史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第九回・裏:遺されたもの

 その問いに。

 ホークは……瞳を閉じたまま、黙って首を縦に振る事で応じて見せた。

 

「より正確に言うのであれば……彼らがそんな行動をとったであろう『原因』に、心当たりがあるのですが」

「原因?」

「……シンガポールの新埠頭建設。アレは周辺の地域開発も絡む大きな事業でした。それ故に、その下に封じられた『思わぬモノ』をも、掘り返してしまった」

 

 そう口にした後、彼が傍らのバッグから取り出したのは、一冊の古びたノートだった。

一目で分かるかなりの分厚さ、そして元は白かったであろうページの黒ずみ具合。触れずとも分かる、努力の跡。普通であれば、そのノートの由来を問う所であろうが……しかしながら。

 

彼の父親の事を隼人は知っている。それ故に……取り出されたノートの来歴にも、直ぐに凡その察しはついた。

 

「それは……もしや、君の父君の?」

「えぇ。研究ノートです」

 

 ――曰く、何冊かあるうちの一冊。

 

 それも、初めに自分が父の遺品から引き継いだもの、と彼は語った。

 

「パパがこのノートを『最初に』自分に託したのは……この中に載っていた情報の悪用を防ぐ意味もあったのだと思います」

「それが、君にしか見えぬ景色だと」

「えぇ――『Eファイル』というモノを、御存じですか?」

 

 聞き覚えは無い。

 無言で首を横に振る事でそれを伝えると、ホークは、その手に持ったノートを開いて手元へと差し出して見せた。そこに書かれているのは――医療に関しては、『ある程度』しか心得の無い隼人ですら目を見張る程の、彼の父親、イーグルの努力の跡であった。

 

「……このノート。そして、後から見つかった数冊のノートに書いてあるのは、父の研究の成果であり、医療に関しての多くの知啓です」

「ううむ、これ程のモノが……こちら、秋雨君には?」

「いいえ。見せてはいません」

 

心苦しくはあるのですが、と前置きをしてから……ホークは、隼人の瞳をじっと見つめてくる。

 

「俺がコレを見せているのは……風林寺殿が今まで積み上げて来た、『超人』としての大いなる善行、それを信用しての事――黄色い付箋のページを、ご覧いただけますか」

「……うむ」

 

 ……パステルカラーの青やピンク。その中にあって、明らかに目立つ、何処か薄汚れた色の黄色の付箋。

何度も触れたが故なのか、染み付いた手垢と合わさり、まるで穢毒に犯された病人か死人か、その肌のかのよう――開けずとも漏れ出す異質な空気を、隼人の『超人』としての嗅覚は既に感じ取っていた。

 

 ぺらり、と。気の抜けたページの捲れる音。目に入って来たのは他のページの医療についての記述とは明らかに違う、独白のような書き出し――思わず、眉間に皴を寄せる。

 

『――私が残してしまった忌まわしい『負の遺物』を、君に任せてしまう事……本当に申し訳なく思う』

 

 ……必死に平静を保とうとしたのだろう。

しかし、隼人『超人』としての目にはハッキリと見える。ほんの僅かに文字に滲む震えが。そこに宿る故人の強い無念が。

その一説には――自らの過去が、大いなる呪いとなって息子に伸し掛かる事への、抑えきれない後悔が、強い筆圧と共に残されていた。

 

「……この『負の遺物』というのは、もしや彼が『闇』に居た頃の?」

「はい」

 

 ホークの父親――イーグルは、元は軍医である。

 

 誰よりも、戦場という『死』の最前線に自ら立って。

 その中で、何処までも『生』に執着した男であった。

 

 大きな怪我を治す事。迫る病魔を退ける事。失ったモノを取り戻す事。初めから欠けた物を補う事。大切な健康を守る事。病に負けない身体を作る事。傷付いた心を治す事。狂った心を元に戻す事。健常な心を築く事。

 

 その異常なまでの医療への執心に適うだけの『才能』をイーグルが持っていたのは、正しく天の悪戯だろうか。

 その才能に『敢えて』胡坐をかくように。ただ一人の医者としての分を遥かに超え続けて――『病的』なまでに、彼は医療に傾倒し続けた。そして、遂に。

 

 命を救うために……手段を選ぶ事を、止めた。

 

「……故に、彼は『闇』を目指した」

「表では到底許されない治験も、『闇』でなら許される――パパは『法治』よりも失われていく命を救う事を絶対とした」

 

 ――闇に生きる武人たちは、イーグルにとっていい『被検体』だった。

 

 多くの『実戦経験』を経て、毎日のように運び込まれる患者。認可の降りていない新薬や実践には到底足りない多くの新技術を試す『治験』の場は無数に存在した。

 

 彼は『闇』の深い奥底で、狂気に取りつかれた様に医療の探求に邁進し続けた。

 イーグルが治療した『闇』の患者は、最低でも年に千人を下回る事は無かった。

 そしてその全員が、本来認可されていない新薬や、新技術、はたまた一般的には効果が疑わしいような得体の知れない治療方法の、『治験体』にされ――そして、その尽くが完璧と言って良いほどの健康体となって彼の下を去った。

 

 自らの治療した事により復活した闇の武人達が一体何をするのか。それからも目を背けてただ只管に。今の医療ではどうしようもない人々を、治療できる様にと彼は只管に邁進し続けたのだ――

 

「そうして深みに嵌って行ったからこそ……ある意味、両親が出会う事は必然と言っても良かったのだと、思います」

 

――ある女性と、出会うまでは。

 

「……彼が、その道から逸れて光へ戻る切っ掛けとなったのが……彼以上に『闇』の内に浸かった美雲の奴であったというのは。正に、合縁奇縁、か」

 

 隼人が零した言葉に、ホークは深く頷いて見せた。

 

「崇高な目的のために犠牲に目を瞑っていたのが――そこから、一目惚れした女性と共に『表』で生きる為に努力を重ねる。方向としてはほぼ真逆と言って良い」

 

 その出会いについては、イーグル自身誰にも語っていない――分かっているのは、彼女が闇の違法な技術や、非人道的なソレに頼らずとも、長きに渡って探求されてきたであろう『櫛灘』の悲願を果たすだけの道筋を、イーグルが確立した事。

 

 そして、その事と、長年のアプローチをもって……イーグルが、美雲との表の世界での平穏な暮らしを求め。そしてその末に、一人の子を成した事である。

 

「最終的に、ママは俺を産んでくれました。自ら望んでの事です」

「うむ」

「しかし――ママがそこへ至る最初のアプローチを受け入れた最初の理由は、パパが今まで積み上げてきた技術にありました」

 

 自分が生まれた事が、どれだけの奇跡なのか。

 それは、他ならぬ美雲本人が彼自身に語っている。

 

 先ず前提として。

 一影九拳という『拳の悪魔』と呼べる頂点クラスの闇人であり。武術の狂気へとその身を委ね積み重ねて来たその経験で、遂に一角の達人の上澄みを越えて、『怪物』へと上り詰めつつあったのが、その当時の櫛灘美雲である。

 

 そんな彼女が、だ。

 如何にその分野において絶対の権威だとしても……闇人としては新米も新米であり。彼女にとっては透けた下心を持った若造を、一旦は自らの懐へと入り込む事を許す程に魅力的であったのだ。

 彼がそこまでに積み上げてきた、膨大な努力によって生み出された研究成果達は。

 

「かつてのママですらそう考える程です――それらは闇の勢力からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい『宝』といっても良かった」

 

 ……イーグルという男がその生涯で残した研究成果は、三種類に分けられる。

 

 息子に対して残した、晩年に自らが記した『総括』としてのノート。

 母へと捧げた、二人だけの『共同研究』の成果――当然、今も原本を彼の母親は肌身離さず持ち歩いているらしい。

 

 そして。

 その裏側で医者として何よりも生に狂って生きていた時期に、その才能を全て注ぎ込んで生み出したもの達。『闇』の全てがこぞって求めたイーグルの医術の極……後の二つを生み出す土壌となった『アーキタイプ』。

 彼自身が『人』に戻るその前に――全ての倫理観を投げ捨てていた頃の『医の狂人』によって記された、最も純粋かつ危険極まりないその『技術的資料』こそが……

 

「件の『Eファイル』……と」

「はい」

 

 ……目の前に置かれたそのノートが、イーグルが取り戻した人の心の欠片ならば。

 そのEファイルは……妄執にとらわれていた頃のイーグルの『狂気の結晶』と言っても良い。活人拳を志す武人として長きに渡り『闇』と向き合って来た隼人だからこそ分かる――あれらが、そこまでして欲しがるというその意味を。

 

 事の重大さを感じ取り、些かと顔をしかめる隼人――イーグルは、そんな彼へとノートの一節を指し示して見せた。

 

『私が、それまでの医療の探求の過程で生み出した『新技術』と研究内容を纏めた『レポート』……その中でも『NO.』をふって管理をしていたモノ。その数、しめて五十――その全てを回収し、この世に残らない様に『破棄』して欲しい』

 

「……父は、自分のレポートの危険性を正確に理解していました。その上で……そんな自分の分析が『間違い』であったり『自意識過剰』である事を、願っていました」

「それが――叶わぬものだと分かっていても、か」

「えぇ。だからこそ、何も起きない事を願っていても……こうして、警告のメッセージを残さざるを得なかった」

 

 そのEファイルを隠した張本人だ。何処に何があるのかは当然把握している――ニュースで知った大規模な抗争の裏の真実を、彼は一目で見抜いた。

 その上で、技術を生み出した当人が、『確保』や再びの『封印』ではなく、『即時破棄』を望んでいる……それがどれ程の意味を持つのか。

 

 一度は彼も『この技術も何れは』という願いを込めて。その時が来るまで封印する事を選んだのだろう。しかし。

 彼は……もしもこれ以上Eファイルが闇に渡れば――恐ろしい事になると確信した。

だからこそ、自らの人生の殆どを捧げた研究成果であろうとも躊躇いなく『破棄』する事を息子へと頼んだ。軍医の頃に得たあらゆる伝手とコネを総動員して、世界各地へと封印したのであろう災厄が――遂に目を覚まそうとしているのだ、と。

 

「……儂への依頼、とは」

「お察しの通り……Eファイルの探索と『破棄』に、ご協力頂きたいのです。風林寺殿」

 

 此方を見つめる彼の瞳に浮かぶ意志の光は……真摯であり、そして剣呑でもあった。

 ここまで目の前の男が殺気立つ事など、そうは無いだろうに。

 

「闇が確保したであろう一つを除き、残りの四十九の内、『四十三』の確保と破棄は既に俺の方で終わらせてあります……しかしながら」

「残りの六つが曲者だと?」

「……父は、その技術の『簡潔な評価』を『その場合の係争国の数』でしていました」

 

 その場合とは――技術が流出した場合の、『最悪の事態』の事であろう。敢えて口にせずとも、容易く汲み取れる。

 

「残りの六つは、その中でも『三か国』以上の大きな事態に発展する可能性を秘めた技術ばかり。だからこそ、残りの六つに関しては私に残した情報も直接的な物ではなく……本当に僅かな断片的な情報だけ。そこから探るのは困難を極めます」

「人手が欲しい、という事かね」

「それに、風林寺殿の積み重ねた長い経験があれば、俺よりもスムーズに見つけられるかもしれません」

 

 ……今の世界で、三か国が関わる様な争いに発展する事はそうない。多くの人々の犠牲によってこの太平の世は築かれて来たのである、そう容易くは崩れはしない。

 しかし、そんな黄金よりも重い平穏を、紙屑の様に破りかねない脅威――隼人にとって返事は一つしかなかった。

 

「相分かった――この風林寺隼人、微力ながら力を貸そう」

「……ありがとうございます」

 

 ゆっくりと、頭を下げるホーク――その肩に、どれだけの重みが乗せられているか、察するに余りある。それでも尚、絶望へと立ち向かわんとする青年に、先達として力を貸してやりたい、というのも大きな理由の一つであった。

 

 さて――受けるとなれば、聞かねばならない。イーグルが残した負の遺産の子細を。

 気持ちを改めて話を聞こう、と。居ずまいを正した隼人の様子に。口にせずともホークは隼人の意を汲み取ったのだろう。一つ重い一呼吸を入れてから……彼は、改めて口を開いた。

 

「……改めて、風林寺殿にお願いしたい『Eファイル』は六つ」

 

「NO.11――仮想係争国『三』、『人体強化を目的とした外骨格移植術式』」

 

「NO.23――仮想係争国『三』、『違法進化薬・ルイセンコ』」

 

「NO.32――仮想係争国『三』、『レポート:『砂漠の麦』について』」

 

「NO.24――仮想係争国『四』、『真菌地帯での滞在記』」

 

「NO.7――仮想係争国『五』、『やえうら』」

 

「NO.47――仮想係争国『五』、『箱庭』」

 

 ……何れも、殆ど聞き覚えの無い名前ばかり。

 

 しかしながら。その内……唯一、聞き覚えがある物が一つ。

 

「……『やえうら』については、心当たりがある」

「っ……流石は風林寺殿、もう既に一つの目星が」

「うむ。かつて『暗鴉衆』から聞き及んだ『禁則地』の一つに、その様な名前があった筈。場所となると些か難しいやもしれんが……先ずはそこから辿ってみよう」

「ありがとうございます。お願いします」

 

 うむ、と一言返し……しかしながら、思わず隼人は眉間に深い皴を刻んでしまう。

 かの暗鴉衆ですらも、『深きところ』として触れる事を忌避したような場所ですら、彼はずっと調べていた。子細は分からないが……あの日本の武の極の一つであった彼らですらも避けたレベルとなれば。調べるだけでも『何かしら』が起きても不思議ではない。

 

 久しく感じた事のない、言い様の無い不気味さ。かつて、武の極みを目指す為と世界の旧き深淵にすら踏み入った頃を、思い返していた。

 




ネタバレ:長老は割とマジの人外の怪物
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