NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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彼女が望んだ形

 佐藤視点

 

 あれから1週間か……。

 

 一人暮らしの自室の中央。

 床に腰掛け、タバコの紫煙を肺に吸い込んだ俺は、つい先日のことを思い出す。

 

 ――お前の大切なりんを、俺にくれ。

 

 八神の前で、りんの肩を抱いて言った言葉。

 あんなこと、我ながらよく言えたもんだと呆れる。

 しかしあの時の俺は必死だった。

 りんの笑顔を失いたくない一心で……。

 そしてその想いは、見事通じた。

 その結果、今こうして休みをもらい、1週間経っている訳なのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかし、この夢、長いな……。

 

 

 

 

 

 そう思い始めた頃、ようやく意識が浮上する感覚があった。

 いや、夢じゃ無いな。

 これは現実だ。

 現に今も休んでいるわけだし。

 職場にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 そろそろ復帰しないと……。

 タバコの火を灰皿に押し付け消した時、玄関からチャイム音が聞こえてきた。

 ……誰だろう?

 もうかなり夜が更けている。

 新聞勧誘とかならこんな時間には来ないだろう。

 なら誰だ?

 宅配便が届く予定も無いし……。

 首を傾げつつ立ち上がり玄関に足を運ぶ。

 不用心な話だが、インターホンで相手を見る事も、魚眼でドアの向こう側を覗くことも、今の俺にはできなかった。

 何故なら――

 ――ガチャリ。

 

 「あ、佐藤君」

 

 鍵を外して扉を開けるとそこには…… りんがいたからだ。

 

 

 

 

 

 

 ……この夢、すごいな。

 

 

 

 

 

 目の前に立つ彼女の姿を見た途端、そんな感想を抱く。

 

 「よかった。やっと佐藤君の顔が見られたわ!」

 

 呆然としている俺にはお構いなしで、嬉しそうな声を上げる彼女。

 ああ、うん、可愛い。

 本当に本物みたいだ。

 なんていうかこう……いつも以上に輝いて見えるっていうか……。

 

 「この1週間、佐藤君のお見舞いに行こうとして、宮本さんに住所を聞いて、アプリで道を探したけど、何回も道に迷って、仕方なく帰って……」

 

 「……」

 

 「今日やっとたどり着いたの! 夢みたい!」

 

 「……」

 

 「…佐藤君がしゃべらない。まさかこれは夢!?」

 

 一人で騒ぐ彼女にハッとしている。

 

 「…い、いひゃいわ」

 

 俺はりんの頬をつまんで引っ張って見せた。

 柔らかい感触がある。

 

 「…ほら、夢じゃ無いだろ? こっちこそ急に来るから夢かと思った」

 

 苦笑しながら言うと彼女は微笑む。

 そして、今度は俺の顔に手を伸ばして触れて、くにっと摘まんできた。

 

 「ふふ、夢じゃないのよ」

 

 柔らかい手だ。

 そして、寒空の下を歩いてきたからか、少しひんやりとした指先が気持ちいい。

 

 「……」

 

 「……」

 

 思わず黙り込んでしまう。

 そして、急に冷静になってきた。

 今は現実で、ここは玄関だ。

 つまりは、外から丸見えである。

 まぁ、別に見られたところで問題は無いのだが、やはり恥ずかしいものはあるのだ。

 気まずくなって、お互い目を反らしてしまう。

 そうか、これは現実か。

 今目の前にいる遠山りんは本物か。

 なんかものすごく死にたくなってきた。

 それに、こんなに指先が冷えた彼女をいつまでも玄関に立たせている訳にはいかない。

 

 「…まぁ、入れよ」

 

 「う…うん」

 

 向こうも恥ずかしいのか、ぎこちない動きで家に入るりんに続いて、俺もまた家の中に戻る。

 ……なんか変な感じだな。

 妙に緊張するというか、ドキドキする。

 これが『恋人』という存在なのか?……だとしたら悪くはないかもしれない。

 部屋に入った後、りんはキョロキョロと室内を見渡していた。

 まるで初めて来た場所のように……。

 いや、実際初めて来るんだろうけどさ。

 

 「へぇー、綺麗にしてるんだね」

 

 物珍しげに見渡しながら言うりん。

 

 「まぁ、一人暮らしだから散らかすほどものが無いだけだけどな」

 

 本当は片付ける時間が無かっただけだ。

 1週間、何もせずボーッとしていたから。

 しかし、その事は口に出さず、誤魔化すように言葉を返す。

 

 「あ、そうだよね。ごめんなさい。つい見ちゃった」

 

 申し訳なさそうに謝るりんに、気にしてないと手を振って応えた。

 

 「佐藤君は大丈夫? 胃痛だって聞いたんだけど」

 

 「あぁ」

 

 先日のせいでかなり悪化しているが、それは言わなくて良いだろう。

 考えすぎてしまう彼女の性格だ。

 いらん心配かけさせたくない。

 一頻り部屋を観察し終えたりんは、持ってきていたレジ袋を上げて俺に見せた。

 

 「佐藤君は休んでて。私、何か作るから」

 

 …本来なら手伝ってやりたいのだが、今回は彼女の厚意に甘えよう。

 台所に向かう背中を見送った俺は、とりあえずソファーに腰掛ける。それから暫くの間、料理をする音だけが部屋に響いていた。

 トントン、コトコト……。

 リズミカルな包丁の音。

 俺以外の誰かがこの場所にいるだけで不思議と心が落ち着く気がした。

 きっとこれは彼女が持つ温かさのようなものなんだろうと勝手に思っている。

 俺はタバコを口に加えて、火を付けようとした時、彼女の顔が脳裏に過ぎる。

 そうか、これからはりんの前で吸えないな。

 職場だけなら気にならなかったが、彼女のことを考えると、もう吸わないようにしないと…。

 その事に若干の寂しさを感じつつ、紫煙を燻らせる。

 

 ――あ、この匂い……。

 

 やがて漂ってくる美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐり始めた頃だった。

 

 ――ガチャリと部屋の扉が開く音がしたのは。

 

 振り返ると、そこにはエプロン姿のりんがいた。

 手にはお盆を持っている。

 どうやら出来上がったらしい。

 彼女はテーブルの上にお皿を置いていく。

 そして、最後に箸とお椀を置いた。

 今日のメニューは、白米、味噌汁、卵焼きにほうれん草のお浸しといった和食の定番である。

 ちなみにお茶碗に盛られたご飯の量が少ないのは胃が弱ってる俺への配慮だろうか。

 普段より少なくしてくれたのかもしれない。

 俺はいただきますと言って早速食べ始める。

 どれもとても美味しかった。

 久しぶりに食べる手作りの味。

 それを噛み締めるようにゆっくりと咀噛する。

 そんな俺を見てりんも安心したようだ。

 

 「よかった。ちゃんと食べられて」

 

 嬉しそうに微笑む彼女に、またドキッとする。

 

 「ああ、うまい」

 

 「本当? 嬉しい!」

 

 本当に嬉しそうだ。

 彼女が喜んでくれるのはとても気分が良い。

 もっと喜ばせたいと思う。

 しかし、残念なことに今の俺にはこれくらいしか出来ないのだ。

 もっとたらふく食べてやりたいが、今はゆっくり味わうことにしよう。

 

 「……お前、よかったのか?」

 

 お互いの箸がある程度進んできたところで、気になっていたことを聞いてみた。

 

 「え」

 

 彼女は首を傾げている。

 意味がわからなかったみたいだ。……いや、わかるはずがないよな。

 何せ主語を抜いてしまったんだから。

 

 「その…今回の事、色々……」

 

 ゆっくりと彼女に尋ねる。

 俺の告白を受け入れてくれたこと。

 

 「勢いとかノリで流されてないか? 本当に……」

 

 りんは八神のことも好きだったはずなのに、俺を選んでくれた。

 だから、それがどうしても不安なのだ。自分のことを好きだと思ってくれているのは凄く伝わってくる。

 でも、それでも聞かずにはいられなかった。

 

 「…佐藤君」

 

 俺の問いに、りんは少しだけ眉間にシワを寄せて言った。

 怒ってるというか、呆れてる感じで。

 それからジト目で睨みつけてきて言った。

 

 「私のことちょっとバカだと思ってない!?」

 

 …ちょっとどころではなく思っている。

 だが、敢えて口に出すようなことはしない。

 怒られたくないから。

 黙って続きの言葉を待つ。

 

 「確かに私、少し思い込みが激しい性格だって自覚はあるし、コウちゃんのことも、本当に真剣に思っていたの」

 

 やっぱり、そうだよな……。

 りんは本当は八神のことが好きだったんだ。

 だから、俺なんかのことを本気で好いてるなんてありえない。

 今更だけど、改めて言われるとキツイものがある。

 胃が痛くなるほどに……。

 ズキリと痛む胃を押さえながらりんの顔を見る。

 りんは続けた。

 

 「でも、佐藤君も私達と一緒に働いてて、私やコウちゃんのことを支えてくれたこと、ずっと私の話を聞いてくれたこと、さりげなく色々フォローしてくれたこと、なにより佐藤君がすごく優しい人で、私にとってすごく大事な人って事」

 

 一つ一つ思い出すように言葉にする。

 そうして、それから真っ直ぐに俺の目を見た。

 強い意志を感じる瞳だ。

 思わず見惚れてしまうほどの。

 

 「それはずっと実感していたのよ」

 

 「……」

 

 微笑む彼女に目を反らしてしまう。

 自分の惚気話を聞くのも、それはそれで胃が痛いな。

 嬉しいはずなのに、どこか居た堪れない気持ちになる。

 ただ、こうして面と向かって言われれば、やはり悪い気はしなかった。

 それどころか誇らしいというか……。

 

「でも佐藤君が、『幽霊が好き』って言ったり、『想いが実らなかったら会社辞める』って言ったり、姿の見えない佐藤君の好きな人に、色々混乱しちゃって……」

 

 混乱してたの大体俺のせいじゃねぇか。というツッコミは置いておくとして。

 りんの話は続く。俺はただ黙っていた。

 最後まで聞くことにした。

 ここからが、りんが一番言いたいことだと言うこと。

 ここからが、りんが今抱いている気持ちだということなのだから。

 

 「ずっと迷ってて、この気持ちが分からなかった。コウちゃんと一緒にいたい私と、佐藤君と離れたくない私、どれも本当の気持ち」

 

 俺は静かに聞いていた。

 相槌すら打たずに、彼女の言葉を一言一句聞き逃さないよう耳を傾けていた。

 

 「けどね、あの時ぎゅっとされて、『好き』って言われたとき色んな事が全部溶けて、一つになって、ちゃんと実感したの」

 

 りんは一度深呼吸をして、それから再び口を開いた。

 俺をしっかりと見て。

 ―――そして。

 

 「私、佐藤君が好きです」

 

 彼女は答えを出した。

 俺への、告白の返事を。

 俺の事をどう想っているのか。

 俺の事を本当に好きかどうか。

 その答えを。

 

 「…ならよかった」

 

 俺は心の底から安堵した。

 ホッとした。

 安心したら力が抜けて、肩の荷が下りたというか、緊張の糸が切れた。

 それと同時に全身の筋肉が弛緩していくのを感じた。

 ああ、マジでよかった……。

 

 「ふふ…それにね」

 

 俺が脱力しているのを見てクスリと笑うりん。

 彼女は続けて言う。

 考えていること? 一体なんだろう。

 

 「佐藤君やコウちゃんの気持ち、ちゃんと受け取らないとって思って、ずっと考えてたの」

 

 「…何?」

 

 「私ね、やっぱりあの場所が好き。佐藤君やコウちゃんがいて、ひふみちゃんや青葉ちゃんが頑張ってるこの会社が好き」

 

 りんは箸を置いて、両手で胸元を押さえる。

 まるで何かを確かめるかのように。

 それから俺の方を向いた。

 その顔はとても穏やかだった。

 晴れやかな表情をしていた。

 きっとこれが今の彼女にとって一番自然な状態なんだと思う。

 そんなりんは、ゆっくりと言った。

 

 「だから、この場所を守っていきたい。皆がずっと一緒にいられるようにしたいの」

 

 それはきっと、いつかの屋上の話だ。

 俺達がずっと一緒にいられる保証は無い。

 この会社も、いつか潰れるかも知れないという夢の無い話を、夜空の下でしてしまった。

 これは、彼女なりの答えなのだ。

 

 「だから、私、この会社をもっと大きくしたい。そのために、もっと頑張ろうって思うの」

 

 

 そうか……

 

 

 

 彼女にとって、

 

 

 

 

 

 

 

 この会社が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 イーグルジャンプが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺や八神が働く会社が、全てなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが分かった瞬間、ストンと納得できた気がする。

 

 彼女が何故俺を選んだのか。

 

 どうして俺のことを好きだと言ってくれたのか。

 俺には勿体無いくらい、素敵な女の子だと。

 そう思えたのだ。

 りんは続ける。

 

 「でも、私一人じゃ不安だし、コウちゃんも…頼りにはなるけれど、危なっかしいところがあるから」

 

 「あー……」

 

 うん。否定できない。

 むしろ肯定しか出来ない自分がいる。

 だって、あいつ仕事以外ポンコツだもん。

 だから心配になるんだよな……。

 

 「だから、佐藤君みたいにしっかりしてて、頼れる人が近くにいてくれたら心強いなって」

 

 「……そうか」

 

 これが、彼女の望んだ形ならばもう何も言うことは無い。

 俺も力を尽くそう。りんが、これからも笑って仕事を出来るように。

 俺とりんは、笑顔のまま向かい合った。

 自然と笑いがこみ上げてくる。

 こんなにも幸せな気持ちになったのはいつ以来だろうか。

 少なくとも、今までの人生では感じたことのない気持ちだ。

 どうしようもなく照れくさい気持ちすら、愛おしく思えて仕方ない。

 

 「とにかく、これからは、佐藤君を困らせない、いい彼女になるので…よ、よろしくお願いします!」

 

 最後にペコリとお辞儀をするりん。

 

 「…こちらこそ」

 

 俺も頭を下げた。

 それからお互い顔を見合わせて笑った。

 幸せだと思った。

 俺達の関係は変わった。

 でも、その形はきっと変わらない。

 りんがこの会社を大切に想う気持ちと同じように、俺はりんと八神の事を大事にしようと思った。

 

 「俺も、明日から会社に出るよ」

 

 「ほんと? じゃあコウちゃんに連絡して……あら」

 

 携帯の画面を見て、りんが固まった。

 俺は首を傾げてりんの方を見る。

 すると彼女は、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。……嫌な予感しかしねぇなぁ。

 それから彼女は口を開く。

 

 「もう終電過ぎちゃってるわ」

 

 そんなことだろうと思った。

 俺もすっかり時間を忘れていた。

 明日も会社があるのに申し訳ない。

 せっかく夕飯を作ってくれたのだ、今度は俺が何かしてやらないと。

 いつものことだしな。

 

 「車で家まで送るよ」

 

 「……」

 

 「?」

 

 いつもなら、快く承諾してくれるのだが、何故かりんの反応が鈍かった。

 珍しく迷っている様子を見せるから、思わず彼女の方を向く。

 

 「…佐藤君」

 

 顔を赤らめているりんがいた。

 …なんか、嫌な予感がしてきたのだが。

 

 「……私、帰りたく…ない……な」

 

 「……あの、それは…どういう…」

 

 彼女に消えそうな声に震えた声で聞き返すことしか、俺にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青葉視点

 

 「佐藤さん、今日から復帰なんですね」

 

 「うん、りんから連絡きたから多分大丈夫」

 

 出社してすぐのこと、八神さんと佐藤さんの話をしていた。

 1週間、佐藤さんがいない間、敦さんが白目を剥きながら仕事をしてて大変だったけど、なんとか無事に終わってよかった。

 でももう安心だ。

 佐藤さんの胃痛の種は無くなって、可愛い彼女が出来て、しっかり休んだのだ。

 もう無敵である。

 すごい勢いで仕事をこなしてくれるに違いない。

 

 「おはよう、コウちゃん、青葉ちゃん」

 

 背後から、声が聞こえる。

 この柔らかくて、優しい声は間違いない。

 りんさんだ。

 振り向くと、昨日と同じ私服の彼女がいた。

 佐藤さんと腕を組んで。

 それで、肝心の佐藤さんはというと…。

 

 「…よう、お前ら……迷惑、かけて…悪かったな……」

 

 そして、その隣には死にかけた顔の佐藤さんもいた。

 

 全く良くなってない!

 

 それに!

 

 反比例するかのように、りんさんの肌がプルンプルンしているんですが!?

 

 い…一体、何したんですか!?

 

 二人とも!?

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