NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
敦視点
「あの、宮本さん。少しいいですか?」
「おう? なんだ涼風か。どうした?」
俺がアホの葉月のせいでキャラ班に配属されてからもう一ヶ月以上経ったその日、初仕事のモデリング以来、アドバイスを頼まなかった涼風が俺に尋ねてきた。
「さっき八神さんにキャラデザの仕事を任されたんです」
「へーやるじゃん」
涼風はどこか誇らしげだ。
確か、八神みたいなキャラデザやりたくてこの会社来たんだもんな。それなら納得だな。
だけどすぐに形のいい眉毛を八の字に変える。
「少し迷走中でして、何かアドバイスしてほしくて……」
「うーん……」
そう言えばコイツ、初仕事の時のアドバイスも一回だけで済んだよな。立体的に見せるコツを軽く教えただけであとは自分で何とかしたし。
なら少しくらい肩入れてやってもいいだろ。
「とりあえずどんなキャラなんだ? 仕様書見せてくれ」
「これです」
「……」
俺は涼風から受け取った仕様書を確認する。
明るい色の髪のツインテールが特徴、真面目で元気だが少し天然なところがある。
……これ完全に涼風じゃねぇか。
すげぇ偶然だな。涼風が入社してくる頃にはシナリオはほとんど出来てたわけだし。
そして次がネックだった。
主人公一行を次のダンジョンへ案内する途中に、盗賊に襲われて死ぬ。
あーこれ、まだ誰も手を付けてなかったのか。
「そうだな涼風、まずは最初の仕事思い出してみ?」
「それって、初めてのモデリングのことですか?」
「そうだ。八神に散々しごかれたようだが、大事なのはこのキャラの一番の特徴を理解することだな」
そこら辺は、八神にリテイクのバーゲンセールのお陰である程度わかるはずだ。だが涼風は首を傾げた。
「一番の特徴……ですか?」
「あぁ、特にこのキャラはすぐに死ぬ」
「はっきり言いましたね……」
「死ぬってことはソイツの全てが終わるって事、プレーヤーからしたらそれなりにショッキングなはずだ。つまり印象に残りやすいんだ」
キャラが死ぬシーンは印象に残りやすい。だけど、それは一つ間違えればキャラを殺すことになる。
「漫画でも言われてるだろ? 『人が本当に死ぬときは人に忘れられた時だ』ってな。つまり、ラスボス倒すまで覚えてもらえるようなキャラデザにするんだ」
「具体的には……」
「そうだな。このキャラクターの見て欲しいところ、魅力的なところを全て出し切ることだ。死ぬってことは、これ以上掘り下げができない。言い替えれば、必要が無いって事だ。その点では、このキャラは作りやすい。他のキャラと違ってストーリーに進行具合で印象が変わったりしないからな」
「なるほど……」
涼風は感心してるようだが、俺はあまり好ましく思わなかった。
コイツ、どこか八神のことを意識しすぎてるところあるからな。ヘタに凝り固まった思考はデザインの仕事には向いてない。
仕方がない……。
「そーいや、これ涼風に似てるよな」
「え!? これ私ですか!?」
「あー! 敦さんソレ、バラさないでくださいよー!」
驚いた涼風に、企みがバレた八神が茶々入れてきた。やっぱりコイツワザとやりやがった。
「最悪です! 八神さん大嫌いです!!」
「怒らないでよー。名前付けるまで黙ってよーと思ってたのにー」
「もー!!」
怒ってる涼風をからかってる八神を後目に、とりあえず自分の作業に戻る。
とりあえずなんとかなったかもな。キャラと自分の似てるところがあると親近感あると無意識にキャラデザにも反映される。
少なくとも、キャラを殺そうなんていうことはなくなるだろう。
二時間ほど作業を進める。涼風は他のキャラ班の連中にも色々相談しながら進めてるらしい。
最近はサウンドのところに行くことも少なくなった。もう曲はほとんど出来てるし、やるといっても雑音の除去とか、プログラムに音楽を入れる作業くらい。それは増田の仕事だから俺が手を出すことはない。てか、そろそろデバッグ雇うんだよな。ならプログラムのとこに回されるのも時間の問題か。やりたくねーよバグ直し。
あーそろそろタバコ吸いたくなってきたな。屋上行くか。
そう思って席を立とうとすると、また涼風が俺に話しかけてくる。
「敦さんっ、描けましたので見てほしいんですけど」
「ん……あぁ、別にいいぞ」
真っ先に八神に見せると思ったのだが、まさか俺の方に来るとは。
アドバイスしたからなのだろうか、律儀な奴だ。
キャラデザの用紙を受け取ると、紙の上にはツインテールの可愛らしい少女が描かれていた。
うん、いいな。てか、胸元の衣装の柄って飯島のデスクの壁紙か。なかなかおもしろいな。
「ちなみに、名前は?」
「い、一応は考えてはきたんですけど……えっと……なんか名前言うのすごく恥ずかしいですねこれ!」
涼風に聞いてみると、顔を真っ赤に染め始めた。
そりゃ、自分に似てるキャラだもんな。仕方ないけど、コイツ一応ストーリー上の重要NPCだから名前もちゃんと出さなきゃいけないんだよな。
「もったいぶると余計言えなくなるからサッサと言った方が楽だぞ」
涼風も腹をくくって名前を言う。
「…………ソ、ソフィアちゃんです!」
「ソフィア……か」
「復唱しないでくださーい!」
涼風は余計に顔を赤くしてツインテールを揺らす。確かに、八神がからかいたがるのも納得するな。だけど──
「いい名前だと思うぞ?」
「……そうですか?」
「あぁ、ソフィアってのは、
「は……初めて知りました」
「由来考えてなかったのかよ……」
俺はそういうの割と考える方だけど、まあ、すぐに死んじまうキャラだから別にいいか。
「まあ、女性の名前としてはかなりオーソドックスな名前だから覚えてもらいやすいかもな」
「……でも、死んじゃうんですよね」
「それは仕方ねぇよ……」
俺はため息をつく。だって仕方ねぇだろ、お前が入社してくるまえからそういうシナリオで葉月が組んだんだから。
ま、でもせっかくだし最後に先輩らしいことを一つ言ってやるか。
「なぁ涼風、このソフィアってキャラを作ったとき楽しかったか?」
「え?」
涼風はちょっと戸惑った顔をしたが、すぐに答えた。
「はい、大変でしたけど、楽しかったです!」
「そうか、ならこれだけは覚えとけ」
俺はソフィアが描かれているキャラ容姿を涼風に返しながら言う。
「キャラクターデザインっていう仕事はな、そのキャラクターの命を作るってことだ。たとえ死ぬ運命だとしても、それは価値のあるものだ。そして、」
そして俺は言った。かつて、俺がある人に言われた言葉を――
「モノを作ると言うことは、誰かの夢を作ると言うことだ」
●
涼風が八神にソフィアのキャラデザの報告に向かってからしばらく経つと、自分のデスクに戻ってきた。
どうやら、ソフィアのモデリングを始めるらしい。
だが、その前に涼風が飯島に話しかける。
「会議って何してるんでしょうね」
「あれ、青葉ちゃん知らんの? 議事録はパソコンから見れるで」
あぁ、そろそろ会議のタイミングだったな。俺も手を止めて涼風たちの方をに目をやって耳を傾ける。まだ就業時間だけどこれくらいならいいか。涼風も会議については知っておいて損はないだろうし。
「初耳です!」
「各リーダーとかディレクターが集まって問題ないか話してるんだよ」
「問題あったらどうなるんでしょうね?」
「「え……」」
涼風の言葉に、篠田も飯島も動揺している。俺は目のハイライトが消えるのを肌で感じる。
まぁ、あれは……ねぇ。
「発売……中止とか?」
「え!? 嫌です!!」
「そうそうあらへんから」
「──あるよ」
「「「!?」」」
俺ははっきり言った。
「あるよ。いやホントマジで」
「死んだ魚のような目で言わないでください!!」
まあ、今回の『フェアリーズストーリー3』はそんなことはないだろう。あったとしても、それは多少の誤算くらいだ。問題ない。……多分。
「じゃあ宮本君、進捗はどうだね?」
今度は篠田の奴がおもしろ半分で俺に話題を振ってくる。
仕事しろよお前ら……。
「いきなり失礼だな……」
聞かれたからには答えないといけないな。
断る理由もないし、俺は渋々答える。
「最近はこっちでいることが多いな。マスターアップが近いのもあるし、サウンドは増田に任せてる。あるとすればそろそろプログラムのとこに行くかもってところだ」
「確か、あと二つ作品のお仕事してんるですよね?」
「まあな。今から9ヶ月後と来年にマスターアップのヤツがな……あのキチ●イども算数も満足にできねぇのか」
「「「……」」」
「……あの、それってちゃんと間に合うんですか?」
「涼風、なにを言ってるんだ? 間に合うかじゃない、間に合わせるんだよ」
「「「ひぃぃいいぃ!!」」」
そんなことを思ってたら、言霊というか、ホントに問題が発生しやがった。
滝本がキャラ班の残りキャラ数と残り日数が合っていないという。
会議を終えてきた八神と遠山が、申しわけなさそうに帰ってくる。
「ごめんなさい、私の計算ミスなの。キャラ班にはお泊まりか土日どちらかきてもらうことになると思うけど……」
「別にいいさ、この程度の誤差」
陽気に笑いながら俺は遠山をなだめる。最初は流石に焦ったが実際のズレを見たら1日程度の誤差だった。
別にめずらしいことではない。この職場なら遠山以上の誤差を押しつけられることもよくあることだ。
ま、初めてのADでここまで問題なくことを運べただけ十分すぎる。
これで酒のんだ時の変貌がなければ本当に良い奴なのになぁコイツ。
「それに、これくらいなら俺1人でもなんとかできるよ。コイツらは帰してやれ」
「え……でも宮本さん」
「心配するな、今日も泊まるしな。今更仕事が一つ二つ増えたところでもうさほど変わんねーよ」
心配そうな顔で見つめてくる涼風達を窘める。
しかし八神は少し面白くない顔をしてくる。
「敦さん、それじゃあ青葉たちの有給取っちゃうことになるんじゃないですか? どうせ使わないくせに」
「どの道、マスターアップが近づけば否が応でも残業なり休日も出勤しなきゃいけなくなる。だから今のうちにちゃんと休ませとけ」
うちの会社は少なくとも手当てはちゃんと出してくれるんだ。
目先の有給目当てに、今下手に無理されてマスターアップ直前で倒れられたら困る。
「「……」」
八神と遠山はお互いの顔を見合わせて、不服そうではあるが俺の提案を受け入れた。まあコイツらも、涼風達を休日に呼び出したりしたくないだろうしな。
そういうのは俺のような奴がやればいい。
●
「あ゙~」
今夜も泊まり。時計の針は1時を指している。極めていつも通りだ。
俺はサウンドチームの部屋にいる。ここは音を使う事もあって、キャラ班のいるオフィスとは物理的に遮断されている。だから深夜はスカート脱いでフリーダムしてる八神とも鉢合わせることはない。
キャラ班の誤算と他の作品のモデリングを一段落終えて、俺の至福の時間がやってくる。
俺はタバコとライターを手に廊下を出る。
残業の合間に屋上でタバコを吸いに行くのが唯一の楽しみだ。
ここの出入り口は防災上、二つある。一つはキャラ班の近くだから近づくわけには行かないのでもう一つの方の会議室の出口を使うのがもう当たり前になっていた。
しかし、暗くてよく前が見えねぇな。さっきまでパソコン使ってたからよく見えねぇや。
「──うおっ!?」 「きゃあっ!」
フラフラと廊下を歩いていると何かにぶつかって尻餅をついてしまう。あと小さな悲鳴が聞こえた。誰かにぶつかったのか?
「痛てて……」
八神じゃない。アイツはこんな乙女チック悲鳴を上げるなヤツじゃない。本来泊まるなり休日出勤しなきゃいけないキャラ班の連中の仕事は俺が肩代わりしたから残ってるはずがない。なら誰だ?
ようやく目が慣れてきて暗がりでも前が見てるようになってくると、そこにいたのは──クマの妖怪だった。
「うおあぁあああぁあ!?」 「きゃああぁあああ!?」
また悲鳴が聞こえる。あとクマの妖怪がビクンビクンと震えてる。……って──
「……なんだよ涼風か」
「み……宮本さんですか」
よく見たらクマの口元に涼風の顔がある。着ぐるみ?
「えっと……なにそれ?」
「寝袋です」
クマの妖怪の全身を見ると足が生えてる。
あーなるほど。最近有名な歩けるタイプの寝袋か。
俺はゆっくりと立ち上がる。ついでに両手が使えない涼風も起こす。
「つーか、お前、なんで泊まってるんだ? キャラ班の誤差はさっき片づけたし、お前が泊まる理由なんてないだろ?」
「ソフィアちゃんのモデリング、できるだけ拘りたかったので今日は泊まることにしたんです。ていうか、もう終わったんですか!?」
呆れた顔をされる。
まあ、これからそれ以外の仕事が残ってるからまだ寝れないんだけどな。
それに、自分が初めてキャラデザしたキャラに手をかけたがるのは自然の心理かもな。
「もーっ。宮本さんの目のクマのせいでお化けかと思いましたよー」
「悪い悪い」
「もう寝ようと思ったのに目が覚めちゃいましたよー。夢に出てきそうです」
「そこまで言うこたねぇだろ……」
コイツもなかなか言うようになったな。
入社したてはまだ落ち着きもなかったのに、可愛げがなくなってきた。
「そこまで言うならついてくるか? 飲み物くらい奢ってやるよ」
「え!? だ、大丈夫ですよっ」
うん。ここで食いつかないのはコイツの良いところだと思う。篠田とかすぐ飛びついて来るもんな。子供っぽいところはあるが、礼儀というか姿勢がいい。
俺は会議室の方を指差して涼風に寝袋を外してくるように促す。
「そういうな。俺も話し相手くらい欲しいさ。八神にはそんなの頼めねーしな」
「あ……はい」
俺の意図を察した涼風は苦笑いしながら会議室がある暗闇に消えていく。しばらくすると、暗がりからいつものツインテールとは違う、少しラフな格好の涼風が姿を表す。
「うおっ、一瞬誰かと思った」
「……それ八神さんにも言われました」
もはや完全に別人だった。
やっぱり女って髪型変えるだけで印象変わるな。てかこっちの方が女性って感じでいいと思うが、なんでいつもツインテールなんだろう。
「そんじゃこっちだ。いつもの入り口は八神が陣取ってるから行けねーんだよ」
「で……ですよね」
俺と涼風は会議室を通してもう一つの出入り口へ向かう。
やはり涼風も、八神のあの習慣には思うところがあるのだろう。アイツとはもう七年も仕事してるが、その過程で深夜のスペースの陣取りまで決まっちまったし。
「正直本当に女なのかも怪しいレベルに達してるよあれは」
「そういえばこの前りんさんも──ってやっぱりなんでもありません!」
涼風が急に慌てだしたと思ったら、なぜか遠山の名前が出てきた。なぜ遠山? ほりゃ八神と遠山は同期だけど飲み会から察するに付き合ってないらいし。
しかし涼風のこの慌てよう。
……まさか──
「……ったく、アイツら会社で盛ってんじゃねぇよ」
「?」
思わず呟いてしまったのが、涼風はうまく聞き取れなかったのかキョトンとした顔をしている。
そうだ。お前は何も知らなくていい。知らなくて良いんだ。
そのまま一度オフィスを出て、俺は下の階にある自販機で適当に飲み物を買う。涼風のだ。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
やはりどこか申しわけなさそうにしてる。
真面目なのはいいが前にも話したようにコイツ、オーバーワークで倒れるんじゃねぇのか?
手を抜くとは言わないが、体力の計算くらいしないとやってけねぇぞ。
まぁ、俺が言えたもんじゃねぇか。
「あの……今度奢ります!」
「後輩に奢られてたまるかっ」
呆れて俺は涼風をつれて屋上まで来る。
風が少し強い。ビルの屋上からは、チラチラとまばらな光が覗いている。
どれもビルから発せられた光だ。
……よくやるよこんな時間まで。
俺はタバコを箱から出して口にくわえる。
「私、屋上初めてくるんですよ」
「ふーん……」
「まだ明かりが点いてるビルにいる人たちも、きっと頑張ってるんでしょうね」
飲み物を手にはにかむ涼風に煙が行かないよう、風下にたった俺はそんな涼風に少し意地悪な感情が出てきた。
「……どうだろうな。奴隷のように働かされてる奴らもいるんじゃねぇの?」
「もー! そんな事言わないでくださいよー!」
雰囲気を台無しにされた涼風は頬を膨らませながら怒ってくる。
俺はタバコの煙を風に乗せて吐き出す。
望まずしてそこにいる奴も大勢いる。自分が何のためにこんなことをしてるのかすらわからなくなる奴だって。
風に流れてく煙を目で追いながらそんなことを考えていると、涼風は何か察したのか再び切り出してくる。
「でも、私たちって凄い恵まれてると思うんですよね」
「?」
「だって、皆優しくて、頼もしくて、そんな人たちと一緒に働けて、自分の夢を一番近くで追いかけることができるなんて──私って凄いラッキーですよね」
ラフに纏めた髪を風になびかせながら、ビルの光で目をキラキラと反射させる涼風に、なんとも言えない感情がわき上がってくるのを抑える。
「……」
少し懐かしいことを思い出すが、タバコの煙と一緒に腹の中に押し込んだ。
「ちょっと宮本さん、聞いてますか?」
「聞いてるよ」
また怒った涼風を後目に煙を吐きながら気だるげに答える。
すると、涼風は何か懐かしむような目で続けた。
「私、小学生のころ『フェアリーズストーリー』に出会って、それで八神さんに憧れて本気でキャラクターデザイナーになりたいって思うようになったんです」
それは、涼風が初めてうちに来たときにも話してたこと。
やっぱり、コイツにとってあれはそれだけ大きな作品なんだなとつくづく思う。
涼風にとっても、八神にとっても……俺にとっても。
「最初は出来ないことだらけだったけど、敦たちのおかげで少しずつ色んなことができるようになって、今日初めて、やりたかったキャラデザの仕事も任されて、夢が一つずつ叶っていくのが、すごくうれしいです」
「……そうか」
「宮本さんは言いましたよ。キャラクターデザインは、そのキャラクターの命を作ること。モノを作ると言うことは誰かの夢を作るということ。私、今日、ソレを初めて知れたんです。私はソフィアちゃんの命を作ったんだなって」
涼風は笑う。
コイツは、本当にこの仕事が好きなんだ。言うとおり、辛いことも楽しいことも、それらを全部ひっくるめて、好きなんだ。
涼風の見せたその笑顔が、それらを物語っている。きっと美大を蹴ったのも、高卒でうちに入ったのも、後悔してないんだろう。
──俺は?
俺の時は……
「それで……宮本さんはどうなんですか?」
「……どうって?」
涼風の問いに、少しだけ焦る。まるで自分が今考えてることを当てられたらような気がしたから。
コイツにそれは悟られていないようだけど。
「この会社で働くことどう思ってるんですかって聞いてるんですっ! 前は変にはぐらかされましたし、今日のことだってまるで私たちを信頼してないみたいで少しイヤでしたし……」
「……」
俺は言う言葉に迷う。
あの時は上手くごまかせたけど今回は言い逃れができそうにない。
それに、今日のとはきっと俺がキャラ班の誤差を全部引き受けちまったことのことだろう。本当に律儀な性格してるよコイツ。
「……どうなんですか?」
まっすぐ見つめてくる涼風の目は、俺の言い逃れを許そうとしない。
それでもなんとか、マシな言葉を探す。嘘でもなんでもいい。コイツは単純だから、適当なことを言っとけば納得するはずだ。
「……俺に……俺にその権利はない」
「……」
予想通り。
涼風は困ったような、悲しいような顔をしている。こうなることはわかってた。
だけど、言えなかった。
そんな上手いことは。
コイツの言うことを否定することも、適当なことを言うことも、きっと俺にそんな権利はないから。
少なくとも、ここは他の会社に比べてまだマシなところがある。俺が入社したときはそれは酷いものだったけど、それを涼風に妬むようなことではない。
やがて涼風は俯いてしまう。
しまった。さっきの言葉は失言だったか。
変に暗くなった空気をなんとかしようと思考を巡らして言葉を探そうとした時だった。
「──敦さん!」
「へ?」
涼風はいきなり顔を上げた。
てか、え……? 名前?
「私、頑張りますっ!」
「えっと……何を?」
「敦さんが自分の仕事、楽しいって、誇らしく思えるようにです!」
あまりにいきなりだったので面食らってしまい、上手く話せない。だが涼風はそんな俺などお構いなしに話を進めた。
「お……おう」
涼風は俺が奢った飲み物を一気に飲み干すと、そのまま屋上の出口まで歩いていく。扉の前まで来るとこちらに振り返った。
「それじゃ敦さん、また明日っ」
「また明日……お疲れ……」
涼風はビルの中へ戻っていった。
屋上には俺一人だけになる。
俺は吸いかけのタバコを火を消す。ライターとタバコをポケットに入れて、俺もビルに戻ろうとする。
「……!」
すると、ふと頭の中にまた懐かしかったモノがよぎった。
『それじゃ敦さん、また明日っ』
俺は反射的に振り返るが、そこにはなにもなくただチラチラとまばらな光が俺を睨みつけていた。
「……わかってるさそんなこと」
光に背を向けて、今度こそ俺はビルの中へ戻っていった。
わかってる。わかってるさ。
──俺にはその権利はないってとこくらい。