史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

113 / 143
断章:とある達人のプロ意識 後編

「――彼か?」

「そォ」

 

 コテージの中は……かなり綺麗に整頓されていた。床に埃らしきものは見えない。窓も目立った曇りなし。隅々まで掃除が行き届いているのは見て分かる上に、現代人が生活するのに、最低限困らないだけの家電もコンパクトに一か所に纏めておかれていて、清潔感に溢れた空間に仕上がっている。

 

 ……故に、一点。

 コテージの壁に寄り掛かって座っているその姿が、完全な異物と化している。

 シャツの上からボロボロのジャケットを羽織り、そしてボロボロの半ズボンを辛うじて着ている、と言う凄惨な有様で、白目を剥いて崩れ落ちている少年は余りにも目立っていた。

後ろの女に徹底的に扱かれたのだろう事は分かりやすかった。

 

「随分と追い込んだな」

「そこそこォ、やれそうな子だったしィ? 張り切って見ましたァ」

「ふむ……古賀太一君だったな。では、失礼する」

 

 取り敢えず、具合を確かめるために、一歩踏み込んでみる。

 反応は無し。想定通り。少年の目の前にしゃがみこんでから、口元に手を当てる。確認完了。立ち上がって……ブリッジウェイに向けて振り返った。

 

「――ほぼかすり傷、命に至る、または武術の致命になりそうな傷も無し。倒れているのは単純な疲労だな。とはいえ、適切な処置をして睡眠を取れば明日には全快出来る」

 

 取り敢えず、確認できた範囲で報告。といっても、凡そは間違っていないだろう。詳細な確認は後でやるとして……先ずは。

 

「治療に入るが構わんな」

「寧ろォ、それで呼んでるんだからァ……さっさとやれやハゲ」

「俺に頼みごとをするのが気に入らないのは分かるが殺気を収めろ。先程の言葉を即座に翻すつもりか」

 

 ……全く、相も変わらず尖った性格をしている。

 取り敢えずは、持っていた鞄を下ろし、後ろのメナングに手で合図をしておく。彼の持っている鞄にも、必要なモノは詰め込んでいるので、その準備をして貰うためだ。

とはいえ、流石に向こうの鞄の中身まで必要になるかは微妙な所だが、万が一にも可能性があるならば準備しておくに越したことはない。

 

「んでェ? どうなのォ?」

「ふむ、それは、君の弟子の具合と言うべきか。それとも――追い込み具合が適正であるかの確認、と言うべきか?」

「……ホントぉ。話が早すぎてェ……ムカつくわァ、アンタ」

「誉め言葉として受け取っておこう。限界二歩手前、と言ったところか。精神にもギリギリ余裕が出来る範囲、実に見事な仕事だ」

 

 話が早いに越したことはないとは思うのだが。まぁ、今はそこではないか。

 違和感は有った。依頼の文面からして『弟子の調子を見ろ』であった事。何時ものように『傷を治せ』とかではなく。

 そしてその違和感を覚えていた所で……先ほどの彼女は、弟子の前で、達人同士の殴り合いを時期尚早と言う程に、かなり育成の仕方には神経をとがらせていると来た。

 

 ここまで来て、自分が呼ばれた理由に気が付かないのは、流石に察しが悪いというしかないだろう。

 

「――優れたスポーツ選手には、専任の医師が付く事もある。彼らは選手の健康状態を確認すると同時に、トレーニングの具合が過剰ではないか、その辺りまでチェックする事もある。俺を呼びつけたのは、その為だろう」

「……流石にィ? 弟子育てるなんてェ……初めてだしィ? 万が一って事もォ、あるじゃないィ? 業腹でェ、屈辱だけどォ、こういうのを依頼できるゥ、一番信頼できる医者はァ、アンタしか知らないのよォ」

 

 俺は、沢山の依頼人に治療を依頼される。それは……裏の達人にとって、自分の身体そのものが、秘伝である事もあるからである。

 昔の刀鍛冶は、刀を冷やす水の温度を盗むために、師の使う水の桶に手を入れた挙句にその腕を斬り飛ばされる事もあったという。それと同じように、達人にとっては、自らの肉体と言うのは鍛冶師の鍛え上げた刀身に同じ。秘伝の塊のようなものだ。

 

 故に、武術家の肉体と言うモノにある程度理解を示し、個人で組織的暴力にも対抗できるだけの護身術を持ち、口が堅い――と言う自覚は無いが、どうやらその部類に分類されるらしい――俺という医者は、彼らにとっては貴重な人材なのだという。

 

「実に用心深いな。弟子の鍛え方からも、自分の武術を盗まれない様に気を付けるとは」

「当たり前じゃなァい? 武術って言うのはァ……アタシ達にとってェ、全てみたいなもんなんだからァ。ま、初めての弟子ィ? 間違ってェ、潰さない様にって言うのもォ、あるけどねェ?」

 

 弟子の事を考え、そう言った人材に声をかける。やはり、やっているのはプロの仕事だとしか言いようがない。一度やる気になったならば、妥協せず、徹底的に、完璧を求めて動く。

 まぁ彼女がやる気になっているのは、別にいい。良いのだが、しかし。

 

「どうして急に、弟子育成に熱を注ぎ込むつもりになったのだね」

「……何よォ、急にィ」

 

 気になる事は有るので、素直に口にして見る。

 

「君が弟子を取る、と言うその心境の変化は、素直に気になるのだよ」

「――ふゥん? アタシにィ、興味があるってェ、事ォ?」

「これから君を治療するにあたって、データは多ければ多いほどいいというモノだ」

「……ま、でしょうねェ」

 

 ……なぜ睨まれているのだろうか。

 

「まァ、気まぐれよォ。寧ろ、それ以外にィ、あると思ったァ?」

「その気まぐれが知りたいのだよ。僅かな変化とはいえ、それを知る事は患者の理解に繋がるからな」

「……ちょっとォ、久しぶりに、イイ目をしてる子供を見てねェ。弟子ってもんにィ、興味を持ったのよォ。『美しいもの』はァ、自分でも育ててみたいしィ?」

 

 かと思えば、ケラケラと彼女は笑っている。本当に、何時まで経っても少女のように表情が豊かだ。この辺りに、彼女の治療のヒントが有ったりするのかもしれないが……まぁそれにしても、コレでもう一つ、納得もいった。

 

「だから『殺人拳』のノウハウはまだ叩き込んでいない訳か」

「――キッモ。なんで分かるわけェ?」

「指導の仕方、筋肉の付き方、そう言ったところには多くの情報が現われる。彼の身体をここまでしっかりと検査して、分からなければ俺はモグリだよ」

 

 もう何十回とやり合って、彼女の趣味嗜好は嫌と言う程理解している。そこから導き出される、彼女の弟子育成の一つの『指標』と言うモノも。

 てっきり、弟子育成は自分流に染め上げてこそ、というやり方だと思っていたが、それも思い込みに過ぎなかった。やはり、こうして面と向かって話さなければ、患者の事は理解できないか。

 

「あくまで仕込むのは『武術』だけ。何方に行くかは、自分で選択させる、か」

「……ったくゥ。コレだからアンタは殺したくなるわねェ……仕事抜きに」

「君にそこまで言わしめるとは光栄だ」

 

 ……彼女にとって、師の意志で弟子の道を歪めるのは許されない事なのだろう。

 彼女の言い方をすれば、美しいやり方ではない、と言ったところか。まぁ彼が、こうして彼女に師事しているのが彼自身の意志かと言えば、正直そこは分からない。

 

 あくまで仮定だが。彼女が、もし彼をいきなり誘拐した後で、『強くなりたい?』と選択の余地を与えるつもりで質問したとする。いきなり疾風のごとく現れ、抵抗すら許さず自分を攫って行った女武術家を相手に『NO』を突きつけられる程、男子高校生と言うモノは精神が成熟はしていないだろう、とは思う。あくまで仮定だが。

 ……まぁ今それを言っても、俺から戦いの火ぶたを切る事になるだけだ。後で改めてそこは質問するとしよう。

 

「……ま、きっかけはそれにしてもォ。結構熱心にやってるのはァ、状況のォ、変化って奴も、あるけどォ?」

「状況?」

「裏の状況よォ……知らないのォ?」

「ふむ。俺は基本、自分が気になる事以外は、調べない質だからな」

「……まァ、アンタは裏の勢力争いとかァ、気にしないわよねェ……でも、こうやって言っちゃったらァ、気にしない訳ないわよねェ。ホンット面倒ォ」

 

 よく分かっているらしい。彼女が変化する程の出来事だ、多くの患者、特に武術家の人達の事にも関わって来るだろう。聞いてしまったら話してもらわねばならない。

 

「……緒方一神斎。知ってるでしょォ」

「あぁ」

「アイツの動向は、常にチェックしててねェ? それでェ、アイツがここ最近ご執心なのがァ、なんと『弟子育成』なのよォ。自分の武術を鍛えるのにアレだけイカれきってたロクデナシがァ……なんでか分かるゥ?」

 

 そう問われ、少し考えてみるが……イマイチ分からない。

 

「最近の裏のトレンドはァ……『弟子育成』なのよォ」

「……そうなのか?」

「そォ。『闇』の動きは活発になって来てェ、その闇にとっての敵ィ……『梁山泊』への敵対意識はァ、更に膨れ上がってるのよォ。んでェ? 直接的に上回ろうとするだけじゃなくて、『弟子育成能力』でも験を競う動きもあるって訳ェ」

 

 それ故に、闇の達人の弟子育成への熱の入れようは、かなりのものとなっている。その流れに乗ったかどうかは分からないが、緒方一神斎、かの武人も独自のやり方で、弟子の育成に動き出している、という。

 

 そんな緒方が、力を入れている弟子の『育成プログラム』の一つが……

 

「――この子、タイチが所属してたァ……『ラグナレク』って不良グループよォ」

「ラグナレク……そう言えば、俺が治療していた少年たちもそんな名前だったと記憶しているが、まさか『闇』関連の組織だったとは」

「末端も末端だけどねェ――その子たちとォ、梁山泊の弟子がァ、ここ最近……ぶつかってるって訳ェ」

 

 処置をする手が、思わず止まる。

 末端、とは言ってはいるが。それでも緒方一神斎が直接指導する組織と、梁山泊の弟子、即ちは……ケンイチ君が衝突している。

 

 後ろを振り向いた。今言っている事の意味、そして状況を理解して、そして――その上で彼女は、此方に向けて、獰猛に笑っていた。俺にとっても、彼女の言葉は、決して無視できるものではなかった。

 

「危険ではないのか。ソレは」

「導火線にィ……火は付いてるかしらねェ」

 




最後にメスガキちゃんと久しぶりにイチャイチャ(広義)させてみました。

という事で、今回の更新はここまでとなります。次回投稿するかは分かりません(正直) 期待せず、更新されたらまた見て貰えればうれしいです。

最後になりますが。

ヴァイト様、カカオチョコ様、トリアーエズBRT2様、桐型枠様、もちっとした猫好き様、物書きのゴリラ様、緋色の猫様、もこみちざね様、蓮架様、ぱちぱち様、五穀米兎様、幻燈河貴様、Skazka Priskazka様、Ruin様、笠間様、典膳様、Cyclone B/W 916様、カカオチョコ様、カロナ様、亜蘭作務村様、葵原てぃー様、茶柱五徳乃夢様、ky-kyu-様、七菜生麦様

誤字報告、本当にありがとナス!!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。