史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――しかし、私が来た時に、外の人達に『契約満了で即解除は幾らなんでももうちょっとこう……あるだろうが!』と詰め寄られましたけど、先生、何か心当たりは?」
「いや、そう言われてもな。私としては、二人の衝突で、中華街に何らかの致命的な被害が出ると思っていたモノだから、その時の為に自由に動けるように契約期間を短めに見積もっていただけなのだが……」
――しゅたん たっ
いや、本当に。
剣星殿の行動力から考えて、多分この辺りに襲来するんだろうなぁ……と言う位に初めから契約期間は設定しておいたのだ。のだが、しかしながらあの反応からして、かなり長期間の契約になると思っていた、らしい。
契約期間が終わった事を伝えたら、いきなり『足切りとはどういう事だ!?』と言われて驚いた。契約書を見せたら顎が外れんばかりに向こうが驚いていたのだが……
「……それ、しっかり書いてました?」
「あぁ。ちゃんと書類の中に書いておいた。なんでか『他がみっちり書かれ過ぎて逆に目立たねぇんだよ!!』と叩きつけられたが」
――がしっ くるん ひゅぅん
……なんでそんな微妙な視線で俺を見るんだ。そんな風に見られるいわれはないぞ。ちゃんと契約内容も全部書いてあっただろうに。自分なりに誠実に契約書を書いただけなんだが。それで契約違反だ、と言われても寧ろ俺が困る。
「……まぁ、先生に非は無いですけれども。些か哀れではありますね」
「信頼していた医者が突如として居なくなった事で組織の士気が落ちた。そこで、白眉に詰められたと来た。壊滅も止む無しと言う奴だ」
そこまで責任は持てん、医者の仕事ではない。
とはいえ、そうなっても大丈夫なように、その後の仕事の事とか考えて身体を頑丈に作るように色々指導していたんだ、後のケアまで丁寧にやっていたんだぞ。患者の為に全力を尽くすのは医者の仕事だからな。
……正直、もう少し面倒を見たかったところではある。具体的には、連華ちゃん達に殴り倒された彼らの事を。一応、最小限の手当てと、ケアの仕方は伝えたが、最寄りの病院くらいまでは紹介してやりたかった。とはいえ……この後の仕事との兼ね合いもある。
「……それで?」
「それで、とは」
「どれほどで着く。そろそろお前の猿染みた変態軌道も見慣れて来たぞ」
「そんな変ですか?」
「貴様はもう何度こんな姿を見ているんだろうな……普通、木の枝につかまってグルンと回転しながら勢いをつける動きをするのはそうは無いぞ」
……何せ、槍月が若干うんざりする程の距離を、徒歩で移動している。様々な理由があって、徒歩を選択しているのだが、まぁそのおかげで、時間を取られている。
「……もう直ぐだ。少なくとも、宮城県よりは上に到着しただろう」
「奥羽山脈、だったか」
「うん。どうやら、彼女も自分独自の修行場所を持っているらしくてな――」
横浜中華街より。
依頼によって呼びつけられた場所は、関東……を更に超えてその先、日本列島は東北地方の、その中心を縦断する、日本屈指の山岳地帯。
今だ多くの未開の地が残る古き土地――奥羽山脈である。
「いましたね、熊」
「中々の大きさだったな」
「あの模様は。恐らくはツキノワグマだろうな。それにしても大きかったが」
「もうちょい何かありませんか!? 何か!」
……そんな必死に叫ばなくても、日本の中でも、自然が特に多く残る奥羽山脈なのだから、熊の一頭くらいならいるだろうに。至極当たり前の事に対して他にどんな感想を抱けというのだろうか。熊は熊でしかないぞ。
ふぅむ……もしやメナングは南国出身だからか、熊と言う生き物を見るのが珍しいのだろうか。とするならば興奮するのは分からないでもないが。しかしこういう山中に踏み込むのも珍しくはないし、熊くらい見た事もありそうなものだが……
「はぁ……まぁそんな事気にする人だったら、こんな山奥の秘境まで来ないか……しかし本当に建ってますね、コテージ」
「写真の通りの建物で安心した。直ぐに見つけられた」
そんな熊などが生息する程の山奥、木々生い茂る中腹辺り、辛うじて斜面になっていない程度には平場とは呼べないその場所に、獣道の交わるその一点を潰すように、依頼人の滞在しているコテージは建っていた。
鬱蒼とする自然の中に、突如として現れた人間の文明。
逆に、そのコテージの周り以外に一切の文明の跡は無し。その建物だけが、サンドボックスゲームで作ったが如く、突如として現れたようにすら見える唐突さ。
ああ見えて、自家発電なども出来て、一応インフラが無くても生活できるように整備はされているらしいが……
その辺りだけは彼女らしいというか。山に踏み入ったり、下山して食料を買って、再び上り直すのはさしたる苦ではなくとも、地面で寝る事だけは耐えられないらしい。
だが、此方にとってはありがたい。患者を診察するなら、落ち着いて話せる室内が一番だ。外でも出来ない事は無いが、やはり清潔を保てる場所ならそれに越したことは無い。
その患者も、槍月の事も、纏めてあの中で済ませられるというものだ。
「……しかし、意外だったな」
「何がだ」
「お前が、アレと知り合いだった事。そして……アレが弟子を取ったという事だ。自分の修行場に連れ込んで、貴様を呼びつけるなどと、随分と真っ当な指導をしている。聞いている噂とは、まるで印象が重ならん」
……それは、俺自身も思う。
意外と言えば、意外だ。
彼女が俺を呼びつける事は、それなりにある。曰く、『表の医者には掛かり辛い、裏の医者は信用できる奴が居ない、忌々しいが、自然とお前に頼る事になる』との事で。故にこうして依頼を受ける事自体は、不思議でも何でもないのだが。
今回の一件……俺が診る患者は『彼女』ではなかった。依頼の文面には、『弟子の調子を見て欲しい』と書かれていた。
二重の意味で驚いた。彼女が弟子を取る等と言う事をするのが想像もつかなかったというのもあるし、そもそも、その弟子の健康診断を頼む、等と。
「――だが、考えてみれば不思議ではないのだろう」
「何がだ」
「彼女は、真っ当ではないが、『プロ』ではある。何事にも、下手な妥協はしない。弟子の育成一つとっても、『プロ』の仕事をするつもりなのではないか?」
「成程。そう言う意識はあるのか」
横にならんで歩く槍月も、俺の言葉に納得した様子ではあった。
「確かに、奴は武術家の中でも特に仕事に徹するタイプではある。闇の勢力同士での潰し合いの中で、奴の名を聞く事も多い。それは、依頼等を過不足なく、キッチリと終わらせる故に信用が置かれているのだろう」
「一種の完璧主義とも言えるな。『美しい』という自らの基準に置いて、生中なやり方をするのは、彼女自身が許さないのだろうよ――」
「――ちょっとォ、私のォ、パーソナルでェ、友情深めるのは止めてくれるゥ?」
……降って来るように。声が聞こえる。
上を見上げると……何時の間にか、コテージの上に一人、女が立っている。
カーディガンの上から、軽く羽織ったロングコート。しなやかに鍛え上げられたその足を見せつけるようなミニスカートと、嫌でも目に付く……血のように真っ赤なヒール。後ろで緩く纏められたブロンズの髪。
何時ものドレス姿とは違う、一応山籠もりスタイル、という事か。
「――ブリッジウェイ。来たぞ」
「ハァイ、お疲れ様ァ……なんだけどォ、ごめんなさいねェ、Mr.槍月。貴方にはおかえり願えないかしらァ?」
「……何?」
見下ろしながらそう言って――彼女は、軽く跳躍して、俺の前に降り立ってから、しっし、と虫でも払うようなジェスチャーを見せた。
「一応ゥ? 弟子を育ててるからねェ……部外者はァ、出来るだけェ、排除したいのよォ」
「……それは出来かねる。今の彼は俺の患者だ。彼をここで放り出すのは――」
「それにィ……こんな極上のエ・モ・ノ♡ 一緒に居たらァ……ちょォっと、我慢できそうにないしィ?」
ジロリ、とその瞳が此方を捉える。
欲望にぎらつく瞳は、実に彼女らしい……が、それは、まるで透明の硝子の奥に押し込まれるようにして、暴れ出さない様に封じられていた。
「君の事だ……達人同士の戦いは、弟子にいい影響を与える――とでも言って、戦うと思っていたが」
「あらァ、それも織り込み済みでェ、連れて来たってェ? 強かになったわねェ……でもォ、ざァんねん。これでも弟子の育成は、キッチリィ、やるつもりだしィ? 今は時期尚早って奴よォ」
……槍月の診察に関しては、俺は必要な事だと思っている。だがしかし、彼女にとっては俺の事情は当然ながら関係ない事だろう。優先するべきは弟子の育成。
故に、彼女の依頼を考えて、メリットになる要素としても考えて、そこから槍月が同行するのを認めさせるつもりであったのだが……彼女のプロ意識と言うモノを、些か以上に侮っていたか。認識を修正する必要がある。
非常に、非情に、心残りだが……どうやら、ここで槍月を逃がすしかないらしい。くるりと振り返ると、珍しく、悪戯っ子のようににやにやと笑う槍月の姿が見えた。
「――当てが外れたな?」
「……ハァ……良いか、絶対に治療を受けに来るんだぞ……良いな」
「ククッ……まぁ、善処はするさ」
如何にしてホモ君は槍月師父を取り逃がす結果となったか。