史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第七回・裏:B・GIRL

「――でェ? 私のワインをォ……飲んじゃった、って訳ェ?」

「「……はい……」」

 

 ビジネスホテルの床の上。

 どうしてか、技の三人衆の一人であった古賀と共に正座をしながら……少年は滝のような汗を掻いていた。目の前には、成熟極まった少女、とも、若々し過ぎる妙齢の女性、とも取れる、怪しい魅力を振りまく美女が一人。ベッドに腰を下ろして此方を見ている。

 

 結構センスのいい服でお会いできていて、もしこのタイミングで無ければ(新白連合の支援者として)口説いていたかもしれないレベル。

 僅かにウェーブした金の髪。厚すぎない、品の良いルージュの引かれた唇。

 仕立て良し、背中や脇、豊かな胸の谷間までガッツリ空いたセクシーなドレスから、高級感たっぷりに、鈍く輝くヒールまで、自らの目に狂いが無ければ、全てブランド物どころか特注品の一点物だろう事が伺える超絶セレブリティ溢れる雰囲気である。

 一見すれば、ハリウッド住まいの超絶VIPなお姉さま。

 

 だが……それでも尚、自らの『怪しげセンサー』が、原因不明なれどバリサンを叩き出しているという事実を、彼は一切無視できない。

 

「(……こ、このお姉さま……勘違いじゃなけりゃ、ケンイチの師匠連中と同じ……いやそれ以上にヤベェ……っ!!)」

 

 人知を超えた生命体(自称)新島春夫、今生最大のピンチ、到来――!

 

 ……今がどんなピンチで、どうしてそんな事になってしまったのか。

 

 事の始まりは……ラグナレクの参謀であるロキの策謀に嵌り、連中に捕まって木箱に詰められた挙句、船に積み込まれて国外へ流される寸前という。

 それこそ『現状』を勘定に入れなければ、人生一の絶望的と言えるピンチに追い込まれていた、昨日まで遡る。

 

 箱に詰められ、しかしながら現地の協力者(鼠)との交渉をもって、縄から抜け出すところまでは何とか出来たのだが……そこで、タイムアップを告げる船の汽笛が聞こえてしまったのは、何の冗談だったのか。

 

『――こうなったら何処かに付くまで密航ライフを満喫してやるかぁ!!』

 

 ここで、船の乗組員に相談するという選択肢が出ないのが新島流である。自分の事を助けてくれた相棒(ネズミ)と共に、遠慮なく、盛大に船の積み荷を漁って食料、衣服、そして……

 当面の飲み物として『酒』を確保したのだ。酒を。

 

 ……その中に紛れていた、明らかに高級そうな一本。とはいえ、最早密航ライフを堪能すると決めた少年にとっては、それに手を付ける事に一切の躊躇いはなく……寧ろ祝いだと言わんばかりにラベルを開け、丸々一本、飲み干した。

 

『――ああああああああああああっ!!! ししょーのワインがァアアア嗚呼ああああああっ!?』

 

 そのタイミングで飛び込んできたのが……隣に座っている、蹴りの古賀である。

 

『ん? オマエ……蹴りの古賀じゃねーか!? ラグナレクから姿を消したって話だったが……なんでこんな所に?』

『テメェエエエエエエっ! なんてっ、なんて事をコイツっ!! この、このっ、殺してやるっ! そこに直れオラァアアアッ!』

 

 激昂。乱闘。ヤケクソ気味だった古賀と、酔って半ば暴走していた新島の二人は、文字通り船内を駆けずり回り、船内の乗組員をも巻き込んだ珍騒動を引き起こした挙句、屈強な船乗りたち必死の抵抗の甲斐あって、近場の港に下ろされる事と相成った。

 

『……ししょーに説明しないと……お前も来い! こうなったら道連れだこの野郎が!』

 

 ……自分が飲んだワインと言うのが、『手違い』で別の荷に詰め込まれてしまった彼の師匠のモノであった、と言う事をそこで漸く古賀から懇切丁寧に聞かされ。その謝罪をしろとタクシーに詰め込まれて、一直線に都内にとんぼ返り。

 そうして現在……この部屋に連れて来られた新島は、こうして圧倒的な脅威と判断の出来る女性の前に、古賀と共に正座しているのである。

 

 ……分かりやすく言えば、ほぼ新島自身の自業自得だった。

 が、まさか誘拐されて、そしてその先で生き残る為(拡大解釈)と偶然手を付けたワインが、まさかこんな怪しげ美人が飲もうと予約していたワインだった等と……一体誰が想像できるだろうか。いや出来ないだろう。

 

「(……思考を切り替えねぇと。やっちまった事はもうどうしようもねぇ)」

 

 と言う事で、一旦勝手に飲んだ自分が全面的に悪いという部分からプロスケーターもビックリな超高速スピンと共に豪快に目を背けつつ……これからの事を考える事にした。

 

「ほ、ホントスイマセン師匠……下手人は連れてきましたんで……あの……仕置き的なのは……その……」

「タイチぃ? 私の言った事ォ……ちゃーんとぉ、覚えてるわよねェ。それなりには、賢い子だものねェ――ちゃんと出来たァ? お使いィ」

「できてません……」

 

 やるべきは……周りの状況と人物の観察である。

 怪しげセンサーはバリサン。命の危機の一歩手前と見るべきだろう。そこから無事に生還する為にも、必要なのは情報だ。

 

 元ラグナレクの隊長格と、明らかにヤバイ怪物がいるこの状況からでも、自分であれば口八丁手八丁と持ち前の逃げ足で逃げられる――と思う程に、彼は自らを過大評価してはいない。

 逃げられないなら……この状況下で生き残る為の策を練る。その為には、状況の理解と把握は必須条件だ。

 

「(――と言う事でェ~~~~~!! 行くぞ、『新島ア~イ:ステルスモード』ぉ!!)」

 

 膝の上に手を置いたまま。出来るだけ息をひそめ――先ずは視線を、同じく正座し、目の前の女性に深々と頭を下げている、隣の古賀太一に向けた。

 相手の事をじっくりと見る事が出来れば、その人物の一挙手一投足から無数にも近い情報を得るくらいはなんて事もない。新島春夫、観察眼には大いなる自信アリである。

 

「(……むむっ、コイツヤベェ……! 以前とは、レベルが違う!)」

 

 そんな彼の目から見て――先ずは、古賀太一。

 

 武術に関しては彼はプロではない、寧ろ素人レベルで疎い。

 が、しかし……その他の仕草や雰囲気から情報を総合的に広く獲得し、独自の基準でその人物を批評する事が出来るのが新島春夫である。

 

 そこから判断するに――今の古賀太一の人間的ランクは以前とは比べ物にならない程に上昇していると断言出来た。

 下手をすれば……現在の兼一のレベルに迫るのではないだろうか。ラグナレクの隊長格だったころを考えていると、そこからとんでもない成長を遂げている。

 

「(だがいきなり隠された才能が目覚めた……そんなファンタジーなんざこの世にある訳もねぇ。ってなるとやっぱり……)」

 

 その成長のタネ、絡繰りは……恐らくその目の前の女性にあるのだろう。

 

「(……うぐっ、ダメだ。俺の自慢の新島アイがエラー吐き出してやがる……! やっぱ底が知れねぇ……!)」

 

 では、続いてはこの女性について……は、やはり今の自分の観察眼ではその全てを見通す事は出来ない。先ずは、それを改めて再確認。

 

「(とはいえ……ケケケケケケッ!! そんな中でも得られる情報はある!)」

 

 そこから――今度は、得られない情報ではなく、得られる情報から推測できることを探していくことにした。

 

 自らの目では、この女性の実力全てを測る事など到底できない。だがしかし……実力は分からずとも、その女性について『趣味嗜好』や『考え方』と言った事を、僅かな所作や今の態度から察する事は難しくもない。

 『観察眼』、と言うのはただ単に情報を得るだけのモノではない。そこから得た情報から、様々な事を推測、解明、理解するのを含めて、『観察眼』というのだ。

 

「(見える、見えるぜ――このお姉サマの性格が!)」

 

 ――計算完了。

 

 そこから見出した、この場から自分が逃れる為の最善の策。

 

 媚びへつらう? NO。やった時点で自分の脳天に丸い穴が開くと見た。

 只管謝って許しを請う? NO。恐らくはどれだけ謝っても心には響かないだろう事は自明の理だ。

 

 この女性に対し。

 今、新島春夫と言う人間がやれる行動は――たった一つ。

 

「――んでェ? 結論はァ……出たかしらァ、坊やァ?」

「っ!?」

 

 ――そう思って、頭の中で一つの生存戦略を固め終わったその瞬間の事。

 

 被せるようにして、声をかけられた。

 思わず顔を上げた所で目の前の女の視線が、此方へと向かい――まるで、頭の中を覗かれたみたいな、完璧なタイミング――その視線に、息を呑んでしまう。

 悪戯っ子の様に、女はニヤリと笑って見せた

 

「……な、あ゛っ――」

「――何でェ……分かったのかァ……ってェ? アハはッ――冗談でしょォ?」

 

 続ける事すら出来なかった。瞬きの、ほんの僅かな一瞬の内に、ベッドの上にいた女は自分の目の前にしゃがみこんでいる。見える、見えない、とかそう言うレベルじゃない。認識すら出来ない。動作に一切の連続性が見えない。ここまで来ると、気持ちが悪い。

 

 ピクリとも動けないままに――伸びてきた白魚の様な細くたおやかな指先が、新島の目元を、つぅ、と酷く優しく撫でてくる。

 

「この、目……」

「っ」

「生き残るのをォ……諦めてなんかやらない、何としても抜け出してやるゥ――強い意志がァ、たっぷり満ちたァ……良い目ェ。コレ見てェ、坊やが諦めて沙汰を待ってる、なんて油断するような奴はァ、三流もイイ所ねェ♪」

 

 ――底が見えない。

 

 そんな生温い相手か、コレが。

 見た目こそ、麗しい美女ではある。しかし、この、全身を包み込み、そして、指先まで優しく撫でてくる、寒気とも違う嫌な感覚は、なんだ。

 同じ人間を相手にしているとは思えない。面の皮一枚剥がしたその奥に、一体何が眠っているのか。『想像もしたくない』と思わされたのは、初めての事だ。

 

「あ、あの、ししょー……?」

「タイチぃ? オシオキが嫌ならァ……キッチリ出入口、固めて置いてェ? 反射的に逃げちゃったりした時ィ、『上手に』捕まえられないかもしれないからァ」

「――はいっ! 了解しました!! 古賀太一全力でその野郎を監視させていただきますししょー!!」

 

 ……ここで更なる追い打ち。古賀太一による監視も付いた。いよいよもって最後の最後に打つはずった博打も封じられる始末。滝の様な汗を掻きながら入り口に直立不動の構えを取っているあの飼い犬が、自分を逃がすとは考えづらい。

 最早、逃げの天運は自分に無い。

 

 だがしかし。新島春夫――追い込まれても尚、寧ろ怯むことは無い。

 

「……はっ、分かってるなら話が早え。取引させて欲しい。ここから無事に帰る為の」

「いいわよォ? そっちが差し出すのはァ?」

「『情報』だ。正確には、オレ様が仕入れたな――これでもオレ様は情報扱わせりゃあ右に出る者は居ねぇ大天才だ」

 

 自分の最大の武器を惜しみなく取引の条件に。普通ならば、最も強い切り札はある程度温存するのが常識だが……この『怪物』相手にそんな真似は通じない。

 万が一の奇跡を掴み取るのであれば、最初から全力である。

 三日月の形に歪む、底なし沼の様な瞳を、笑みと共に歯を食いしばって、見返した。

 

「ふゥん……?」

「知りたい情報を一つ……『今』、調べる」

 

 ……時間をかけるのは愚策。

 重要なのは速度。多少無茶でも尚、速度を優先して話を進める。

 

「流石にネット環境と、ガジェットが無いと厳しいからその辺りは融通して欲しいが」

 

 そこから、もう一つ。その武器を使うのに必要な要求を口にした。仕事をするのに最低限の事であり、そして同時に――相手の度量を見抜くための一手だ。

 これで拒否する様ならそれでいい。此方を『警戒』しているという情報が得られる。警戒しているなら、それを材料にもっといろいろできるというもの。

 

 ……だがしかし。

 新島は、若干これに関しては『諦め』と共に口にしている部分があった。

 

「どうだ?」

「――良いわよォ♪」

 

 にっこり、と。底の見えない”どろり”とした瞳が、三日月刀(シミター)の様な笑みを象る。口の端まで避けたような真っ赤な笑顔が、新島の微かな『有利への可能性』を断ち切る。

 予定調和。だろうな、と言う言葉しか思い浮かばない。

 

 警戒するよりも厄介な手合いと言うのは――相手の『実力』と言うのを一目見ただけでもある程度は把握し、それでも尚『未知数』を楽しめる相手。彼女自身、此方の事を『始末』する程度は赤子の手を捻る事よりも簡単だろうし、そうした方が楽だろう。

 しかしそれでも尚……此方の要求に乗って来るのは、そちらの方が『楽しい』からだ。

 

 新島アイが叩き出した、この目の前の女性の性格。

 即ちは、自分の失敗ですら余裕をもって『楽しむ』享楽主義のカリスマ。しかも恐らくは『自分』にも『相手』にも全力全霊をもって挑む事を求めるタイプだ。

 警戒なんて『無粋』な真似はしない。此方の全力を落ち着いて見極め、その上で生かすも殺すも決めてくる。

 

 故に……小手先の誤魔化しは寧ろ逆効果。今からは、『新島春夫』という高校生が磨いて来た『武器』と『腕』だけが、生き死にを決定するシビアな現実が始まる。

 

「寧ろォ、そういうのは貴方達にとってェ、必須の『得物』でしょォ? 貸してあげるわよォ……ほら、そこォ」

 

 指し示された先に視線をやれば――一台のノートPC。薄型軽量モデルか、と思ったがしかしどうやら性能重視にある程度カスタマイズされたモデルと見える。これで『機材不足』の言い訳も封殺された。

 周りには……モデムからルーターまで。安物ではない、しっかりとしたモノが取り揃えられている。ホテルの備え付けにしちゃ『良モノ』過ぎる。私物と見るべきだろう。

 

 新島から見れば、『普段使いにしちゃオーバーだな』という感想を抱くと同時に、何よりも得難い情報でもあった。

 必要なレベルよりも無駄に高度な機器から見るに、特別にこういったインターネット関連に詳しいという訳ではなさそうだ。十分自分の『技術』は取引の材料になる。

 

 更に――自分ならば、これだけの機器を百パーセント以上、活かす事も出来るだろう。

 

「(――運気が向いて来たな……っ!)」

 

 目の前の女以上に――彼の口に浮かぶのは、悪魔染みた凶悪な笑み。

 膝の上に置かれていた手が、小さなガッツポーズを作る。絶望的な実力主義の空間なれども、彼の脳裏に諦める、という言葉は一切存在していなかった――

 




因みにメスガキちゃんは古賀君と一緒にいる時も大体こんな格好です。風呂上りとか普通に全裸です。それでも尚一切そういう方面に発想が行かないという事は……まぁ古賀君の扱いはそう言う事です。
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