史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――夜の埠頭に、一陣の風が吹く。
頬に優しい夜風を背に受けながら、自らをも風に乗せるそのつもりで、足先で地面を蹴とばし、宙に舞う。
「――っ! ~っ!」
「っ! ~~~っ!!」
……闇の中、小さくともハッキリ灯った明かりが目に見える。間違いない、あの網眼鏡をしていた男と、共にいた少女だ。
間に合った、と素直に安心した。流石に途中妨害にあって時間を稼がれた後、車か何かに乗り込まれてしまったりしたのではないか、と不安に思っていたのだが。
美羽は、その安心をそのまま、地面を更に強く、蹴っ飛ばす推力へと変える。今の学校でできた大切なお友達……お友達? を助ける為に。彼の居場所……箱詰めにされて乗せられた貨物船がどの船なのかを知っているのは、あの網眼鏡の男しかいない。
「兼一さんが、あの人の相手をしている間に、急がないと……っ!」
自分の弟弟子の様な少年で、初めての梁山泊の弟子でもある白浜兼一の奮戦を決して無駄にしてはいけない。
あの白髪の少年、自分が見た限りだが、兼一より僅かにだが腕が立つと見た。ラグナレクと言う不良グループで、幹部を任されているだけはある。
彼にとっては、強敵だろう。
それでも、勝つと信じて。あの場を任せて、此方は自分が向かったのだ。必ず、助けて見せる――と、軽快に暗い夜空を跳ねていく。
近づいてみると、聞こえて来たのは……二人分の声。目的の人物と、もう一人
片方は、二十号と呼ばれていた暗視ゴーグルの少女に間違いないだろう。けれど、その目の前に立っているもう一人は……網眼鏡の男ではない。少女と同じくらいの、小柄な少年だ。
それに……アレは、話しているというより、言い争っているという方が正しいような――様子がおかしい。
「――だーかーら! お前らがソイツ乗せた貨物船だよ! それを教えてくれって言ってるだけじゃんかぁ!! 俺番号忘れちゃったのォ!!」
「いーわーなーい!! ロキ様に絶対に口を割るなって言われてるんだから! アンタみたいな脱退リンチも受けないままラグナレク抜けた臆病者には特に言わないっ!」
「ボクだって好きで抜けた訳じゃないやいっ!! いつの間にか抜けた扱いになってたんだいっ!!」
近づくにつれ聞こえて来た話から、どうやら、男の方も自分が探している貨物船を探している事が分かる。
もしや此方の援軍か、と一瞬考えたが。しかし、『ラグナレクからの脱退者』と少女が口にしていて、体格的に武田と宇喜多の二人ではないだろう。となると、少なくとも美羽の中に心当たりはない。
しかし、まぁ心当たりはないのだけれども……声に何処か聞き覚えがある気がする――一体誰だろう、と思ってコンテナから顔を覗かせた所で。
「ったくぅ、強情だなぁホント……って、アレ?」
「あっ」
目が合った。
「……」
「……」
ツンツンとしたヘアースタイルをしている。頭に巻いたバンダナと合わせ、何処かワイルドな印象を抱く……が。
しかし、首から下の服装は、そのワイルドさとは正反対。
ぴっちりと上までボタンを留めたフォーマルシャツの上から、つやはなく鈍く光る高級感あふれる黒のスーツベストを着こみ。
特注性なのか、丈も寸法も、全てがぴったりな黒のズボンを合わせた姿は、高級レストランのボーイを想起させる。清潔的で、スタイリッシュな服装。
……が、そのズボンのポケットに手を突っ込んで、小指で耳の穴をほじってるので全てが台無しにはなっているのだが。
何というか、完璧な着付けではあるが、『急ごしらえ感』が否めない。残念感が否めない。その生意気そうな顔も、その一助となっている様な――
『おでこちゃん♪』
……そこで、思い出した。
「あ。貴方、たしか……」
「あ~~~~~~~~~~~っ!!!!??? お で こ ち ゃ ん !!!
「ひえっ、ですわ……」
思わず変な声漏れた。暗視ゴーグルの女がキュウリを背後に置かれた猫みたく高く高く飛び上がった。
余りにも大きな絶叫だった。闇の中に響く絶叫だった。肌に響くような絶叫だった。
心の底にあった何か……果たされず、煮詰められ、燻っていた、そんな封印された化け物のような有様となった感情が。堪え切れずに、爆発して。その中にあったモノがあふれ出したかのような、そんな言い知れぬナニカに満たされて……
「……いやけど今更ぁ!!! チクショウっ!!! なんであの時に見つかってくれなかったのおでこちゃんっ!! いやマジでっ!!」
「あ、あのぉ……確か貴方、蹴りの――」
「そうだよぉっ! 技の三人衆の一人『蹴りの古賀』! 古賀太一! もう違うと思うけど! 脱退されたって思われてるだろうけど!!!」
……兎も角、以前出会った時とは、その雰囲気を一変させている。眉間の深い皴、血走った眼に、引きつった頬。全身をフルに使った無駄にダイナミックな地団太まで……少年の何処からも、以前のへらへらした余裕は見られない。
だが……不思議と、その切羽詰まった様子には見覚えがあった。
「ハァ……ホント……大変だったんだよ……」
「(……ケンイチさんそっくり)」
そう。
最後には、力なく頭を落として黄昏てしまう……その若干憐れみすら覚えてしまうような仕草に至るまで……ケンイチそっくりなのだ。それこそ、梁山泊の豪傑たちの過酷な修行に振り回されきった後の彼に。
しょぼくれた表情、ぴくぴくとヒクつく口の端と涙目、がっくりと落ちた肩のラインが何と言うか……既視感しかない。
敵だとは分かっている。いるのだが……ここまで似たような感じだと、どうしても以前よりも親近感の様なモノを感じてしまうのは仕方ないというか――が。
「おでこちゃんの探索をキサラ様から託されてそこが全部の始まりだよお陰でそこからボクの人生狂いっ放しでいや狂ったって言うにはちょっと武術的に充実してた気はするんだけどでもそれって僕が望んでたかって言えばかなり違って」
「ひゃっ!?」
そんなものは一瞬で吹っ飛んだ。
直後始まったのは……まるでガトリングの如き。ぐりんぐりんと頭も体も大旋回させながら吐き出される言葉は正しく怒涛と言うのが正しい。立て板に水……どころか、放水車で浴びせかけるような物凄い勢いで。浴びせかけられた側の美羽としては、気圧されて一歩ヒく事しか出来ない。
「ホント『師匠』に連れ回されっぱなしで最初は豪華なホテルのベッドの傍で一晩中運動させられるしそれで『大体わかった』って言ったら今度は山奥に籠らされるしそこでじっくり師匠の事しか考えられなくなるまで躾けられて地獄も地獄だしも~~~っ!!」
吐き出される中身は混沌そのもの。整理されてる訳でもなく、正しく感情を口から流しかけているだけ。ここまでくると、哀れを通り越して、若干悲惨にも見えて来てしまうほどに。
「そ、それは、その……ご愁傷様、ですわ?」
「分 か っ て く れ る お で こ ち ゃ ん!?」
「あ、いえ、分かるかと言われますと……」
「ち く し ょ う っ!! う゛ぁああああああっ……」
がしがし、と頭を掻きむしり、何度も何度も地面を蹴る姿も、その辺りも……なんというか、哀愁を誘う様になったというか。ある意味で人間的に深みが出たというか。ともすれば人格が変わったとすら錯覚しそうになる程の変わりようだ。
……いったい彼に何があったのだろう。キサラ隊として脱退リンチの実行役をしていた時までは、寧ろそこら辺のチンピラと大差なかったという認識だった。しかしながらそこから、僅かな期間しか経っていないにもかかわらず、この変わりようは。
「(そう言えば、先ほど師匠、と言っていましたが、まさか――)」
……そんな困惑の隙を。
「――隙ありぃっ!!」
ゴーグルの女は、見逃さなかった。
「――っ!?」
声のする方へと、視線を上げる。
何時の間にか、古賀の斜め後ろに移動していた少女が、手にした警棒を振り上げているのが見えた。彼を倒し、その隙に逃げようという算段か。
そうはさせない。
警棒が振り下ろしきられる、その前に。美羽は混乱の内にあった思考を素早く整理してから、戦う為の仕様に立て直す。飛び込む姿勢への移行を終えるまで……瞬く間すら必要なかった。
伊達に、祖父である無敵超人、風林寺隼人に鍛えられていない。咄嗟の時に思考を切り替える程度は朝飯前だ。今から跳躍すれば、得物を蹴っ飛ばして、抑え込む程度は難しくもない。頭の中で、手順をイメージしつつ、足尖に力を込め――
「――うっさい」
だが。
その前に響く……パシン、と言う音。
美羽が、目の前で起きた事に、思わず目を見開く。
一瞬の事だった。美羽が襲い掛かるよりも、僅かに早く――ゴーグルの少女の手の内に握られていた警棒が、消え失せた。
呆然とする少女には、何が起きたのか分かっていないだろう。自分に向き合った古賀の顔を見ている事しか出来ていない。
「(今の『蹴り』は――っ!)」
だが。
一歩離れた外から、武術家として鍛え上げられてきた目を通してみていた美羽は、何が起きたのかを、余裕をもって認識できていた。
蹴りだ。
背後の脅威に対し、空手の天地上下の構えにも似たような構えと共に、古賀が振り向きざまに放ったのは……上へと伸びるような鋭い蹴り。その爪先が、警棒の柄を正確に捉え、上へとあっさりと蹴っ飛ばして見せたのだ。
柔軟に開いた股関節から、足先へと蹴りの力がスムーズに伝わり。その疾さは文字通り、闇に一瞬溶け消えて見えるほどだ。
「……はへっ?」
「今、おでこちゃんと話してるからさ」
状況から一歩遅れて響く、からん、という音と共に。漸く少女は状況を理解したのか。
古賀が、くるりと自らに背を向けたのに合わせるようにして。地面に力なく、へたり込んでしまう。
……驚いた。
以前の蹴りは、ただ棒切れを雑に振り回しているようなお粗末なものだった……だがしかし。今の蹴りはそれとは比べ物にならない――武術の合理という、芯がある。
足を鞭のように柔軟に使い、関節から間接へ、そして最終的に爪先へと力を集中させて、加速させる……かつての彼が棒振りなら、今の一発は剣道の有段者の面の一撃にも相当する程の完成度だ。
「っと、ごめんねーおでこちゃん。本題言わずになんか色々と……」
一瞬の無表情から、へらりと男は笑う。
が、それで警戒も、構えも解くわけがない。
寧ろより意識を研ぎ澄まし。半身を引いて、緩く拳を構え直した。
彼が敵か味方かは分からない。だが。
様子も似ていたが、それ以上に……どうやら彼の実力は。今の兼一に十分に比肩する程のレベルまで練り上げられている。
ポケットに片手を突っ込み、ぽりぽりと頭を掻く呑気な様子には惑わされない。
以前の彼は野良犬だった――今は、獲物を狩る猟犬へと、研ぎ澄まされている。
「……本題、ですか」
「そそ。えっと……コイツが、なんか……使ってた? っぽい貨物船、知らない?」
「知りません。私もその方に聞きたかったところです」
……取り敢えず、嘘偽りなくそう告げると。
古賀は、そっか、とだけ短く返事を返してから……再び、背後へと振り向いてから、へたり込んだ少女の目の前にしゃがみこむ。
「って事らしいんだけど……教えてもらえると、俺嬉しーな、なんて」
……ゴーグルの少女の頬が引きつるのが、夜闇の中でも、はっきりと見えた。
「――○○番の、貨物船……港の人に、聞けば……分かる、と思う」
「あっそ。ありがとねー」
そう言って体を起こし……古賀は首だけ回し、此方に横目で視線を寄越して来た。
とん、とん、と。靴の爪先を地面へ落とす音が二つ。闇の中にハッキリと耳に聞こえてきた。靴の僅かなズレは、蹴り足にとっては致命打になりかねない。この音一つ一つが武器の調子を整える――闘争の前準備に相違ない。
頭の中で、『武術的段階』のギアを一つ上げる。拳を、しっかりと構え直す。
「って事だからごめんねおでこちゃん――」
三度目の、爪先が地面に落ちる音。
一挙手一投足を見逃すまいと、目を凝らす。
その中で――古賀は、地面を蹴って飛び出した。
「お先に失礼っ!!」
……真横へと。
思わずずっこけそうになった。
「……あっ、あぁっ!? ちょっ、逃げるのは無しですわよっ!」
「逃げてないよ! 元からおでこちゃんとやり合う積りはないってーの! 急げししょーに殺されるゥウウウウウっ!!」
此方の制止などは当然お構いなし。脱兎の如く、古賀へ夜闇の奥に向けて駆け抜けていく。行く先は――自分が先ほどまでいた港の方角。
慌てて、元来た道を戻る様に後を追うが――
「(想像以上に、動きが『軽い』……!)」
確かに一歩出遅れているという自覚はあった。だが……それでも、距離は縮まれど微々たるもので……『追いつけない』事に、美羽はかなり大きな衝撃を受けていた。
足の速さには、それなりには自信があったつもりだったのだが、しかし……コンテナの間を縫っていく自分と、その上を跳ねる古賀の差を、ゼロにする事は出来ていない。
加えて……まるで豹のようにコンテナの上を、軽く跳んでいく少年の動きは『速い』というより『軽やか』だ。足にスプリングでも仕込んでいるのではないかと思う程に、たった一歩の跳躍が、かなり伸びる。障害物を物ともせず、一直線に、空を翔けているかのような高い動きは、桁が違う。
一々曲がりで僅かな減速、加速のラグがあるこのコースでは、そのパルクールも真っ青な一直線の動きを詰め切れないのも、当然と言えた。
「……いいえ、落ち着きなさい私」
故に。
鋭いカットの曲がりでコンテナの角を超えながら、頭を切り替える。
この地形では恐らく詰め切れない。だが平地に降りたならその限りではない、間違いなく捉えられる。焦って無理に追いつこうとして、その瞬間に最速の動きが出来ないのが一番まずい。
「どうしてあの方が新島さんを狙っているのかは分かりません。けど……!」
逃がすわけにはいかない。
ケンイチはまだ戦っている。彼の奮闘に報いる為にも、必ずや自分が先んじて、お友達を、新島を先に救い出す。
夜空をかける小柄な影を追って。再び美羽は加速する。間に合う、以外の可能性は全て頭の中から追い出して。
「クッソ積み間違いとかマジでふざけんなっ……急がねぇと、ししょーの予約してた『ワイン』が持ってかれる……っ!」
ヒント:原作新島総督って船の中で豪遊してましたよね。酒と食糧で。