史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第八回・裏:戦いの後始末とーー

「――出てきやがったか」

 

 聞こえたのは……凡そ、闘争には似つかわしくない、静かな声だった。それでいて、張り詰めた空気の中を容易に引き裂いて、此方の耳に届くような、ハッキリとしたその声。

 闘争の中にいた白浜が、ロキが。思わず、と言った様子で動きを一瞬止めてから。声の主に視線を向けざるを得なかった。

 

 これが『カリスマ』って奴か――改めて、目の前にして再確認させられる。自分の強さに絶対の自信をもって、一切の疑いもない事。何か特別な事をしている訳ではなく、ただそれだけの事で……ここまでの。

 

「第一拳豪……!」

「……はっ、今頃になって態々お出ましか――オーディン」

 

 目の前のロキ含め、俺達八拳豪の頂点に立つ男。北欧神話の全能の神の名を冠しただけあって、その実力は虚仮脅しでも張子の虎でもない――今の俺でも、勝つことができるか怪しいだけの実力がある。

自ら進んで前線に出てくるタイプじゃない。だというのに、態々ロキを粛正しに来たのか。かなり頭にキていての行動か……いや、それにしてはどうにも、静かすぎるというか狙いが分からない。

 

 眼鏡越しに視線が合う。先ずは俺。続いてロキ。最後に――白浜へと。

 そして……その最後に、奴は『場違いな程』にこやかに、白浜に笑顔を向けた。

 

「……っ?」

「やぁ、久しぶり『兼一君』」

 

 さっと軽く片手を上げ声をかける様子は、実に気安い。白浜の苗字ではなく、名前から呼んだ辺り……まさか、この二人が知り合いか。

意外と言えば意外だ。あのぼやっとした白浜が、この『オーディン』と。

 

が、白浜の方はどうにもしっくり来ていないというか……分かり易く首を傾げてる。それを見ても尚、オーディンの奴は静かに笑った。

 

「ふふっ、思い出せないかな……まあいい。あの日の約束を果たそう。近い内に日を改めて、ね……帰るぞ、ロキ」

「――チッ!」

 

 そこから一転。

ロキに対してかけられた声色は、酷く厳しい。

 

「拳聖様の名前を勝手に使っての独断専行――中々に大胆な事をしてくれたな、ロキ」

 

 そのオーディンの言葉に――驚きはしない。寧ろ、納得できた。

 元々から、その可能性も考えての五分五分だ。力を貸せと言われただけなら無視しても良かったくらいなのだが……しかし、白浜の妹の事があったから、力を貸すと見せかけて奴の顔面を殴りに行っただけで。

 

「……それがどうした。俺は確実に勝てる作戦を立てて、実行しただけだ。拳聖様は基本此方に干渉する事も無い。名前を使おうと、あのお方は何も言わないだろうに」

「しかし、あの方が許した覚えもない」

 

 しかし、オーディンにとっちゃ業腹ものだろう。何せ、奴の師は――拳聖だ。自分の師の名前を騙られて、勝手に作戦を立てられて。

 あの人がどう思うかは、置いておくとして……やはり、相当にイラついているのは確かな様だ。その視線は酷く――冷たい。

 

「――そう言う割には、オーディン。来ているのはお前だけか? 拳聖様は?」

「君の言った通りだ。あのお方は僕達のやっている事に一々口を挟んだりはしない。姿を現したりなどもっての他……あり得ないさ」

 

「僕が個人的に君を粛清するのは、別だけどね」

 

 二人の間で視線が飛び交う。ロキの頬を、一滴の雫が伝っていく。オーディンがグローブを軽く嵌め直す。

 ロキとしては、俺と白浜の二人に企みを潰された形だ。

幾らリーダーからの命令とはいえ、このまま奴が大人しく引き下がるか。

 

「……そうかよ。ま、()()()()が知れただけでもラッキーか」

 

 そんな考えを他所に――此方が驚くほどあっけなく、ロキは構えを解いた。

 オーディンの瞳が、ピクリと動くのが見える。奴としても驚きだったのか。俺達に背を向けて、あっさりと歩き出すロキ。だが。

 

「待てロキっ!!」

 

 その背に一歩詰め寄ったのは白浜だ。

 当たり前と言えばそうだ。向こうは完全な被害者の白浜が、ロキをこのまま逃がして納得できるわけがない。これでハイさよならと言える程に、奴もおめでたい脳はしてないだろうと思う。

 

「仕方ねぇだろう、リーダーもそうおっしゃってる訳だしな。俺としてはやり合ってもいい訳だが……?」

「――許可すると思うかい?」

「って訳だ。ま、文句ならオーディンの奴に付けてくれ」

 

 ぎりっ、と歯を鳴らし、その背を追おうと一歩を踏み出そうとしたその時――

 

「――兼一さん」

「美羽さんっ!?」

「一旦、落ち着きましょう」

 

 その行き先を覆う様に。雫を弾いて靡く金の髪。

 その目の前に立ち塞がったのは……風林寺だった。

 

「だけど……アイツはほのかをっ!」

「――ロキという方は兎も角、第一拳豪と名乗っているあの方、中々の腕前。それに加えてラグナレクという方々の本隊も、ここら辺に来ているかもと新島さんが。このまま戦えば……ほのかちゃんまで巻き添えになってしまいかねません」

「……っ」

 

 風林寺も、白浜の激情をきちんと理解しているんだろう。

 故にこそか。ある種冷徹なまでに、妹の名前を出して、白浜に語り掛ける。

 

 自分にとって、自身の怒りか、家族の無事か、何方が大事なのか――頭に血が上っている白浜を、落ち着かせるように、優しく。

 

「決着は何れ。悪漢から人質を取り返した時点で、今回は兼一さんの勝ちです」

「……美羽さん、僕は」

「帰りましょう。ほのかちゃんも、怖い経験をして疲れているでしょうし。休ませてあげないと、ですわ」

 

 ……そう微笑んだ風林寺を前にして。

 血が出るほどに握りしめていた白浜の拳から、漸く力が抜けていくのが見て取れた。

 

「――って事だ。オーディン、ソイツを連れてさっさと行け。聖母様の御威光も、そうは持たねーだろうよ」

 

 流石に、これにもう一度火をつけさせる程に、俺も鬼じゃない。さっさと帰る様にオーディンに向けて口を開けば、奴も俺に向けて振り返った。

 

「――ハーミット、脱退の話は考え直さないか。君は」

「はっ、ロキにハメられただけだってか? 舐めるなよオーディン――はじめっからそのつもりでこの戦いに臨んでるってんだよ。ラグナレクは抜ける」

 

 ……そのすかした眼鏡面に、改めて脱退宣言を叩きつけてやる。

 元々から、あくまで実戦での経験を磨く為の場としてここを利用していたに過ぎず、拳豪としてのランクにもさして興味はない。抜ける切っ掛けとして、この一件は寧ろちょうど良かった。

 

「そうか……残念だ。次また会う時は敵同士という訳か」

「こっちは楽しみだがな――表立って、お前と功夫を競える」

「ふふっ、そういう強さに貪欲な所、嫌いではなかったよハーミット――ではね」

 

 オーディンが踵を返す。初めにやって来た時の様に、まるで散歩でもする様な軽い足取りで、無防備に背を晒しながら歩み去っていく。

 ……明らかに何の構えも見えないその白スーツの背に、俺の拳を打ち込む隙が見えない様に感じるのは、やはり。

 

「……先生にも教えを乞うてみる時か」

「――見事な制空圏ですね。あの年の使い手としては、トップクラスでは?」

「分かるか」

「はい……先生のそれを間近で見てきましたから」

 

 ハテナマークを浮かべて首を傾げる白浜の妹の隣……ハルティニがオーディンがああしていても尚、体に纏う鉄壁の守りの正体を即座に看破して見せた。

 隠密としての仕込みからか。『目』の良さに関しては、俺はハルティニに敵わない。実際、奴の制空圏も朧げに見えるかどうかだが、ハルティニにはその全てがキレイに見えているのだろうと思う。

 

「……アレが、『拳聖』の弟子って訳か」

 

 やはり底知れねぇ。俺の資質も、我が師の鍛錬も、何も奴には劣っていないという自負はあるが……それ以上に、俺の想像だにしない『何か』が奴の中に眠っている様な気がしてならない。

 

「見ている師父には、もうちょい重い鍛錬を所望しないといけねぇか」

「――はい、はい。分かりました。先生から連絡です。『今でも君の鍛錬はギリギリ一杯なので不許可』だそうです」

「あ゛ァ分かったよ畜生……っ!!!」

 

 忘れてた。授業参観だった。心がおれそうになった……つーか、ちょっと漏らしただけの台詞にまでマジで忠告するな。過保護かアンタは。いや患者には基本的に過保護なのかあの人は。俺の健康も見て貰ってるから俺も患者か。チクショウ万全過ぎて涙が出てきそうだよこちとら。

 

 ……よし、切り替えよう。一応問題は片付いた。

 後残っているのは、『お楽しみ』の時間だけだ。

 

「――谷本君」

 

 声の方に視線をやる。何時ものとぼけた面に戻った白浜がそこにいる――流石に、テンションを戻させちまったのは、失策だったな。この後に差支えが出る。

 

「その子は、キミの?」

「知り合いだ」

「そうか……ほのかを助けてくれてありがとう。君は妹の命の恩人だ。感謝しても――」

 

 ――指先を走らせる。

 

 下げようとした頭の、その鼻先で、手刀の先端を留めた。

 

「ならその恩を今すぐチャラにしてもらおうか、白浜」

「……え゛っ? あ、あの谷本君。その殺気は……?」

「まさか恩人からの頼みを断るつもりじゃねぇだろうなァ、オイ……アレだけ積んだ功夫見せびらかしておいて、これで解散なんざ言わせるかよ」

 

 こちとら武術家。何時だって滾ってる――そこにコイツは、ガソリン注いで火炎放射で火をつけてくれやがった。収まる訳が無い。コイツに突きつけた指先に至るまで、焦がされるような煮えた欲望に満ち満ちてる

 

「あ、あの、谷本さん……?」

「お兄ちゃん!? えっ!? ジャニーズ系顔コワイじょっ!? 歯ぁ剥き出しでヤベェ顔になってる!?」

「……先生、はい。準備を。これは『酷い』事になります」

 

 困惑するもの。驚愕するもの。呆れるもの。

 ……一歩輪を離れた向こうでは『これも良いデータになるか』とか『いやオマエ情緒ってもんがねぇのか』とか声が聞こえてくる。

 

 そんな中で。手を伸ばそうとした風林寺の手を止めたのは、褐色の手。さっき駆け付けた四人の一人で確かキサラの所の……武田、だったか。

 

「止めるのは野暮だ、ハニー」

「でも……」

「ボクは彼らの関係については詳しくは知らないけど、認め合ったライバルなのは、一目見たら分かるじゃな~い――ライバル同士、戦うのなんて、アレくらいの理由でちょうどいいのさ!」

 

 ――ナイスアシスト。

 

 ありがてぇ。流石に風林寺にストップをかけられたら、コイツがやる気を出すかは分からない所だった……だが、これで漸く、『もう止められない』所まで来た。

 白浜の口元から――獰猛に、犬歯が覗いた。

 

「――あはは、ははははは……はははっ! 全く、本当にしょうがないな君は!」

 

 向き合った白浜が――一歩距離を取って、手刀を前に出し、構えを取った。

 分かる、分かるぜ。清流の様に澄んで、しかし泰山の如く、雄大な闘志が、目の前のコイツから、湧き出して来るのが!

 肌が粟立ってくる、たまらねぇ、背筋までゾクゾクときやがる。今から始まるのは、一切のしがらみのない拳の競い合いだ!

 

「妹の恩人の頼みを断れないって……あぁ、全くそうだよ! 特に、『気に入った人』からの頼みならね!」

「あの時は邪魔が入って途中になったが――もうラグナレクも、誰もこの戦いに割って入れやしねぇ。存分に拳で競おうじゃねぇか、白浜ァ!!」

 




武田、宇喜多、新島、美羽チームの活躍は、それはそれでちゃんと書きます。
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