史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――オーケイ、んじゃあそれを使わせて貰おうか」
ちらりと目線を合わせる。
頬に手を当てた女が、ゆっくりと頷いたのを確認してから、新島は先ず、ゆっくりと立ち上がった。足のしびれが残っているので、それに気を付けて。
これで躓いたりして、彼女の胸に頭突っ込むとかいうアンラッキースケベをかまし下手に機嫌を損ねれば全てはご破算だ。
立って、脚の具合を確認。問題ないと確認してから――ゆっくりと、ホテルの備え付けのデスク、その前の椅子に腰を下ろした。
「ごめんなさいねェ? ノートでェ」
「いやいや、これだけありゃあ十分だ。どれくらい時間を貰える?」
そこからも気は抜かない。驕らず、かと言って媚びへつらう事もせず。あくまでニュートラルに。下手に媚びなんて売るのはこのタイプには逆効果と見るべきだ。
「んー、そうねェ……」
真っ赤な唇の動きに視線が行く。色っぽい、とかそう言う事ではない。そこから出てくるであろう『数字』次第では、文字通り絶望の負け試合に挑まねばならない。
「ある女の情報が欲しいのォ。もちろん今も生きてる女よォ。名前と生まれの年と街、それとどんな人間なのかをォ、紙に書いて渡すからァ、そこから辿ってェ……凡そ二時間以内ってェ所かしらァ?」
条件は女一人の情報。今も存命。名前、生まれと出身地は凡そ確約。残りはこの女の匙加減次第ではあるがプラスアルファもあって、二時間以内。
今、目の前にある設備等を、改めて見直してみる。これらを踏まえ、取り敢えず頭の中でこれらの条件を整理――
「――おいおい、んなチョロい条件で良いのかぁ?」
するまでもない。口の端に笑みが浮かんでくるのを抑えられない。コレは。
「その半分でも十分だっつの。人知を超えた脅威の生命体、新島春男様を舐めんなよ」
――余りにも、易い条件だ。
「ひ、ひえぇええっ……ししょーになんて口利きやがるこのヤロ――って指先キモっ!?」
目の前のキーボード。その上で、超高速で指が躍る。先ずは一通り使えそうなSNSや掲示板やらの選定から。例え過去の人物であろうとも、ネットの深い闇の中には存外とその痕跡というモノが残っているモノだというのに、この現代社会、情報社会の中で生きていて、痕跡が残らない訳がない。
特に今は、生と死の瀬戸際にいるような状況。必然、脳の色々な物質の分泌はドバドバと。いつも以上に指先が滑らかに、的確にキーを叩いていく。
「――はぁい、コレ」
「どうも。んじゃ開始するぜ」
書き終わるまでに選定は完了している。後は書かれた情報から追加で使えそうなサイトを選定し。サーフィンスタートだ。
「――へェ」
生まれた年が分かっているなら、年齢という大きなアドバンテージが出てくる。年齢は人間の事を調べる上で重要な要素だ。そこから抑えるべきポイントも調べられるというモノであり。そのポイントから、出来るだけ繋がって良そうなモノを大量にピックアップ。
情報とは、先ず広く集めるモノ。最初から一点狙いで動くのは、この広大なネットの海では無謀極まりない――集めた情報から必要な物を取捨選択するスキルこそが、このネット社会を制するのだ。
当然、新島のそのスキルは、トップクラス。
ネットを利用する者は、『使う者』と『使われる者』に分けられる、というのが新島の持論であり。全力でネットを使いこなせたならば、得られない情報と言うのはこの現代には存在しない。
「ふんふふーん、っとぉ……おっ、コレだな。へへ、アクセサリのマニアってのはその身に着けてる奴の事まで事細かに描写してくれる事もあるからありがてぇ」
「あら、もう見つかったのォ?」
「おう。つっても特定しただけじゃ情報とはいえねぇだろ。こっからもうちょっと調べさせてもらうけどな」
先ずたたき台となる情報をゲット。そこから更に広く情報を集める。欲しい情報を集めるのは基本コレの繰り返しである。ある程度情報をゲットしたからと言ってピンポイント狙いに切り替える等、新島に言わせれば素人、情報と言うのはあるだけ良いモノだ。
そうして、少しずつ、少しずつ、情報の確度を上げていく。
「(……しかし、こりゃあ……)」
しかし、そうして情報を絞って、得て、形を成していくと……なんというか、その女性からきな臭い匂いがしてくるのを彼の鼻は嗅ぎつけていた。
最初は良かったのだが、しかし段々と情報が見つけられる場所がアングラなエリアに達して来ており。そろそろ結構ネットの『深い』領域にまで踏み込んで来ている。
『そこ』に入れるツールが準備されている辺りは、恐らくそれの利用も背後の女性はしていて、そこも踏まえて『やってみろ』と言ったのだろうが。
……そんな所を流し見ていた時の事。ちらりと目をやった窓を更新すると、新たな『書き込み』がされているのが見えた。
「ん、反応アリ」
様々なサイトを巡るのと並行し、匿名でやり取りを行う、いわゆる『掲示板』の一種に書き込みを行っていた。かなり深い位置にある故か、個人情報なども当たり前のように晒されているマナーもクソも無い『掃きだめ』のような場所なのが普通の掲示板との違いなのだが……その分、
当然新島がそう言う場所を利用しない訳もない。こういった所からも中々面白い掘り出し物と言うのは出てくるものだ――と言う事で、ちょっとした書き込みを幾つか残しておいたのだが、それに対し反応が返って来ていた。
「……『余程殺したい奴がいるのか?』……どういう意味だ?」
……が、返って来たのは要領を得ない返事だけ。先ず主語が無く、掲示板に関してもそう言った話題をしている訳でもない
そもそも他の明らかに『ヤバイ』場所と比べて、比較的色んな話題が飛び交っているこの『雑談板』的な場所を選んで書き込んだのだから、そう言う話題になるのが、幾らなんでも飛躍し過ぎている、というか――いや。
「……まさか」
それが『正しい反応』であると仮定した場合――浮かんだその文句を、新島はそのまま書き込んでみる。
『信頼して仕事を依頼できるか分からないから情報を集めてる』
……それに対し、次の書き込みは余りにも早かった。
『『貫き』がしくじるか?』
『アレが殺しやってる風景を想像もしたくないのでノーコメント』
『アレには関わりたくない。依頼したこっちが殺されかねない』
『この世のマジの『闇』だと思う。やめといた方がいい』
……そう言った書き込みが、新島の目を滑っていく。ただの雑談版とはいえ、ここで話をするのであればある程度そう言う世界に通じているという事に他ならない。
それらが口をそろえて『殺し』やら『依頼』やらを口にする……思わず、顔が引きつりそうになるのを抑えきれない。
先ほどのメモにはそう言った部分は全く記されていなかったが……どうやら件の女性は結構『香ばしい』お仕事をされていらっしゃるらしい。とはいえ、まぁこのレベルの深さにまで潜って来たのだ。ちょっとくらいヤバイ相手が出る事も、覚悟はしている。
「……『金髪でイイカラダしてる女だから油断する』……ん?」
……故に。
言い表せない嫌な感覚が背筋に走ったのは、件の女の『ヤバさ』が分かって来たタイミングではなく。その容姿の話題が出て来た時の事だった。
「『セレブのマダムぶってるがその面の皮の下は人の味を覚えたケダモノ』……?」
金髪。言い方からするにグラマラス。一見するとセレブなお姉さま。
三つのワードが……新島の額に、一筋の冷たい汗を伝わせてくる。
聞き覚えがあった。というか、なんか最近、と言うか直近でそんな人物と知り合ったような気がする。というか今、真後ろに立っている気がする。
いやそんなまさか――そう思った新島の視線の先、加速し加熱するスレッドに、突如として一枚の画像が投下された。
『ここ最近、中東の方のデカめの組織から写真付きで懸賞金かけられてるぜ。あんまり大々的にはやってないみたいだが』
そんな言葉と共に――その写真に映し出された女の、その姿は。
「――はァい。お疲れ様ァ」
ひゅっ、と喉が鳴った。
いつの間にか、肩口から――その画像と『
「……本当に一時間もォ、かからなかったわねェ?」
「ひ、ひひひっ……!?」
「って事でェ、坊やの探してた女の正体はァ……わ・た・し♪ よく出来ましたァ、ぱちぱちぱち~♪」
耳にじゃれつく嬉しそうな猫なで声が、新島の脳の、その真芯を凍らせる――女の名は『ジャック』。正確な名前かは分からない。ただ、そうとだけ呼ばれているようだ。
通り名は『貫きジャック』。
殺害した相手の殆どが、鋭い杭の様な物で深く貫かれ、尚且つ『一撃』で仕留められていることに由来するという。ラグナレクの様なチンピラ連中とは格というものが違う、本物の『暴力』のプロ。
顔が引きつるのが抑えられない。必死になって虎穴に飛び込んだら、その先に無数の猛虎が待ち受けていた気分だ。道理で底が見えない筈だ。自分のいる場所の上……否。遥かに深淵に潜む邪悪なんて、図り切れるわけが無い。
「それにしてもォ、ホントに見事ねェ」
……自分の事を調べさせて。此方の技術を棒に振った。否、情報そのものに価値を見出していなかった? 少なくとも、自分が相手を測り間違えたという悔いが残る。
事ここに至り、課題を熟したから帰してもらえる――等と思えるか? 最早、こうして自分の正体を知らせたのが、『死刑宣告』にすら感じてくる。
かちかちと歯が鳴るをの抑えられない。
「――ねェ坊やァ……私に飼われるつもり、無いィ?」
指先が、首筋に触れる。
びくっ、と肩が跳ねてしまったのも気にせず……そのまま指先を滑らせながら、触れる指先を一本、二本と増やしていき……最後には、此方の肩をゆっくりと掌が撫ぜた。
「やっぱりィ、最近はこういうのが上手いと色々便利だしィ? 一人くらいは扱いの上手いのが欲しかったのよねェ」
「……」
「金はしっかりと払わせてもらう……プロの仕事にはァ、対価が欠かせないものォ」
何度も、繰り返し。子猫を撫でるみたいに酷く優しい手つきで。
……まるで怯えている此方を、落ち着かせようとしている様な。
「そォねぇ……基本給は『延棒』一本から、で――どうかしらァ? 決して悪い話じゃないと思うけどォ?」
囁く声色も、提示された条件も、その全てが飴玉の様に甘い。背後の女性にも似て、一見すれば酷く魅力的な囁きに違いないけれども。
その実は――首元によく研がれた鋭利なナイフを突きつけられている。
背後にいるのは、無法と謀略渦巻く裏の世界にて『暴力』の象徴のように扱われている女だ。彼女からの交渉を断って、さて自分は無事にこのホテルを出られるか?
「(――無理だ)」
単純で、分かりやすく、そして当たり前の話だ。
生き残りたいのであれば、選択の余地はない。断れば死が待っている。
なんと返すべきか――幾らでも強い者に媚を売った事はある。靴を舐めるくらいのことはする。汚い真似もいざとなれば躊躇う事はしない。
自らが生き残るというその一点において、決断力は誰よりも優れている。
「――けひ」
そんなスタンスだ。
「ケヒャヒャひゃヒャひゃヒャハハハハハハハははァっ!!」
喉からあふれ出る高笑い――その後に、彼女に対して口にする、『新島春夫』としての答えは、初めっから決まっていた。
「――断る」
ネットを探る描写がすっげぇ疲れたゾ……