史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
寒気がしやがった。あんな死にかけのガキから。膨れ上がる圧力。
俺だってわかったんだ。目の前のジャックにだってわかったろう。溜めてた足を即座に振り下ろしたんだ。早く潰さないとヤバイってその判断、きっと正しい。
それが今、掴み取られるなんざ、想定外だろう。
「随分と無理な筋肉の動かし方だ、疲労も早いだろう」
「このォ! まァた舐めた真似をォッ!! 放せェ!!!」
ジャックが思い切り足を振り回そうとした。
だが……全く動かない。ピクリともだ。俺自身なんかの冗談だと思いたいが、俺の目はまだ腐っても居なけりゃ、幻覚を見る程正気を失っちゃいねぇ。一体何処から出て来やがるそのパワーは。目の前で、ほぼ死にかけてた筈だろうが、お前は。
信じられないが、まったく目が死んでねぇ。寧ろ輝きを増したような気すらする。それにこの……蘇った後からビンビン伝わって来やがる、この迫力はなんだ!?
「な、なんだよォ……!? アンタはァ、さっきまでェ死にかけの、死体同然の筈ゥ!!」
「死んでいては、こうした起き上がる事も……ゴフッ、出来ないだろうに」
「ふざけんな、アレだけ蹴られて、アレだけ血を流してたってのに!?」
「君の蹴りは、見た目は派手だが、その実を言えば破壊力に其処迄長けている訳ではない。故にヒールで補っているのだな」
「――ッ!?」
ジャックの動きが止まる。明らかに驚愕した表情。図星。いやそれはまだ良い。女は速さだとか柔軟性は兎も角、パワーに長けた筋肉にするのはキツイ。そういう性質だからだ。それを凶器で補うなんざ、当然の発想だ。
問題はあんなバカみたいな蹴りに晒されていた、あのハゲが……その中でも、それを見抜いていたって言う事だ。無理だろう。普通。
「な、なにを出鱈目をッ!!」
「出鱈目では……ない。最初から君を分析して、出た結果だ」
「ハァ!? 嘘を吐け! そんな事出来る訳が――」
「出来る。患者の情報を……集めるのは、医に関わる者として、当たり前の……事だ」
――だが。
もし、あのガキが。ここで暴れる患者を抑え込んでる時にそれをずっとやっていたとすればどうだ?
馬鹿真面目に、一人一人を取り押さえる時に、相手をよく見て。相手の行動や癖を読み取る事を日課としていたなら?
医者ってのは、患者を理解してナンボだってのを聞いた事がある。それをあのガキが、ここで医療スタッフとして働く傍ら、ずっと実践してきたとすればどうだ? 少なくともそんな事を初見でやったってよりはまだ分からんでもない。
それにしたって、異常なのは変わらんが。
「煩いわよォ……! このォッ!!」
ようやく足を掴んでいる腕を、漸く振り払う事に成功した。だが……ジャックの方はハゲと違い、明らかに迫力がしぼんでいる。寧ろ、目の前の相手にビビっている節すらある。呑まれてやがる。
「あ、アンタ、なんかァ!! アタシのォ! 栄養にィ!」
「――暴れるな」
「なってろォ……お?」
そんなんじゃあ、当たる訳がない。折角の蹴りも。さっきと同じように掴み取られてやがる。呆然としているが、当然だ。
当然だが……当然の光景が見れたのは、そこまでだった。
「――ぬぅぅ……!!」
「あっ……このぉおお!?」
何と、その足を掴んだまま、思い切りハゲは……ジャックを吊り下げやがったんだ。
しっかりと、地面に根を張って。目を疑った。無理だ。普通。そもそもそんだけボロボロなら、早く楽になりたいって思うだろう? それなのに、普通だってやるのがキツイような真似を……じゃあアイツはなんだ。
そう思った時、ふと、思い出す記憶。
『――ぬっはぁあああああ!!! 温いわ、若造!!』
『ふん、久しぶりにシラットを振るわねば鈍ると思ったが、肩慣らしにもならんわ、お主では! 去ねぃ!!!』
『無手で挑もうなどと。愚かな』
俺だって、こんな所に来る前は武人崩れだった……そうじゃなけりゃ、こんな商売する訳もねぇ。だが。
マトモに戦っても勝てない化け物共は、居る。どうして生き残れたなんざ、それこそ運が良かった、って言うしかねぇが。運が良かったのは、それだけじゃない。そう言うバケモノ共に共通する、事を見つけられたんだ。
彼奴らは……折れない。歪まない。曲がらない。自分がこうと信じた事を必ず押し通して来る。あのガキからは、それとおんなじ匂いを感じる。自分がボロボロになって、どれだけ壊れても関係ない。
あぁ。そうだ。アレらだ。アイツにどうしてここまで寒気を抱くのか。
彼奴らは、ゾッとするような。相対しただけで、ゾッとするような、圧力を持っていた。今だ。今、あのガキからそれを感じるようになった。まだ、あんな化け物共とは比べ物にならないが。それでも。
膨れ上がる様な、荒々しい、その圧力は……間違いなく、アイツ等のそれに通じるものがあるんだ。
「――もう一度だけ、問う」
「っ!!」
「自分の手で、治療を選択するのが一番だが……どうする。君自身の手で、その、異常性を治療するというのであれば……」
「ぁ……ッザッケンナァ!!!」
だがジャックもやられっぱなしじゃない。
「オラオラオララララッ!!」
「――……!!!」
「この、放せってんだァ!! 嫌な、記憶をォ! 思いィ、出しちゃったじゃなィ!!」
その状態から繰り出した蹴りは、吊り下げられて、不安定な状態から繰り出せる数じゃない。腕から先ずは蹴り潰そうとして、だがそれでも腕が動かないってなると、その腕を伝って、上半身全体にヒールの踵を突き刺し続ける。
もう片方の手で払い除けられるレベルじゃない、正直これだけの蹴りを放てるジャックも規格外も規格外。この年齢で普通に出来るような足捌きじゃねぇ。
けれど。あの、ホークってガキは。
「――そちらも、封じ、なければ」
「あぁ!? っ!? こ、コイツ!」
そのもう片方の足をも、掴み取った。
上半身全体を激しく蹴たぐられて……肩も、胸板もいよいよ血塗れ。正直、目の前のジャックってガキよりも、ダメージは全然デケェ。顔なんて、それこそヒールで裂けてる部分だってあった。ふらついてて当然な……そんなザマだってのに。何てことない、っていう面で。
両足を引っ掴み、もう完全に吊り下げちまいやがった。
「こっ、このォ!! また! またァ! こ、んなァ!!! 恥をォ!!」
「――」
「は、放せっ! 放せェッ!! お前ェ!!」
こうなっちまったら、人間にっちもさっちもいかねぇ。どれだけ喧嘩が得意な野郎だって逆立ちしたまんま、人と殴りあい出来る訳じゃねぇんだ。ましてや、踏ん張る地面が無い状態じゃ、普通なら力だってマトモに入れられない。さっき、空中で蹴りなんざ繰り出したジャックは普通じゃねぇが、だとしてもこんな体勢から力込めるなんざ、土台無理だ。
そして……こうなっちまえば、叩き付けるなり、リング外へ放り投げるなり。何でもやり放題。
「――」
「くっ、クソッ!!」
「……君、は。じぶんの、いしでは……治療すること……も、出来ない、とはんだんする」
「う、煩いィ!! 治療だとォ!? そんな、アタシが、病気、みたいにィ!!」
「病気だ」
だが。それも気にしてない。彼奴は、ずっと変わらずあの女に集中してやがる。
しかも、治療だ、なんぞほざきやがった。治療すべきは、テメェ自身だってのに。何を治療しようってんだ。いま目の前にいる奴と戦ってんじゃねぇのか。あのガキは。
「俺が! 治療! するのだ! 必ず!!」
「さ、されるかァ!! 治療なんかッ!!」
「い、いいや……絶対に……諦めたりは……!! しない……!!」
「うっ……」
どっちも、余裕が無さすぎる。
何と戦ってるかは知らねぇが……酷く歪だ。どっちも追い詰められた顔をしてやがるってのに、片方は目の前の相手を。もう片方は……何処を見てるかも分からねぇと来た。
「何時か……何時か……あの日の……無力を……超えて、おれ……は」
……あのガキは、きっと将来、とんでもない化け物になるだろう。
「……っ? あ?」
「……」
「は? と、飛んでる……?」
意識は、ない。
それでも、それでもなお。アレだけ立っていられるのも。それの証拠だと思うのだ。放すか倒れるかしろ。なんで掴んだまま立っていられるんだ。
あぁ末恐ろしい!! もう奴の精神は、肉体を超えていたんだ。最後の一瞬。
だから肉体は倒れず……これだけの精神がもし、もし一度の挫折も無いままに、彼方に辿り着いたとすれば? それは一体、どんな怪物を生む事になる!?
正直、もうあのガキをここで預かるのは止めにしたい。
間違いなく、アイツは俺に、この地下格闘場にとっての……災厄になるからだ。
試合結果:ドロー!!
そりゃあ前半アレだけ蹴り飛ばされたら意識も飛ぶって話。