史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――いやああぁぁあっ!? 助けてぇええええええ! 喰われるゥウウウウ!」
「ちょっ!? 何逃げようとしてんのよ!? 私一人置いてく気!?」
「ぐぇっ!?」
けんいちは にげだした
しかし まわりこまれて しまった!! なんだったらくびねっこをつかまれてしまった! いたい!
「お願い連華さん一生のお願い行かせてー!!」
「させるか! 大体喰われるって何よ! 鷲師父がそんなことするか―!?」
「鷲師父!? あれが!?」
……いやいや、いやいやいやいや。
ジーンズ姿でも、シャツの上から白衣来てますし。恰好とか、話の流れとかも考えると目の前に立ってる『あれ』が、恐らくドクター・ホークなのは分かりますよ!? でもちょっと待って欲しい連華さん。
「アレお医者様違う! もっと別の、なんか人食いの巨人とかそんなん!」
「い、今の姿を見て否定は出来ないけど……兎も角、アレでもお医者様なの! 腕利きのお医者様なの!」
「嘘だァ!?」
だって!! 太いもん! 腕とか! 小っちゃい重機どころか割としっかりした重機乗ってるじゃないですか!! 太ももとか! 比喩じゃなくて本当に丸太みたいじゃないですか! 胸板とか銀行の金庫みたいじゃないですか!! 首とかどれだけ揺さぶっても絶対に気絶とかしない位ガッシリしてるじゃないですか!!!
「後顔!!! 怖過!!!」
「何語話してんのよアンタ!?」
ハゲでめっちゃ目つき鋭いじゃないですか! そこらへんで僕を睨んで来るチンピラ君達とかぽんぽこぴーに見えてくるじゃないですか!! 黒いスーツでバリバリの蛇皮の靴とか履いて、豪華な椅子に座って『まぁ、くつろぎたまえよ』とかヘマした組員に笑顔で語り掛けてそうじゃないですか! マフィアのドンじゃないですかアレはもう!!
「と、兎も角……アレが鷲師父なのよ」
「嘘だよォ……なんでお医者様があんなに逞しくなられる必要があるんですかぁ……?」
「言ったでしょ、何処にでも行ける様にって」
「それであそこまで!?」
……頭がくらくらする。
僕の想像していた、長年をかけて腕を極めてきたスーパードクターのイメージは砕け散って……目の前の現実はとんだモンスタードクターだった。あぁ、なんだろう。梁山泊に入ってからと言うもの、何というか、人生が『パゥワァアアアアアアアア!!!!』になった気がしてならない……凄い浸食されていく……
「当然、暴れる患者を取り押さえる為だとか、色々と他にも理由はあるらしいけど……」
「だからってあのムキムキマッチョメンが『ならよし』とはならんでしょーが!!!」
僕の人生どころか患者さんまで『パゥワァアアアアアアアア!!!!』で何とかする奴がありますか! な、なんて力に傾倒したお医者様なんだ……いや、お医者様が力に傾倒するってなんだ……?
「……というか」
色々と、衝撃的な事が起きすぎて、根本的な事を聞いてないんだけど。
「どうしてここに来たんですかあの人」
ビルを壊して、文字通り、一直線に。あの二人の戦いに殴り込むなんて……いや、流石にお医者様がそこまで武に飢えている、とはちょっと僕の常識の保護的な意味で考えたくはないんですけれども……
「……馬鹿なの? アンタ」
「うっ……せ、成績はそんな酷くないやい……」
「そうじゃなくて! 言ってたでしょ、師父が、今、『メディスン』って」
「えっ」
いや、アレ何らかの雄叫びを上げてただけだと思ったんですけど。何らかの言語だったんだ……いや分かりませんって、あんな物凄い剣幕で吠えたてられてもそんな。
メディスン……確か英語で、お薬、って意味だったっけか。お薬かぁ……んんん? ちょっと待ってお薬?
「……あの、槍月の足元にお薬の袋転がってますけど」
「えぇ。そうよ」
「……」
お医者様は、患者さんにお薬をちゃんと使って欲しいものだ。だから飲み忘れたらそりゃあ普通に怒るし、ちゃんと飲んでくださいね、って念押しもされる。
ボクも風邪とか引いた時に、お薬とか飲まなかったら『こら、ちゃんと飲まないといけませんよ』とか普通に言われるけど……
「にしたってここまでしますぅ!?」
エクストリーム注意喚起すぎやしませんかこりゃあ!?
「鷲師父は患者さんの事を誰よりも考えているの、だから薬を飲まなかったら真剣に注意もするのよ」
「それがごく普通、みたいな顔で言わないでください!?」
……要約すれば。
あのドクター・ホークは……槍月が薬を飲んでいない事を察知して(どうして察知できたのかはもう考えない事にする)お医者様として患者さんに注意喚起する為に、自分の担当してるマフィアの拠点であるビルを、上から下まで真っすぐ直線に突っ切って突撃してきて……今の光景に、至る、という事らしい。
「ちょ、ちょっと良く分からない位にバイタリティに溢れている……! ん?」
いや、待つんだ。話を聞く限り、そもそもドクター・ホークは、この闘争の場に戦いに来た訳じゃない――とてもそうとは見えないけど――あくまで、お薬の注意をしに来ただけだ。という事は……
「……あれ?」
ちらり、と連華さんを見る。
相も変わらず師父と同じ、警戒態勢を崩さないまま、険しい顔をしているけど。なんだか師父と物凄い目配せとかしてるけど。別にそんな焦る事も無いんじゃないか。あくまで注意しに来ただけなら、普通じゃないか……いや、踏み込み方が普通じゃないけど、兎も角!
注意一つして、それで終わりなら……一体何を恐れて――
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「――ホーク殿、落ち着いて欲しいね」
「――剣星殿、俺は、至極、落ち着いているとも」
あ、漸く普通にしゃべった……っていうか、日本語お上手!? 馬師父よりも上手じゃないか。
いや、そりゃあ不思議でもないか。お医者様っていうだけ有って、頭はものすごくいいんだろうし、世界を駆けまわっているなら、色んな言葉を喋れても……あれ、と言うか。
「あなたの言いたい事は分かる。分かるが……今は、今は、出来れば」
「そうはいかん。貴方達兄弟の再会に水を差す無粋を承知してはいるが……それでも医者として、見過ごすわけにはいかない」
どうしてさっきから……ずっと、その全身の筋肉で威嚇するみたいな前傾姿勢のままなんだろうホークさんは?
いや、寧ろ、腕とか、肩とか、筋肉が更に、盛り上がってきている様な。
……あれ、なんだろう。背中が、寒い。目の前で、巨大な弓が引き絞られてるみたいな嫌な緊張感がある。おかしいな、何も危険な事はない筈なんだけど……
「――槍月」
「……」
「見つけてしまったのだ、見過ごす事は出来ない――一週間ほど、飲み忘れていたな。その量」
「あ、あぁ。いや、だが待て。ちゃんと飲む、飲むから、一旦だな」
「俺も他の重症患者にかまけて……いや、言い訳だな。謝罪する。俺がきっちりと君に指導できていればよかった――故に」
「連れて行かせてもらう」
どうしてか、その姿が、まるで――先ほど、師父が臨戦態勢を取っていた時と重なって見えて……いやこれ完全に戦う構えですよね!?
「れ、連華さん!? 注意しに来ただけですよね!?」
「そうよ……注意した上で、伯父上を連れて行くつもりよ、力づくで」
「何処に!? い、いやそもそも、力づくでなんて無理でしょう!? だって……!」
目の前の馬 槍月は世界でもトップクラスの武術家だ。
普通の人が戦うなら、戦車とかを使って漸く互角になるかどうかの圧倒的な強さ。
それを相手に、確かに物凄い逞しい体をしているとはいえ、一介のお医者様が力づくで連れて行く、なんて。どう天地がひっくり返っても――
「――鷲師父は、世界トップクラスの医者よ」
でも連華さんは、そうは思っていないようで。
その表情は、ずっと険しいままだ。
「え?」
「どんな所にも向かい、どんな治療だってしてきた――それこそ、一般人から武人に至るまで分け隔てなく。立場も何も関係なく……そうすると、どうなると思う?」
「どうなる、って……感謝される、とか?」
「それだけで終われば良かったんだけどね――見なさい」
そう言われ、指差された先は――ホーク先生の腕の辺り。
目を凝らしてみると……何か、傷の様な物が。しかも、普通に生活して負うようなタイプの傷じゃなくて、刀傷とか、そういう類の。
どうして、お医者様があんな傷を……?
「見えた?」
「は、はい。なんか、痛々しい傷が……」
「あれはね、特殊な立場にあった患者を守ったり、逆に暴れる患者を取り押さえた時についた傷よ。ああいうのが、体中に一杯ついているわ。師父は、何処にも属さず、たった一人で患者に向き合って来たから……強く、ならざるを得なかった」
「――!」
あぁ、そうか。
それこそ、映画やドラマではよくある事だ。不都合な事実を知っている病人を更に殺そうとしたり、そもそも患者さんが痛みで暴れて治療する為に鎮静化させなくちゃいけなかったり、って。
患者さんが特殊だったりする場合、そんな事だっていくらでもある。
そして、あの鋼の様な肉体は……本当に、そんな事を気にせず、『誰でも』治療する為に練り上げた、文字通りの『努力の結晶』だ。
あらゆる脅威を、身一つで退ける為に……!
「文字通り、何者にも囚われずに医術の道を邁進する為に、鷲師父は鍛錬を欠かさなかった……故にこそ、師父は辿り着いたのよ……」
「達人級という頂きに……!」
「にしたって辿り着きすぎる……!」
貴方そんな、扉が鍵かかって開かないから『破壊すればヨシ!!』みたいな力業で解決するみたいな……!?
「ともかく、鷲師父の実力は確かよ。伯父上を力で引っ張って連れて行くことも、決して不可能じゃない……」
「な、成程」
不可能じゃないんだ。い、医者の定義ってなんだろう。
いや、いやでもこの状況、それをされると……物凄い困るのではないか。
師父も、連華さんも。師父は、お兄さんを止めるために彼をずっと探していた。連華さんも、一族として彼を止める為にここにいる。
それを『お薬飲ませる為にちょっと連れて行きますので』とかお医者様に正論で殴られてそのまま連れて行こうとしたら……う~~~ん……!
「不可能じゃないのは……こ、困りますね……!?」
「そうよ、連れていかれたら困るわよ! だからさっきからパパも伯父上も、何とか鷲師父に落ち着いてもらおうとしてる……いいえ頑張ってるのはパパだけだけど。伯父上は滝みたいな汗をかいてるだけだけど」
うん、確かに槍月……いやもう槍月さんで良いかな。彼はもうなんか……親近感湧きそうな位に凄い汗かいてるしもうホークさんに何も言えなくなってる。その分、馬師父が頑張ってるみたいだ。
「取り敢えず日を改めるとかは?」
「ない」
「いやぁ……あの、おいちゃんが必ず付き添って連れて行くから」
「槍月の放浪癖は並大抵ではない。ここで捕獲して指導しなければ、後々また繰り返される可能性がある――剣星殿、貴方が俺に協力を要請したのも、その放浪癖に苦戦させられたが故だったと記憶しているが」
「ぬぐっ……!」
……そして師父が大分不利だ!! こっちもわっかりやすく汗かいて、チラチラこっち見てる!! そして多分あれは脂汗だ!! しぐれさんに追い詰められた時に流してる奴とおんなじだから分かる!! 分かりたくなかった!!
「ど、どうしましょう」
「――よし、コレでオッケー……」
「って連華さん!? 何をメールしてるんですか!?」
そんなお父さんが追い詰められている状況で、なんでか連華さんは何処からか取り出した携帯電話でメールを打って、送信していた。何を呑気な事を……と、声をかけて。しかし、連華さんは違う違う、と言いたげに手をひらひらと振った。
「あのね。師父が真っ当な方法で止まる訳ないでしょ」
「(酷い言いよう!!)」
「だから……ちょっとした切り札を呼んだのよ」
「き、切り札?」
「そう。もうちょっとしたら到着するから……取り敢えず、その人が到着するまで時間を稼げば、この場は収まるわ」
自信満々にそう言う連華さん。
だが……僕には、到底そうは思えない。
今や、目の前のホーク先生の圧力はどんどん強まって行って――二人の背中はどんどん小さくなっていってるように見える。コワイ。
時間が経てば経つほど、寧ろこっちが不利になるのではないか、なんて根拠のない不安が襲って来る位には。
「――どうしても、ダメかね」
しかし……そんな僕の目の前で、馬師父は。
大きく、呼吸を一つ入れてから――遂に、拳を握って見せた。
「ダメだ」
「……であれば、おいちゃん達も、先生の言う通り、と言う訳にもいかんね」
「だろうな。それは理解している――故に、諦めるまで、付き合おう」
そして――その拳を、ホーク先生に向け。腰を落として、再び構えを取った。
やるのか! と思ったその瞬間……大きなため息が、槍月さんの方から聞こえてきた。
「……仕方あるまい、剣星」
「梁山泊に多対一は無い……と、言いたいがね。今の彼に対して、おいちゃん一人で戦いに行くのは無謀通り越して『無礼』に当たる……兄さん」
二人の交わした言葉に、はっとする。
そう、師父に合わせるようにして――槍月さんも、ホーク先生に対して、構えを取ったのだ!!
「に、二対一!!」
なんという事だ。中国大陸全土に響く程の、中国拳法の達人二人が、たった一人を相手に手を組んだのだ!
二人の構えは、揃って見てみると、やはり何処かよく似ている気がする。先ほどまで争っていたあの景色――それを思うと、感じる。背筋がしびれる程の『宿命のライバルのドリームタッグ』感を!
凄いものを見ている……と同時に、ちょっと心配になって来る。
「え、えぇっと……ホーク先生は、これ、大丈夫なんです?」
師父と槍月さん。先ほどまで、人外の戦いを繰り広げてきた二人だ。それが組んだとなれば、一体どれだけの強さを発揮するか等、想像すらできない。しかも相手は、強い、とはいえあくまでお医者様で、一人だ。
流石に、どっちが不利かは、僕にだってわかる。
「……」
「流石にあの二人を纏めて叩き伏せるなんて――」
「無理ね」
「ですよねー……」
あぁ……なんという事ホーク先生。真っ当にお医者様をしようとしているだけなのに、タイミングの悪さでこんな悲劇が――と、そこまで考えて。
連華さんの顔が、顰め面のままな事に、気が付いた。
明らかに……二人の勝利を確信した顔じゃない。
「連華さん……?」
「でも、二人があの人の『守り』を突破できるかも怪しいわ……
それは、明らかに。師父達の事を、案じている様な顔だった――
うわぁ! 急に落ち着くな!