史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――ぐぁっ!?」
どさり、と。
明らかにラグナレクの兵隊の皆さんとかよりもガタイのよろしい方々が吹っ飛んで、ちょっと塗装とかの剥がれたタイル張りの床に倒れていく。
思い出すのは、テレビで放映していた、映画で拳法家のヒロインが悪党共の本拠地に単身殴り込みをかけて、獅子奮迅の大活躍をするシーン。
父さんと一緒に『おー』『派手だねー』なんて、笑い合いながら見てて。ほのかが『かっこいい!』と言っていたのを母さんが見て、『ほのかもやってみたい?』なんて……
「はは、まるで映画みたいだ~……」
そのシーンにそっくりだった。
チャイナ服を着た、あの、凄いナイス……うん、な美人のヒロインが。こういうちょっとおんぼろなビルの中に駆けこんで。その中にいる悪党どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍で。意識が遠くなるくらい、凄い。
「フンっ、口ほどにもないわね」
「ぐぎぎぎ……」
とはいえ、映画みたいな凄い事が出来るのも、全然不思議じゃない。何せ、目の前のチャイナドレスの美人さんは、何と、何と……あの馬師父の娘さんだというのだ!
師父に娘さんがいた、と言うのも驚いたけど、でもその娘さんがこんな、それこそモデルとかの人が見劣りしてしまう位の美人だというのも驚きだった。
……でも、その苛烈な性格は、師父がどうして逃げ回っていたのかを、何となく察するくらいには熱い。ちょっと怖い。こうして僕がこんな映画の中でしか見た事のない鉄火場にお邪魔する事になったのも、彼女の烈火の勢いに乗ったからだ。
「こ、このぉ……!」
「――っ! 蓮華さん! あぶないっ!」
……心配だったのだ。女の子一人で行かせるのも。前だけ見て、こんな風に、いきなり後ろから、奇襲されたりとかしそうだったし。
それにしたとしても。殴り倒された後なのに、なんて重い鉄槌なんだ。両腕で受けても、軋む。谷本君に比べて乱暴な拳だけど、重さだけは凄い。
「ふぅ――破ッ!!」
取り敢えず、渾身の拳を防御されてガラ空きになった相手の懐に拳を打ち込んで、今度こそ鎮圧……うぅ、もっと穏便に済ませられなかったのだろうか……
ちらり、と少し抗議の意思も込めて蓮華さんを見ると、彼女は口元を抑えて少し怪訝そうな顔をしていて――こっちの視線に気が付くと、ハッとした様子で、軽く頭を下げた。
「……ありがと。コレで三度目かしら。アンタに助けられるの」
「うぅ、三度目なんですから気を付けて下さいよ~……」
「ごめん。でもおかしいのよ、妙にこいつ等、頑丈っていうか……」
……口元を押さえて考え込む蓮華さんの気持ちも、分からなくはない。彼女の一撃は、確かに体の奥にある芯を捉えている。だから一度は確実に敵は沈むんだけど。
再び……幾人かが立ち上がってくる。
蓮華さんの拳のキレから、足運びまで。多分、僕なんかより全然強いし……下手すると谷本君より強いんじゃないだろうか。比較対象になるとすれば、僕より一段階上くらい武術に精通している、美羽さんくらいだろう。それを喰らって尚……
「も、もしかして手加減してるとか!?」
「そんなわけないでしょう。明日の朝まで綺麗におねんね出来るようにイイところにぶち込んでやってるわよ」
「ですよね~……」
なんという物騒で力強いお返事。でも、それで確証を得られた。多分、普通だったら絶対に立ち上がれてない。なのに……
「じゃあどうして……」
「へ、へへっ……そりゃあ、ドクター・ホークのアドバイスに従って……体、作ったからよぉ……成果が出てて……嬉しいぜ……」
と。その疑問に答えたのは、再び体を起こしたゴロツキの一人だった。
「ドクター・ホーク?」
「そ、そうさ……俺達みたいな、ゴロツキにも……分け隔てなく……治療の手を差し伸べてくれる……変な、お医者様だよ……」
そう言って、マフィアの男の人はちらりと窓の外を見つめた。
さっきまでの殺気ばった表情から打って変わって。どこか、もやもやとした物が晴れた後の、穏やかな表情にも見えなくもない。
「……これだけ健康な体があれば……何回でも再起できる、何でもできる、だっけか……信じていいかね、先生よォ……」
その言葉を最後に、男の人はどさり、と再び意識を手放してしまう。呼吸をしている辺り、死んではいない。ちょっとほっとした。
でも、こういうマフィアの人達にもかかり付けのお医者さんがいるんだなぁ、こういう所は同じなんだなぁ……なんてちょっと思った時。はぁ~、という大きなため息が後ろから聞こえて来た。
振り返ると、蓮華さんが凄い……深い深い皴を刻んでしかめっ面をしてる。
「……もう!! 鷲師父ったら!! ホント生真面目な仕事してくれて!!」
「ろ、ろー師父?」
「そうよ! そいつらの言ってた先生の事!」
「そ、その人ともお知り合いなんですか?」
「昔っからのかかり付けのお医者様なの!!」
「えぇっ!?」
変な声が出た。
父親を捜して、突入したチャイニーズマフィアの本部で、かかりつけのお医者様の名前を聞くなんて。本当になんか、ドラマチックと言うか……
「パパと昔からの知り合いで……本当に、良いお医者様なのよ。小さい頃、熱を出したらいつも鷲師父に診て貰って。治らない事は一度も無かった」
「へぇ~」
蓮華さんの声色は、今まで烈火のごとく暴れまわってる時の声と違って、穏やか。本当に親しい人の事を話してる、って感じがして……ふんわりと口元を緩めてるのは、なんだか懐かしくて良い思い出を思い出してる、って感じがして。
その人の事を本当に大切に思ってるんだなぁって分かる。凄い、優しい顔してる。思わずこっちもにこってしそうに……あんまりカッカしないで、笑ってた方が似合う気がするなぁ、蓮華さん。
「腕のいい先生なんですね」
「凄いのは腕だけじゃないわよ」
こっちの事情なんて知らない蓮華さん。いーい、と一本指を立てながら、此方を見つめる表情は……とても真剣なものだ。
思い出を語ってるだけじゃ到底そうはならない……思わず、のほほん、と聞いていた背筋がぴしってなった。
「鷲師父は、助ける人を選ばない――その精神性が凄いの」
「選ばない?」
こくり。と蓮華さんは頷いてから、立てていた指を一本増やし、強調するように軽く振って見せる。
「普通の人に私みたいな武人……のみならない。さっきの奴も言ってたでしょ? 鷲師父に診てもらってたって」
「……そういえば、言ってましたね」
「師父は、基本的にどんな人物だって面倒を見るの」
それは文字通り……善悪を問わず平等にとの事で。
それだけではなく、戦場の中にだって飛び込んで、そのど真ん中で治療をする。それこそ敵味方という区別を、一切つけずに。
国境も、距離も、危険も……全てを無視して、世界中ありとあらゆる場所を踏破して患者の元へ行き、あらゆる病気、ケガに困った人達を治療する。そんな生活を、もう何十年と行っている。
ごくり、と。気が付いたら喉が鳴っていた。
「……す、凄すぎて、ちょっと想像も出来ない」
「それは、誰かを助けたいから、なんてそんな生温い善意からじゃない――善も悪も超えた、『医』っていう道を進むと決めた鋼の如き意志が、そうさせるってパパは言ってた」
「善も悪も、超えた意志」
……そうだ。
いざという時の打ち込む勇気。修行を辞めない心意気。そして何よりも……初めに岬越寺師匠が言っていた、武術家が大成する為に最も必要な『信念』。
それら全ては『意志』の力だ。心の力だ。
それなら。立場も何も超えて、たった一つ、鋼鉄の柱みたいな、何が何でもやり遂げるっていう強い意志の力を持った人なら……一体、どれだけの『極』へと、辿り着けるんだろうか?
「何処だって、どんな患者だって、助ける。その意志に従ってその道を究めたの。私が知る限り、鷲師父は本物で、世界一の『名医』よ」
脳裏に……それこそ岬越寺師匠の様な、限界まで絞られた肉体を持った、初老のお医者さんの姿が浮かぶ。ピクリとも表情筋を動かさない、ギラギラと目を輝かせて、砂漠も、熱帯も、荒野も、止まることなく進む……そんな姿が。
患者さんを探して、あてのない旅を続けて、そして倒れそうな患者さんに手を差し伸べる。そんな漫画でしか描かれない様な、『求道者』の姿が。
「でも……それで! ちょっと! 困る事になるのよ!」
……そんな凄い人の姿は、目の前の蓮華さんの、なんか……なんだろ、昨日作った味噌汁が余りの夏の暑さに即座にお亡くなりになった、みたいな、凄いやるせない表情でかき消えた。
「え、えっと……?」
「言ったでしょ!? 誰でも全力で助けるって! あいつらも鷲師父の治療を受けて物凄い健康になったの! 健康になる様に、指導を受けたの!」
「は、はぁ。良い事なのでは?」
お医者様としては普通の事だと思う。寧ろ、治療だけで終わらせないその姿勢は、寧ろ僕もかかりたいくらいで……
「良いけど良くない!! あいつ等が妙に頑丈だったのは、師父がそうなる様に指導したからなのよ~!!」
「……あっ」
言われて気が付いた。
誰だって治療するし、健康にするって事は……ああいう、なんだろう。元気だとちょっと困る人たちまで、ぴっかぴかの元気いっぱいにするって事じゃないか!
そりゃあ、悪い事だなんて口が裂けても言えないけど……元気いっぱい、健康になって頑丈になったマフィアの方々と戦う僕らにとっては。
うぅ~~~~~~~~~ん。
「凄い……微妙ですね……」
「そうなのよ!!! 先生の腕が確かだから! 余計に!!」
「う、うわぁ……」
蓮華さんは、その人の事をとても尊敬している。それは流石に丸わかりだけど……だからこそ、怒り散らす事も出来ないってコト……なのか!?
頭を抱えてしゃがみこむ蓮華さんには、何処か哀愁すら漂っている。まるで、普段の僕を見ている気がした。師匠方のあまりの型破りさ加減にびゅんびゅん振り回されている時の僕の様な……
「な、なんと申しますかそれは……そのぉ」
せめて、元気を出して、の一言位は……と思った――
「――傍迷惑、か?」
その一瞬だった。
低い、腹に響くような声が聞こえた。
ぞわっとした。
僕は勘が良い方じゃない。だけど……この気配は、流石にどれだけ鈍くたって分かる。普段から感じてる、本能から『ヤバイ』と思わせるこの感覚。
本当に一瞬だけの事だ。一瞬だけの事で……もう感じない。
蓮華さんは、何時の間にか立ち上がって、構えを取っていた。呼吸が浅い、額に刻まれた皴は深い――明確に、後ろに立っている何者かを、威嚇している。
ゆっくり、振り返ったそこに。
「……ふん、剣星の娘の方は兎も角。小僧の方は鈍いように見えたが、それなりに勘は良いか。師の腕はいいようだな」
立っている。
ただ立っているだけなのに、対峙する此方の膝が震える。
大きな人だった。アパチャイさんや逆鬼師匠くらいある。逆立った短髪と、同じくらい荒々しく深い、口元まで飾る髭。そして全身を覆う……鋼みたいな筋肉。太ももだけでも蓮華さんの胴程もあるだろうか。
高い岩山みたいな圧力が、全身に満ち溢れてる。
「馬 槍月……!」
「奴よりも先に、弟子クラスが乗り込んでくるとは。血の気が多いな――剣星の娘」
馬師父のお兄さん。蓮華さんが言っていた、中国武術界において、師父とどちらが最強かと比べられる程の、豪の武人が……今、目の前に立ってる。
「……っ」
じり、と蓮華さんが一歩下がった。
マフィア相手にも怯んだりしなかった蓮華さんが。明確に、一歩距離を取った。
分かり切ってたことだけど。それだけ、目の前の大男は強いんだ。烈火のごとく、悪と見れば一直線に飛び掛かっていた蓮華さんが、最大限警戒して、下がってしまう位に!
しかし。直ぐにでも襲い掛かって来る……と言う様子もない。
驚く程に静かだ。その瞳は険しいものだけど。だけど、凄く凪いで、揺らぎなんて見えない。落ち着き払って……ゆっくり、目を閉じて。腕組みをして。
まるで、誰かと待ち合わせでもしているみたいな、そんな
「……とはいえ、俺に挑む無謀が分かる程度には仕込まれているようだな。良い功夫だ」
「っ」
「構わん。さっさと下がれ。俺としても、弟子レベルに手を出す程、武人として落ちぶれたつもりもない――漸く、待っていた男も来たようだしな」
……それが誰なのかは、直ぐに分かった。
「いやー、もうちょっと抵抗あると思ったら。何やってるかね二人とも」
聞きなれたその声に、ハッとして振り向いた。何処か気安い、その声の主は――いつも通り、丸いつば付きの帽子をかぶり直しながら、ひょうひょうとした様子で、僕と蓮華さんが出て来たエレベーターから歩いて出てくるところだった。
「――師父!」
「パパ……」
「全く、張り切り過ぎね……早く、おいちゃんの後ろに」
あの小柄な姿が、いつも以上に頼もしく見えてくる。気圧されていた僕らと違って軽く笑ってすらいる、その堂々とした姿。やっぱり、どれだけダメな所があっても。僕の敬愛する師匠方なんだ。
ゆっくりと距離を取る蓮華さんと僕の隣を、散歩するみたいに軽く歩いて過ぎ……師父は、彼の目の前に立った。
二人の間には大人と子供ほどの体格差がある。
師父があっさりとひねりつぶされそうに見える、そんな景色の中……槍月は、ゆっくりと閉じていた目を、開いて。
「うぅっ……!」
「くっ……」
ぼろいビルが、軋んだ気がした。
突如、槍月からあふれ出した、さっきよりも濃密な気配が廊下に溢れだす。触れただけで、肌がしびれそうに錯覚する。
水の中にいるみたいだった。呼吸が苦しい、身体が、重い。
その中で、普通にしているのは……二人の達人だけだった。
「来たか、剣星」
「兄さん……久しぶりだね」
そもそも連華さんの武術レベルを考えたら絶対槍月師父に迂闊に殴り掛からんのではないかという改変