史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――」
白浜の、真っ直ぐな瞳が此方を見つめている。
非常に頭が痛い。妹を攫われたってんだから、その怒りは如何ほどか――同じ、妹を持つ者同士、気持ちは分かる。故にその勢いを受け止めつつも、目を引くつもりだった。
が、想像よりも白浜の察しが良すぎる。なんだアイツ、普段はどっか間抜けてるっていうのにここだけ妙に察しが良いじゃねぇかチクショウ。
……いきなり躓いた。背後の教会には白浜の妹がいる。その状況で、その兄に向けて俺から殴り掛かるとか誰がやりたいというのか。だがどっちかが勝負の口火を切らないとアイツの傍のロキの気を引けない。
「お兄ちゃんっ! そうだじょっ! 悪いのはこっちだーっ!」
「……クソっ……」
一番きついのは。
もし俺から仕掛けた場合……後ろのアイツから、楓に話が行って……間違いなく俺が白い目で見られるという事だ。あの年のガキに、その辺りの複雑な事情を察しろって方が無理なのは流石に自覚している。
友達を攫った奴に喜んで手を貸して、兄に殴りかかったロクデナシ。そうにしか見えないだろう。白浜がブチ切れて互いに衝突したって言うなら、まだ話も変わって来るだろうが……ちらりと目の前の男を確認する。
「――ほのかを攫ったのはロキの方なんだろう! ハーミット!」
「……」
「新島を攫って海外に流す様な卑劣な奴だ! 大方、君を矢面に立たせて……自分は後ろの教会でふんぞり返ってる、って所じゃないのか! 逆鬼師匠の昔の話で良くある、ロクデナシの悪役のやり口宜しくな!」
こんな時ばっかり勘のいい……全部正解だ。
「キミがこんな卑劣な策に乗る様な男じゃないのは、一度本気で拳を交えた僕が一番良く分かってるつもりだ――何か、事情があるんだろう!?」
「……」
向こうにはやる気がない。明らかにやる気がない。なんなら、正体を知ってても俺の事を口にしない辺りも含めて、こちらに気まで使われてる。知ってるか白浜、それは今の俺にとっては一番効くぞ。何なら拳の一発よりズシンと来るぞ。
クソが、余計に手出ししづらい空気を作りやがって……っ!
あぁそうだ、全く以て事情がある。が、それを言った所で、どうなるような状況でもない。なんなら俺の事情は目の前の白浜に何ら関係ない。そもそもそんな余計なもんを、本気で戦いたい相手に背負わせる様な無粋な真似なんざ出来るか。
「……っ!」
余りにも四面楚歌(精神的)な状況。思わず拳を握る。
どうする。もうこうなりゃ自棄か。アドリブかましてこの場で白浜と組んでロキをぶん殴るか。いや、ロキの手元に人質が残ってる以上、下手な事したら被害が出る。
……何か一つ欲しい。
堂々と拳を振るう為の切っ掛けが。
こちとら武闘家、拳を振るうのが得手だ。そりゃあ昔は、楓のためにとある程度帝王学を学び、グループを回す為にそこそこ腹芸も身に着けた――が、先生が主治医として楓の後ろについて、会社にもあの人が出入りしてからというもの、不要な物となった
……気持ちは分かる。会社に堂々と出入りする白衣を着た強面スキンヘッドの巨漢が向かう先は、会社の舵取りを始めたばかりの若社長のデスクだ。
一族という事で急遽就任する事になった不公平性、見た目の若さ等からくる不満や、侮り……そういった意識が社員に芽生える前に、先ず『得体の知れないモノ』を見る目で見られるようになった。
『……そう言う面倒にかかずらう必要が無いのは喜ばしい事だと思え』
とは、どっかで先生から報告を受けているであろう師匠の言葉だが。やっぱり必要な事だったとは思う。こういう時に、口先の一つでも上手く回れば、と。
いや、それにしてもこういった策謀を専門にしているロキ相手では厳しいか。
……というかあの野郎、何を教会に引きこもってやがる。白浜の言う通り、後は全部俺に任せて高みの見物か。作戦立てたのはテメェだろうが。その辺りの責任とってせめて白浜煽るくらいはしろ。そう言うのは俺より得手だろうが――
「……いや、待て……?」
そもそもの話だ。
この状況を作ったのはロキであって。俺に場を動かす責任がある訳が無い。なんでこんないけ好かない作戦に無理矢理引っ張り出されて、場の調整までしなくちゃならないってんだ。寧ろ、この場を動かすのはロキの仕事だろうが。
びしゃり、と稲光が脳裏に閃いた。
どうせ初めから気の乗らねぇ戦いを強制させられてるんだ――こうなったら責任を取って、とことんまでノせて貰おうじゃねぇか戦う参謀。
「……気が乗らねぇ、ってのは、否定しねぇよ」
――敢えて。
後ろにもハッキリと聞こえる様な声を、上げた。
「……っ、それなら」
「だがテメェだってわかってるだろうが。だからつって、はいはいと気軽にそっちに付けるような質じゃねぇのもよ。白浜兼一」
「そ……それはっ」
時間は稼ぐ。向こうだってこれ以上白浜と話されたら面倒な事くらい分かってる。『無駄なおしゃべり』をしてれば、向こうだって口出ししてくるだろう。その辺りに喰い付かない位に無能って訳じゃない。
寧ろ――ここで口を挟めるくらいには有能だから、ありがたい。
此方の思惑通り。白浜が次の言葉を紡ぐ前に。後ろの扉が開いた。
「――おいおい、気が乗らねぇなんざおかしな話だ。立派な大義名分の上で、気持ち良く戦わせてやってるっていうのによぉ」
「……ロキっ!!」
……一人だけ。
部下は連れていない辺り、流石に不意の強奪には警戒しているか。ロキから見れば、白浜が風林寺辺りにこっそりと人質の奪還を任せていても可笑しくはないのだから。
いや、それを前提としている位のつもりはあるだろう。
それでも尚。自分が顔を出した辺り、やはり役者が余計なアドリブをやらかすのを警戒してるんだろう。
「ほのかは何処だっ!」
「いやいや、大事な人質だからなぁ。雨に濡れて風邪でもひいたら大変だ。こちらの教会の中で丁重に匿わせてもらってるよー。折角の最高のゲスト同士のショーなんだ。特等席で観賞できなきゃ嘘ってもんだろう……?」
飄々とした態度ながら、奴は俺からも、白浜からも、まるで意識を逸らしちゃいない。気合いの張り詰め様は、俺は当然、怒り狂ってる白浜以上だろう。
ここまで本気になっている奴にとっての、この勝負の理想は――俺と、コイツが共倒れになる事。
幾らなんでもそれが分からない訳じゃない。奴は元々、自分の手で白浜を始末しようとしていた。白浜の妹を攫って人質にするだけなら兎も角、その過程で俺まで巻き込む合理的な理由ってもんが無い。
奴はかなりプライドの高い男だ――だがその反面、理知的で、冷徹なまでの策謀家でもある事は間違いない。
奴と俺との反りはまぁ合わない。そんな野郎を共同作戦なんざ、緻密な作戦をこそ至上とするロキがするだろうか。増してや俺みたいな不確定要素の塊を態々作戦に組み込もうとするか。寧ろ、関わらない様に排除しようとして然りだ。
……なら、どうして俺をこうして引き入れたのか。必要があったからだ――俺と白浜を纏めて始末するのに。
どうして始末するのか、そっちの方の理由は分からん……ただ、自分の手を汚したくないだけなら奴がこうして出向く必要もない。部下に任せていつも通り何処かへ姿をくらませればいい。
だが、ロキは珍しく自ら残っている――俺達の戦い終わりに、弱っている方を始末する為なんだろう。恐らくは。
「ロキ、貴様ぁっ……!」
「おぉ白浜君怖いねぇ。んじゃ怖いから俺は帰ろっと――さて、白浜君」
――どういうつもりか知らんが、奴は『ラグナレク』という組織に付きながら、水面下でこっそりと何かしらを画策している。
気づかないわけが無い。
ラグナレクで奴が俺に向けている視線は、あからさまに厄介者を見る視線――どうやってスムーズに潰すかを考えている目だ。
同じ仲間、なんざ死んでも思わん。しかし態々始末してやろうと思う程でもない。例外こそは確かにあるが、不可侵がラグナレクの八拳豪同士の基本みたいなもんだ。
……そこから態々逸脱する程の敵意。
その名に違わない『トリックスター』だ。今回の拳聖様の命に乗じて、邪魔者を始末に動いたと考えれば、何ら不思議じゃない。
「おかしな真似をしたら妹がどうなるか、分かっているだろう? 抵抗をするなとは言わないさ、俺も悪魔じゃない……頑張って、必死になって抵抗して見せてくれたまえよ?」
「待てっ、ロキっ!」
「そんじゃあ後は任せるぜ――精々
……白浜からもはっきりと見えるように、肩を叩かれる。正直今すぐこの手を取って殴り飛ばしてやりたいぐらいだが……今は、ぐっと堪える。
中の部下は、ロキが居ない今こそ警戒を強めるように言われているはずだ。ハルティニは恐らくまだ動かない――狙うなら、寧ろ多人数が居て、気が緩んでいる時にこっそりとだろう。
「……くそっ!」
俯いて、肩を震わせる白浜。だが――そのままでは終わらせられない。
「――白浜。拳を構えろ」
「けどっ……!」
「やるしかねぇんだ。それとも貴様、俺に無抵抗の相手をタコ殴りにする様な真似をさせるつもりか?」
よくやってくれた、と。そこだけは褒めておく。奴は今――自分で破滅のスイッチを押したに等しい。その礼に、今だけはお前の思うような悪役を務めてやる。
二本、指を立て。目の前の男を挑発するように此方へと招いた。やるせない思いを抱き、それでも尚、理不尽にそれをぶちまけられない、どうしようもなく甘っちょろい武術家に。
「その恨みを、『今』は引き受ける事くらいはしてやる。来い」
――それを見て。
白浜は、困ったように、しかし――確かな闘志を瞳に宿して、笑った。
「そんな真似、キミに対して出来るわけが無いだろう。やるなら、せめて一介の武術家として、真っ直ぐに向き合うとも」
「はっ……いい返事だ!」
……ここ最近、師匠に揉まれたばかりだ。
何方も腕はあの時以上に上がっているはず。第五拳豪を見事に討ち取ったその実力とやり合うのに不足は無い。
地面を、強く、踏みしめる。
震脚。その振動が――頭の中の奥の奥、闘争本能のスイッチを入れる。
腕を振るう。鞭の如く、体の周りで空気を弾き。
――バシィィンッ!!
雨降り波紋満ちる地面へと、掌を叩きつけて、無数のそれの中でも、尚盛大な波紋を広げる――準備完了。体を全ては我がモノである。一切之自由成らざる物無し。
「――かかって来い、白浜ァっ!!」
Q:……アレ? ロキ君強化入ってない?
A:第四拳豪だけ扱いが悪いな……それが私の抱く、ケンイチへのほんの僅かな不満の一つです。
投下遅れて申し訳ありません。例の一件で様子見していましたが、大丈夫そうなので投稿再開します。とはいえ一日おきの投稿だったりになってしまいそうですが、御容赦いただければ。