NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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彼の本質を見た

 青葉視点

 

 さっき、何が起こったのかを簡単に説明します。

 

 

 

 

 

 

 りんさんが、

 

 

 

 

 

 

 

 浮かれて、

 

 

 

 

 

 

 

 落ちた。

 

 

 

 

 

 

 む……むごい。

 

 私は、ひふみ先輩と、その一部始終を目の当たりにしてしまった。

 

 まさに急転直下。

 出社直後の明るい花畑は消え去り、ブースには重苦しい沈黙が流れていた。

 りんさんは下を向いて、肩を震わせている。時折鼻を鳴らす音が聞こえてくる。

 

 「コウちゃんにいらないって言われたみたいね」

 

 話を聞きつけた花男さんも、私達のブースにやってきてこの状況を見ている。

 

 「八神さん…りんさんと佐藤さんが幸せなときになんであんなこと…無神経にもほどがありますよ…」

 

 りんさんの気持ちを考えれば、八神さんの言葉は残酷すぎた。

 あの言い方ではまるで、りんさんが邪魔者扱いじゃないか。

 

 「青葉ちゃん…言い過ぎ、だよ」

 

 だけど、それを聞いたひふみ先輩は、私の言葉を諌める。

 

 「コウちゃんは確かに、少し…無神経なところあるけど……会社でスカート脱ぐし……すごいにぶちんだけど……!」

 

 「ひふみ先輩もなかなか言い過ぎてません?」

 

 私だって、八神さんの態度はどうかと思うことは多々あったが、ここまで酷いことを言う人ではない。

 それにいくらなんでも、あんな言い方はないんじゃないだろうか。

 あんなことを言われれば誰だって傷つくだろうに。

 しかも、よりによってあの八神さんから言われたのだ。

 立ち直れるわけがない。

 今も暗い顔をしている。

 この場を唯一なんとかできそうな佐藤さんも、まだ出社してきてない。

 つまり、誰もこの状況を打開する術を持っていないということだ。

 

 重い。とにかく空気が重い。

 

 なんというか、息をするだけで辛い感じ。

 ホントにどうすれば……。

 

 「ここは佐藤君に連絡を……いいえ、私が介入することじゃないし、ちゃんと来るって言ってたしね」

 

 と花男さん。

 携帯を見つめながら呟いている。

 確かにそうだよね。

 こういう時こそ、頼りになるはずの彼氏さんだもん。

 早く来て欲しいです。

 花男さんの独り言は止まらない。

 むしろヒシヒシと殺気が滲み出ているような気さえしてくるんですが……。

 

 「来るわよね? ここでヘタレて来なかったら…流石の私もぶん殴るからね!!」

 

 「花男さんなんか怖いです!」

 

 と…とにかく、今は八神さんとりんさんをどうにかしないと。

 りんさんはソッとして置いた方がいいとして…まずは八神さんだ。

 せめてあの言い方についての弁明だけでもして貰わないと!

 

 「私、八神さんと話してきます」

 

 「青葉ちゃん、待って」

 

 八神さんが席を立ったところを追いかけようとしたとき、ひふみ先輩が袖を引っ張ってきた。

 

 「私も…行く」

 

 確かに八神さんとりんさんの次に仲が良いのはひふみ先輩だし、二人きりだと八神さんも話しづらいかもしれない。

 だったら一緒に行ってもらった方が良さそうかも。私達は八神さんを追いかけてフロアを飛び出した。

 どこに向かったかはある程度検討がつく。

 きっと一人になりたいはずだ。

 だとすると屋上しか無い。

 私とひふみ先輩は迷わず階段をかけ上がっていった。

 そして、その予想通り、八神さんの姿を見つけることができた。

 

 「八神さん!」

 

 「あ、青葉、ひふみんも」

 

 八神さんは柵に背中をつけて風に当たっていた。

 少し傷んでいる長い金髪が風に揺れる姿が、とても寂しげに見える。

 

 「……どうしたの?」

 

 表情には影が差していた。

 …なんで、そんな顔するなら、りんさんにあんな酷いこと言ったんですか。

 私は怒りを抑えることができなかった。

 でも、今はそれをぶつける時ではない。

 八神さんがこんな状態になっている理由を聞かないと。

 

 「なんであんなこと――」

 

 「青葉ちゃん」

 

 私を押さえてひふみ先輩が一歩前に出る。

 いつもは控えめな性格なのに、珍しい。ひふみ先輩は真っ直ぐに八神さんの顔を見て言った。

 

 「コウちゃんは……これでいいの?」

 

 「……」

 

 その問いに対して、八神さんは答えない。

 ただ黙って目を瞑っている。

 まるで何か考え込んでいるかのように。

 ひふみ先輩は続ける。

 

 「りんちゃんは、こんなの望んでないよ」

 

 それは八神さんが一番分かっているはずでしょ? と、言っているように思えた。

 八神さんは何も言わず、ただ黙っていた。ひふみ先輩もそれ以上何も言うことなく、八神さんの隣に立つ。

 

 「……コウちゃん、りんちゃんのこと、本当にいらないと思ってる?」

 

 「……」

 

 八神さんは無言のままだ。

 ひふみ先輩は諦めずに、もう一度聞く。

 

 「ねぇ教えて?」

 

 「……」

 

 まっすぐ見つめるひふみ先輩の視線に、八神さんはついに根負けしてしまったのか、ゆっくりと口を開こうとした。

 その瞬間だった。

 

 「コウちゃん!」

 

 後ろから、りんさんの声が聞こえてきた。

 私達が振り返ると、そこには肩を大きく上下させているりんさんがいた。

 走って来たらしい。

 

 「りんさん!?」

 

 「りんちゃん……?」

 

 私達三人は驚いてしまう。

 まさか、彼女がここにくるとは思ってもいなかったから。

 

 「……りん」

 

 八神さんも彼女の登場は想定外らしく、目を見開いている。

 りんさんはそのままこちらに向かってくる。

 彼女は八神さんの目の前までやってきて、息を整えながら口を開いた。

 その声はとても震えていた。

 泣きそうな顔をしている。

 だけど、泣かなかった。

 涙を浮かべながら、必死に堪えている。

 それが痛々しくて、胸が締め付けられた。

 八神さんは彼女を見るなり、辛そうに顔を歪めた。

 そして、彼女に背を向ける。

 もう話すことはない、という意思表示なのだろう。

 駄目だ。

 このままじゃ…。

 声を出そうとしたとき、手を掴まれた。

 

 「……」

 

 ひふみ先輩だ。

 ひふみ先輩は首を横に振った。

 ダメだよ、と目が訴えかけている。

 そして、何も言わずに手を引っ張ってきた。

 その意味が分かってしまった私は、大人しく従うことにした。

 私達はりんさんと八神さんの前から立ち去る。

 すれ違いざまに見たりんさんは、悲しそうな、悔しそうな、色々な感情が入り混じった表情をしていた。

 

 「大丈夫でしょうか? あの二人…」

 

 屋上のドアに身を潜めて、私達は八神さんとりんさんの様子を伺う。

 二人はしばらく無言だったけど、りんさんがゆっくりと話し出す。

 

 「……コウちゃんは、私と佐藤君に気を使ってくれてるんだよね?」

 

 今にも消えそうな声。

 だけど真剣な声色で、りんさんは問いかける。

 それに対して八神さんは答えなかった。

 りんさんは続ける。

 

 「私に、コウちゃんに世話を焼いてる時間を、佐藤君に使えって言ってるんだよね?」

 

 八神さんはやはり何も言わない。

 でも、私には分かる。

 八神さんは肯定してる。

 そして、否定しないということは、そういうことなのだ。

 

 「コウちゃんは、強いし、格好いいし自分にも、皆にも厳しいけど…誰よりも誰かが傷ついたり、悲しんだりするのが嫌いだもん。だから、私を傷つけることをなんて絶対しないし、言わないもん…」

 

 りんさんは一度言葉を区切る。

 八神さんは何も言わず、じっと立っているだけだ。

 それでもりんさんは話し続けた。

 それはまるで自分に言い聞かせるように。

 自分の想いを確かめているかのように。

 

 「だから、あんなことを言ったのは――」

 

 「佐藤の事はどうでもいいけどさ」

 

 りんさんが全てを言おうとしたとき、八神さんが遮る。

 その言葉に、りんさんの動きが止まった。

 八神さんは振り返る。

 そして、りんさんの目を真っ直ぐ見た。

 

 「入社したばかりの時、りんが先輩の人にお使い頼まれたときのこと、覚えてる?」

 

 いきなり話が変わって戸惑いつつも、りんさんはコクンとうなずく。

 それを見て、八神さんは懐かしむように微笑みながら言う。

 それはまるで、思い出話をするかのような口調で。

 

 「あの時、私、りんに聞いたじゃん? 夢とかないのって」

 

 りんさんと出会ってからの日々を思い出しながら語るかのように。

 とても優しい声で。

 

 「私は結構、自分のやりたいようにやってきたよ。でもさ……私の世話を焼いてるせいで、りんが自分のしたいことできないのは、不公平だからね……」

 

 八神さんはそれだけを言うと、再び背を向けた。

 その背中を見たりんさんの瞳からは、涙が溢れ出していた。

 りんさんは八神さんの後ろ姿を見ながら、静かに呟く。

 その声は少しだけ震えていた。

 

 「コウちゃん……私は――」

 「おい」

 

 りんさんが何かを言いかけたとき、声が聞こえた。

 低い声。

 それも私達の後ろから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一応、当事者の俺をほっといて…話を進めないでもらおうか?」

 

 「佐藤君!?」

 

 「佐藤……」

 

 この場にいる全員が振り返ると、そこには彼がいた。

 

 そう、佐藤さんが。

 今にも死にそうな顔で、壁に手をつきながら立っていた。

 

 「「大丈夫?」」

 

 「……おう」

 

 りんさんも八神さんも、お互いのことを忘れて心配している。

 それだけ瀕死だった。

 その体はふらついており、呼吸も荒い。

 胃がよほど痛いのか、今も必死に押さえている。

 一体いつの間に入ってきたのか、全く気付かなかった。

 

 「……お前らしくもなく妙な気を使っているようだが、わかってないな」

 

 佐藤さんはよろめきながらも、一歩ずつ前に進んでくる。

 一歩前に踏み出すどころか、身体を傾けることすら、彼の命を削っているのでは無いかというほど危なげだ。

 そんな状態なのに、彼は続ける。

 

 「俺が……俺が……」

 

 だけど、すぐに止まってしまう。

 声も出すことすら、彼の体には負担らしい。

 りんさんも佐藤さんの元に歩み寄ろうとしたときだった。

 

 「!!」

 

 「佐藤君!?」

 

 なんと、自分で自分のお腹を殴ったのだ。

 しかも思いっきり。

 鈍い音が響き渡り、りんさんの悲鳴が屋上にこだました。あまりの出来事に、私達は唖然としてしまう。

 

 

 「……俺が惚れたのは、幸せそうに八神の話をするりんで」

 

 佐藤さんは痛みに耐えて、咳き込みながらも言葉を紡いでいる。その目はまだ死んでいない。

 

 「八神のために一生懸命働くりんで……八神のために頑張るりんで……」

 

 そして、八神さんを、しっかりと見据えながら……。

 

 「大体がお前がらみだ畜生!!」

 

 佐藤さんは血を吐くように叫んだ。

 

 「……お前がいなかったら、俺が好きなりんはいなかったはずだ」

 

 そして、再び二人に向かって歩き始めた。

 八神さんは動かない。

 りんさんは顔を赤くしながら、呆然としている。

 ただじっと立っているだけだ。

 佐藤さんは少しずつ距離を詰めていく。

 

 「だから、俺は八神が好きなりんごと受け入れる所存だ」

 

 ボロボロの身体を引きずって、今にも倒れそうな身体で、ようやくりんさんのすぐ隣までたどり着く。

 そして、彼女の肩を力強く掴み、引き寄せた。

 

 「お前の大切なりんを……俺にくれ」

 

 佐藤さんは真っ直ぐ八神さんの目を見つめて言った。

 それに対して八神さんは何も言わない。

 無表情のまま、じっと佐藤さんのことを見ている。

 その目には怒りや憎しみといった感情はない。

 むしろ、何かを悟ったような、穏やかな目をしていた。

 まるで全てを受け入れるかのように。

 そして、しばらくすると口を開いた。

 

 「わかった」

 

 その声はとても優しかった。

 そして、今この瞬間、7年間という長きにわたる三角関係が、本当の意味で終わった瞬間だった。

 

 「…あと」

 

 「?」

 

 「しばらく休みもくれ……っ」

 

 「…わかった」

 

 

 ――幕切れは、佐藤さんの一言で締め括られた。

 本当に締まらない人だったけど、私…私達にとっては最高の結末だった。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでね、佐藤君、すごく格好良かったの!」

 

 今日もまた、彼女は楽しそうに、ひふみ先輩にことの顛末を話している。

 それはもう、嬉しそうに。

 もう何度目だろうか。

 というか、ひふみ先輩もあの場にいたのに……。

 でも、いつも通りの明るいりんさんに戻ってくれた。それだけは素直に喜ぼう。

 

 「全く、八神さん、そういう気持ちならもっとちゃんと言い方があるじゃないですか……」

 

 「だって…半端な言い方だと引き下がらないと思って…」

 

 りんさんを横目に、当の本人は困り顔で頬を掻いている。

 元々会話下手なのもあるのだと思うけどあまりにも不器用すぎると思う。

 まぁ、それもこの人の魅力なのかも知れないけれど……。

 

 「それにしても、佐藤さん、男を見せましたね」

 

 「確かにね」

 

 「……ところで、佐藤さんはいつ職場復帰されるんですか?」

 

 「さぁね……」

 

 佐藤さんが会社を休んでから、もう1週間が経過しようとしていた。

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