NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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私の答え 後編

 八神視点

 

 ……あぁ、辛い。

 

 こんなに辛いのはそれこそ初めてADになって失敗したときや、キャラコンペに匹敵するほど辛い。

 何があったかって、それは言うまでも無い。

 彼、吉田駿輔が約束の日に来なかった。

 受験が終わったら答えを出す、と彼は言った。

 でも、私は彼が約束を反故にするような人間だとは思わなかったし、そう信じたかった。

 だが、現実は非情だ。

 就業時間が始まるまでそう時間が無いのに、私はまだこうして泣きそうな顔を隠すようにデスクに顔を埋めている。

 

 やっぱり、私じゃダメだったのかなぁ?

 

 こんな胸も無いし、だらしがないし、仕事以外で話した事だってほとんど無い女なんて……。

 自分で言ってて悲しくなってきたな……うぅっ。

 

 「コウちゃん、大丈夫?」

 

 「あ……あぁ、りん……」

 

 そんな私の様子を見かねたのか、りんが心配そうに声をかけてきた。

 もうすぐ仕事始めないといけないし、彼女にまで気を遣わせるわけにはいかない。だから少しでも気丈に振る舞わないと。

 青葉達も見てるんだし……。

 だけど……無理だよぉ……。

 

 「ほら、これ飲んで落ち着いて」

 

 「ありがと…」

 

 りんから手渡されたのは温かいお茶が入ったマグカップ。

 彼女の優しさに感謝しつつそれを受け取り口をつける。

 喉を通る温かい感覚が少しずつ全身に広がっていき、胸の奥にある黒く重たいモノが軽くなる感覚を覚えた。

 でも、無くなったわけじゃない。確かにまだこの胸に残っている。

 

 「…私、やっぱり嫌われてたのかな?」

 

 ポツリと漏れ出た弱音。

 

 それが今の私が抱いている気持ちそのものだった。

 

 「……んー、多分ちがうと思うよ」

 

 しかし、りんはそれを否定してきた。

 

 「え?なんで分かるの?」

 

 「だって、その子は受験が終わったらって言ってたんでしょ? だとすると、今回の結果が駄目だったんじゃないかな? それで合わせる顔がないとか、申し訳ないと思ったんじゃない?」

 

 「……」

 

 確かにりんの言葉は的を射ている。

 口に出して出来なかったときの辛さがどれほどのモノか知らない私ではない。

 でもだったら尚更、来て欲しかった。

 彼が頑張っていたのは私が一番よく知っているんだから。

 それに……彼の口から直接聞きたかった……。

 そうすれば、その現実ごと彼の気持ちを受け入れることができたかもしれないのに……。

 

 「それにね」

 

 「?」

 

 また泣きたくなって机にぶつかっている私の顔を、りんの声が起こした。

 

 「彼、ここの警備員なんでしょ? 出勤するにしても辞めるにしても、かならず一度はここに戻ってくんじゃ無いかな?その時にもう一度会えるかもよ?」

 

 「!」

 

 言われてみればそうだ!

 今朝、彼はここには戻ってきて居なかったけど、今日中に戻ってくる可能性はある。

 むしろ今まで連絡の一つもなかった方がおかしいくらいだ。

 なのに私は勝手に勘違いして落ち込んで……馬鹿みたいじゃん!

 

 「そっか……そうだよね! よし、元気出てきた!!」

 

 そうと決まればいつまでも泣いている場合じゃない!! 私は自分の頬を思いっきり叩いて気合いを入れ直すと、そのまま勢い良く立ち上がった。

 パンッという小気味良い音が室内に響き渡り、皆が何事かとこちらを見てくるが気にしない。

 私は一度深呼吸をして気持ちを切り替えると、隣に立っているりんに笑顔を向けた。

 

 「ありがとう、りんのおかげで目が覚めた」

 

 「そう、よかった」

 

 そして私たちはお互いの顔を見て笑い合う。

 やっぱり、りんと同期で良かった。

 改めて心の底からそう思った。

 

 「じゃあ、今日の会議なんだけど、準備出来てる?」

 

 「うげぇ…そうだった……すっかり忘れてた……」

 

 「しっかりしてよー、一応ADなんだからさぁ」

 

 「分かってるよ……」

 

 会議までまだ時間があるとはいえ、こんな状態でまともに出来るとは思えない。

 だからと言って、サボりたいわけではないのだけれど。

 少し外の空気を吸えば気分転換になるかもしれない。

 

 「じゃあ私、ちょっと出てくるね」

 

 「うん、いってらっしゃい」

 

 りんに見送れながらオフィスを出る。

 廊下を歩きエレベーターホールに着く頃には、大分落ち着いてきた気がした。

 普段なら屋上とか、自販機のある食堂あたりに行きたかったけれど、あまり他の社員に今の私を見られなくない。

 そう思った私は、無意識に特に用の無い下の階へと降りていった。

 選んだ階は奇しくも、彼と私が深夜共に過ごした警備室があるフロア。

 

 もしかしたら彼に会えるんじゃないかと思って、ついそんな場所を選んでしまった。

 ……我ながら未練がましい女だ。

 苦笑いが零れるのを実感しながらエレベーターの扉が開くのを待つ。チンと軽い音を鳴らし開いた先にあったのは、あの日と同じように薄暗い空間が広がっていた。

 だが今はもう、その暗さが心地いい。

 まるで、私の心の中を表しているかのように思えたからだ。

 

 「……よしっ」

 

 小さく気合を入れて一歩を踏み出す。

 スリッパの布地が床を叩く音だけが静かな通路に響いた。

 

 誰もいない。

 

 当たり前の事だけど、それが何と無く寂しく感じてしまう。

 

 「ははは……重症かな、私」

 

 いつまでもこんなところにいられない。すぐにおふぃすに戻ろう。

 と、踵を返してエレベーターに乗ろうとしたときだった。

 

 「八神さん?」

 

 「!?」

 

 不意に声をかけられ、思わず肩が跳ね上がる。

 声の方に振り返ってその先にあるの人影を視界に捉える。

 私よりずっと背が高く、広い肩幅。

 なにより今まで以上に疲れ切ったその三白眼を見れば、それが誰なのかすぐに分かった。

 

 「ヨッシー…?」

 

 そこに立っていたのは紛れもなく彼だった。

 制服ではなく私服姿なのは、恐らく出勤してきたばかりなのだろう。

 しかし私には彼がどうしてここに居るのか分からなかった。

 だって彼は……

 

 「……っ!!」

 

 「あ! ちょっと!!」

 

 彼が私を見るなり慌てて走り出した。

 逃げるようにその場から離れていく。

 私は咄嵯に彼の背中を追い掛けたが、運動不足の身体は直ぐに悲鳴を上げてしまい、あっという間に距離が開いてしまう。

 

 「待って!!ねぇ、駿す――アダァ!!」

 

 そして、スリッパで走り出したのが仇と成った。

 踏み込んだ勢いで足が滑り、そのまま前のめりに転んでしまった。

 幸い、そこまでスピードが出ていなかったおかげか、派手に倒れ込むことはなかったけど……。

 

 「いったぁ……うぅ……膝擦りむいちゃった……」

 

 「大丈夫ですか?!」

 

 起き上がろうと腕に力を入れた瞬間、頭上から彼の焦る様な声が聞こえてきた。

 顔を上げると、そこには心配そうな表情で手を差し伸べている彼の姿が。

 その姿を見た途端、私の胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。

 

 もしかして、私が転んだから心配して戻ってきてくれたのかな?

 

 そう思うと、胸の締め付けが強まるのを実感した。

 

 「ほら、立てますか?」

 

 差し出された手を掴もうと、私は震えそうになる手でそれを掴んだ。

 

 「ありがとう」とお礼を言いながら立ち上がってみると、彼は「どういたしまして」とだけ返してくる。

 そして、また沈黙の時間が始まった。

 

 「えっと……」

 

 何か話さなければと思い、言葉を探す。

 でも、何を言えばいいのか分からない。

 結局何も思いつかないまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 すると、それを察してくれたのか、彼が先に口を開いてくれた。

 

 「さっきはすみませんでした」

 

 「あ……」

 

 先に謝られたせいで、更に申し訳ない気持ちになってしまう。

 私が勝手にドジって転んだだけだから、別に彼に非は無いはずなのに。

 

 「それに……受験のことも……」

 

 「……」

 

 短い言葉だったけど、彼の浪人生活の結果がどうだったのかは容易に想像出来た。

 きっと、そういうことだ。

 今こうして自信なさげにしている姿が全てを物語っていた。

 

 「そっか…」

 

 私はあえて結果を聞くことはしなかった。

 ただ、労わる様に、優しく微笑みかけることしか出来なかった。

 

 「……はい、だから合わせる顔がなくて…」

 

 彼は俯いて短く返事を返してくる。

 私はそれ以上は何も言わず、静かに彼を見つめていた。

 

 「本当に、申し訳ないです。せっかく応援してくださってたのに、僕のせいで台無しにしてしまって……」

 

 そう言って深々と頭を下げられる。

 そんな彼に、私はゆっくりと首を横に振った。

 

 「いいよ、気にしないで」

 

 これは本心だ。

 確かに彼の大学受験が失敗した事は残念だし、落ち込んでいる姿を見ていると辛いけれど、それでも私の事を考えてくれての行動だと思うと嬉しかった。

 合格発表の日に来なかったのも、私の顔を見る度逃げ出したのも、全部私を落ち込ませまいと考えての事だったのだろう。

 不器用だけど優しい人なんだなと思った。

 

 「それより、今は自分を責める事よりもこれからの事を考えようよ」

 

 「これからの……?」

 

 「うん。まだ諦めちゃダメだよ」

 

 そうだ。例え志望校に落ちて浪人生になってしまったとしても、まだまだ先は長いのだ。

 この一年は無駄にはならないはずだ。

 だってそれは、私と彼が過ごした時間そのものに価値が無くなってしまうことなのだから。

 

 「私、あんまり勉強とか出来ないからそっち方面のサポートはできないけどさ、前みたいに差し入れとか、なんならお金だって出すから! だからもう一度頑張ってみようよ!」

 

 「いっ、いや! 流石にそこまでは……! 僕の方こそ、八神さんに負担かけられないですよ……! これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきません!」

 

 「迷惑なんて思わない! むしろ頼ってほしいくらいなんだよ?」

 

 「で、でも……」

 

 「いいの!! 私がしたいの!!」

 

 半ば強引に彼の手を取り、両手で包み込むように握る。

 

 「駿輔が頑張ってる姿を見ると、こっちまで頑張ろうって思えるの。いつも元気貰えてるのは私の方なの。だからね、今度は私が駿輔に恩返しがしたい!」

 

 「っ……」

 

 彼は驚いたように目を見開く。

 瞳孔が揺れているのがわかるほど、大きく、近い。

 それだけの距離で見つめ合っていた。

 

 「……どう、して」

 

 震える声が彼の口から漏れ出る。

 

 「どうして、そんなに僕なんかの為にしてくれるんですか? 僕は貴方の期待に応えられなかったのに……」

 

 「それは……」

 

 「ずっと考えてたんですよ。どうしてこんな情けない男を気にかけてくれるんだろうと。でも、やっぱり分からないままでした」

 

 彼の手が震えている。

 それを見て、胸が痛くなる程締め付けられた。

 あぁ……。

 彼の為ではないと否定したかったのに、その言葉を言えなかった。

 

 「ねぇ、教えてください。どうしてですか?」

 

 答えを促すような視線を向けられる。

 

 もう誤魔化すことはできない。そう悟った。

 そして私は、自分の気持ちに嘘をつくことを止めた。

 これが、私の答えなんだ。

 

 「私ね、よ……っ、しゅ……君のことが……」

 

 あとたった二文字の言葉を言うだけなのに、声が出なくなる。

 胸の奥底から込み上げてくる感情を抑えようと必死になった。

 でも言わないと、ちゃんと伝えないといけない。

 でないと、もう二度と彼と共にいられないのだから。

 

 「す――」

 

 ピリリリリリリリリっ!

 

 「「!?」」

 

 突然鳴り響いた電子音に二人同時に肩を大きく震わせる。

 音の発信源は、彼のポケットだった。どうやら電話らしい。

 彼は慌ただしく携帯を取り出し画面を確認する。

 

 「あ…その、先にどうぞ」

 

 「すみません」

 

 よほど驚いたのか、思わずその場で電話に出る。

 彼は軽く頭を下げると、そのまま通話ボタンを押して耳元に当てた。

 誰からの連絡だろうか。

 

 「もしもし。…………はい。私です」

 

 どうやら家族からではないらしい。

 話し方がよそよそしい。予備校とかかな?

 それとも、ここの警備の人からとか?

 答えが定まらないまま、駿輔は電話を続けている。

 

 「はい……えっ?……はい」

 

 急に彼の表情が変わった。

 先程の弱々しい顔つきとは打って変わって、驚きと困惑が混ざったような顔をしている。

 

 「本当ですか?」

 

 何かを尋ね返していた。

 一体何の話をしているのだろう。私にはわからない。

 

 「いえ、それは大丈夫です。はい、わかりました」

 

 駿輔は会話を終わらせて、静かに携帯を締まった。

 

 「誰からだったの?随分驚いてたみたいだけど」

 

 「えっと……それがですね……」

 

 歯切れの悪い返事をされる。

 だけど、様子がおかしい。

 悪い事とか不幸なことが起こったというよりは、気持ちや状況の整理が追いついていなくて困惑しているといったほうが正しい顔をしている。

 

 「大学…から、繰り上げ合格の連絡でした」

 

 「え?」

 

 今なんて言った? 聞き間違いじゃなければ、確かにそう聞こえた。

 

 「合格……しました」

 

 「へっ……?」

 

 「僕、志望校に受かりました」

 

 「う……そ……」

 

 「本当に本当なんです。あの、信じられないかもしれないのですが……」

 

 「おめでとう!!」

 

 「っ!」

 

 感極まって、思いっきり彼に抱きついた。

 嬉しくて仕方なかった。

 駿輔が、夢に向かって歩き出した。

 今までの努力が報われたのだ。喜ばずにはいられない。

 

 「良かった! 本当に良かった! よく頑張ったね!」

 

 「八神さん……」

 

 「凄い、凄いよ!! ほんとに……!」

 

 喜びが溢れ出して止まらない。

 彼の努力が実を結んだ瞬間に立ち会えた事が、ただひたすらに嬉しい。駿輔の背中に回した腕の力を強めながら、彼の温もりを感じる。

 

 「僕もまだ実感湧かないですよ。だってついさっきまで諦めかけてたんだから」

 

 「でも結果は出たじゃない! 頑張ってきた結果がちゃんと現れたんだよ!」

 

 彼の体を離して、今度は両頬に手を添えて目線を合わせる。

 

 「やったね、駿輔!!」

 

 満面の笑みで祝福する。

 すると彼は、私の手の上に自分の手を重ね合わせると、急に目を反らしてしまう。

 

 「あの……その、いつまでも手を添えられてるの恥ずかしいというか……。それに距離近くありません?」

 

 言われてから気付いた。

 いつの間にこんなに接近していたのだろう。

 まるでキスでもしてしまいそうなぐらいの距離だ。

 

 「あっ、ごめんなさいっ! 私ったら興奮しちゃって……」

 

 慌てて彼から離れる。

 いけない。ちょっと浮かれ過ぎてしまった。反省しないと。

 でも彼が喜んでくれたことが素直に嬉しかったのは事実だし、少しくらいならいいよね。

 

 「…それに…さっきから、名前呼びになってますよ」

 

 「えっ!?」

 

 指摘されて初めて気づいた。

 無意識に口にしてしまったらしい。

 

 「いやっ! これはその、勢い余っちゃっただけで……深い意味はないっていうか……。と、とにかく

 忘れて!お願いだからっ!」両手を合わせて必死に頼み込む。

 もう遅いけど、せめてもの抵抗として。

 

 「……嫌です」

 

 「えぇ!?」

 

 しかし、あっさりと拒否されてしまう。

 しかも、なんだか彼の顔が赤い気がする。風邪ひいて熱でもあるんじゃないだろうか。心配になる。

 そんなことを考えていると、不意に彼から声をかけられた。

 

 「あの……あの時の、約束、覚えていますか?」

 

 「っ!」

 

 忘れるわけがない。

 だって今まで私が彼について思い悩んでいた全てなのだから。

 酔った勢いでキスまでしておいて、忘れられるほど私は器用ではない。

 あの時、確かに言われた。

 

 受験が終わるまで待って欲しい。そのときに答えを言うと。

 

 「……うん」

 

 小さく返事をして俯く。

 顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。

 恥ずかしくてまともに駿輔の顔を見れない。

 

 「あなたのことをずっと前から好きです」

 

 「…………」

 

 言葉が出なかった。

 まただ黙っていることしかできない。

 心臓が痛い。ドキドキしすぎて苦しい。

 駿輔も同じなのかな? それとも、私だけ?

 

 「……あ、あの…八神さん?」

 

 催促されて我に帰る。

 

 そうだ。返事をしなくてはいけない。

 

 「わ……私……」

 

 口を開いてみるものの上手く話せない。

 どうしよう、頭が混乱してきた。

 ただ一つ言えることは、今の自分がどんな顔をしているのか想像すらつかないということだけだ。

 

 「は……はい」

 

 駿輔が返事を待っている。

 早く言わないと。

 気持ちを伝えないといけない。

 なのに、心の準備が整わない。

 

 「えっと……その……」

 

 駄目だ。

 全然喋れそうにない。さっきはいけそうだったのに。

 

 「ゆっくりで大丈夫ですよ。僕は逃げませんから。落ち着いてください」

 

 「うぅ……」

 

 駿輔は優しく微笑んでくれる。

 それが逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 ああ、どうして肝心なときにいつもこうなんだろう。

 自分の情けなさに泣きそうになる。

 

 「ごめん……」

 

 「謝らないで下さい。僕が急かし過ぎたんですから」

 

 「違うの……そうじゃなくて……」

 

 今度こそちゃんと言うんだ。

 深呼吸をする。

 よし、いける。頑張れ、自分。

 

 「私も……あなたが好きです」

 

 言った。

 

 言えた。

 

 やっと想いを伝えることができた。

 私の出したかった答え。伝えたかった言葉を。駿輔の目を見て言うことはできなかったけれど、ちゃんと言えたことに安堵する。

 

 「……ありがとうございます」

 

 駿輔の表情を見る限り、満足してくれたみたいだった。良かった。ちゃんと伝えられた。

 

 「……」

 

 「……」

 

 沈黙が流れる。告白した直後の空気というのはこんなにも気まずいものだっただろうか。

 というか、何をすればいいのかわからない。

 この雰囲気に耐えられない。何か話題を振らないと。

 でも、何があるだろう? 彼の好きなものとか、趣味とか、そういうの知らないし。共通の話題といえば仕事のことしかないような……。いや、それは不味いかも。

 

 「え……えっと、その…」

 

 いや、焦りすぎるのはよくない。

 まずは色々確認しないと。

 私は恐る恐る彼を指差した。

 

 そして……

 

 「彼氏…」

 

 次は自分を指差す。

 

 「…彼女」

 

 「はい。その通りです」

 

 駿輔は笑顔を浮かべながら、はっきりと答える。

 

 嬉しい。

 すごく、幸せだと思う。

 そっか、そうなんだ。

 私たち恋人同士になったんだ。

 自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 「じゃあ、その……これからよろしくね。えっと……駿輔」

 

 照れくさくなりながらも名前を呼ぶ。

 すると彼は驚いたように目を見開いて、それから少し頬を赤く染めた。

 

 「はい、よろしくお願いします…」

 

 そして、首を手に当てて、目を逸らしてしまう。

 彼がいつも見せていた癖。それを見ると改めて実感できる。本当に付き合うことになったんだって。

 そう思うと余計に笑顔が止まらなかった。

 

 「ふふっ」

 

 「あははっ」

 

 2人して笑いあう。

 なんて幸せな時間なんだろう。いつまでも続けば良いと思うほどに。

 

 「…コウちゃーん」

 

 「へぁ!?」

 

 でも、その時間は唐突に終わりを告げる。

 突然聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこには……。

 

 「り……りん」

 

 「もう、皆仕事してるのに何してるの」

 

 呆れた様子で腕を組んでいるりんの姿があった。

 

 「ご…ごめん」

 

 そうだった。

 駿輔の顔を見た途端、完全に忘れてしまっていた。

 それはりんも感づいているようで、いつも私を叱る時と同じため息をつく。

 

 「…はぁ、まあいいけど…」

 

 それよりも、とりんは急に歩き出して私と駿輔の間に入る。

 なぜかその足取りが随分と迫力があったのは私の気のせいなのだろうか。

 そして、彼の方を向いた。

 

 「君がコウちゃんの話してた子であってる?」

 

 「はい」

 

 「初めまして、私は遠山りんと言います。一応、この会社の社員やっています。それで君は?」

 

 りんの言葉の端々に感じる威圧感に駿輔は戸惑った様子を見せるがすぐに自己紹介をする。

 

 「吉田……駿輔といいます」

 

 「吉田くんね。よろしく」

 

 「は、はい…こちらこそ」

 

 駿輔は緊張しているのか表情が硬い。……というか、どうしてりんはそんな態度を取っているのだろう?

 

 「それで本題なんだけど、コウちゃんとはどういう関係なのかしら」

 

 そう言って、駿輔のことを睨む。

 やっぱりりんの様子はおかしい。まるで威嚇をしている猫のようだ。

 

 「え……えっと……」

 

 駿輔の目が泳ぐ。……これはまずいんじゃないだろうか。

 

 「あの、りん。駿輔も困っているからさ」

 

 「コウちゃんは黙ってて!」

 

 「はいぃ……」

 

 思わず敬語になってしまう。……どうしてこんなことに。

 

 駿輔もそう思ったのか、苦笑いを浮かべている。

 でも、仕方がないよね。だって怖いもん。

 

 「安心して、別に何かしようってわけじゃから。ただちょっと確認したいだけよ」

 

 「そ、そうなんですか……」

 

 「えぇ、だから正直に答えてくれると助かるわ。で、どうなの? コウちゃんとどんな関係?」

 

 「僕は……」

 

 「ちょ、待って! 私から言うから!」

 

 このままではいけないと思った私は2人の会話を遮るように割って入る。これ以上変なことにならないように、ちゃんと伝えないと。

 

 「八神さんのことが好きです」

 

 「っ……」

 

 はっきりと告げられた言葉に私は顔を真っ赤にする。

 直接言われたときもそうだけど、一番親しいりんに言われるのが一番恥ずかしかった。

 でも、これではっきりした。私は彼のことが好きなんだ。

 

 「そっか」

 

 私の反応を見てりんは納得してくれたらしい。

 良かった。これなら大丈夫だ。

 

 「じゃあ、コウちゃんのことお願いします」

 

 深々と頭を下げるりん。

 それに応えるように駿輔もまた頭を深く下げた。

 

 「はい」

 

 なんだか、両親に挨拶に来た彼氏みたいだ。……あながち間違っていないかも。

 

 「っていうか、なんでりんが駿輔にお願いするの!?」

 

 「だって、私と佐藤君が一緒になる時、コウちゃんにお願いしたじゃない」

 

 「いや、あれと今じゃ状況が違うっていうか……」

 

 確かにそうかもしれないけど……。

 あのときは、私のせいでりんの時間ややりたいことを奪いたくないって思ってたし。

 ……でも、確かに同じかもしれない。

 だって、私も佐藤に言ったもん。

 りんを任せていいのかと。

 きっとそれと同じ気持ちなんだ。

 私が駿輔を好きになったように、りんもまた佐藤が好きなんだろう。

 それは素直に嬉しいことだ。応援してあげたくなる。

 

 「うん、分かった」

 

 「ありがとうございます」

 

 2人は嬉しそうに笑う。

 

 その笑顔はとても幸せそうで、見ているこっちまで温かい気分になる。

 

 「ありがと、りん」

 

 だからこそ、私もお礼を言わないといけない。

 今までずっと見守ってくれていた彼女に。

 りんがいてくれたおかげで今の私がある。

 だから、本当に感謝してるんだよ。

 

 「ふふっ、良いのよ」

 

 「りん、これからもよろしくね」

 

 「こちらこそ」

 

 私たち3人はそのまましばらく笑いあった。

 

 「でも、そうならもっと早く相談して欲しかった」

 

 「まだ根に持ってる…」

 

 「当たり前でしょう」

 

 ジト目で見られる。

 いやまぁ、りんには悪いと思ってますよ。

 でも、言いにくかったんたから仕方ないでしょ。

 

 「すみません、僕に気を遣ってもらって」

 

 駿輔が申し訳なさそうにしている。

 うぅ、ますます居た堪れない。

 

 「駿輔が謝ることなんて無いよ。全部私のせいだから」

 

 「いえそんな…だって12月の時だって迷惑かけてしまったし」

 

 「迷惑って、あの時は私が酔っ払っちゃったせいで駿輔にーーっ」

 

 と、そこまで口にしたときに思い出してしまった。

 なんでりんに駿輔のことを話せずにいて、ここまで状況がこじれた最大の理由を…。

 

 「……」

 

 「……」

 

 思わず顔が熱くなり、両手で頬を押さえてしまう。

 それは駿輔も同じで、首に手を当てて目を泳がせている。

 そして、その間には私たちの不自然な様子を伺っているりんがいた。

 

 「……」

 

 りんの目の色が変わっていくのが分かる。

 さっきまで所々見え隠れしていた異様なオーラが完全に表に出てきているのだ。

 

 「ねぇ、コウちゃん、何があったの?」

 

 「えっと……」

 

 「言えないようなことをしたの?」

 

 りんの目がどんどん黒く染まっていく。

 これはまずい。これは本格的にまずい。今までと比較にならないほどまずい!!

 

 「その……なんていうか…」

 

 「……」

 

 私じゃ話しにならないのか、ゆっくりと首を回して標準を変える。

 

 「っ!?」

 

 矛先は言うまでもない。

 

 「吉田君。12月の時コウちゃんと何があったの? 教えてくれる?」

 

 「え、えぇっと……」

 

 さすがの駿輔もりんの圧に押されている。

 

 「ねえ、何があったの? 言えないようなことしたの? 怒らないから正直に答えて? いつそんなことになったの? なんでコウちゃんは照れてるの? 何か知ってるのよね? どうして答えられないの? 私の知らないところで何をしていたの? なんで黙ってるの? ねぇ、なんで何も言ってくれないの? 怒るわよ?」

 

 「「いやああああああああああ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、無事私と駿輔は恋人として交際することになったのでした。

 めでたしめでたし。


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