらがってしまったわけで……要するに俺の好きなヤツは……もっとこう…………ちょっとこい」
「?」
佐藤君は手で私を呼ぶ。
言われるがまま彼の近くまで歩く。
目と鼻の先、さっき手を繋いで歩いた時とは違う距離。
すこし身体を傾ければ、彼に寄りかかれるほど近く。
「えっ!?」
すると、急に体が引っ張られる感覚があった。
いつの間にか私は彼の腕の中にいた。
かつて抱きしめられた時のように。
彼の胸の中、さっきよりもずっと近くに彼を感じる。
顔が熱い。きっと真っ赤になってるんだろうなって自分でもわかる。
それくらい、私はドキドキしていた。
そして、その鼓動が伝わってしまいそうなほどの近さで…。
「耳元で言うから、ちゃんと聞いとけよ」
そう言う佐藤君の吐息が耳にかかった。
ビクッとしたけど、私は何も言えない。
ただ彼の言葉を待つだけ。
私を抱き寄せる手に力が入るのを感じた。
「俺はお前が好きだ。お前と同じ未来を歩いていきたい……から、俺と一緒に……いて欲しい」
聞こえた。確かに聞こえた。佐藤君の声が、私だけに聞こえる声が、はっきりと。
ずっと堪えていた涙がこぼれ落ちる。
さっきとは違った意味で泣き出してしまう。
嬉しかった。
彼の口から聞けたことが。
彼の気持ちが知れたことが。
この気持ちを伝えることができる。
それが本当に嬉しい。……だから私は、自分の想いを口に出す。
もう、誤魔化さない。嘘つかない。
「はい!」
そうして私は彼の背中に手を回した。
彼の温もりを感じながら、彼の胸に顔を埋めた。
そして、私は思いっきり叫んだ。
今までで一番大きな声で……。
私の大好きな人に、私の想いが届くように。
●
青葉視点
佐藤さんに仕事に戻るよう言われた私達は、全員、会社の入り口の前で抱き合っている二人を見ていた。
身を隠していたのは消えたりんさん探しに協力してくれた、ゆんさん、ひふみ先輩、うみこさん。
この場にいる全員が歓喜に震えていた。
(佐藤さん!!)
(りんちゃん!!)
そして――
「やったわ――むぐっ!?」
いつの間にか花男さんもいた。
感極まって叫ぼうとしたのをうみこさんに口を塞がれている。
相変わらずすごい身のこなしだ。
だけど、すぐに意識は二人の方へ戻される。
佐藤さんとりんさんは、まだ抱き合ったままだったのだ。
二人が恋人同士になったことは間違いない。
これは本当に喜ばしいことだのだけれど…。
共に歩く未来も素敵ですけれど、今は就業時間ですよ!
二人とも!!
「ど…どうしたらいいんでしょうか? 私達……」
最初はうれしさのあまりひふみ先輩と手を握り合ってしまうほど浮き足だっていたけれど、二人の光景を見て逆に冷静になっていく。
花男さん以外の皆さんもオロオロし始めてしまっている。
でも、そんな中、一番先に口を開いたのは、意外にもひふみ先輩だった。
「お…お祝い…しないと……だね」
「そうですね……でもあの場に水を差すんは気が引けますね……」
ゆん先輩の言うとおり、佐藤さんとりんさんはまだ抱き合っていた。
まるで、離したら消えてしまうと思っているかのように、お互いをしっかり抱きしめている。
そんな姿を見ると、とてもじゃないけど声を掛けられない。
本当にどうすれば……。
「じゃあ私におめでとうって言えばいいわ!!」
「なんで花男さんに!?」
うみこさんの拘束から抜け出した後、キラキラした顔でそんなことを言い出した花男さん。
水を得た魚のように生き生きしている。
「私が一番やきもきしたのよ!? だから私が一番頑張ったようなモノじゃない!!」
「えぇー」
確かにいつも佐藤さんを煽って殴られているところはよく見かけましたけど……。
それだったら私だっていつも佐藤さんに八つ当たりされてましたから頑張ったとおもうんですけど…。
「とにかく祝って-!」
……でもこのままだと話が進まない。
仕方ありません。
ここは花男さんの提案に乗りましょう。でないとこの場の収拾がつかない気がしてきた。
「おめでとうございます」
「おめでとう…ございます」
「声が小さいわーー!!」
私に続いて、他の皆さんもお祝いの言葉を口にする。
それでも二人は気づかず、未だに抱きしめあったまま。
本当に幸せそうな顔をしています。
そんな姿を見ていると、私も幸せな気分になってくる。
きっと皆も同じだろう。
誰も彼も笑顔で、祝福していた。
「ちょっと青葉もひふみんもゆんも何してんの?」
――ただ一人を除いて。
「……あ、八神さん」
「もう、仕事はどうしたの――」
騒ぎを聞きつけたのか、私達が席にいなかったのを注意しに玄関まで降りてきたのかはわからない。
でも八神さんも、遅れて目の当たりにした。
佐藤さんとりんさんが抱き合っているところを……。
「……へぇ、佐藤やるじゃん」
特に慌てる様子もなく、平然と呟いていた。
一瞬だけ、八神さんの顔が微笑んだ気がした。
安心したような、でも少し寂しそうな、そんな表情。
それからすぐいつもの顔に戻った。
「ほら皆、仕事に戻って! 佐藤もりんも後でちゃんと呼んでね」
「あ、八神さん!」
いつもの仕事モードになり、踵を返して去っていく。
その後ろ姿を見送った。
入り口に入って行く風になびいた金髪から、どこか名残惜しさを感じさせた。
……これで良かったのかな?
私は心の中で問いかける。
答えはない。
ただその風だけが、私達の頬に触れていった……。