史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「はァッ!! あ゛ぁっ! オ゛ラオラ゛オラァっ!!」
「ぐぅぅぅぅっ!? き、キッツぅっ……!?」
……自覚がある。
僕と谷本君には、『埋められない差』があると。
恐らく僕は、この世で誰よりも師匠に恵まれた……恵まれ過ぎてしまった。だから修行の密度に関しては多分谷本君にも負けてない。って言うか絶対勝ってる。師匠方に感謝しかない位には、その点は自分でも誇りに思う。武術諸々の才能だったりとかは僕は谷本君の足元にも及ばないのは、この前でもう嫌って程分かったけど。
――でも、僕が思う、違いって言うのは、そうじゃない。
「こ、これがっ……馬師父の言ってた、
今、攻撃を受けているのは、僕の筈だ。四方八方、遠近問わず、拳に手刀、蹴りに肘に掌底、ともすれば体当たりまで飛んで来る――遠距離からの劈掛拳、近接用の八極拳と彼の使う武術全てを活かしての猛攻。
防御の上からでもお構いなしに意識を削る、少し油断すればあっという間に意識を刈り取られそうになってる……だというのに。
「こ、これは『常に纏えるもの』じゃない筈だよっ……!?」
「はっ、お前は守りもタフさも普通じゃねえのは学んだからな――ハァっ、長く戦うつもりは……あ゛ァっ! はなっからねぇ……っ!!」
今、僕以上に荒い息をしているのは――目の前の谷本君の方だ。
普通に殴っているだけならそうはならない。
こちらに叩きつけられるその度に、視界が揺れる様な重い、重たい打撃。それを生み出す秘訣たる、その技術の名を――『硬功夫』。
『――指先に至るまで十全に気血を送り込み、己の腕を鋼の武器と化す。おいちゃんも当然修めている技術だけど、寧ろ……我が兄、馬 槍月が得意とした技術であり、そしてその弟子である『彼』も当然、伝承しているはずね』
……後で知ったんだけど。谷本君は中華街で遭遇したあの達人『馬 槍月』のお弟子さんだったらしい。その師匠の剛の拳の基礎にして秘訣の技術。何れ谷本君と自分の手で決着をつける――その事を馬師父に話した時に、教えてもらった。
『これは相手に打撃を叩き込む、インパクトの一瞬に使うのが基本中の基本。あんまり多用すると疲れちゃうね』
如何に達人と言えど――否、より強力な硬功夫を練れる達人だからこそ、迂闊に使えば無駄に消耗してしまう。言わずもがな、弟子クラスならば……少なくとも、それ一つでも必殺技になりえる威力と、それに伴って激しく消耗してしまう。
谷本君でも、それは例外ではない。
硬功夫で固めた拳を振るう度、彼の呼吸はさらに荒くなっていき、滝の様に流れる汗は勢いを増していく。先ほどまでほぼ万全、と言った様子の谷本君は、僕の拳の一発で倒れてしまいそうな位に、疲弊しきっている。
まるで自滅しそうな程の勢い。だけど。
耳鳴りの如く絶え間なく聞こえる打撃の音。執拗なまでの――連打、連打、連打。
「前にも言ったがな……はあ゛っ……テメェを先に削りきれればっ――俺の勝ちだっ!」
「ぐぅぅぅうううううううっ……!!」
その拳の連続攻撃で……消耗する以上の勢いで僕が消耗させられているなら、話は変わって来る。
鋼鉄の様に硬く練り上げられた腕が、空気を弾く鞭の様な速度で叩きつけられる――速さは重さ。重さ×硬さは、文字通りの『暴力』そのもの。此方がいくら守り備えてようがそんなものはお構いなし。
諸共に打ち壊す勢いで叩きつけられる連撃で――ガードの上から、僕の体の芯はごりごりと削られていっている。
谷本君の血を吐くような努力によって培われた、硬功夫と技術の練度、そして丹念に作られた身体とそこに満ちる常人を超える体力があって初めて成立する、とんでもなく高度な『ゴリ押し』だ。
「――す……ごい……っ!」
本当に、すごい。
当然、そんな荒業が出来るだけの鍛錬を積んで来た事もそうだし。それが実現できるだけの才能を持っているのもそうだし。
――でも、何よりも。
その選択肢を躊躇わず、選んで実行するその胆力が、凄い。普通出来るか!? 自分の体力と引き換えに、それ以上に早く相手を削り切る――そんな大博打なんて!
繰り返すようだが、一歩間違えたら自滅待ったなし。そんな危険な賭けだ。普通なら躊躇の一つだってするだろう。
僕だったら、多分躊躇う――では、谷本君は?
……ひっじょーに恐ろしい事に。
最初の一戦がロキの事も含め『本気じゃなかった』事を含めると……実質谷本君が本気を出したのは、この戦いからで――その初っ端から、谷本君は硬功夫をフルでぶん回しているのだ! 躊躇とか、様子見とか、一切なしで、最初(ハナ)から全力全開!
しかもそこから幾ら疲弊しようと、一切の動揺も見せず、拳の冴えはむしろ高まるばかり――必ず削り切れる、鋼鉄の様に硬く自分の拳を信じているから、迷わない。どんどん突き進んでいく。
『信念――君にはそれがある』
『生死を分けるチャンスの時に突きを出せるかで、男の価値は決まるんだぜ!』
『覚悟決めちまえよ!』
胆力――心の力を重視する師匠方でも、間違いなく太鼓判を押すだろう。勝つと決めたなら、己の身すら躊躇いなく火にくべる、矢よりも速い決断力と。勝ちを目指して愚直なまでに突き進む、鋼の如き強固な意志!
武術をもって、誰かと競う、勝負をする、倒す――そういった所に、谷本君は一切の濁りって物が無い! 酷く、透き通ってすらいる!
「この一瞬だ……っ!」
――ガッ!!
「ぐぶぅっ……!?」
「ここに全てを賭けて、ゼェっ……削り切ってやる……っ!」
上から叩きつけられた……この拳の重さが、証明している。
武術家としての『純度』というモノ。
それが――『
「――っ!」
僕はあくまで武術を、自分と誰かを守る為の護身術、として習っている部分が大きい。
だが、谷本君は……此方から攻め立てる事、じっと耐えて守る事、武術を構成するその全てを多く修め、そして戦う為の精神すら、強靭に『鍛え抜かれて』いる。戦う事に『最適化』された谷本君に、半端って言われても仕方ない僕の心構えじゃ……
「――っぁっ!?」
脚から、力が抜ける。マズい――今のが相当効いたのか。ボロボロになり過ぎて分からなかったか。圧し潰されるように、片膝を突いてしまう。
いや、それだけじゃない。一瞬の『弱気』が僕の体から緊張感を抜いた……ああクソこういう所だよ僕がダメなの! 目の前の谷本君だったら、このタイミングでも尚、笑って平気の平左と余裕を見せて強がることすらしただろうに!
そして。
「――ゼァァァアアアアアアアッッッ!!!」
攻めている時は真逆――余裕を見せず、油断をせず、気を緩めず。最後まで、確実に仕留めに来る。膝をついたとて、一切手先を緩める事をしない!
しなる体。体ごと振り下ろされる掌。
この前の一騎打ちで、地面をもたたき割った劈掛拳の『技』か。裂帛の気合い、当然ながら最後の最後、残った全部を込めた『決め』の一撃だ。
……あぁ本当に。
爪の先、髪の毛一本に至るまで。丹念に鍛え上げられている。敵わないな谷本君には。
「終わりだ――白浜ァアアッ!!!」
「へ、へへへっ……」
敵わないのなら? どうする?
このまま膝を突いて。負けを認めるのか。彼にされるがまま、押し切られて。削り切られて呆気なく終わるのか。白浜兼一。
『もっと引手を意識しろ! 空手の突きは突き手と引手が滑車で背中越しに繋がってるみてーに同時に打つ!』
『もっと力を抜く! のびやかに遠くへ! 力は突き出す方向だけ、後はゼロね! 手が抜けて飛んでいってしまう気持ちで、脳のリミッターを外すね!』
『柔術の手刀の動きは、平行四辺形を潰すように体重を移動させるイメージで行う! 自らの体重を相手に向けて乗せるように!』
『アパ。ムエタイはスポーツじゃないよ。戦場で戦うための物よ。アパチャイのお師匠さん何時も言ってたよ――敵は打ち抜く気で打つよ!!』
『組み、締め、打撃――多くの技を組み合わせて運用するシラットだからこそ、技同士の連続性を他よりも意識する! 技の動きの一つが次の動きの布石となる様に!』
……いいや。
こんな呆気なく、負けられない。
「……まだっ……終わらないもんねっ!!」
砕ける位に歯を強く食いしばって。膝を叩いて。
振り下ろされてくる一撃に、向かい合う様に立ち上がる。正面の谷本君が目を見張るのが分かった。自分の拳に絶対の自信を持っている彼からすれば、コレは自殺行為にも見えるだろうか。
いいや、これでいい――振り下ろされる谷本君の剛腕を……敢えて、肩で受け止めた。
「なにッ!?」
「づぅあ……っ!!」
肩に腕が容易にめり込む。此方を押しつぶさんばかりの衝撃で、体が軋む。
そりゃあ防御も何もなしで『アレ』を受けたんだから当たり前――だけど、それでもほんの一瞬だけで。想像よりは辛くない。
踏み込んで、拳が最速に乗る前に勢いを殺して受ける事には、成功した。だからギリギリの所で、意識は保てた。
師匠方の鍛錬は、やっぱり伊達じゃない。これだけの一撃でも……耐えてくれるとは、感謝しかない。
「――自分の頑丈さには、とことん自信アリってか……っ!」
「自分のこと以上に……師匠方が鍛えてくれた身体を、信じているとも……っ!」
改めて。谷本君に、ニヤリと笑いかけた。
そうだ。
武術へかける思いの純度では、僕は谷本君に負けているかもしれない。けれど、思いの丈なら僕だって負けてない。僕の武術は、大切な誰かを守れるようにと願い、そしてその思いを汲んで師匠たちが磨いてくれた――僕にとっての宝物だ。
「すぅ――!」
こんな半端な僕に武術を仕込んでくれた師匠方に、恩を仇で返す様な真似、したくない。あの人たちと積み重ねて来た努力を、裏切りたくない。
この宝物に、土なんか、付けられない。そんな思いが、僕の膝を支えている。
そして、何よりも。本当に真っ直ぐに、自分に向き合ってくれている『彼』を見た。
こんな半端で、才能も無くて、武術家としては未熟も良い所な自分を――強いって認めてくれた。努力を認めてくれた。戦いたいって言ってくれた。
谷本夏。僕が初めて出会った、『本物』の武術家。僕の『
彼に負けたくない。もっと努力を競いたい。情けない姿は晒せない、強くありたい。そんなやる気が、疲弊しきった僕の腕に、拳に、確かな力をくれる。
勝つための執念は、僕にはないのかもしれない。でも――負けられないっていう思いなら、山の様にある。まだ戦う為の力は、そこから山の様に湧いてくる。それが、今、彼と戦う闘志へと、確かに変わっていく。
「小さく前へ倣え……っ!!」
「――っ」
だから。
師匠たちがくれた宝物に、譲れない思いと、湧き上がる闘志を込めて。谷本君――君という強敵に、見せよう。僕が今、放つ事ができる全力を。
空手、中国拳法、ムエタイ、柔道――そして『シラット』。
僕の教わった多くの武術。その動作をただ重ねるんじゃなくて。一つの動作が次の動作への布石になる様に『より』意識する。
その要訣を混ぜて、そして『繋げて』。師匠たちの修行から生み出した数少ない、僕の誇れる自慢の拳を。
ただ無心に、真っ直ぐ、突き出せ――!!!
「 無 拍 子 !!」
……名前は、ジークフリートからの、借り物なんだけどね。
無拍子におけるシラットの効果:それぞれの動作の擦り合わせ、及び連続性を向上させ技の完成度を上げる。