史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「いやはや……剣星の娘さんは、なんとも“えねるぎっしゅ”じゃのう。まさか、お主を伴ってやって来るとは。連れ帰れそうかね?」
「無理でしょう。剣星殿は、槍月に良く似ている。一度、こうと決めた事を翻す質ではない――俺としては連華ちゃんの味方をするつもりではありますが」
ちらり、と。客人を迎えて盛り上がっている広間を見つめながら、禿頭の男が呟く。
梁山泊が一番弟子の評して曰く、『頼りになるお医者さんとの事ですが、無表情過ぎてなにを考えていらっしゃるのか分からないというか……はは……は……』との事。だがしかし――隼人から見れば、目の前の『ホーク・K・バキシモ』という男は、表情に乏しかれども、非常に分かりやすい男であった。
その面倒見の良さは医者として人と接する時間が長かった故で――そしてその性格を育んだ医療への執心は文字通り『妄執』の段階に入りながらも、その実現に努力を費やす事を止めぬ努力家。
要するに、生真面目に過ぎるという話である。
「ほっほっほっ、であれば話はこじれそうじゃ。少々と長引く事になるかのう」
「えぇ――白浜少年には、些かと困った事になるやもしれないのが、申し訳ないが」
「そう気にせんでもええわい。きっと彼女の滞在は、今の兼ちゃんに良い風を吹き込んでくれるじゃろうて」
……あの幼い『鷹』が。ここまで見事に育つとは。
一番弟子や、目の前の若人。若木達の日々の成長、良き哉、良き哉と。長く生きた故の楽しみを噛みしめつつ。
「――所で」
緩めていた気持ちを、すっと引き締めつつ。口を開く。
声が些か硬くなってしまったのは、意図したものではないが――しかし目の前に座した彼が、自分の弟子をここに遣わせているというのにわざわざここへ来たという事実。隼人の想像以上にその事を、『無敵超人』としての彼自身は重く捉えていたのだ
「かの『貫きジャック』についての話との事であったが」
「……彼女が日本に滞在している目的は、知っていますか」
「うむ。『闇ヶ岳』におる『緒方一神斎』を探しているのであろう」
「そうです――その所在を捉えたかは分かりませんが……彼女に動きがありました」
……彼のその一言は、『超人』という武術の極に到達している隼人をもってして、その片眉を動かすだけの重みがある。
「というと?」
「ラグナレク、と呼ばれる不良集団の一人に接触した後、拠点として抑えていた各地のホテルの殆どを引き払い、最近迎えた弟子の修行場付近と、この周辺に腰を据えているようです――他の場所は必要ない、とでも言いたげなこの動きは」
「……成程のう。『狩場』を定めた可能性がある、と」
ゆっくりと頷いたホーク。
片手で髭を撫でつつ。隼人は、視線を外へと向ける。
この辺りは、荒涼高校の周辺地域である。一般人もさる事ながら、多くの若い少年少女達が密集して活動するここを……かの『闇』の中でも『凶暴』で鳴らす彼女が、自らの戦いの舞台に選んだ、という事実。
しかも――相手は、因縁深いかの『拳聖』緒方一神斎と来た。
「シンガポールの二の舞だけは避けねばならんな」
――思い返すのは、数年前に起きた『パシルパンジャン事変』。
シンガポール港を構成するパシルパンジャン地区に築かれた、当時新設のターミナルを舞台として勃発した大規模な抗争事件。死傷者数十名にも及ぶ被害から『二十世紀最大のテロ』と大々的に報道される事となった。
表向きはシンガポール政府に反感を持つテログループの仕業とされたが――その実は。
闇の無手組より、『一影九拳』が一人、“緒方一神斎”が率いる少数精鋭部隊。
闇の武器組より、『黒近衛三本槍』が“東の槍”とその配下たる『機械化足軽小隊』。
そして、この港の襲撃の依頼を独自に請け負った、トップクラスの殺し屋“ジャック・ブリッジウェイ”――更に、シンガポール政府が警備隊と偽装して送り込んだ『対達人級』を想定した特殊部隊までもが絡み。
コンテナターミナル内で、各四勢力が入り乱れての激しい遭遇戦となった結果……埠頭全域が半壊にまで追い込まれる事となった。
当事者以外では、その動乱による『後始末』を請け負った隼人と、負傷者の治療を請け負ったホーク、及びその一派の数名を含めても、十数人程しかその真実を知り得ぬ――単なるテロの範疇を超えた、表、裏社会を震撼させた一大事だったのである。
「――かの二人が、互いに『重傷』を負う程の暴れぶりにより……恐ろしい被害が出たのは記憶に新しい」
その中でも……『仕事の一環』という大義名分を得た事で、らしからぬ程に私情を滾らせ凶暴性を普段よりも増したジャックと、闇の将として本気の仕事に取り組んだ一神斎。
その二人の激突は、双方に『深い傷』が残す程の血風舞う死闘となった――決着こそつかなかったが、ともすれば何方かの命が天に召される事になっていたやもしれず……そして、その激しい戦いに巻き込まれた者も多かった。
……決して人通りが多いという訳でも無い、開設直後のコンテナ埠頭でそのレベルなのだ。もしも、こんな住宅街でかの港と同レベルの死闘が起きてしまえば――その被害は遥かに多大な物になりかねない。
「俺としては、彼らの邪魔をする事は出来ません。医者の立場として、俺は患者の治療のみに勤めるのが基本――『中立』ですから」
膝の上に手を乗せ、静かにそう語るホーク。恐らくは、ここが彼の立場から出来る最大限の『忠告』なのだろう。
彼は『助ける人を選ばない』為に、何処かの勢力に肩入れする事は基本的にしない。
基本的に中立だからこそ、どんな人物でも治療できる立場を維持できる――彼の医の道を否定する事は隼人にも出来ない。分け隔てなく、何者でも助ける彼の信念は、誠に尊ぶべきものだからだ。
予防をするのは、自分達の仕事だ。
闇ヶ岳、その奥地の一神斎の動向には目を光らせねばならないか――そう考えつつ、隼人はゆっくりと、目の前の男に頭を下げた。
「ありがとう。お主の心意気、無駄にはせん。かの悲劇の様な被害者を、決して出すわけにはいかぬでな」
「いえ」
……思い返すだけでも、痛々しい事件であった。
一件の背景にあったのは、シンガポール港と上海港とのコンテナ取扱量での競争。
それを巡って直接的な妨害に打って出た上海の貿易公社、その暴走を抑える為に闇の力を借りる事となった中国政府、そして政府に対し敵対的な態度を隠さない地元の犯罪組織と、それぞれに『闇』の勢力が付くとは、誰が想像しえただろうか。
「……人の欲、というのは。何時の世も悲劇を生むものよの」
人よりはそれなりに長生きをした。そんな自負を持つ隼人だからこそ、万感を噛みしめながらもそう呟いた――その直後だった。
「――風林寺殿」
決して大きな声ではない。
しかし……彼の一言は、嫌にはっきりと部屋の中に聞こえ。隼人の耳へと届いた。
「……どうしたのかね」
視線を合わせる。
此方を真っ直ぐに見つめる彼の瞳には。
先ほどまでとは明確に違う、剣呑な光が灯っていた。
まるで今にも此方に噛みつかんばかり――表情を変えぬまま、その瞳に全てを宿した結果。彼の眼光は、歯引きをせぬ太刀のそれにも迫る、鬼気迫るモノへと変じていた。
落ち着け、とすら。気軽に声をかける事はしなかった。まるで……彼が救うべき患者を前にした時にも匹敵する気迫を前に、冷や水をかける気にもなれなかったのだ。
「俺が此処に尋ねる事にしたのは、幾つかの目的があります。メナングについてや、連華ちゃんの事――しかし」
「……うむ」
「先の一件について勘付く事となった、『要因』――シンガポールの一件について。本来はその事で、ここにお邪魔する予定だったのです」
緊急で、と。ホークは、息つく暇もない程に、矢継ぎ早に言葉を繋いだ。
……隼人は、他の者よりは目の前の男に詳しい、という自覚があった。
ある種、俗世の事に関する事をせず、只管に命と向き合う。仙人染みた彼が……シンガポールの『患者』についてではなく、事件そのものについて話をするとは。
「……お主自ら口にする程の難事かね」
「はい――先に結論をお話しするのですが……緒方一神斎。四つの勢力の中で、あの男だけは埠頭の襲撃とは別の目的の為に動いていた可能性があるのです」
先ずもって――『一影九拳』について。
自分は、その内の『二人』と深いかかわりを持つ。それ故に、彼らの性質を良く分かっている。『たかが』世界の貿易に関わる抗争程度で、彼らが出てくることは不自然極まりない事だと。
「ロシアの軍部と関わり合いが深く、政治的な決定に理解のある『殲滅の拳士』、仕事を一種の興行として捉える積極性のある『笑う鋼拳』ならば兎も角」
「拳聖の奴めが出張って来るのは違和感がある、と?」
「実際……無手組の動きを察していたであろう武器組からこの一件に派遣されたのは、対となる『八煌断罪刃』ではありませんでした。武の魔物たちにとっては、国際社会の一大事ですら些末に過ぎません」
そして……『八煌断罪刃』と『一影九拳』の長年の確執を鑑みるに、埠頭の一件だけならば『彼ら』のレベルが動く仕事ではないのは先ず間違いない。
それが……『闇』の精鋭部隊すら率いての出陣をする程に念を入れて、『一影九拳』の側は動いて見せたのだ。
冷静に一つ一つの要素を分解してみれば。
ああいった武術家を肌身で感じて来た自分の感性で考えると……違和感を覚えるには十分であった、と。
「ふむ……普通であれば、状況証拠にも満たぬ違和感と流されようが。確かに儂らにとっては大きな異変ではあるのう」
口元に手を当てながら頷く。得心がいった。
隼人自身も……今の今まで、事件の被害の大きさや激しい戦いに巻き込まれた人々の事に目を向けていた為、その違和感に気づいてはいなかったのだが。
彼の言う通りではあった。一影九拳というのは、誰も彼も一癖も二癖もある恐るべき武術家である。自らの強さを極める事への執心の強い闇の求道者が多く……勢力争い程度の事に興味を示さないというのは、隼人も納得が出来た。
――しかし。
だからこそ、彼がこの事に気が付いたのにも、違和感を覚えた。
繰り返すようではあるが……俗世の勢力争いなど些事にも取らないというのは彼も同じこと。そも、引っ掛かりを覚える事すら珍しいと言って良いだろう。
どうして――その辺りに、彼が真っ先に気が付いたのか。
あり得るとすれば。
その埠頭の事件には、彼にしか『分からない』景色があるのではないか。
「ホーク君」
「……」
「……君には、儂等には知りえぬモノが『見えている』のだね?」
こういう主人公サイドとは別の所で起きていた小競り合いのニュースの一部だけのダイジェスト的なの大好き侍。趣味によって挿入致す。
今日は二話投稿なんで、良ければ前の話も読んで頂ければ。