NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
八神視点
「じゃあ改めて……本試験、お疲れ様!」
深夜、イーグルジャンプのビルにある警備室。
そこで私は共に労いの言葉をクラッカーで鳴らす。
クラッカーの照準が向けられていた人物はもちろん、彼……ヨッシーこと、吉田駿輔だ。
今日、ようやく大学の2次試験を終えたばかり。
その慰労会として、前から提案していたのだ。
「お……大げさですよ。まだ結果も出てないんですし」
「何言ってんの! 自信持ちなって!」
照れくさそうに頬を掻く彼に、笑いながらジュースの缶を手渡す。
彼は苦笑しながらそれを受け取るとプルタブを開ける。
私もそれに倣って自分の分を開ける。
そして乾杯をして一口飲んだ後、お互いの顔を見合わせて吹き出した。
「でも本当によく頑張ったね~。バイトしながら予備校通って……」
本当にすごい。
私にはそんなことできないよ。
仕事一本でやってるから余計に思う。
「いえ、そんな……。僕なんかまだまだです」
「もーそう言う謙遜は禁止って言ってるでしょ?もっと胸張っていいんだよ?」
彼の言葉を否定するように首を振った後、腕を伸ばして背中を叩く。
するとまた照れたのか、ジュースを持っていない方の手を首筋に当てて小さく頷いてくれた。
いつもの癖を出してしまうところがまた可愛く思えて、胸の内に温かいものが広がる。
……ああもう、可愛いなぁもう!!
「でもほんと、なんというか……八神さんがいてくれたらか、ここまで頑張れたんだと思います」
「えぇ!? わ、私が!?」
不意打ちのような発言に思わず驚いてしまう。
まさか自分が褒められるとは思ってなかったからだ。
しかもこんな形で。
「模試の結果が振るわなかった時も、親身になって相談に乗ってくれましたし……励ましてくれましたよね。すごく嬉しかったです」
「え…ちょっ」
「いつも元気をもらっていました。ありがとうございます」
「やめてよそういうこと言うの! 恥ずかしくなるじゃん!!」
行儀よくお辞儀をする彼を見ていると顔が熱くなっているのを感じる。
きっと今頃私の顔は真っ赤になっているだろう。
それを誤魔化すために、つい持っていたジュースを一気飲みしてしまった。
「ですけどっ、本当のことですし」
「そ、そういうのも禁止! ほら、せっかくなんだからもっと食べようよ!」
そう言いながらお菓子の入った袋を差し出す。
すると彼は笑って受け取ってくれた。
そして中に入っているポテトチップスを手に取ると口に放り込む。
その様子を見てホッとすると同時に、落ち着かない気持ちもあるのだ。
矛盾しているかも知れないけれど、それが正直なところだったりする。
だってそうだろ? 彼が私に対して好意的な発言をする度に、胸の奥がざわつくのだ。
この感覚は、今まで経験したことがないものだった。
嬉しいようなむず痒いような、それでいて心地よい感じ。
だけどそれと同時に不安にもなる。
それに、元気をもらったのは私の方なのだから。
去年のキャラコンペに落ちて、青葉に八つ当たりして、落ち込んでいたところを彼に励まされてから。
……あぁ、それを思い出すと芋づる式に思い出してしまう。
酔った勢いで彼にキスしてしまったことを。
そしてその後に言われたことを。
――今は受験もあるので、受験が終わったちゃんと答えを言います。だから、その時まで待ってください。
あれ以来、彼と会う度にドキドキするのだ。
まるで初恋をした中学生みたいに。
……参ったな。
そう思いながら、再び缶を口に付ける。
喉を通る冷たいジュースでもこの熱は冷める気がしない。
でも、嫌じゃない。むしろ楽しい気分になる。
ふぅっと息を吐いた後、彼を見る。
視線を感じたのか、こちらを見た彼と目が合った。
慌てて目を逸らすと、彼は不思議そうな顔をした後、微笑んでくれる。
その笑顔に、また胸が高鳴った。
どうしようもなく幸せで、そして苦しい。
私は一体、どうしてしまたんだろうか。
「……ねぇヨッシー」
「はい?」
「……その、合格発表っていつ頃出るのかな?」
「来週ですけど……」
「そっか……」
もうすぐだ。
でも私はまだ覚悟が決まってない。
結果がどうあれ、彼とこれからどうするべきなのか、何もかも定まっていない。
「ごめんね、急に変な事聞いて」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう言って彼は笑ってくれている。
「ほらもっと食べよ? まだあるんだからさ」
「はい、いただきます」
彼の言葉を聞いて安心しながら、私もまたお菓子に手を伸ばすのであった。
「じゃあ僕はこれで失礼しますね」
「うん、今日はありがとね!」
そこそこ夜が更けてきたところで、彼は帰る準備を始める。
2次試験は1日で終わるとはいえ、疲れはあるだろう。
そんな時に付き合わせてしまったことに申し訳なく思う。
「いえ、僕も楽しかったですから」
「ほんとー? なんか無理してない?」
「本当です。また誘ってください」
「うん、またね」
そう言って手を振る。
すると彼は少し照れくさそうにしながらも手を振り返してくれた。
そんな姿に思わず頬が緩む。
彼の背中が、非常灯だけが照らす暗闇の中へ消えていくのを眺めていた。
よし、私も明日は朝から会議だから、すぐに寝ないといけない。今日は久しぶりに会社で寝よう。
ちゃんと寝られるかわからないけど、皆が見てる前でぼんやりしてたなんて恥ずかしいところ見せられないし、それでりんに叱られなんてしたらそれこそ――
「コウちゃん」
「おわぁ!?」
突然声をかけられて驚く。
振り向くとそこには、私を見つめるりんの姿があった。
「なんだりんか……びっくりしたぁ」
心臓の鼓動を抑えつつ胸を撫で下ろす。
普通に驚いた。
というより、今の今まで気付かなかった。
それほどまでに、彼のことばかり考えていたということなんだろうか。
「……」
「りん?」
改めてりんの顔をまじまじと見る。
明らかに不機嫌な表情を浮かべている。
何やら怒っている。
それも尋常じゃ無い。これはもしかしなくても……。
もしかするかもしれない。
嫌な予感がする。
「…………あの男の人、前も話してたよね。すごく仲良さげだったけど?」
あぁ、やっぱりヨッシーのことだ。
どう説明したものか。
下手なこと言うと余計に拗れることになりそうだし。
ここは素直に話すしかないのかなぁ。
「ねぇコウちゃん、私前に言ったよね? そういう人がいるなら正直に言ってって」
「えっとぉ……」
確かに言われた覚えがある。
面談の時だ。
当時は意味がわからなかったけど、あれってつまり、こういうことだったのか。
今にして思えば、当時の私は鈍感にも程がある。
「ねぇ答えてよ。どういう関係なの? 恋人? それともただのお友達?」
「うっ……」
ゆらりゆらりとした足取りで近付いてくるりんに対して、後ずさりする。
だけど狭い廊下では逃げ場がない。
そのまま壁際まで追い詰められてしまう。
目の前には、りんの顔が迫ってくる。
彼女の顔は笑っていたけれど、目は笑ってはいなかった。
怖い。本能的にそう思った。
「ねぇコウちゃん」
耳元で囁かれる。
その言葉を聞いた瞬間、私の身体は硬直してしまっていた。
「教えてくれるよね?」
有無を言わせないその口調に、私は何度も首を縦に振るしかなかった。
そして……
「はい、これ。あげる」
そう言いながら差し出されたものを、私は困惑しながら受け取った。
「んぇ?」
見るとそれは缶ジュースだ。
しかも見慣れたもの。
つい最近飲んだものだ。
「ど、どうしてこれを?」
「喉乾いたから買ってきただけ。それ以外何かある?」
「そ、そうですか」
どう見ても怒ってますよオーラを纏った彼女に、これ以上追及することは憚られた。
「それと、これも」
そう言って彼女は、もう1つ別のものを差し出してくる。先程のものとは色違いのそれを受け取る。
こちらはオレンジ味らしい。
「あ、ありがとう」
「別にいいよ。それより早く飲んで」
「はい」
言われるがままプルタブを開ける。
そして一口飲むと、渇いていた喉が急速に潤っていくのを感じた。
そこでようやく落ち着きを取り戻す。
ふぅ……なんとか誤解は解けたみたいだ。
一時は本気で殺されそうになったけど。
「ごめんね、りん。ちょっといろいろあってさ……」
「わかってるよ。だからもう気にしないから」
そう言って、りんは少し寂しげに微笑む。
「で、ちゃんと聞かせてね。さっきの人のこと」
あーうん、やっぱりそうなるよね。
りんが納得するまで説明するしかないか。
「なんで今まで黙ってたの?」
「いや別に黙ってたわけじゃなくてさ……」
「……でも言わなかったでしょ」
「いやまぁ、そう言われればそうなんだけど……」
拗ねてるような表情で詰め寄ってくるりんに、思わずたじろぐ。
りんに怒られるのも珍しいけど、こんな風に問い質されるのは初めてかもしれない。
言わなかったのは事実だし。
いつかは話さないといけないことなのかもしれないからちゃんと伝えておかないと。
「あのさ……あの子、浪人生でね。ここの警備のバイトしながら勉強してたの。それでたまに差し入れとか持って行ってるうちに仲良くなって……」
「ふーん」
含みのある相槌をされる。
まだ納得がいってない様子。
まぁ仕方ないか。
「それに……こういうのって、あんまり他の人に言いふらすものじゃないじゃん? 変にプレッシャーかけちゃうかもと思ってさ」
彼が頑張ってるのは恥ずかしいことじゃないし、立派なことだと思うけれど、それを他人に知られるのはあまり良くない気がしたのだ。
努力とかって、人に自慢したりするためにやるんじゃないし。
下手に彼の耳に入ったりして、邪魔になんてなりたくなかったから。
「……そっか。コウちゃんらしいかも」
そう呟くと、りんは納得してくれたのか小さく息を吐いた。
どうやら許してもらえたようだ。
ほっとすると同時に安堵する。
よかった……。
「でも私には黙ってたのね」
「うっ……」
まだ根に持っていたらしい。
ジト目で睨まれる。
「そ、そんなの言ったらりんだって、佐藤のこと私に相談しなかったじゃん!」
「さ、佐藤君のことは…その、私も気持ちの整理がついてなかったっていうか……なんていうか…」
珍しくしどろもどろになるりん。
自分の彼氏のことをやり玉にあげられると弱いらしい。
「ていうか! 佐藤君のことは今関係無いでしょ!?︎」
「関係なくはないでしょ!?︎ 勝手に佐藤と付き合ったのに、私の時だけ口出すなんて虫がよくない?」
「っ……あの時だって、コウちゃんがあんなひどいこと言ったくせに!」
「それは違うでしょ!?︎」
「違わないもん!!」
「いや絶対ちがう!!︎」
「なによそれぇ〜〜」
その後しばらく言い合いが続いた。
そして………………
「はぁ……なんか疲れた」
「……そうだね」
ヒートアップした言い争いに、お互いに肩で呼吸をするくらい疲弊していた。
まさかこんなことになるとは。
「とりあえず今日はこの辺にしておこう。朝から会議あるんだしさ」
「そ、それもそうね。……というか、私は会議の後にまた外回りあるんだけど」
「え、そうなんだ」
「うん。だからもう少しだけ休ませて」
そう言うと、りんは壁に背中を預けながら座り込んだ。
そのまま目を閉じている。
「寝不足?」
「まぁ……ね」
「大丈夫なの?」
「平気だよ。ちょっと最近忙しくてね。昨日は帰ってすぐベッド入ったから」
「そっか……」
りんは普段から頑張り屋さんだけど。
最近は特に仕事に力を入れてるみたいだ。私が言えた義理ではないけど、あまり無理はしないで欲しいと思う。
佐藤と付き合い初めてから、やることも気にすることも増えただろうから、私も少しは気を遣ってあげないと。
「ふふ……」
「?」
後ろから零れるような笑い声が聞こえてきた。
りんの方を見ると、彼女は膝を抱えてこちらを見上げていた。
なんだか楽しげだ。
「りん?」
「なんか、お互いの浮気を罵り合う夫婦みたいだね」
「やめてよ縁起でもない」
本当に勘弁して欲しい。
もしそんなことになったら、私は多分立ち直れないと思う。
りんとの喧嘩別れだけは絶対に嫌だ。
それこそ死んでしまいたいくらいに。
りんを泣かせるような男なら、例え相手が誰であろうとぶっ飛ばしてしまうだろう。
それはもうボコボコにして、再起不能になるまで徹底的に。
だから、私の前であれだけの大見得切った佐藤がもしそうなれば一生許さないだろう。
「……ところでさ」
「ん?」
何か言いたげな顔を向けてくるりんに首を傾げる。
「コウちゃん。さっき、私の時って言ったけど……やっぱりあの子のこと好きなの?」
「へっ!?」
予想外の質問に驚いて変に裏返った声がでてしまう。
「あ、あれは言葉の綾というかなんというか……」
必死に取り繕おうとするが、りんの顔を見て諦める。
これは誤魔化せる雰囲気ではない。
まぁ別に隠す必要もないんだけどさ。
りんには知っておいて欲しいし。
だから正直に伝えよう。
「……それが、まだわからないんだよね」
そう言うと、りんは不思議そうな表情をする。
「好きかどうかわかんないってこと?」
「いや……その、色々段取りっていうか…約束があるんだ。受験が終わったら答えを出すって言われてて……」
「……」
「でも私、まだ全然その気持ちがわからなくて……。だから、りんにも相談できなかったんだ」
ごめんね? と謝ると、りんは複雑そうな顔をしながら黙り込んでしまった。
怒っているのだろうか……。
それとも呆れているのかもしれない。
私自身、自分のことがよくわかっていないのだ。
こんな状態で返事をしても、りんが納得できるはずがない。
「コウちゃんは、どうしたい?」
「え?」
不意に投げかけられた問いに、間抜けな声で反応してしまう。
りんは真っ直ぐに私を見つめている。
「その子が出す答えを、どう受け止めてあげたいの?」
「私は……」
りんの真剣な眼差しに息を飲む。
今まさに恋と向き合っている彼女だからこその言葉に、思わず考えさせられる。
私は……ヨッシー……駿輔に対してどんな感情を抱いているのか。
「私……私は……」
自分の胸に手を当てながら考える。
彼のことを思い浮かべただけで、心臓が高鳴ってくる。
鼓動が速くなって、身体中から汗が出てくるほど熱くなる。
この感覚は何なのだろう。
今まで感じたことのない未知の感覚だった。
「……」
……わからない。
色んな気持ちが先行して、想いがまとまらない。
いや、確かに凄くいい子だったし、嫌いじゃないどころかむしろ好感を持ってた相手ではあるけれど。
いやいやそういう問題じゃない。
違う。
そもそも、彼は未成年。
あんな貫禄ある見た目をしていても中身は青葉と同い年。
……でも、私なんかよりずっとしっかりしてて、でもちょっと可愛いところもあって……ダメだ、また頭がこんがらがってきた。
結局何を言いたいかというと、
「わかんない……」
ただそれだけだ。
自分が彼に抱いている感情が何なのか、はっきりとした輪郭を持っていない。
「……そっか」
りんは短く呟いた後、ゆっくりと立ち上がった。
「コウちゃんなら、きっと大丈夫だよ」
「りん…」
「だからちゃんと、受け止めてあげてね」
りんは微笑みながらそう言ってくれた。
彼女の言葉に胸を打たれる。
私は小さくありがとうと言って、彼女に手を振った。
りんは休むためにブースを出ていった。
私はその後ろ姿を見送ってから、再び机に突っ伏す。
そして、りんに言われた言葉を頭の中で反すうする。
私の答え。
私の出した結論。
彼――駿輔の答えと気持ち、そして待ち構える結末を、どう受け止めてあげられるか。
例えどんな結果になろうとも、私はそれを真摯に受け入ること。
それが、私が彼と交わした約束なのだから。
「……よし!」
頬を張って気合いを入れる。
約束の日まであと1週間。
それまでに覚悟を決めよう。
りんに話せてよかった。
少しだけ心が軽くなった気がする。
りんには感謝しないと。私はそんなことを考えつつ目を閉じて眠りについた。
だけど…………
…………だけど、その約束の日に彼が私の目の前に現れることは、なかった。