史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「……引きずられてますね、槍月さん」
「まぁ、流石に事ここに至って、抵抗する気にはなれないんでしょ……」
あの後。
全員揃って、ビルの裏口から出てくるその間――槍月さんはずっと、石膏の像みたいにピクリとも動かず、顔を青くしたままで、大人しくしていた。その様子が借りてきた猫のようにも見えて……いや、猫っていうか、ネコ科の猛獣だろうけど。
一方の師父はと言えば。
「いやー、ホーク殿、相も変わらずお強いね。また腕を上げたかね」
「いえ。剣星殿に褒められるようなものではありません。医者の下手の横好き、程度の代物です」
「それでおいちゃん達は抑え込まれてるんだから、世話ないねー」
最早自分はまきこまれないと悟って大分気楽そうにしてらっしゃる。さっきまで物凄いシリアスな顔をしていたというのに、もうすっかり元の師父に戻ってしまった。それを槍月さんは若干恨めしい顔をして見つめている……が、両脇を屈強な達人二人に固められてしまっては、最早動けないようで、ため息を一つ零すしか出来ない。
なんだかその景色が、とてもほのぼのしたモノに見えて、少し笑ってしまいそうになったけど……でも笑っている場合ではないのも、確かだ。
「……一応、確認するけど……引き渡してくれはせんね?」
「俺は医者ですので。何方にも与さず、患者の面倒を見る……此度の事も、その範囲。俺の見ている範囲の外なら兎も角、俺が見ている範囲で、患者がいるのであれば――たとえ貴方達が相手だろうと、国が相手だろうと、世界が相手であろうと」
……本来。
槍月さんは、師父がその手で捕らえなければならない……筈の人なんだと思う。
だけど、それは出来なかった。いや……ホーク先生が、させなかった、って言うのが正しいだろうか。患者として、槍月さんを預かる、という主張は結局最後まで、曲がらなかったのだから。
ビルの裏口の向こう、人気の無い道の真ん中で……師父とホーク先生は、改めて向かい合う。
「渡さない、か……うん。いっそ気持ちが良い位に真っすぐね、貴方は」
「……すみません、剣星殿。私も、先生がこう言うのであれば」
「いやいや、お二人の信念をどうこうは言えんね。おいちゃんも、一応は医術に関わる人間。ホーク先生のその信念は……寧ろ、見習わなければならない程に、崇高なものだと思うよ」
……ちらり、と連華さんを見る。
悔しい、というか。納得できない、というか。そんな顔をしている。
連華さんにとっては、馬 槍月と言う人間をこのまま連れていかれてしまうのは……どうしても、頷けることではない。
でも……そんな表情になる。その理由も、僕は分かる。だって……ホーク先生の言う言葉は、正に理想そのものだ。善悪の立場関係なく、治療の必要があるならば。個人の感情関係なく、医者として、患者さんと話す必要がある機会だから、話す。
その時ばかりは如何なる干渉をも寄せ付けない。それが罪人であろうと、如何に憎しみを抱かれている人だろうと……裏社会に生きる達人であろうと。伸ばされた『正義』の手すら跳ねのけて。先ずは『治療』を先決させる。
その理想を胸に、曲がらない。折れない。突き進む。
梁山泊の師匠方、そして谷本君もそうだった……決して折れない信念。その塊のような人だ。そんな人の理想と信念、二つの大きな柱を崩すだけの何かを……連華さんも、当然僕だって持ってない。
「……今回は、おいちゃんの根負けね」
「申し訳ない」
そして……師父はその二つを打ち崩すだけの覚悟を持って挑んだはずだけど。
結局二つの柱を砕く事は出来ず、こうして……お兄さんの事をちゃんと止める事も、出来ずに終っている。
でも、それが悔しいとか。
なんか、そんなマイナスな方向の感想を抱いている訳じゃない。寧ろ、本当に凄いと思ったんだ。
周りがなんて言おうと、ただ自分の道を信じて進む『強さ』と言うモノを、見せつけられた気がした。それは……僕が目指すものに、通じる気がした。
周りが見て見ぬふりをする悪から、周りの誰かを守れるだけの力。
周りがどうであろうと、降りかかる理不尽に『待った』と言えるだけの力。
間違っているなら、間違っていると、真正面から言える力……いや違う。間違っていると、相手に言いながら、涼しい顔で全てを跳ね除けるだけの、圧倒的な――護身の極!
僕の目指しているその先とは、明確には少しずれているかもしれないけど。学ぶものは多くある気がした。
「……」
「どうしたね?」
「いや――それよりも剣星殿。何を良い風の話で終わらせようとしている。貴方にも言いたい事は有るのだが」
「え゛」
そう! あんな風にいきなり会話を寸断する胆力とか……は、明確には違う気もするけれども! ちゃんと言いたい事を言えるっていう点で、見習う……べきなんだろうか。
うぅ~ん。凄い人ではあるんだけど、よくよく考えてみると師匠方以上の大変人な事は間違いないんだよなぁ……ビルだって普通に登ればいいものを、本当に下から『斜め』に一直線に突っ込んで来たって言うしなぁ。
「連華ちゃんの事だ。態々貴方を探してここまで来ているのだぞ。故郷を離れて。まだ若い彼女にそれがどれだけの負担か、分からない訳でもあるまい」
「あー、いやそれは……ううん、本当に、反省と言うか……」
「俺にまで相談しに来ていたんだぞ」
「嘘ォ!?」
いやでも、連華さんだって頼れる人だって言ってるし……今も、ちゃんと連華さんに相談された事で師父を大上段から問い詰めてるし。
「……」
「あ、その、連華……申し訳ないとは思ってるね。けど……おいちゃんも、ここで弟子を取ったのだから、それを投げ捨てるような真似は――」
「はぁ……(ちらり)」
……ん? あの、連華さん。どうして此方を見るんです? あの、師父の事に関しては僕には責任はないかと思いますけれども。
「……別に、今すぐ帰れ、なんて言わないけど。でもね、母さんに一度、事情を説明しに戻るくらいはして良いんじゃないですか?」
「う゛」
「その後だったら、まぁ……別に? なんか、へんてこな育ち方してるけど? それなりには? 真面目な弟子みたいですし? 私もちょっとくらい、姉弟子として力貸す位はやぶさかじゃないかなぁ、とは思うけど?」
「え゛」
おっといかんぞ話がこっちに飛び火してる青少年が強さの先を見つめ直すちょっとイイ感じの展開が一気に不穏な方向になってますけれども???
事態の急展開に、思わず師父と目を合わせる。
気持ちはありがたいのだけれども。このパワフルなお嬢さんに毎日扱かれるのか、と考えると……ちょっと青少年のリビドーよりも生命的な危機が勝って来るんですけれど!!
互いに、揃って頷く。師父が帰る一件は兎も角、梁山泊に連華さんが入り浸るのはちょっと、師父と僕にとって互いにマズい。
しかし師父はホーク先生に抑え込まえれている。ならば動けるのは僕だ!
「あ、いや連華さん――」
「おぉ、良いじゃないかケンイチ君! 組手相手は多ければ多い程良い! 連華さんは若くして有望な武術家の卵、学ぶことも多いだろう! 是非、力をお借りするべきだ!」
そしてぼくもなにもいえませんでした。
メナングさんに力強く言われて、思わず地面に崩れ落ちる師父と僕。うん。もうそんな言い方されたら、その……何も言えないじゃないか。ここで断ったら僕は武術家の端くれですらなくなってしまう。だって全部メリットなんだもん……武術家として。
「……ママには、一か月以内に会いに行くね……」
「え? あ、そう? 何そんなあっさり」
「ここまで来たら潔く行こうかと思っただけね……」
……結果として。
勝ったのは連華さん、ホーク先生、メナングさんの三人。馬兄弟と僕は、見事に負け側に分類される事となりました……はは……まぁ、今日の経験が、何かしらの糧になればいいかなぁ、とポジティブに……
「――ケンイチ君、と言ったね」
「……はい?」
ふと、名を呼ばれて。
振り向き気味に顔を上げると……ホーク先生が、此方を見ている。
さっきちらっと視線を合わせただけで。ちゃんと目を合わせて話をするのは、これが初めてだろうか。
「武術を学んでいると聞いている」
「あ、はい」
「――であるならば、コレを」
そんなホーク先生が取り出して、此方に投げたのは……一枚の、メモ用紙だった。
綺麗に此方の頭の上に乗ったソレを、手に取って見てみると、そこに書いてあったのは沢山の……食材の名前だった。
「これって」
「『君の』身体づくりの為に有用な食材のリストだ。梁山泊の経済事情から考えて、負担にならない丁度いいものをリストアップしてある」
「えっ!?」
そう言われ、リストをもう一回見てみる。少なくとも、数十種類の名前が並ぶそのリストは……僅かに指に付いた黒いインクから、今さっき書かれたものである事が分かりやすかった。まさか、今さっきビルから出る間に、書き上げたのか……!?
師父にちらりと見せると、ゆっくりと頷くのが見える。どうやら『マジ』らしい。改めて、そのリストを見て、目を丸くしている僕に、ホーク先生は続けた。
「それらを使ったメニューに関しては、メナングに聞いてみてくれ。俺はそちら方向は理論ばかりの頭でっかちでな。実践を踏んでいる彼の方が、活かしてくれるだろう」
「――はいはい。後で美羽君と相談して、梁山泊の献立に組み込んでみます」
少し呆れたように笑いながらメナングさんは、ホーク先生を見てる。
シレっと言いながら、『そら、行くぞ』なんて言って、立ち去ろうとしている。二人とも全然『当然』みたいな態度しているけれど、絶対それで流していい事じゃない。
思わず、立ち去ろうとするその背に手を伸ばして、口を開いていた。
「あ、あのっ! ありがたいん、ですけれども……どうして?」
貴重な知識の筈だ。お金を払っても良い位の知識の筈なのに。初対面同然、他人も同然の僕に対して。ほぼタダ同然で……
呼び止められて、ホーク先生は此方に振り返って。何でもない事のように、語り出す。
「――武術を真剣に学びたい、というのは、先ほどの事で把握した」
「は、はい」
「武術を学ぶのであれば、身体づくりは必要になって来るだろう。それならば……俺にとっては今の君も『患者』だ。今は時間がないから、それしか出来ないが」
「真剣な患者がいるなら、医者は
その瞳は、一分もブレない。
射貫くように、此方を見つめている。
鷲のように鋭いけど――怖くはない。真剣で、背筋を、ピンと伸ばしたくなるようなそんな瞳だけど……やっぱり、此方を見守るような、優しさがにじむ。
「武術と言うのは、得てして身体を酷使するものだ――『お大事に』、な」
……くるり、と背を向けて。暗がりの方へ向けて、ホーク先生は歩き出す。槍月さんを取っ捕まえて。メナングさんも、此方に軽く頭を下げてから、その後に続いていく。
その背が、黒い闇の中に消えていくまで。ずっと見ている。
ふと、背を軽く叩かれた。
「連華さん」
「……悪い人じゃなかったでしょ?」
そう、ちょっと困ったように笑う連華さん。
思い出す。最初から最後まで、インパクトの塊のようなお医者さんを。考えてみれば、彼は最初から最後まで、マフィアの本拠地だとか、二対一の状況だとか、色々な複雑な事情とか。
そんな事は一切気にせず、ただ只管に『患者さん』の事だけを考えていた。
掌のメモを見つめる。走り書きだけど、読みやすく書かれた文字だ。
それを、くしゃくしゃにならない様に丁寧にポケットに仕舞ってから、軽く、頷いて。連華さんの方に身体ごと向き直った。
「……あの、連華さん」
「何?」
「もし、本当に鍛えてくれるなら……その時は、よろしくお願いします!!」
出来るだけ綺麗な姿勢で、頭を下げる。真剣さが、伝わる様にと。
大きなものを、今日で得た。それを糧に、大きくなってみたい、と……なんだか、普段よりも、変にやる気になっていた。
「……うん。任せなさいな。精々、立派になる様に扱いてあげる!」
「連華、ケンちゃんのお師匠おいちゃんね……あれ?」
「連華……顔、ちょっと赤くないかね?」
「うん。やはり似ていたな」
「似ていた、ですか?」
「うん。あの日、共に船出をした君の瞳にそっくりだったよ。何かに真剣に取り組もうと決めた、若木の、輝かしい、ね」
「……あ、あんなキラキラした目をしていましたっけ?」
「していたとも。懐かしくなってね。つい、真剣勝負の最中だというのに、節介などしてしまった。武術家でもない癖にな」
「ふん、空気を読んだ事は、感謝して欲しいものだがな」
「それはそれ、これはこれだ」
「ぐっ……」
二天閻羅王に関しては出すつもりはありませんでした(告白)
あ、本当にもうちょっとだけですが続きます。