史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――アパァッ!!!」
構えを取ったアパチャイからの、早速の一発。
手加減を通して『力加減』を覚え始めた彼のストレートは、以前にも増して切れ味が凄まじい。至近距離から大砲を撃たれたかのような爆発的な破壊力ながら、その迅さと瞬発力は居合から抜き放たれた名刀の鋭さに比肩するであろう。
普通に受ければ、自分の片手は暫く使い物にならなくなるのは必然――故に、受けるのにも一工夫や二工夫処ではない。多くの技術が必要になって来る。
そして攻撃を受ける時に必要なのは、何も堅牢な守りばかりではない。
テーピングのされたアパチャイの拳を――極限までリラックスした身体で受ける。
そして、殴られたそのままの勢いで……背後へと一歩だけ、身体を『逃がす』。ただ力を抜いて棒立ちで受けるのとは、根本的に違う。暴威の力に身を『乗せ』ながら、僅かに背後へと『流れる』――決して焦らない事。
打点を『ずらす』のと、相手の勢いを受け流す、そしてそのまま向けられた力を逆に利用する――都合『三つ』の防御の技術の集合体。
「ア~~~パパパパパパパァッ!!!」
「セイハァァァアッ!!」
受けるのでもなく、避けるのでもない――その中間。
マシンガンの掃射の様な打撃の間を、半ば押し流される様に抜けていく。
「アパチャイさんの物凄い勢いのパンチの群れを……の、乗りこなしている!?」
「凄い――なんて高度な『いなし』の技術っ!」
「恐らくは少しでも無駄に力が入れば、その時点でアパチャイさんのクリーンヒットを許していますわ!」
仮に『凌ぎ』とでも呼べばいいか。制空圏とは似て、しかし非なる技術。
特別に名前を付けられる様なモノではないが――しかし、それを極めれば、一つの『必殺技』にもなりえる。攻めるだけではない。これこそ、『護身』の高等技術。
きっと。誰かを守る為に戦う術は、君の師匠たちが教えてくれる。その強く、気高い心を、彼らは何よりも大切にしてくれるだろうから、とメナングは思う。
では自分が何を教えられるのか。それは、武人を目指す気高い少年ではなく、一般人の高校生の身を護る為の、一手。立ち向かうのではなく、一歩下がって冷静に考える為の手段の一つ。言わば彼の言う――
「これぞ!! スムーズに『戦術的撤退』に繋ぐための技術だ!!」
「うわぁあああああっ!? 僕の一番情けない所が補強されてるぅうううっ!?」
「……何? その戦術的撤退って」
「あ、あはは……ケンイチさんの長所でも短所でもあって……な、所ですわ」
「何を恥ずかしがることがある!!」
ハテナマークと困った様な表情を、それぞれ浮かべる女性陣の隣。頭を抱えて叫ぶ少年に向けて、メナングは叫ぶ。
「打ち寄せる波は、恐ろしい破壊力を持つ――だが、大河から溢れ出す鉄砲水とて、その水面に揺れる木の葉は、打ち砕く事は出来ない! 無理をせず逃れる意識というのは、その境地へと辿り着く一歩だ!」
アパチャイの拳は、文字通りその大波にも等しい破壊力を秘めている。コンクリートの堅固な壁とて、容易に砕く事が可能だ。しかし――その力が発揮されるその前に、何処かへと受け流し、そして一部を避ける事に使うことが出来たなら。
自分が力を使う必要は無い。向こうが勝手に、破壊の中から押し出してくれるのだ。
必要なのは……逆らわない意識。寧ろ、その破壊から逃れようとする、ともすれば後ろ向きとすら取れる様な、そんな意識だ。
「獣は自分が勝てないと思った相手には素直に逃げを選ぶ事が出来る……自然界においても戦術的撤退は当然取るべき選択肢の一つ!」
「アパァッ!! ムエタイ覚えてた兵隊さん達も、戦場からホクホク帰るために危ないトコロから逃げちゃうのはフツーだったよ!!」
「補足ありがとうアパチャイ!!」
鋭く振り上げられる蹴りに合わせ、脚を合わせ。勢いに乗って高く飛ぶ――のではなくて。その勢いを、身体をくるりと『縦』に回して明後日へと抜けさせて、乗る勢いは最低限に済ませる。無駄に勢いに乗れば、ロスを生む。
メナングは、昔から戦場に居た。
そして、こうして大きくなるまでは常に鉄火場の中心の師の元で育った男である――眠れない処か、投げつけられる槍やら鉄砲やらで、夜通し追い立てられた記憶もある。本当に鉄砲を投げつけられる位に諸々がグダついたあの日、忘れられない。
「オロロロロロロロロロロ――」
「コォォォオオオオオオオオッ!!」
故に、生き残る為の『逃避』に関しては一家言がある。
続けざまに、そして最後に放たれるは――アパチャイからの渾身の『チャイキック』。
隼人からの許しを得て放たれた彼の最大出力。鞭の如く柔らかくしなりながら、渦巻く風を纏った斧の如き必殺の一撃。宙を舞う木の葉ですら捉え、一刀に断つであろう鋭さだろう。
普通に受ければ、耐えきれないだろう。であれば――力むよりも、寧ろより脱力を。
「すぅうううううっ……!」
現界の集中。先生から教わった事――感覚を『拡げる』意識。
薄皮一枚、更に『外』にまで。故に――直撃する瞬間の攻撃の『全て』を捉えることが出来る。そこから逆算、衝撃を何処から何処へ逃がすのか。いや、正直『全部』でコレ出来てる先生って頭可笑しいのでは、等と今更な事を考えつつ。
「ア゛ァ゛ァ゛ッ――ポォ゛ウ゛ッ!!!」
横から飛んでくる丸太の如き剛脚に対し。掌で、受ける。
僅かなクッションが、直後、わき腹にめり込む感覚――力が炸裂するインパクトに合わせ。力が作用する処から順番に、段階的に脱力していく。身体が自然に、この爆発の波に乗れるように。
「ッ!」
——すぱんっ
……気の抜けるような音と共に。視界の中で、天地が五回程ひっくり返った。
「うわぁあっ!? あ、アパチャイさんのケリで大変な事にぃ!?」
「いいえ、クリーンヒットはしてません!」
ぐにゃり、と身体が横向きに、くの字に折れ曲がる――も。身体に感じるのは、痛みよりも、大きな力に『振り回される』感覚。ダメージ無し。宙に弾き飛ばされたままの勢いで、くるりと一点に身体を纏め、四つ這いで地面へと降り立った。
砲台から放たれる鋼鉄の砲弾でなければ比較にならないレベルの破壊力――ではあったが、何とかいなし切った。掌は、未だ痺れているが。
「――とまぁ、こんな感じだ」
一つ残心を入れてから。アパチャイへと向けて一礼。
「――ありがとうございました」
「アパ。ケッコウなオテマエでしたよ」
「それは、ちょっと違うかもしれませんね……」
……細かい事は置いておいて。お互いに礼も終わった所で。
庭に両膝を膝を突いて、土下座崩れなポーズをしたまま此方を見上げる兼一へと、視線を向ける。
「――良いかい兼一君」
「は、はい……」
「私はかつて、格上相手に逃げるだけ、守るだけ、というのは非常にマズい、と言ったと思う。しかしながら、やはり現実はそうはいかない事も多い――これは、その時の為の教えだと思って欲しい」
それ即ちは、戦術的撤退。
抗う意思を見せて、弱みに付け込ませない様に強く振る舞いつつも――柔軟な対応をする為の大切な手札。たった一枚、されどもその一枚は、持っているのといないのとでは大きな違いがある。
危険から逃れる為の一手として。一旦仕切り直す為の一手として。そして何よりも。一旦退く、という『当たり前』の思考がある事は、とても大切だ。
それは戦場においてもそうだし……同じように、日々の中で武術を学ぶ時にも、そう言った視線は『必ず』必要になってくる。
「兼一君」
……目の前の少年に語り掛ける男は、それを誰よりも良く知っていた。
「前提として、だ。間違っている事を、間違っていると言いたい、そう強く思い、その為にと力と勇気を求める。それは、君の美徳だろう」
「あ、え、はい、急にどうも……」
「その上で、だ」
――かの邪神とて。その道のりの始まりは、救国の英雄であった。
思い返しながら語れば、少し。言葉が硬くなってしまうのを自覚する。
目の前の少年が、そうなる可能性はほぼ絶無と言ってすら良いだろうけれど……その道を行くならば、決して『零』にはならない。
「その為に強くあろうとするならば……血濡れた『修羅』の道と薄皮一枚隔て隣り合う所に、君は身を置く事となる。その時、君の強い思いは、その薄皮一枚を越えてしまうきっかけとなるかもしれない」
「え……?」
「……っ!」
そう言われた兼一は……少しピンと来ていない様な顔をしている。無理もない、彼がこうして武術に関わったのはほんの数か月程前の事だ。メナングが知る様な『闇』の側面を知っていなくても当然だ。
寧ろ、ぴくりと反応したのは隣り合う美羽の方で。少しだけ寂しそうな表情を見せたのは……連華。二人の少女は、武に関わる者として、メナングの言っている事もある程度は理解できたのだろう。
「故に――戦いで危険に陥った時だけじゃない。『のめり込み過ぎている』、『引っ張られている』と思った時に、取り敢えず自分の頭を冷やす為に……一旦、安全に逃れる為の小手先の技術というのも、教えておきたい、と思った訳だ」
「な、成程……?」
そう言われた兼一は相も変わらず首を捻ってはいるが……今は、それでいい。頭を捻って、考えて、理解しようとしている事が、とても大切だ。
「今は、この言葉の意味が分からなくても良い。必殺技が欲しいと言っていた君への、言わば『護身の必殺技』のプレゼン位で考えてくれれば。少しでも、私の動きを参考にして貰えれば幸いだ」
「な、成程……どっちにしてもなんだか高度過ぎて参考にならないんだけども……」
だろうなとはメナングも思う。
しかしながら。こうして技を見せる事、こういう事が出来る事、そう言う思考が出来るという事――それを、頭の片隅にでも良いから残しておく事が、大切なのだ、と。
……もっと後に教えるべき事かもしれないが。悲しいかな、メナングから見ても兼一の旅路には、そう言う事を考える隙間が少ない様に思える。才能を物量で押し潰すタイプの指導なのでさもありなん。
という事で、多少早くこういった事を教える事も、後になって効いてくる……かもしれないと。思った訳である。
「アパパパッ! あんまり難しく考えないでダイジョブよ~ケンイチ! 戦うのも逃げるのもどっちも大切! 今は、それでダイジョブ!」
「はぁ、そ、そう言うものですか……?」
「でも修行から逃げるは良くないよ! そこも大切!」
「あ、はい……アパチャイさんに言われると、なんか……はい、精進します」
とはいえ……バシバシと、縁側に腰を下ろした弟子の肩を叩きながら豪快に笑う、優しき巨人を見ながら思う。
彼の様な善き指導者がいるのだ。きっと、自分が蒔いた小さな種であっても、目の前の若者の心に立派な実りを齎してくれる――酷く他人頼りではあるが、それでも彼は喜ばしい確信をもって、目の前の景色を見つめていた。
投稿が遅れましたこと、誠に申し訳ありません……クソ程に難航致しました。