史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「いやぁああああああァッ!!!」
「……!!」
若い奴らが、予想を遥かに超えた動きをするのなんざ、この裏格闘場の中じゃしょっちゅうだ。命を賭けたバトルのなかで、それこそ度を越した成長するのも当たり前。だから目の前のガキ共の戦いで目を引くのは、そこじゃない。
――二人の戦い方があんまりにも、真逆に過ぎる。
「ハハッ! やっぱりィ、今までの腰抜けとはッ!」
「……ふぅ」
「一つも、二つも、三つも四つも五つもォ! 違ゥッ!!」
金髪のガキ、ジャック・ブリッジウェイ。性格もそうだが、戦い方もぶっ飛んでる。あの女の戦い方には、防御ってもんが殆ど無い。
触られるの自体を嫌ってるって言うか。防ぐくらいなら攻撃、攻撃、攻撃で徹底的に相手を封殺する。どうしようもない時はあっさりと退く。徹底的に相手のペースに持ち込ませない戦い方だ。自分を見せて、見せて、見せて、徹底して自分だけを見せつける。相手は一切見ない。あそこ迄自分本位なのも珍しい。
「ホラァ!! ホラホラァ!! ホラッ!! ホラァ!!!」
「やはり、治療を、施す、べきだったか」
「んなもんゥ、しィんでもォ!! お断りィ!!!」
が、もう一人も大概だ。ウチの救護担当だ。一応、死なないだけ最低限の治療して放り出す為の、保険で雇っただけのアルバイト。
それが、的確に治療できるだけの、想像を遥かに超えた専門の知識と、タガが外れて暴れる馬鹿野郎まで、なんなく抑え込むそれだけのパワーを持ってる。それをアルバイトの料金で雇えてるんだから、とんだ拾い物……くらいの積りで。
したらだ。
いま目の前で暴れてる女の、鉄砲水見てぇな連続の蹴りに、ずっと付き合ってる。アイツの自分本位の戦いに、馬鹿みたく付き合ってる。というか、あの女のペースを崩す積りなんざない。全部、受けてる。
あの女とは真逆、どころか。そもそもアイツに攻撃しようって言う発想が無い。払って払って払って、どうしようもなくても無理に防がない。受ける。受けて、構いもしない。
正直大きな誤算だ。こんなエラいのがウチに居たなんざ。
「あの時よりィ、強く、なってるゥ、わねェ!! けどォ!!」
「……」
「ぜェんッ!! ゼンッ!! アタシのッ!! 成長にッ!! 追いついてッ!! 無いィ、無い無いないないないナイナイナイナイナイナイィィィィイイイイッッ!!」
だが。それでも。
見た所、あの女の方が腕利きだ。蹴りだけに集中したあの動きは、もう正直完成されてると言っていい。あんな戦いにくい靴なんざ、と思って居たが。ヒールの踵は正確無比に選手の体を貫いてやがったし。しかも、いま目の前でヒールの踵の細さを利用して大胆な重心移動までしてやがる。
ヒールの不安定さを利用した、筋肉だけじゃどう足掻いても出来ない、あのスピードの素早い重心移動。女とは思えないあり得ない威力の蹴りの秘密は、それだ。
普通、あんな靴、殴りあいには邪魔って事ぐらいシロウトだってわかる。だが、その不利を有利に昇華させやがったあの動きは。相当な修羅場をくぐって完成させたんだろう。
「――進行、している、な」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」
イってる。
こういう所に潜るアウトローとしての才能だ。ありゃあ。ある程度、ぶっ飛んでる奴じゃねぇと一線を越える事は出来ねぇって聞くが。あんな戦い方を成立させるだけ、アイツは自分のスタイルに、イカレたこだわりを持ってんだ。
全くもってあの女に、実力を疑う所はない。正直、アイツ相手じゃ、この格闘場の殆どの奴が霞む――例外は居るが。
が、先ず間違いなくあの医療スタッフは殺される。
凄いスピードで、削られてるのが分かる。ピンヒールって言う凶器で、四方八方から殴打されて、ブロックで精一杯。マトモに反撃すら出来てねぇ。
「アンタから受けたァ屈辱ゥ……忘れたことは無かったァ!! 一年以上ォ!! アンタを仕留める為だけにィ、費やしたァ!! ムシャSYUGYOって奴ゥ!!」
「ぐっ……」
「でもねェ! 感謝もしてるのよォ!? これでもォ!!」
あの笑い方が証拠。人を蹴る時に、あんな恍惚とした笑いが出来るなんざ。居るんだ。偶に。イってる奴の中でも、更に深い所に潜っちまうやつが。俺にはなれなかった。戦いってもんの深淵に魅入られた『シリアルキラー』。
あの女は、多分それだ。
「そら、コレが修行の成果って奴よォ――
「ぬぅっ!?」
あの、『傷つける為だけの攻撃』相手じゃ、生半可な防御じゃもう持ちやしねぇ。
体全体、広範囲を覆うピンヒールの蹴り。本当に散弾みたいな破壊力だ。ハゲガキも眉間を顰めて、耐えていやがるが……さっきまでの奴らを倒した一発なんざ、遊びも遊びだったんだ。そら、その真正面からヒールの踵、防げねぇだろう。その腕じゃ。
「……っ!!」
「先ずは、ワンヒットォ!!!」
ガード粉砕。底からのがら空きの場所に……入った。渾身の回し蹴り。ヒールのピンが胴体、しかもソーラープレキサスで直撃。くの字に折れた。もう、立て直せねぇ。ぐらついてそのまま、膝を突いちまった。
良い一発だ。こうなっちまえば、もう後は潰そうが嬲ろうが、反撃もままならねぇ。こういう裏格闘場で一番客が喜ぶ瞬間でもある。
「――」
「っふゥ……漸く、崩れェてくれたわァ? 良いわァ、こういう瞬間をォねェ、私ィは、待ってたのよォ!!」
更に一発。鼻っ柱につま先。流石にへし折れちゃいないようだが……鼻血吹いて、結構ぐらついてやがる。もう何発か良いのが入れば意識も飛ぶ。もうそうなれば、完全に処刑時。あんな蹴りを喰らっても、後ろに倒れないその根性は褒めてやるが。
「漸くよォ……待ってェ、たわァ……!!」
「……っ……は、ぁ」
「なんでェ、こんなにアンタに拘るかァ……分かるゥ……? ねェ……聞いてるのォ!?」
更に、一発。今度は腹に。前に崩れ落ちた頭の顎を、足先でキャッチ。そのままゆっくりと上を向かせるジャック。その顔は……明らかに愉悦と、歓喜で歪んでいた。あの男に、一体どんな思いをあの女が抱いているのか。想像もできない。
だが……相当だ。この表情は。
「私ねェ? アンタに負けてェ、屈辱で一杯だったのォ。もう、頭の中ァ、ぐっちゃぐちゃだったのよォ。アンタの所為でェ。どうして私、こんな事してるんだろ……ってねェ?」
「……」
「考えてみたのよォ。どうしてェ、私がァ、あんな事をォしようと思ったのかァ……それでェ、思い出したわァ」
その視線は……熱に浮かされた様に蕩けている。ただし、その瞳の奥は、濁ってやがる。泥みてぇに。いや、ありゃあ泥って言うより、沼か。何物をも捕まえて逃がさない、底なしの泥沼。深いうえに、絡みついて、逃がさねぇ。
「私ィ、潰すのが好きだった……けどォ、その根っこのォ、理由はァ。私が綺麗だってェ実感するゥ為だったのよォ」
「……美し……さ、を」
「そう。私にとってはァ。美しいィ、ってことはァ大切な、事だったのよォ。何せェ、二つの意味をォ、持ち合わせてたからァ!」
どんな感情か、なんざ断定できない。
分からねぇくらい、混ざり合って、好き勝手に渦を巻いてやがる。暗い思いが、ぐるぐると。アレを真正面から見る勇気は、今この場の誰にもねぇだろう。間違いなく、持っていかれる。何かを。
「私はねェ。カラテを習ってた時にィ。『君の型は美しいね』って褒めてェ、貰ってたのよォ。私がァ、よりィ、空手を上手になればァ……褒めて貰える数はァ、増えたわァ」
「……」
「その時ィ、私、気付いちゃったのォ……」
「『美しい』は『強い』。『強い』は『美しい』、なんだってェ」
ベロリ、と舌を突き出す顔は……もはや愉悦や歓喜と呼べるものでもねぇ。歪んで、人を威圧するような。無理矢理に表現するなら、『暴力的な笑み』といった所か。
「アタシがァ!! 強ければァ! 強いって事をォ! 実感できればァ! 美しくなれるゥのよォ! アタシはァ!!」
「そ……んな……理屈」
「タマを潰されてェ、不細工に歪むゥ、男共の顔がァ、私の美しさをォ、とってもォ、際立たせるのよォ!!」
更に胸板に一発。一発一発打ち込むごとに、口がドンドン裂けて行ってるようにも見える。
「……それ、が」
「そう……それがァ、全部の始まりィ。まァアンタにィ、邪魔されたけどォねェ!」
「ガッ……」
側頭部に一発。スキンヘッドが横に吹っ飛ぶ。
「あんたみたいなァ、飛び切りの不細工にィ、邪魔されたって言う事実は……払拭しないとならないのよォ!」
「……ッ……」
「私が、もう一度ォ、輝く為にはァねェ?」
顎に一発。
「……今日、ここにィ来たのはァ、元の私をォ、取り戻すためェ」
「とり……もどす……」
「アンタにィ、負けたまんまじゃァ、美しさもォクソも無い。アンタにィ、負けた事実をォ、飛び切り不細工に負けるゥ、アンタの姿で上書きしてェ!!」
額に一発。
「あの時のォ、借りを返してェ!!」
「ぐっ……!」
額に、もう一発。
「私の理想をォ!! 取り返す為にィ!!」
「う……が……」
胸板の中心に、一発。更に、続けて肩口にもう一発。
「アンタには……自分が無力ゥ、って事をォ、覚えてェ、貰わないとォ!」
「……」
……もう、ハゲガキの顔はほぼ血で真っ赤だ。なんで生きてるのか、不思議になってくるくらい。
もう完全にジャックのペース。一旦ペースを握られちまった後は覆すのが難しいとはいえ。ここまで一方的になるとは。正直、良い拾い物をしたと思ったが、あのガキもここまでらしい。壊されて終わりだ。
それにしても、ジャックの奴は中々の腕前だ。ここで戦う選手になってくれりゃあどれだけ稼げるか……まぁ、ああやって人を煽るのが、玉に瑕だろうか?
「治療ゥ? ふざけた事ォ、言ってくれてェ……アンタにィ、誰かを助けられるとでもォ! 思ってんのかしらァ!?」
「――!」
「アンタはァ、だァれも助けらんなぁい!! こうやって、アンタと同じ様にィ、惨めに潰れてェ、いくのをォ、目にする事しか出来ないのよォ!! 分かったでしょォ! こうやって今ァ、私の足元ォにィ、這いつくばってェるんだからァ!!!」
――そう思うのが普通だ。
俺だって、そう思ってた。こっからの逆転は無い。大振りの、だが渾身の力が込められた一発で、マットに沈む。そんな未来が、見えていた。
だってそうだろう。見るからに血塗れ。立ち上がる力なんて残ってない。
もうほぼ死人みたいなもんだ。
「……くう」
「――あァ?」
「救う。絶対に。出来る、出来ないではない……決まっている」
「ッ、減らず口を……その口を潰してェ!!」
だから正直、目を疑った。
振り下ろされるヒール。上から踏み潰すみたいなその足に対して、ハゲガキが掴みかかったのを見て。ましてや、その足を掴んで、止めて見せたのを見て。一体何処にそんな力が残っていたのか、と。
「――ッ!?」
「そう決めた。何処までも行くと決めた」
「コイツゥ……!?」
「故に……今から――要治療患者、ジャック・ブリッジウェイ」
「君の治療を、開始する」
自分で書いてて『あれっ? コイツジュナザードお爺ちゃんとどっこいくらい頭おかしい奴じゃないか?』って思うこのメスガキ。もうメスガキではなくMESUGAKIと化している気がしないでもない。