史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「いやー、先生に紹介して貰った人が、良い人でねぇ。おかげさまで、来週の頭くらいには完治しそうだよ」
「それは良かった。念のために、今日も診察させてもらいたいのだが」
「おぉ、そりゃあ嬉しいけれど……いいのかい?」
「構わない。寧ろ此方からお願いしたい」
……先ほどちらり、と見えた男は、あの酒屋の主人で間違いないだろう。そして。あの辺りは確か、チャイニーズ・マフィアの奴らがしばらく前に『話し合い』に言った店だった気がする。
完治、と言うのはその時の傷だろうか。
不思議な話だ。
チャイニーズ・マフィアが招いた(俺の紹介ではあるが)医者が、本来チャイニーズ・マフィアが脅して利益を得たい相手に対して、無償で脅しの傷を癒しているのだから。
やっている事は、正に死の商人と似ている。何方にも良い顔をして甘い汁を啜る薄汚い蝙蝠の様な輩共……否、奴らは利益という『理由』がしっかりある分、まだ扱いやすいとは思うが。
最大の問題として、あの男の頭には『利益』という考えがない、どころか『常識』の色も薄い。縛る為の鎖がない。故に……当然のように、利用していたつもりになっていた側に、とんでもない痛手が返って来ることがある。結果として。
実に厄介だ。扱いを間違えれば、自分も傷を負う……あの男は刃も何もついていないただの模造刀にも等しいような奴だが、しかしうっかりと足の上に落とそうものなら、爪先を容易に潰す程に大きく、重い鈍器でもある。
「――良いのかい、店の中に入らなくて」
「軒先でも、診察をする分には問題は無い……それに、貴方にとっても、私の様な男の治療を受けたとなれば、コミュニティでの立場が悪くなるだろう」
……それは何方にとっても、だ。
奴は、チャイニーズ・マフィアの所属である事を隠していない。というよりも、初めから大っぴらに明かして、治療を行っている。
『お互いの立場もある。俺に対してよい思いを持っていない人もいるだろう――それはそれとして治療はする。俺に全力で治療される覚悟をしておいて欲しい』
そう言いながら、『マフィアの手先の癖に!』と物を投げつける輩すらいるような有様の住人達に向けて飛び掛かり――あっという間に全員を治療して『黙らせた』……という奴の大立ち回りを、奴に付いていたマフィアの下っ端から聞いた。
黙らせた、と言うか黙るしかなかっただけだとは思うが。
しかし、話だけでも想像は容易い。
悲鳴を上げながら逃げ惑う群衆の中を、かの斉天大聖の如く身軽に飛び回ってその悉くを治療しながら、重傷者を優しくベッドに運び込み、再び群衆の中に飛び込み八面六臂の大治療に奮闘する奴の姿が容易く想像できた。
……いかん、奴の人相から想像した景色が、まるっきり無辜の民に襲い掛かる山賊の親玉にしか思えん。
まぁそれは兎も角。
そんな指針だからこそか、奴は当たり前の様にかなりの顰蹙を買っている。
今の中華街の旗色は二色あり。何方も奴に対して良い顔をしている訳ではない。
雇い主のマフィアは奴に対し、その腹に煮え滾った不満を隠そうともしない。『扱いかねる凶器』として恐れられている節すらある。
片や住人の方はといえば、奴をどう扱っていいものか分からず、遠巻きにするしか出来ないような状況で。最早『辻治療魔』扱いである。
それはそうだ。どんな勢力にも属さずあらゆる者を分け隔てなく治療する、というのは何方にとっての『敵』も治し、利する事になる。何方も敵に回す様な行動をする理解不能な暴走機関車を、諸手を上げて歓迎するのは
「――何言ってんだい。若い奴らが色々言ってるけど、気にしなくていいよ」
……では、奴の周辺には、奴の敵しかいないのかと言えば。目の前の景色が、答えになるだろう。
「……だが」
「昔から先生に世話になってる奴らは、だーれも気にしちゃいないさ。先生が患者えり好みしだしたら、それこそ世界の終わりじゃないか! いつも通りで安心したよ」
「そう、か?」
酒屋の店主と、目の前にしゃがみこんで、自分の足の具合を確かめている男とは、文字通り頭二つ程の体格の差がある。そんな図体をまるで恐れる事も無く、肩をバンバンと気軽に叩く姿は、親しみが溢れている様に俺には見える。
『――ここは、
以前、酒の席で語っていたのを思い出す。
ホークは、この中華街にも出入りする事が多いらしい。
ここ、中華街は特別に中国人の住む為の町、という訳ではないが。しかしやはり大陸から渡って来た奴らが、比較的馴染みやすい街ではある。
それは、大陸の物とは違う空気のこの島国で、せめて故郷を感じたいという普通の意識から先ずここから始める者がいて、この平和な国では些かと後ろ指をさされかねない傷を負っている故にここへ逃げ込んだ者もいる。そんな奴ら以外にも、元々から住んでいた奴らも居るだろう。
『だから、ここの患者を診るときに、そろそろ郷愁すら感じる様になったかな。それ位は、通った』
当然。
人種も人間も、年齢も、多種多様に入り混じるこの街でも……奴はずっと、そんな細かい事を一切考えずに治療を繰り返してきたのだろう。一切の立場の違いも考えずに。
奴はそうは語ってはいないが、想像が出来る。と言うかコイツがそれ以外に何をするのかが想像出来ん。中華街観光とかいうのを楽しむ質ではない。
奴に最初に辻治療を仕掛けられた側は、困惑したりするのが普通だ。訳の分からない脅威と見做し距離を置こうとする者もいる。反応はそれこそ千差万別、様々だが。負の方向の反応も決して少なくはない。
特に、ここはそれなりに複雑な事情を背負った者も多い。その色も、顕著だったのではないか、と思う。
「先生が、そうだったから、俺は……こうして、仕事を続けられてる。その事に感謝してもしきれねぇ。だからよ、先生が困ってるってんなら、ちょっとでも力になりてぇ」
「……オヤジさん」
「火消なんざ無理だけどよ、それでも、先生の評判、ちったぁ吹聴するくらいはできらぁな。こちとら酒屋だ。店に来た野郎共に先生の武勇伝の一つでも語れば、少しは分かってくれる奴もいるだろうよ」
だが。
長年ここに出入りして来たというのであれば。そんな奴らとも、ホークはずっと向き合ってきたのだろう。治療に関して相手の立場などの事情は考慮に入れずとも、理解をしていない訳ではない。狂人ではあるが、馬鹿ではない。
当然、治療に関しては一切の呵責はない。ないが。
話を聞いて。理解して。その上で、先ずは何が何でも相手を完治まで徹底的に追い込んで……その後に関しては、多少のアフターケアくらいはするのが奴だ。
鉄火場で働く者には、ケガから復帰した後、そこに戻るのか、日常に帰るのか。それを踏まえた薬の処方をする。国に帰りたい患者には、故郷近くの医者を紹介することさえやっている。
「俺達が付いてる。だからよぉ、先生……どっちの奴も、ちゃんと治してやってくれ。そうした方が後腐れも無くていい」
「……当然だ。ここにいる間は、死人は出さない、けが人は残さない」
「へっへへ、さっすが先生だ! 相も変わらずの気風の良い断定! 大船に乗った気分になってくるなぁ!」
例え嵐の如く、一切の容赦をして来ない災害の如き脅威にも見えるとはいえ。
その狂気は間違いなく……『医者としての本分に殉ずる』と奴なりに覚悟を決めて、患者の為に起こした行動は。必ずそいつらの心に大きなものを残す。
どんな勢力に所属していたとしても、立場の違い等を気にせずに、奴の側に立つ奴らは、居る。少なくとも、この中華街で古くから奴に世話になっているであろう、目の前の酒屋の店主はその一人なのだろう。
「……患者の治療が終われば、出来るだけ早く出ていくつもりだ。それまでは、頼む」
「おん? いやいや、大丈夫だよ、そんな気にしなくてもよぉ」
「いや。俺が仕事を終えて出て行けば、白眉老としても向こうをここから追い出しやすくなるだろう。あぁ、大丈夫だ。治療に関して手は抜かない。そこは安心してくれ」
「でもなぁ」
……さて。
それを踏まえ、奴と古くから親交のある奴が、他にもここら辺にはいる。
この横浜中華街の顔役、白眉などがそうだ。患者として、そしてここの顔役として、何度も顔を合わせている、とホークは言っていた。
奴が嘘を喋る理由はないので、間違いなく本当だとして……知っている限りの白眉の性格を考えると、店主がやる様な消極的なやり方で済ますかと言えば。
「白眉老は顔役として、俺が早く出ていくのを望んでいるだろうし――」
「――んなわけないでしょうが! 見つけたわよ!
まぁ、絶対にない、と言える。
「蓮華ちゃん」
店の前に、というかホークの前に飛び出して来たのは、特徴的な髪型をした、成人にはまだなっていない位の娘だった。
一応、知ってはいる。最近チャイニーズ・マフィア共が『邪魔な小娘』と呼んでいる女で、そして……昔から、ホークの奴が面倒を見ている剣星の娘だ。
正直な話、あやつの昔のナンパぶりを知っていると、今でも娘をこさえたという事が信じられんのだが……いや、若い頃の奴の面影を確かに感じられる、気は、しないでもないのだが……ううむ。
「もーっ! 回診するなら、白眉師父の所で人数集めるから纏めてやって欲しいって言ってるでしょ! ほら来る! あ、おじいちゃん、鷺師父借りてくわね」
「おう連華ちゃん。お疲れ様」
「あ、えっと、あの」
……兎も角。
ホークに詰め寄るその娘の表情は、目くじらを立てている、ように見える。
見えるが……しかし、表情程に、目には怒りを浮かべてはいない。何方かと言えば。手のかかるペットや、出来の悪い弟を見るような色が近い、か。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。診察は――」
「もう終わってるでしょ。何度師父の診察受けてると思ってるの。分かるわそれくらい」
そう言うや否や、風の如き勢いで娘はホークの手を取っ掴んで、ぐいぐい無理矢理に引っ張り始める……診察が終わっていないと言いたかったのではなく、言われなくてもやるから焦るな、と言いたかったのだと思うが。
「分かった、分かったから……落ち着いてくれ。まだ荷物も持って……アレ、鞄がない」
「もう持ちました! さぁ行くわよ、師父の事、皆が待ってるんだから!」
そんな事など関係ない、と言わんばかりにホークを引っ張る娘の表情は……随分と楽しそうに見える。
気持ちは、分からんでもない……どうにも自分の事に無頓着な奴を振り回してやるのは、存外と……面白いものだ。
ホモ君に対する周囲の反応と、ホモ君が今までどういう所で仕事をしてきたのかの一例に、連華ちゃんとの関係だとか、色々。