史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第五回・裏:奮い立てケンイチ!

 ――見えない。

 

 ただ、肌で感じる事しか出来ていない。地響きのように震える廊下と、何かが自分達の鼻先を掠めて、飛び跳ねるような感触と……そして、そういう風にしか『見えない』異様な光景を。

 

「オォォォオッ!!」

「ちょわぁぁッ!!」

 

 文字通り。両腕の肩から先が、霞むようにぼやけている様な槍月。そして……その景色に滲む僅かな先端が伸びてくるのを、無数に分身しながら迎え撃つ師父。

 ……物理的に有り得ない。だけど、余りの二人の動きに、目が完全に置いてきぼりにされているからこその、この景色。

 

 どれだけ目を凝らして見ても、二人の攻防の欠片すら見る事も出来ない。

 だけど……耳を澄ましてみると。なんだか、二人の間から響く破裂音が、何重にも重なって聞こえてくる様な気がしてきて、顔が引きつった。

 普通の人間じゃ認識できない程の速さで、とんでもない戦いが行われてる――!

 

「な、なんて戦いだ……!」

 

 今の場面も、想像するしか出来ないけど。

 

 一瞬の内に放たれる、ガトリングみたいな槍月の拳が。

 前の空間を攻撃――じゃなくてそれこそ、『制圧』してしまう、大型のショットガンみたいな『面』の攻撃として放たれる。

 

 それを、馬師父が、避けて、化勁で捌き、柔らかく受けて、最後には拳の反動でなんとか距離を取って。

 かと思えば、その衝撃でばね見たく体を縮め、廊下をスーパーボールみたいに『四方八方に跳ねて』超高速で突っ込んでいく馬師父。それを拳で迎撃する槍月に対し、その跳躍で、後ろに回り込んで、弾丸みたく突っ込んでいく。

 

 だけど一瞬の間に、その師父の攻撃に対し、槍月の迎撃が間に合った。二人の拳が。こっちの耳に届く程に、強烈な衝撃波を撒き散らしながら……まるでトラック同士の正面衝突みたいに、激しくぶつかり合う――!

 

「うぅっ!」

 

 ただの想像なのに……目の前で起きている景色を見ていると、余りにもくっきりと脳裏に思い浮かんで来る。見えない筈の、二人の凄まじい攻防が!

 これが、武術的な迫力って奴なんだろうか。

 

「……連華さんには、見えてるんですね」

「えぇ。何とか、だけど」

「――凄いなぁ」

 

 そして、羨ましくもある。

 拳を握りしめてしまう。そりゃあ、僕は武術を極めたいなんて、高尚な思いを持ってる訳じゃないけど。でも、この戦いを見届ける事は、自分の弟子としての使命である、とそう思っている。

 

「……」

「くぅ……!」

 

 でも、連華さんと違って、僕は……弟子として、師の全力の戦いを、満足に見届ける事も出来ない。それがとても今、悔しい。凄いという事しか理解できないのが、悔しい。実力不足が、悔しい。

 僕の事を鍛えてくれた、恩義ある師父の弟子として、余りにも……不甲斐ない!

 

「――力抜きなさい、馬鹿」

 

 ふと。

 静かな、声が聞こえた。

 

 右肩に手が置かれている事に、そこで初めて気が付いて――連華さんを見る。

 彼女は。先程の師父を思い出させる様な、優しい顔で、笑いかけてくれていた。少しだけ、ドキッとする。

 

「連華さん……」

「ったく、なんて顔してるの。悔しいのは分かるけど、無駄に力んでたら、見たいものも見れないわ。しゃんとなさい。ほら」

 

 ぽん、と。

 軽く肩を叩かれて。

 そこで……先ずはゆっくり、握りしめていた拳を、開いていく。連華さんの言葉に、酷く素直に従っていた。呼吸を落ち着けて。熱くなっていた頭を、冷やして。

 

 無駄に力んじゃダメだ。そうだ。悔しがってる場合じゃない。少しでも、師父達の戦いに意識を、集中させないと――

 

「――うん。そう。最初は出来ないのは当たり前よ。だから、少しでもあの戦いが見れるように、出来るだけ集中する。息を吸って……そうよ。感覚を、『絞る』の……」

 

 感覚が、狭まっていく感覚がする。でも、感じる物が減ってる訳じゃない。ほんの少しだけ、見る物が、聞こえる物が、感じる物が、クリアになっていくような、そんな――

 

「――おぉっ!!」

 

 裂帛の気合い。声の先で――真っすぐに、拳を突き出す、槍月が、見えた。

 

 硬く、岩みたいに、固められた拳が、突き出されて。空気を切り裂いて、馬師父へと向かっていく――師父は、その上、槍月の太い腕の上を、自らの身体を、くるりと、回転させて『転がって』すり抜けて。

 背後に立った師父に向けて、しかし。槍月は、一瞥もせず、後ろ向きに蹴りを一発。

 

 危ない、と声を出す前に、師父の拳が、その蹴り足の先を制し、その勢いを反らし。避けられたと分かった槍月は、その大柄な身体からは想像もつかない程、機敏な動きで体の向きを変え、構え直し――

 

「――はっ!?」

 

 そこから先は――やっぱりさっきと同じ様に、二人の身体がブレては消える。まるで目で追えない攻防が行われているばかりで……でも、一瞬。一瞬だけだけど、あの中で何が行われているのかが、確かに見えた様な、気が。

 

「……い、今のは……?」

 

 ……喜ぶよりも先に、何が起きたのか、一瞬どうして見る事が出来たのか。困惑する事しか出来ていない。ぐるぐると堂々巡りをして、ハッキリとしない思考は――ぽふ、と頭に暖かな手が置かれた事で、中断された。

 

「――今の感覚を覚えておきなさい。見る感覚を養うのも、武術の基本よ」

 

 もう一度、連華さんを見た。

 彼女はこっちを見てはいなかった。その代わりに、まるでどうすればいいかの手本を示すかのように、真摯な瞳を、二人の戦いに向けていた。

 真剣な表情には、一点の曇りもない。澄んで、純粋で、とても――綺麗で。

 

「――はいっ!」

 

 彼女に倣って、目の前の戦いに目を凝らす。

 師父の弟子として――今は、ただ。見る事だけを、一生懸命に。教えを説いてくれた武術の先達にも、恥じない様に。

 師父達の戦いを、目に焼き付けようと、目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅううう!」

「ホォアッ!」

 

 廊下の中心で激しくぶつかり続けていた二人が再び、距離を取って向かい合う。いや、距離を取った、というか……二人とも、弾かれて、下がらされたって感じだけど……

 

「連華さん、今のは!?」

「二人が渾身の一撃を打った! 相殺し合って、お互いを吹き飛ばし合ったの!」

 

 拳の打ち合い――その衝突で、建物にすら影響を与える。もう正直、その事に驚かなくなってる自分がいる。途中から、見えない所は連華さんに素直に聞くようにしながら、見えても見えなくても、戦いを見つめ続けて。

 

 一度、師父達が距離を取るまで、何十分くらい経ったようにも感じるし……ホントは、数十秒しか経ってないのかもしれない。それが分からない位に、濃密なひと時だった。

 その間に、何方かが主導権を握った、という事もなかったらしい……連華さん曰く。僕はその辺り、全然わからなかった。

 

「まだ、互角って事ですか……!」

「悔しいけど、伯父上も、正に本物の達人よ。パパだってそう簡単に天秤を己の方に傾けられないわ」

 

 ……そう言われ、改めて二人を見れば、確かに。何処か傷を負っているだとか、一撃を貰った跡があるだとか。そういうのは全然ないように見える。

 アレだけ激しい戦いの中で、それでも尚、互いに傷を負わない様に、防御すら織り交ぜているなんて……これが達人同士の戦い。僕らとは次元が全然違う……!

 

「今までの競り合いで、多分二人とも、今の相手の実力は測り終えた筈よ」

「――って事は」

「ここから、戦いは激しくなっていく……いい、見る努力を怠らない事、分かったわねケンイチ!」

 

 連華の言葉に、直ぐに頷いて。視線を二人の方に向ける。

 拳を構えたまま、今は二人とも動いていない。お互いに仕掛ける機会を探っているんだろうと思う。

 

 何が切っ掛けになるかは分からない。一つ爆発すれば、とんでもない削り合いが始まってしまう。先ほど以上に、物凄い緊張感が体を包んで来る。

 何か、物の一つでも、落ちたりしたら……!

 

 ――ぱさ

 

「――」

 

 そう、思った直後。

 拳を構えた槍月の懐から、何かが、落っこちたのが、見えて――!

 

「……」

「……」

「……?」

「……あれ?」

 

 ……一瞬、脳味噌がフリーズした。

 もう始まる、こんないきなり、まだ覚悟決まってない、とか色々と思っていて、目を凝らして見つめていたのに。

 盛大に、全く何も始まらなかった。

 

 連華さんは、首をひねって何が起きているのかを考えてる。師父は拳の構えを解かずに槍月の出方を窺っている……そこまでは良い。

 問題は、槍月だった。

 懐から落っこちた袋を、じっと見てる。いや、じっと見てるとかそう言うレベルじゃなくて、あの、『ガン見』してる。目を大きく開いてみてる。

 

 ……いやちょっとまって、ガン見とかそういうレベルじゃなくて、もの凄い汗かいて来てる! 脂汗が染み出て来てる! あ、あれはまるで……母さんに詰められた時の、父さんの焦り方じゃないか!!

 

「ど、どうしたんだろう……」

「分からないわ、あの包み……何処かで見た様な……?」

 

 連華さんと話している間にも、槍月の顔色はどんどん悪くなっていって……もう既に血の気が引き切って顔面蒼白になってしまってる。先程までのド迫力も、今はもう何処へやらって感じで。

 ……なんなんだ。あの達人、馬 槍月が顔色を変える程の何かが、あの白い包みにはあるっていうのか……? なんなんだ、あの白い……アレ?

 

「……処方箋の、袋?」

 

 普段見てる奴と、ちょっとだけデザインは違うけど、薬局で貰うような、お薬の入った紙袋、だよね。

 

「処方箋、処方箋……」

「えー……もしかして、極度のお薬ギライとか、そういうことだったり……?」

「――あぁー!!!」

「おわぁっ!?」

 

 びっくりした!?

 突如として、沈黙していた空間を引き裂くような悲鳴を上げたのは……連華さんだった。

 

「ど、どうしたんですか急に叫んで」

「あの袋……鷲師父の処方箋!」

「えっ」

「伯父上、薬飲み忘れてたのね!? しかもアレだけ青ざめてるって事は……ここ最近で一回や二回とかじゃすまない位……!」

 

 ……アレだよね。鷲師父って、確かここで中国マフィアの皆さんの治療を請け負ってたっていう人だよね。連華さんも面倒見てもらった事があるっていう。

 そうか、そりゃあそうか。槍月もここに雇われてたんだし、その人に治療をして貰っても全然不思議じゃない、のか。

 

 あれ、にしたって、なんでそのお薬を見て、そんなに顔を青ざめさせてるのか……

 

「――気づかない訳ない……近くにいる……マズい……! パパっ!」

「なんね!」

「鷲師父が来るわ! その処方箋、飲み忘れの薬の束よ!!」

 

 ……そんな!? 連華さんの発言で馬師父の顔色まで一瞬で真っ青に!? というか体まで強張ってる!? し、しぐれさんに覗きがバレた時の師父の動きそのもの……そのレベルで恐ろしい事態なんです!?

 

「兄さん何やってるね!? ドクターの近くで薬飲み忘れるとか!?」

「少し待て今、今……なんとかならんか、考えている……!!」

 

 な、なんだ!? さっきの激しい緊張感は何処に行った!? いや、緊張感は今でもあるんだけど、なんかコレは明確に違う! 戦闘の空気じゃない! 学校で一番怖い先生を窓割っちゃって、それでかなり怒らせたとか、その類な気がする! こ、この場にそぐわない……!

 

 というか、さっきから、なんだろう。僕と、連華さんと達人方二人との間に、何か致命的な認識の齟齬がある様な気がするんだけど、あれ? 

 なんだ? 皆、お医者様の、話をしているんだよな……?

 

――ど ず ん

 

 ……そう思っていた、直後。

 その音は。僕たちのいる廊下に、酷く大きく響き渡った。

 




皆さん、お待たせいたしました!!
兄弟二人の宿命の争いに、突如として乱入する黒い影!! 果たして、予期せぬ闖入者の正体とは!!

次回、『薬を飲んでください、お医者様からのお願いです』。デュエル・スタンバイ!
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