史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「……ラブレターを、貰った?」
「う、うす……それで、その……」
「いや、待ってくれたまえ」
……珍しく、目の前の人が狼狽してるのに、ちょっと驚いた。
いや、俺から突拍子もない事を相談してるのは分かってる。とはいえ両親に言えるような事じゃねぇし。学校で、話せそうな友達も……少なくとも武田の奴には口が裂けても言えない。絶対に。
一応俺は世間的に不良だ。こんな事を話せる相手なんざいないが……ラブレターを貰うのなんざ初めての経験だ。相談する相手が欲しかった。
……それこそ、眉一つ動かさず、どんな話でも聞いてくれるような人が、知り合いに居るかって言うと。どうなのか……そう思っていた所で、ふと浮かぶ顔が一つ。
『――ふむ、生活習慣改善の効果が出ている。よく頑張っているな。ウキタくん』
個人的に食事について、何度も何度もアドバイスを貰ってる。つーか、お陰で普段の食生活どころか、生活習慣にまで口出し貰ってる。
口もかなり硬い、信頼できる人物だとは思う。
どうせ誰にも言えないで失敗するくらいなら……と。
「その、なんだ。患者の悩みについては出来る限り寄り添うのは、医者としての責務だとは思う……思うが、しかし、なんだ」
そう思っていた……が、眉一つどころか。先生は俺の目の前で、顔全体を顰め、視線を泳がせて、普段からは考えられない様な豊かな表情を浮かべてる。
だから、普段から泰然自若を絵にかいたようなこの人が、と。驚くのも、自分では無理はないと思う。
「……俺に、恋愛相談、というのは……一番、その、不適格というか」
「ほ、他に相談できそうな奴がいないんすよ……」
「そ、そうか……いや御両親とか」
「余計に言えないっすよ!! こちとら高校生だっつーの!」
「そ、そうか、そうだな……思春期の男子には、酷、か。すまない」
……焦って選択をミスったか。いや、ここは前向きに考えよう。
少なくとも、例え向いてないにせよ、真摯に話は聞いてくれる……はずだ。多分。と言う事で。
「……で、どうすればいいんすか。上手い事、
「――先に断っておくが、俺は、そういう経験は、無い。一切。それ故に、どのように返事をすればいいのか、など……んっ?」
んで、続けた結果、今度はハトが豆鉄砲を喰らったみたいな顔された。こんなに表情豊かな先生初めて見たなマジで。
ぱちぱちと何度も瞬き繰り返す瞳と目を合わせる。口から次いで言葉は出てこない。黙って見つめ合う事、何十秒くらいか。
「……断る?」
「う、うす。その……断り、入れたいんすよ」
……そうだ。
手紙での呼び出し、明らかにラブレターだと思われる文面。そして、もし、万が一、本当に告白の流れになってしまったら……その、上手い事、傷つけずに断りを入れたいのだ。
つっても自分でも器用じゃないのは自覚してる。女を泣かせない上手い断り文句なんざ思いつく訳もない。だから……誰かに、相談したかった。
「……話の流れから、どのように返事をするというのは……受けるか、受けないか、の部分の事かと思っていたが。断る事は決めているのか」
「っす」
……俺だって男だ。恋愛に興味が無い訳じゃない。どんな可愛い子が告白してくれるんだろう、とか。思わないでもなかった。いや、正直に言えば……わくわくした。一瞬。マジで胸が高鳴った。
けど……今は。
「……先生に、色々教えてもらって……身体作って、そしたら……なんか前より、強くなれた気がした、っていうか」
自分の両手を見つめる。
別に、特別な事があった訳じゃない。
だけど、日々過ごす生活の中、顔を出す事にした部活の中で。この手で相手を投げるとき……少し、楽に投げられるようになった気がしたり。ほんの少し、思いっきり取り合いをした時の息切れが早く収まるようになったり。相手に組まれた時、踏ん張りやすくなったり、と。
ほんの僅かだけど『前との違い』を見つけられるようになった。
『患者の希望に寄り添うのが医者の仕事だ。君が望むのであれば、そう言った方向のアドバイスも、出来ない事も無い』
……強く、なってるって自覚出来た。
先生の言葉を、信じてよかったと思った。
そしてそれ以上に……一人の柔道家に戻った今だからこそ。もっと、もっと追い求めたいと思った。武の道を。
柔の道を歩み直せるかは分からない。それでも、自分なりのやり方で強くなることは出来る……そのやり方の一端を、見つけた気がした。
一心に励んで、一心に鍛えて、一心に……武術にだけ打ち込んでみたい。
未熟な俺が。武ってもんがまだ分かってない俺が。宇喜多孝造っていう若造が。
目の前に高く聳え立つ、『武術』っていう高い高い上り坂を……一体何処まで上り詰められるのか。もしかしたら、その道の半ばで無惨にも転がり落ちていってしまうかもしれないけれど。
それでも……試してみたくなって、止まらない。小さい頃の、純粋に柔道を楽しんでた頃みたいな、バカみたいに単純な熱意が。
今、今、いま……! 熱くってたまらねぇ、胸が焦げる、収まらない――!!
「……恋愛とか、考えられるような頭じゃない。そんな生温い陽だまりは、焼き尽くしちまう位に、『今』、俺は燃えてる……!」
だからまぁ……仕方ない。縁が無かった。
だったらせめて、泣かせない様に誠実に断る事しか、俺には出来ない。
「……成程。君は想像以上に、純粋なのだね」
「あ、いや。そんな言い方されると照れるんすけど……」
「いや、何。その純粋さは、武術においては大切な事だと俺は思うよ。持っておいて損はないさ……話は分かった」
……掌に向けていた顔を、上げる。
思わず目を見開いた。
モニターの前に座る先生は、笑っていた。
ほんの少しだけど。目じりを下げた、柔かなその表情は……孫を見つめる老人のように慈愛に溢れているような気がして。普段の無表情とは、ちょっとしか違わないのに。全然違うようにも見えて。
「君のその思いに応えられるよう、少し頑張ってみるとしよう……少し待っていてくれたまえ。知り合いにそういう事に詳しい人がいてね。その方の意見を仰いでみよう。俺個人の意見ではなくなってしまうのが申し訳ないがそれでも……ウキタ君?」
……その事にビックリしてしまって、一瞬返事が遅れてしまった。
「あっ、いやっ、そのっ、全然、大丈夫っす」
「そうか。分かった……診療が終わったら、またここに来てくれ。出来る限りの回答を用意しておくことを約束しよう」
そう言いながら、先生は懐から携帯を取り出すと、何やら操作し始め――そこで、慌てて立ち上がった。流石にプライベートの知り合いにかける電話を、ここで聞くのも良くない。ここは素直に出て行った方がいいだろう。
「じゃ、じゃあまた後でっ!」
「あぁ。お大事に――こんにちは。お時間宜しいだろうか。いえ槍月の事ではなくて。取り敢えず
急いで勝手口の扉を開け、後ろ手に閉めた。
ちょっと話が耳に聞こえてしまったが、先生もいつも以上に丁寧に話してる。目上の人なんだろうか。敬意を払うべき様な相手……医者の仲間で、尊敬してる人とか、か?
……よく考えてみれば、あの人の交友関係って想像つかない気がする。傍にいる外国人の女の子が助手やってるのを見ても、広いのだけは何となく分かるが。そんな人の医者仲間って……どんな人なんだろうか。
というか、そんな人に俺の恋愛相談を話させてしまう事に、今更ながら若干後悔し始めてる。物凄い申し訳ない事をさせてしまっているのではないだろうか、俺は。
「うっふ~~~ん♡ あ~ら三人とも来てくれたんだウッレシぃ~♡ ごめんなさぁいラブレターの地図、分かり辛かったかしらぁ~~~ん?」
……とまぁ、真相がコレなのを知ると、更にこう……うん。
「おのれ新島ぁあああああっ!!」
「うひゃひゃひゃきゃきゃきゃっ!!! あっゃひゃひゃぁぁああああああっ!!!」
「待ちたまえッ! その触覚、引き千切ってくれるっ!!」
一方、俺と同じく騙された側の、白浜、武田の怒りようと言ったら……まぁ、気持ちは分からんでもない。
正直、『心苦しいなぁ』と思ってた俺からすれば、勇気を出して告白してくれたのに断られて嫌な思いをする事になる女子がいなかっただけでも、若干ほっとしてるくらいなのだが。元から断るつもりじゃなかったら、もしかしたらああなってたかもしれん。
「あ、白浜隊長と武田隊長、行っちゃった……」
「追いかけた方が良いんでしょうか」
「良いだろ別に。好きにさせといてやれ」
……新島が捕まるかは兎も角として、個人的には真摯に応援しておくことにする。ボコボコに出来ると良いなぁ。
しかし、幾ら敵との顔合わせをするにしたって、偽のラブレターまで使って呼び出すとは何とも……お陰で、鍛えた体を思わぬ形で実戦で試す事になっちまった。まぁ調子は良好だったわけだか。
いやー……しかし、ちょっと力いっぱい暴れたからか、アレだな。
「腹減ったなぁ……」
「えっ?」
「店変えて、飯にでもすっか。まだ食ってなかったし」
「あ、あの……宇喜田隊長、大丈夫なんでしょうか?」
「あ?」
頭の中で浮かべた幾つかの店候補……そこに、割って入ってくる声。
振り返ると、新島の兵隊の一人が此方に声をかけてきた。確か……水沼って呼ばれてたか。というか、顔が引きつってるけど、なんだ?
「さ、さっき思いっきり首筋の辺りを、こう、どかっと、やられてたような……!?」
「あー? あー……あぁ、そういやそうだな。おう」
店内での乱戦だ。後ろからの不意打ち喰らう事くらいはある。まぁ鉄パイプとかで殴られたって訳でも無し、ただの拳での鉄槌だったから、そこまで痛くも無くて忘れかけてたんだが……あぁ、ちょっとじわじわ痛いか。
「ご、ご飯喉通ります……?」
「あんなん屁でもねぇよ。何の支障もねぇ」
「……あのアームハンマー、ちゃんと体重乗ってたよな……!?」
「あ、あぁ……宇喜田隊長も、グラってしてたような……!?」
なんかごにょごにょ言ってるが……あんなんなら、武田のパンチの方が何倍も効くだろう。最近あんまり手合わせとかしてねぇから分からんけど。
首を軽く、ごきごきとならす。うん。やっぱりちょっと痛いけど。まぁこれくらいなら全然苦しくもなんともない。ちょっと足挫いたくらいだ。
……なんだが。どうにも、全員の顔色は宜しくない。ひょろい眼鏡の視線も合わせて、居心地もあんまり宜しくない。
仕方ねぇ。
「心配ねぇよ……じゃあお前らも一緒に飯食いに行くか?」
「「「えっ!?」」」
「やっぱ飯は大勢でワイワイ食った方が美味いからな。そのついでに、俺が元気満々だってのを証明してやるよ――オラ行くぞ」
……まぁ、放っておかれた兵隊の面倒みるくらいはしてやるとしよう。こいつらもあの宇宙人の口八丁手八丁に乗せられたんだろうし。同じ被害者同士、ちょっとくらい親交深めるってのも悪くはない。まぁこいつらに被害者の自覚は無いだろうが。
「……ど、どうする?」
「このまま解散っていうのも、アレだしな……」
「三将軍と仲を深めるって考えれば……」
「オイ誰が三将軍だオラ」
……しかし話題どうすっか。ラグナレク時代の事とか話した方が良いんだろうか。技の三人衆の頃の時代つっても、武田とかと一緒に暴れてただけだし。
あー、技の三人衆っていえば、アイツ。
古賀の野郎、今頃は何処でどうしてるんだろうな。
相変わらず生意気な態度でキサラの奴をイラつかせているのか……つーか、アイツはラグナレク以外じゃやっていけねぇだろうし。
まぁ……どっかでダウンしてそうだったら先生の所に担ぎ込めばいいか。
「ったく……オラ行くぞお前ら」
「「「はいっ! 宇喜田隊長!」」」
……アイツも、俺みたく鍛えりゃいいのにな。そしたら少しはあの生意気さもマシになるんじゃねぇか。知らんけど。
身体が上手に作れたなら、やる気も変わるだろうという話。