史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――ハァッ!!」
踏み込みと共に、しならせながら振り下ろすこの基本的な動き――俺の得意とする劈掛拳の特徴的の一つだ。遠間から相手を叩く事を得意とした武術だが……一度、向こうもそれを経験している側だ。
「フッ――シィッっ!」
「っ!? チィっ、勘のいいっ――」
「やぁっ!!」
「っとぉっ!」
一歩間合いに踏み込むその一瞬、向こうも見抜いたように合わせて動く。
手刀で払いのけ、次いで繰り出される真っ直ぐな正拳は、攻撃を払われた事で出来た僅かな隙を的確に突いて――僅かに頬の外側を掠めていく。
大仰に避ければ隙を晒すだけ。故に、敢えてギリギリのラインで躱してはいるが。
しかし、耳に鳴るこの風切り音を聞いていると、覚悟していても肝が冷えてくる。
鍛えている自信はある。だが、このレベルの拳が直撃したら、意識を保っていられるかは怪しい所だ。
「「はぁっ!!」」
――バシィッ!!
だが――こうして、拳を打ち合わせれば、分かる。
「――ぐぅっ!?」
「つぅ……痺れやがるっ……!」
俺の拳も、負けちゃいない。
奴の鍛え方は尋常じゃないが……必ず、俺の一発は通る。寧ろ、この一瞬の交差は自信になった。隙を探し、一撃を通せば致命打に持ち込めるのは此方も同じこと。
怯む必要はない。寧ろもっと、強く、自分から攻め立てて――
「――っと」
いかんいかん。気分がノってかなり良い感じに拳が奔っているが――今の俺の役割はあくまで、ロキの目を引く事だ。ギリッギリ限界の所を攻めて、互いにボロボロになって本当に漁夫の利をもっていかれたら堪らない。
……適度、適度だ。向こうは基本受け身。こっちが攻め込まなけりゃあ疲弊はそこまでしない。様子見のように見せて、最小限の交戦で……っ!
とはいえ……ああくそっ、手が疼く。足先が滑りそうになる。
白浜の野郎も、間違いなく一度やり合ったあの時から、更に功夫を積んで来てやがるのが、こうして戦っていれば一発で分かる。
しかも、だ。
「――はっ!」
「っ!? させるかっ!」
更にもう一歩踏み込んで、今度は顎先狙い――は、フェイント。途中から僅かに軌道をずらして行って、本命の懐、鳩尾への一撃を狙ったが、その思惑も外された。
「……きょ、虚実、だろう! 僕には使えないけど……っ!」
「はっ、虚実そのものを知って、見分ける対策は出来るという事か! 対策が真っ正直過ぎる上に、地道に過ぎるな!」
「仕方ないだろ!? 僕ってそんな器用な事出来ないから、ちょっとずつ積み上げるしかないのっ! 才能ないってのはお墨付きなんだからなーっ!!」
こっちのフェイントも、きっちり見分けるだけの眼も養って来たらしい。フェイントにはフェイントで対処するのが一番手っ取り早い筈だが……しかし、この泥臭い対策の仕方は……悔しいが、俺好みの骨太だ。
「はっ、才能がないか――ここまで強くなりゃあ、それも立派な虚実だぜ白浜ァ!!」
「嫌味かハーミット!? いや、キミはそんな性格でも無いなぁ!?」
たまらぬ高揚感と共に放った上段狙いの蹴り足は――向こうからも放たれた脚を捉えて互いを一歩後退せしめた。
ビリビリと来る。俺が鋭さと速度で、『弾く』様な蹴りなのに対し、愚直に骨子を鍛えて振る白浜のそれは『砕く』蹴りだ。性質の違う一発同士、しかし何方も決して劣るということは無い。
良く練られた功夫に加え、実践向きの仕込みも上々、しかもその全てがたまらぬ上物と来た――そこから生み出される
「……まだかっ……!」
ああいやもうぶっちゃけて言う。今は普通に全力で殴り合ってる。目を引く程度に良い感じに手加減とかできるわけが無いだろうがこちとら武術家だぞ。今、お互いが共倒れになっていないのは、実力が拮抗してて、奇跡的に膠着状態になってるだけだ。
いつ崩れてもおかしくない。俺の方に傾いたら白浜を容赦なく追い詰めるだろうし、白浜に傾いたなら、それこそ後先考えない一発の賭けにだって普通に出る。囮なんざ出来るような状況じゃない。
ハルティニには早くして貰わないとマズい。武を競う事への高揚感が抑えられない。このままじゃ、いい加減囮としての役割を忘れて、存分に白浜と戦う事だけに全てを傾けちまうぞ――!
「――うっきゃぁぁああああっ!?」
そう思った時だった。
背後の扉が、派手な音を立ててぶち破られた。壊れた扉の内側から転がり出てくるのは迷彩柄のスコープ女――ロキの部下の、確か二十号とか呼ばれていた奴が、すっとんきょうな悲鳴を上げて、這って進む勢いで逃げ出して来ているのが見えた。俺の方に向けて。
――『来た』っ!
「なになになに猿ッ!? 猿でたぁっ!? なんかちっこいのが――へっ?」
「噴ッ!!」
という事で、間抜けにもこっちに突っ込んで来ていたロキの手下に、ゴキブリ宜しく掌底を叩きつける。突然の事態にパニックだった事もあるだろう、ぐぇっ、と間抜けた声を上げて即沈黙。
最後にこっちを見て呆けた顔をしていた辺り、仲間だと思っていた所への不意打ちというのも効いたのか。
「残念だが、こっちはテメェらを味方だと思ってねぇよ――」
そして。女を小脇に回収し、脇へ一歩下がる。白浜の妹は、ハルティニが連れ出しているだろう。ならば――あの野郎を殴る花形は、俺ではなく、もっと適役がいるだろうよ。
振り返る視線の先、脇で抱えた女と同じ様に呆然としている白浜の姿が見える。呆けてる暇はねぇだろうが。
指先を、真っ直ぐに――壊れた教会の、入り口へと。
「――やっちまえ、白浜っ!!」
「っ!!」
頷くと同時、地面を踏みしめて白浜が飛び出した。地面を駆け抜けた後に上がる、泥の飛沫の高さ、良い足腰してやがる。アレから生まれる一発を、この後教会の中の網眼鏡が受けると思うと、胸がすくような感覚がした。
全てのしがらみから解放された男が、一切の迷いもなく猪突猛進で教会の中に突入していく――と同時に、教会の影から二人の少女が出てくる。
「……お疲れさまでした、谷本さん」
「す、すごかったじょハルティニちゃん! 一体何処から!?」
「教会の天井からですね」
白浜の妹、ほのかと……救出を成功せしめたハルティニだった。傷らしい傷も無く、ほのかの方にも目立った傷は無い。そこから見えてくるのは、ラグナレクにおいては第四位クラスの実力派を相手に、見事な脱出劇をやって除けたその実力だ。流石は『最優』に仕込まれただけはあるか
「悪かったなハルティニ。暫くソイツを頼む」
「了解しました。教会内の男を?」
「あぁ――舐めた真似をしてくれた礼だ。一発ぶち込んでやらんと気が済まない」
これで。
俺も胸を張って後を追えるというモノ。
ちらりとハルティニの方を向く。ここを任せても大丈夫か。ロキの野郎の事だ、小賢しく伏兵か何かを何処かで息を潜めている可能性もゼロじゃないが……
ふと。
耳に聞こえた音に、顔を上げる。教会に走って来る四人の影。
褐色が一人、大柄が一人、細身の……見てるとなんかイラっとするのが一人。そしてこの距離からでも見える、金沙羅の髪の少女が一人――成程、白浜の方も一人ではないらしい。
アイツらに任せれば、後は大丈夫か。
胸に一つ、安心のため息を落とす共に、ハルティニに視線を戻すと。
此方を見上げたまま……静かに、しかし強く、頷きを返した。指先が、その年の少女から鳴るとは思えない『ごきり』という重たげな音を立てる。
「――任せるぞ」
「御武運を」
マントの端を翻し、改めて教会に向けて足を進める。元から、アイツ一人でも心配はいらなかったか――将来有望な有精卵に、思わずにやけ顔になるのが止められない。育ったアイツと、拳を交えるのが楽しみだ。
とはいえそれは将来の事。
今は――目の前のロクデナシを始末する時だ。
「――雄゛ォ゛お゛オ゛お゛お゛っ!!!」
聞こえてくるのは腹に響くような咆哮……それにぴたりと足を止めた所で、教会の方から、人影が吹っ飛んでくる。ごろんごろん、と地面を転がってから人影――ロキは、受け身を取って体を起こし。
口から血の塊を地面に噴き出した。
「けっ、やってくれるぜ白浜……口の中しょっぱくなっちまったじゃねぇか……っ!!」
心の奥底から剥き出しの殺意と共に。ロキは牙を覗かせ、ギラリと笑った。普段のインテリぶりを投げ捨てて――まるで、狂犬病にかかった野良犬のようだ。
コイツの本性というか……『戦う参謀』というあだ名は伊達じゃない。猫を被ったその下には、確かな闘争本能が牙を研いでいる。
網眼鏡のその下で、端正な顔が鋭い視線を形作り。一直線に此方へと向かう。そこらのチンピラが竦み上げる様なその眼光。まぁ当然か、一応共同戦線を張ってた俺の裏切りで、作戦はぶち壊しになった訳だからな。
「――テメェもだハーミット。拳聖様の命に逆らうとはな」
「拳聖様には己の道を進む、と伝えておけ。元々、ここには腕を磨くために入ったが、お前の様な野郎がいるんじゃ、それも満足にいかねぇ」
……元から、その覚悟は出来ていた。それをもって、迷わず即答。するとロキは、ゆっくりと雨の中立ち上がると。その両手を掲げて、俺に対して拳を構えた。
その直後――教会の中から現れた白浜にも、視線をくれるのは忘れない。
「良いだろう――その覚悟に免じて。お前ら二人、纏めて俺自ら相手をしてやる」
「傲慢も良い所だなロキ。白浜と俺を二人相手どって、お前如きが勝てると思ってるのか?」
「狡知の神の名を冠する俺を侮るなよ――『体』と『知』を兼ね備えるという事が、どう言う意味を持つのか、その身体に叩き込んでやる……っ!!」
ロキとて、教会の中で俺たちの戦いを見ていた筈。それでも尚、奴の瞳には確かな闘争へのやる気が燃えている――勝算というものがあるのか。
何方でも構わない。やるって言うなら。やるだけだ。
両手を左右へ広げ、半身に拳を構える。白浜も、合わせるようにして空手と思われる構えを取った。
「白浜、やるぞ!」
「……っ!」
「――そこまでだ。ロキ」
緊迫する戦場の中で。
不意に、静かな声が響き渡った。
た の し い