史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第七回・裏:元ラグナレクの憂鬱

「――……ふぅ」

 

 ……化粧直し、終了。これで気持ちも落ち着いただろうか。というか落ち着いて貰わないと非常に困るんだけれども

 楽しそうなのは良いコトなのだが、しかしあのテンションを維持されると、なんか頭の何処かがヘドロみたいななんかに侵されていって……最後は絶対、自分の頭の真ん中のどっかしらおかしくなってたと思う、ので。

 

「……タイチぃ、お水取ってくれるゥ?」

「あ、はいっす」

 

 確認した瞳の色は普通。多分だけど、もう大丈夫だと思う。

 一先ず胸をなでおろした。テンションが上がった時と、極端に機嫌が悪いとき以外は意外にも常識的な部分もある人なので。落ち着いたならある程度は安心できる。

 

 ……意外に、とか失礼な事を言ってるみたいに聞こえるけど。しかしながらこちとら初対面からして『誘拐』である。

いきなり現れた女に捕まった挙句に、ホテルまで連れ込まれて『スタミナの限界を見て上げる』とか言われて、兎も角全力で暴れて見ろって言われて……そこから始まった師弟関係に常識的な回答を求める事自体がおかしいと思う。うん。

 

「……ありがとォ。落ち着いて来たわァ」

「えっと、それでししょー……」

 

 ……後、落ち付いて欲しかったのにはもう一つ理由がある。

 ついさっき、ししょーの携帯に連絡が来ていた。メールの差出人は――『ロキ』。

 

 一応、自分以外のラグナレクの誰かと連絡を取っているというのは知っていた。それがあの八人の『拳豪』の一人だったとは驚きだが……ぶっちゃけ、ししょーが僕らからすれば正体不明の『拳聖』の正体でも不思議じゃないし、だから連絡取り合ってると考えるとしっくりは来る。

 けれども、いっつも電話でロキの奴と話してた時のししょー、まぁ機嫌が悪そうだったって言うか……どうやら二人は反りが大層合わないらしく。

 

「んゥ~?」

「えっと……ロキの奴から、連絡来てますけど~……?」

「――はァ……折角機嫌よかったのにねェ。良いわァ、携帯頂戴なァ」

 

 ……連絡が来ただけでもこうして急転直下で機嫌が宜しくなくなる。いや、話してる時は至極冷静なんだけれども。連絡が来ると、一気にこう、空気が白けるというか。

さっきの新島と何が違うのかと言いたいのだが、ししょー的には何かが違うらしい。

 

「――はァい……なァに? 定期連絡はもっと先のォ……はい?」

 

 ……それは兎も角。

 ため息を一つ吐いてから。ししょーは短縮から通話ボタンを押して、スピーカーの部分に耳を当てて……ちらりと、視線を携帯の方へと滑らせた。

 

「あァ、そォ。船の件、もうバレてたって訳ェ。それで態々ァ? くすくすっ、ほんっとォ、連絡ご苦労な事ねェぼうやァ」

 

 船の一件、というと……やっぱり、自分が船に乗り込んだ事だろうか。やっぱりロキからしてみると、この『横槍』はたまったもんじゃなかったっぽい。俺が乗り込んでからあんまり時間も経ってないのにすぐ電話してきた辺り、相当トサカに来てんのか。

 

 ……元々、ロキに船の事を話したのは師匠だったらしい。輸入物を扱う船で、日本から国外まで出ていくのが確実な一隻。なんでそれを覚えていたかと言うと……その船の会社が前から割と品物を杜撰な管理をしていたのを、悪い意味でししょーが覚えてたから。

 ちょっとした世間話、位のつもりだったらしいけど。まさかその話を聞いて、ロキがその船を利用するとは露とも思ってなかったっぽい。

 

「でもォ、私はそっちの事情なんか全然知らなかった訳だしィ……勝手にその船を使おうって決めたのもそっちな訳だしィ? それで事情も何も知らないィ、私に向かってェ、文句言うのはお門違いじゃなァい?」

 

 ……ロキもまさか間違って乗せられた積み荷を、俺を直接向かわせて回収するとは思ってなかったと思う。とは言わない。言ったら俺の心臓に綺麗な丸い孔が空く。

 

「……はい。はァい。それじゃァ」

 

 ピッ、と言う音と共に、通話が切られる。もう一度はぁ、とでっかいでっかいため息を吐きながら……ししょーはソファに背を預けた。

 

 ……こんっ

 

 軽い音が部屋に響く――その瞬間、ぽーんと手元に携帯が飛んで来た。先ほどまで師匠が持っていた携帯だった。

 

「……えっ、ししょー。コレ」

「それェ。ロキの坊やに渡しておきなさいなァ……呼び出しておいたからァ」

「は、はぁ……え、なんで……えっ!?」

 

 コレは確か、ロキとの連絡用の携帯だった筈。それを渡していいのだろうか――と思って手元を見て……背筋が凍った。

 穴だ。穴が一個、空いている。暗くなった画面に。十円玉くらいのサイズの穴が。このサイズを、ボクが知らないわけが無い。コレはししょーの、ヒールの踵のサイズだ。

 

 ししょーがやったんだろう事は、明確で。ししょーだったら、まぁ携帯位自力で破壊する事くらいするだろう……そこは納得できる。

 

 じゃあ、何が怖いんだって。この携帯、本当に突然、飛んで来たんだ。

 なんか、空中で蹴ったとか、そう言う素振りが見えた訳でもないし。ししょーはただ座ってるようにしか見えなかったし。ちょっと身じろぎくらいはした、かもしれないけど。何もしてない筈の所から、コレが飛んで来た。

 

 画面にはひび割れ一つもない。なのに中心に綺麗なまんまるな穴が空いてる。前に教えてもらったけど、本当の『武術』って言うのは、無駄な破壊をしないモノらしい。

 

『いーいタイチィ? ()()()()()()()って言うのはァ、武術にとっては無駄で美しくないモノなのォ。一流って言うのはァ、自分の意志でェ、破壊の範囲を『()()()』こそなのよォ?』

 

 ……そう言ってから、ししょーがコンクリの壁に横一列に開けたのは、工具でも使ったんじゃないかってキレイな穴。十個以上を、瞬く間に。その穴も……壁にはヒビ一つ入れていなかった。

 コレをどう参考にしろって言いたかった神業……それを知ってるから、コレがどれだけの神業なのか、分かっちゃうわけで。

 

「……」

「じゃ、お願いねェ。これ以上起きてたらちょっと『アガり』すぎちゃうしィ……私は先に寝るからァ」

「あ、おやすみなさいっす」

 

 そう言って、ししょーはソファから腰をあげると、隣の寝室へと歩いて行く。片方の頬をしきりに撫ぜながら……そのまま、開けた扉の向こうへ消えて行った。

 

「……」

 

 改めて、手元の携帯を見つめる。

 

 何時もは、使った携帯は何回か使ったら壊してるのに。態々こんな壊し方して残して渡せって……要するに、コレは手紙代わりのメッセージなんだ。

ある程度武術を齧ってるロキにとっちゃ、コレの端末の末路がどう言う意味を持ってるかを、分からない訳ない。

 

『次に生意気な口を効いたら、お前がこうなる』

 

 っていう明確なサインだ。姿を見せるよりも、口で言うよりも、何よりも雄弁な意思表示だと思う。少なくとも、ボクはこの時点でちびりそうなくらい怖すぎる代物である。

 

 あのししょーだ。

 やるといったら絶対やる。それをロキだってよく知ってる……のかなぁ。いや、ししょーと少しでも付き合ってるなら、『それ』が理解出来なけりゃぁおかしな話。ボク以下のバカの烙印を押されても文句言えないと思う。

 そんなししょーからの脅しとか……あーこわ。

 

「言葉の要らない脅しって、なんでこうも体に染みるんだろ……」

 

 こういう凄み、ってどうやったら出せるんだろう。ししょーの底知れない……なんつーか、逆らえない……カリスマ?的な部分だ。

 

 ……ぶっちゃけ、目の前で見たから余計にってのはあると思うケド。

 コンクリよりも脆い、しかも壁と違って固定もされてない……そんな携帯にこんなに綺麗な穴開けたっていうのが。それに……ここはホテルの部屋の中だ。ししょーはコンクリの時と違って靴履いてない。

 

「……」

 

 ……これ渡されたら、ロキはどんな反応をするんだろうか。少なくとも、良い顔はしないと思う、流石に。下手したら逆上したアイツにボクが襲われるんじゃないのかな。あーそれもこわい。

 

 その前に……一つ、連絡入れておいた方が良いのか。

 ちらりと、ポケットに目をやる。そこに入ってる携帯には――ししょーが持ってるのとは違う番号の、『ロキ』の携帯の番号が入ってる。

 ししょーとは違って、つい最近教えられたものだ。

 

『――初めまして。蹴りの古賀クン』

 

 何処で聞きつけたのか。つい最近、ボクの携帯に突然連絡して来た。ラグナレクの中で参謀をやっているというだけあって、こういう頭脳労働は得意らしく。会った事すらないというのに、教えても居ない携帯の番号から……今、師匠に師事している事まで、いろんな情報が抜かれてた。

 どうしてそいつがこっちに連絡なんざ寄越したのか。

 

『なぁに、別に悪い話をしようってんじゃない。その実力を買って、キミに提案したい事があるだけだよ……『神聖ラグナレク』への勧誘さ――』

 

 ロキは……ししょーを後ろ盾にして、新しい不良グループを作りたいから、色んな奴に声をかけていた。んで、ししょーの弟子になったボクにも白羽の矢が立った。

 

『あのジャックサマの弟子ってんだ。そりゃあ誰だって欲しがるよ――君には好待遇を約束しよう。俺と共に、キミを冷遇していたラグナレクをぶっ潰さないかい?』

 

 ……まぁ色々と、ビジレイク?って奴を貰った。それに加えて向こうがどれだけの戦力で、ラグナレクを倒せるだけの勝算もちゃんとあり、勝ったならどれだけのメリットがボクにあるのかまで、懇切丁寧に。まるでセールストークだった。

 

そのほとんどを覚えてない訳だけど。俺は。

 だって、どうしてロキが声をかけてきたのか……『本当の所』は、そのまま落ち着いて話を聞いてればあっさりと分かったから。

 

昔とは違う。『あの』ししょーと一緒にいたら考えなしでいれるわけないし、バカなりに鼻も利くようになる。

 要するに――ししょーとつながりが欲しいのだ。

 ぶっちゃけ向こうもししょーがそのまま後ろ盾になってくれるとは思ってない。だからその為の楔を欲しがってた。そこで……子飼いにされて、弟子になってるボクから切り崩して、説得の助けにしたかった、って感じ、だと思う。

 

 ……ホントに。

 

「……バカだよなぁ、頭良いのに」

 

 何度思い返しても、そんな感想しか出てこない。

そんな小細工、絶対無意味だって分からないもんだろうか。

 

先ず、ししょーはそう言う小細工が一番嫌いだ。謀略を巡らせたり、罠を張ったりするの自体が嫌いって言うより、なんて言うんだろう……『小賢しい』っていえばいいのか、そう言う感じのが。

 

 何より……そもそもししょーは『何処にも属さない』。

 『闇』って所に近いけど、属してる訳でもない……正確には、そこからの依頼を請け負う独立傭兵っていう形を取ってる、って言ってた。

 

『ホントォ、嫌なのよねェ……あそこも結局は『派閥争い』っていうのやめられてないんだからァ。そういうのが一番嫌ァい。って言うか武術家が政治やってどうするのよォ、この世で一番要らないマルチタスクじゃなァい?』

 

 とまぁ、散々だった。『闇』って組織がどんな所か全く知らないけど、ししょーは無駄な嘘はつかないし、良い場所なんじゃないだろうなって言うのは想像ついた。というかししょーからも『ああいうのは見習っちゃだめよォ』って教えられてるからその通りにしますハイ。うん。

 

 ……まぁ、それは良い。

 兎も角、ししょーはボクが所属したくらいじゃ絶対に、そんなペーペーのチンピラ集団なんて支援しない。ぶっちゃけ『好きにすればァ?』以外のお言葉も貰えないと思う。

 でも……実際所属するかどうかは、ボク次第ではあるのだ。

 

「……どうすっかなぁ……?」

 

 頭を掻く。

 ぶっちゃけた話、ラグナレクに未練はない。

 いや、正確に言うと……ぶっちゃけそんなもんで偉ぶってる間にししょーの修行をサボろうもんなら殺されるので、ここ最近は強制的に興味を失わされてたというか。

 

 でも……実際、ラグナレクって場所が嫌いだったかって言えば、そうでもない。キサラ様と一緒にいた時はそれなりに楽しかったし。

 ししょーも、別に話が分からない訳じゃない。修行のサボりは厳禁だけど、ちゃんと真正面から話せば、お小遣いでエロ本買う位全然許してくれる。

 

『なんならァ……『私の』、使ってみるゥ……?♡』

『あいえすみませんおゆるしください』

『……正直ねェホント。ま、良いけどォ』

 

 ……常識知らずでロクデナシだけど。

 兎も角、ラグナレクって組織に復帰するって言うなら多分止めないだろうし……なんならえっと、何だっけ……あぁそうだ。『実践を積む場』って事で、大手を振って許可してくれんじゃねーか、とは思う。

 神聖ラグナレクって組織も、そういうのには……十分なんじゃないだろうか。

 

「……キサラ様も、ラグナレク負けたらそっちに流れるだろうし?」

 

 ロキはぶっちゃけ、組織時代のしがらみとか考えるタイプ……じゃないと思う、話した限りだけど。良い手駒がいるなら取り敢えず取り込むタイプだ。

 キサラ様くらいに強いなら、大手を振ってロキは勧誘するだろうと思う。

 

 って事は……後は、ボクが神聖ラグナレクであらかじめそこそこの地位についてたら。

後から流れてきたキサラ様……いや、キサラと良い感じに付き合えるようになるかもしれない。ボクにとっては、メリットしかない。

 

「……んー」

 

 名前貸す位はいいんだろうけど。でも、なんていうか。

 

「なんだろうなぁ……」

 

 ……手元の携帯を見つめる。

 

 改めて見ても背筋に染みる。掌にずっしりとくる。言葉もいらない。凄い重い『脅しの道具』だ。それに比べて……なんていうか。自分の今やってる事は……こう……

 

「……んー」

 

 昔は、こういう事も考えなかった。でも……あのししょーを目の前に、考えないようにする事自体が不可能だった――そう言う意味じゃ、困った事になってしまった。

 最近、どうも自分の選択一つ一つが……気軽に決められなくなっていた。

 

 良いコトなのか、悪いコトなのか。

 もう一度ポケットに目をやってから……取りあえず。

 

「この携帯渡してから考えるか」

 

 そういうことにした。

 少なくとも……ししょーから、お褒めの言葉は貰えるだろうから。

 




割ときちんと古賀君を育てようとしている風に書けていれば幸い……
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