史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――ど ず ん
「うわっ……!?」
……突如として、ビルの全体が、ハッキリと、揺れた。たった一瞬だけ。
グラッと大きく足元が取られるような、地震みたいな揺れではなくて。逆鬼師匠が強めに巻き藁を突いてる時に感じるような、体の芯に響くような振動だった。
それに、下からだろうか。上階まで響く、この音の大きさは……かなりの事が起きている気がする。
「爆発か何かか……!? はっ、まさか……!」
そういえば、ここは中国マフィアの所有するビルだ。そして、僕たちはここへと殴り込んで、結構な人達を伸してしまった……も、もしかしたら。彼らはここが僕らによって制圧された、と思って、ここを放棄して、寧ろビル諸共、ここを破壊しよう、とか……!?
それこそ映画とかで全然よくあるパターンじゃないか! 爆弾とかで、下の階から爆破して行って――!
「だとしたら……マズい! 連華さん!」
ここで戦っていたら、全員巻き込まれてお陀仏……いや、師父と槍月さんはもしかしたら何とかなるかもしれないけど……でも連華さんと僕は普通に危ない。
彼女の手を咄嗟に掴み、脱出しようと走り出そうとして、そこでふと気が付く。
連華さんの表情が、完全に引きつってる。
異変に気が付いた、って言うよりは……目の前に何か、それこそ獰猛な猛獣か何かが、突如として目の前に現れた、みたいな、そんな血の気の引き方までしてるんですけど……
「……連華さん? どうしたんですか?」
「……き、来た、来ちゃった……」
「え?」
「鷲師父が……しかも、完全に……怒ってるぅ……」
逆立った左右の髪をぺたり、と耳の様に伏せながら、連華さんは、そう言う。
来ちゃったって。鷲師父って……えっ? えっ? あのちょっと連華さん、何をおっしゃっているのでしょうか?
――ど ご ん
「え? 鷲師父、って……ドクター・ホーク?」
「そうよ! 聞こえるでしょ、こっちに向かって来てるじゃない!」
「うおお近いです連華さん」
こっちにかぶりつく勢いで顔を近づけられると、こっちとしてもちょっと一歩下がらざるを得ないのだけど……連華さん目が、目が血走ってる。怖いです。
えっと……というか、向かって来てる、って。
さっきから僕の耳に聞こえているのは、ちゃんと建築基準法に則って建てられたはずの建造物が、何かに粉砕される音だけなんですけれども。
いや、確かに二回目の音はさっきよりも上……ここら辺の近くで、鳴ったような気がしないでもないですけれども。あっはっはっ、そんなまさかぁ。
「いやいや連華さん、そんな。まるでこの轟音の原因が個人で、それがまるで猪のようにこっちへと突っ込んで来ている、みたいな言い方はね、誤解を生むから止しましょうよ~」
――ば ご ん !
「……止しましょうよぉ!?」
いやこれ近づいて来てるなぁ!?
もう今度は真下くらいから音が聞こえてるんですけど!? 振動も間違いなく大きくなってますけど!?
いや、連華さんはドクター・ホークが来てるって言ってた! 言ってたけどそんなまさか、お医者様がこんな音立てながら、こっちに向けて突っ込んでくるっていうの!? どういう事!?
……いや、何も分からないけど。
滝みたいに凄い量の汗かいて、眉間に一杯皴を寄せてる連華さんの表情は、嘘ついている様には、見えない。全然。
だとしたら。言っている事が真実なら。
「――ドクター・ホークって、一体……!?」
――どごん! ばきん! どごぉっ!
……ここまで近くで聞いてようやく分かる。
ただ近づいて来てる訳じゃない。この音の主は、地上から真っすぐに、確実にこの階を目指して最短距離を突っ込んで来てる。なんていうか……音が大きいから分かりやすいんだ。何処にも寄らずにこの一点を、真っすぐに目指してるのが。
多分、この破壊音は……その間にある障害を、全て文字通り『打ち砕いて』いるって事なんじゃないか、と……そ、そんな強引な真似、梁山泊の師匠方ですら、絶対にやらないんですけど!?
頭の中の、仙人のような浮世離れした老医師の想像が、轟音が響く度に、薄れていってるのが分かる。そしてその代わり……今迫って来ているのは、そんな可愛らしい物じゃないのかもしれない、という嫌な予感が、頭をもたげていく。
「――いったい」
壊される音がする度に、槍月の身体がびくん、と震える。
師父の額から、大粒の汗が、ポタリと床に落ちる。
頭を抱えて連華さんが『あぁ、もう収集つかなくなる……』って呻いている。
「何が、来るんだ……!?」
――ご ぎ ばごんっ!!!
三人の醸し出す、目の前のとんでもなく渾沌としきった空間から、未だ破砕音の鳴り響く壁の向こうへと、もう一度目を向ける。
もうその音は、耳にビリビリ来るぐらいに、かなりの轟音に変わって来ていて……多分だけど、槍月の立っている場所の……ちょっと後ろ辺りから、響いて来た気がする。ここに来るまで、あっと言う間だった。さっき、結構下から響いていたと思っていたのに――
――め ご
「おばぁっ!?」
「ちょっ!? 凄い顔でこっちに寄るなっ!」
……お、思わず物凄い仰け反ってしまった……! さっきとは真逆だ……いやでも誰だってこうなるよ! だ、だって……壁が、壁が……!
「大盛ご飯みたいに、盛り上がってるぅ!?」
歪んでいる部分にひびは入っているけれど……結構綺麗な半球状に!
鉄筋コンクリート製の壁が、まるで粘土みたいに歪んでしまっている。一体、どんな力の入れ方をしたら、壁がこんな風になるのだろうか。
壊れて崩れてしまう、とか。砕け散って爆ぜる、とかなら……うん、まだ逆鬼師匠とかだったらやりそうだし、まだギリギリ分かる。分かるんだけど!
「……あぁ、コレはお怒りね、コレは……兄さん」
「やめろ。考えたくない。考えさせるな」
――べ が ん!!!!
「うわぁっ!?」
「きゃっ!?」
そして、そのまま、ひび割れながらもギリギリで砕け散っていなかった壁は――限界を超えて、散弾みたいに弾け飛んでしまった。
耳をつんざくような、とんでもない破砕音が響き渡り……そこで、先ほどまで響いていたとんでもない破壊音に、ようやく得心がいった。
要するに、デコピンのタメとおんなじ原理なんだ。限界まで、壁が吹き飛ぶギリギリまで壁を変形させて、そのまま破壊してたから、蓄えられた力が一気に解き放たれて……こんな、鼓膜が震える様なとんでもない音をさせてたんだ。
そして……そこに出来るのは、綺麗な穴。普通、重機でも使わないとこうはならないと思う位に、破壊の跡。恐るべきは、コレは……一人の人間が引き起こしているという事、らしい。
「――ソウゲツ」
……低い声が、聞こえてくる。
弾け飛んだ穴の奥からだ。もうもうと立ち上る、塵の煙の中から……男の人の声だった。思ったよりも、若い。
その声を聴いた直後だった。錆びついた機械みたいにぎこちない動きで、槍月が後ろに向けて、壁に開いた穴に向けて、振り返る。母親に怒られたみたいに、身をすくめて。
来る。
こんな事を引き起こした張本人が、出てこようとしている。
ず し ん
「ひ」
悲鳴が漏れた。
出て来た――足だ。でもただの足じゃない。
足が、太い。めっちゃ太い。手前で真っ青になってる槍月の身体も鍛え上げられてるけど、でもそれが比較対象になるかちょっと不安になるっていうか……彼以上になんていうか……ご、ゴツイ! そんなに太さ自体に差は無い筈なのに、二回りも太さに差がある様に見える、気がする!
「――」
「い、いや、待てホーク。話を聞け」
が し り
壊れた壁に、手が、手がかかってる。健康的な肌の色をしてる。こっちのサイズも当然のようにデカい。比較できるサイズがアパチャイさんとか長老とか、僕の知ってるデカい人達とかのレベルになって来る。僕の頭くらいなら軽く掌で鷲掴みにして、ぐるんぐるん振り回せそうだった。
「――ソウゲツ」
先程よりも……酷く、深い、低温の……太い声がした。
聞いているだけでもお腹の奥まで響くような、そんな、ズシンとする声。土煙に浮かぶ影がより濃く滲み出していって、ソレは――姿を現す。
「――ひぃっ」
「……」
「どうするね、これ……」
「……知らん」
……あし、とか。て、とか。そんなはなしじゃなかった。
かたはばも、むないたも、ほんとうに、おおきい。そして……ものすごい、ほんとうにかたまりのような、きんにくが、ぜんしんを、くまなく、おおってる。
きんにくだるまっていう、ひょうげんは、たぶん、このひとのために、あるんじゃないかな~なんて……はは、ははは。
「メェェディィィイスゥゥゥゥウウウウウウウウォォオオオオオオ!!!!」
それは。
あたまがつるぴかで、めとかめっちゃびかびかひかって、はをむきだしにして、くちからなんか、もわぁってでてきて……ろうかいっぱいにひびきわたるくらいにほえる、とんでもない、きょじんだった。
壁の盛り上がり具合は二分の一なら〇までよくある、壁破壊登場シーンを想像していただければ分かりやすいかと。
あれ? 悪役って誰だっけ……?