史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――グラスに注がれたジュースの水面を、ゆらゆらと揺らす。
手慰み、というか、暇つぶし、というか……いや、そもそも今、特別に退屈しているという訳ではないのだけれども。
『――コイツは、キサラ隊の長たるお前への、俺様からの細やかな贈り物だ。折角の親睦会、楽しんでくれたまえよキサラ君、ケ~ケケケケケッ!!』
そう言って、新白連合のトップである新島が親睦会の為にと用意させたのは、文字通りにかなり品の良い料理で。尚且つ、食べやすく摘まみやすいモノから、箸休めに丁度いいモノまで品の幅も広い――飲み物にも同じことが言える。
奇妙な程に気遣いが出来ている、というのが第一印象だ。
なので、まぁ。客をもてなす気持ちをきっちりと感じさせるパーティを無下にする、というのもアレなので……さて、飯をつまむか、それとも誰か個人と少し話でもしてみるかを考えていた、というのが正確な所だ。
「……ラグナレク抜けると決めてから、本当に怒涛って感じだな」
――ふと思い返す。
町でたまたま見つけた、愛くるしい猫。それを巡って生じた、仇敵との奇妙な共闘。
そして……その直前。自分の因縁に巻き込まれた、その小さな命を守る戦い。その時に出会った、不思議な少女の事を。
『――ノワール!!』
自分の古巣、武器を扱う少女達の精鋭チームである『ヴァルキューレ』。彼女達との戦いの最中、一撃を貰ってしまった、あの一瞬。
空へと無防備に投げ飛ばされた子猫に手を伸ばして――
『とう』
他のヴァルキューレから狙われそうになった、瞬間。
飛び込んで来た小さな影が。落ちそうになった子猫を受け止めてくれた。
雨の路上に静かに降り立ったのは。褐色の、小柄な……小学生位の娘。静かに凪いでいるその瞳は、まるで悟りの境地に辿り着いた仙人の様にも、キサラの目には映った。
『――動物虐待、ダメ、ゼッタイ』
『おま、えは……?』
『怪我してる……良い医者を知っています。どうしますか』
『っ……頼む!』
此方に向けられたその問いに、咄嗟に応えると同時に。文字通り、疾風の如き素早さで少女は飛び去って……その奥からやって来た少女と、入れ替わりになった。
『お願いします』
『任されましたわ――誰も追わせはしません』
……そこからは、代わって戦場へと乱入してきた、自らが『ウシ乳』と呼んだ少女と共に、ヴァルキューレ達と激闘を繰り広げて——その後の事だ。自らの憧れに、決別の言葉を叩きつけて飛び出して来たのは。
彼女と自分の道が、どうしても重ならなかった……というのはある。
しかし、それ以上に。決別の決定打となったのは――自分と共に戦った金髪の少女、そして雨の中を駆け抜けたあの小さな娘だった。
「……あの人の元に居るだけじゃ、きっとダメなんだ」
空を舞う羽の様に流麗な、風林寺美羽が戦うその姿。
そして、雨の中を駆け抜ける、影すら踏ませぬ小柄な少女のあの迅さ。
あの二人は、今の自分とは、何かが違った。
特に、自分よりも小さなあの娘。走り出しの一瞬だけとはいえ、自分は確かに……その姿を見失ってしまっていた。それは、我流であったとしても多少は腕を磨いてきた彼女にとっては、確かな衝撃だった。
広い外で、腕を磨きたい。
そんな思いが、胸に芽生えた瞬間だった。
「その広い世界の一歩がこれっていうのも、ちょっとアレだけどなぁ……」
……しかしながら、現実は漫画の様に上手くは行かない。
ラグナレクを抜けた後、自分と僅かな部下たちだけで本巣からの追っ手を凌ぎ続けるのは、非常に難しい——という事で。敵の敵は味方理論で、こうして新白連合と一時的にとはいえ手を結ぶ事となっている訳……なのだが。
改めて、周りを見回してみれば気が付いてしまう――新白連合の今の人員というか、幹部連中。殆ど元『ラグナレク』だという事に。
「交流して仲を深めるもクソも無いじゃないか、全く」
手にしたジュース入りのワイングラスを、指先でかつかつと鳴らす。
突きの武田は、言わずもがな。元自分の配下のリーダーとして、良く知っているし。
ジークフリートは拳豪として幾度か顔を合わせているから、変人ぶりは多少なりとも分かっている。
両者共に、こういった立食パーティーで深める程度の仲にはもうなっている――となればだ。実質的に話しかけられるのは一人。
「……宇喜田か」
テーブルの傍で、大ぶりなチキンに齧り付いている、サングラスをかけた大柄な男に視線を向けた。
投げの宇喜多。
自分の部下である技の三人衆の一人……ではあったが。リーダーの武田や、自分から絡んでくる古賀と違い。彼は自分の部下という以外の繋がりは大分薄かった。話すタイミングとしては丁度いいか。
指先を止め、壁に預けていた背を離す。別に料理も美味いし、このまま、ずっと飲み食いしてるでも良いのだが。折角のお膳立てだ、無駄にするというのも忍びない。
「――よお」
という事で。
歩み寄って、声をかける。
チキンに豪快に齧り付いたまま、彼女の方へと振り返った宇喜田は、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「んぐ……お、キサラ……様?」
「止せよ。キサラで良い」
「おぉそうか。助かるぜ。えっと……なんか用か?」
「いや親交を深めるって名目のパーティだろ、お前」
とぼけたように……というか、本当に忘れていたのか。ぼけっとしたその様子に、思わずため息を一つ。
技の三人衆としてやっていた頃は、もう少しヤンキー染みていて、ぴりっと締まりが効いていた様な気もするのだが……ぽりぽりと頭を掻きながら『おぉ、そうだったか』だなんて苦笑する姿は、本当にただの学生に戻ったかの様で。
ちらりと手元を見れば、大量に盛られた料理の数々。というか、本当にパーティを楽しむ高校生ではないかこれでは。
「ったく、ぼーっとしてんじゃないよ。新白に入って腑抜けたのかい、『投げの宇喜田』」
「あぁ、悪い悪い。いや、食うものを意識してたらちょっとな」
「見りゃわかるよ……そんなに馬鹿みたいに盛りやがって。元気小学生かアンタは」
「しょうがねぇだろ、食う物が身体を作るんだからよ」
それにしても……と思っていると、ふとそのラインナップに目がいった。
てっきり肉だとか揚げ物だとか、そういった物ばかり取っているとばかり思っていたのだが、しかし、予想に反して皿の大半を埋めているのは、トマトやキュウリにナス、葉物から根菜の類まで、幅広い野菜の料理達。
もう一つ確保してある皿には、肉やコロッケなどがしっかり乗せられているが……フルーツや、海藻サラダも添えられている。よく見れば、その隣にあるのも、甘さ控えめの野菜ジュースではないか。
栄養バランスやらなにやら、見るからにバッチリと配慮しましたと言わんばかりのそのメニュー。『女子か?』という感想が最初に思い浮かんだ。
「……アンタ、新白っていうのは食生活の指導でもしてんのかい……?」
「ん? ああいや、これはちょっと『先生』からの指導でな。やっぱ強くなるなら、量だけじゃなくて質も変えなきゃいけないってさ」
「へぇ」
……新白連合にも、拳聖の様な人物がバックに付いているのだろうか、と思いつつ。
しかしそれ以上に、食べ物から意識を変え始めているとは。目の前の男にキサラは驚かされていた。ラグナレクに居た頃は、自分が最強と信じて疑わないような荒くれだった記憶があるのだが……それがどうだ。
まるで、オリンピックを目指す様なスポーツマンの様な真摯さで、武術に取り組んでいるはないか。少なくとも、ラグナレクの中でこれだけ真っすぐに武術に向き合っている連中は、それこそ自分の所属していた『八拳豪』位なものではないだろうか。
「(ラグナレクの頃から……この短期間でここまで変わるか)」
その成果は、もう多少なりとも表れている様で。
横目で観察してみればこの男。ただ身体がデカいだけの様に見えて、しかしながらその実、身体の『密度』というものが違う……気がする。いや、服の上から一目見て分かるものではないが、しかし。
鋼鉄の塊が『見るからに重い』と思えるのと同じように……ただ無駄に鍛えた筋肉達磨とは何か質が、存在感が違うと言えば良いのか。
「……んだよ、何見てんだよ」
「ああいや、悪いね……って何を気色の悪い動きしてんだい」
「いや見て来たのお前じゃねぇか!?」
純粋に一人の格闘家として、気になってしまうのは避けられない――とはいえど些か不躾に見過ぎたか。宇喜多は態々その手に持った皿をテーブルに置いてまで、生娘染みた仕草で身体を抱きしめ、その視線から逃れようと身体をよじってみせる。その体格で生娘染みた動きをされるのはキツくて、本音が飛び出てしまった。
「ったく。何がそんな気になるってんだよ……ゴツイ男の身体なんか見ても、面白くもなんともねーだろ」
「いや面白がってるつもりはないんだが」
まぁ、悪いのは概ね自分ではあるのだが……それは置いておいて。
「明らかに鍛え直してるってのが見て分かるから、格闘家として興味深くはあるけどね」
「ほーん……って言われても、自分じゃ、まだなんか変わったようには思えねぇけど」
怪訝な顔に向けてそう返せば。
宇喜田は少し首を傾げながら、力こぶを作る様な形にして掲げた、自分の二の腕をゆっくりと撫で回し、その感触を確かめ始めた。揉んだり、引っ張って見たり、と。それこそ丁寧過ぎる位に。
その姿を傍から見ていると……なんだか、可笑しくて。つい、くすりと笑いが零れてしまった。
「……オイ」
「いや、悪い悪い。ホントに。でも、ラグナレクを抜けてから、随分充実してる様じゃないかって思っちまうのさ。アンタを見てると」
でも、それは小馬鹿にしているとかではなくて。
その一々の仕草が、眼差しが。とても真剣で、夢中で。何よりも、見てるだけで分かるって位に……『本気』だっていうのが、見てるだけで伝わってくるのが。自然と、口元に笑みを象らせるのだ。
もう全然高校生のそれじゃない――ここからでもサングラスの奥に確かに見える。風鈴の音色の様に、何処までも透き通った、純粋な意思の煌めきは。
山を駆け回って、ようやく自分の手で虫かごに捕まえたカブトムシを、覗き込んでじっくり見まわしている、元気な夏休みの小学生が一番近いだろうか。
「そう見えるか?」
「あぁ。少しばかり、羨ましい位には」
「まぁ、そう言って貰えるのは……悪い気はしねーか」
このタイプの純粋な『熱』は――ラグナレクには、無かったものだ。
「なんつーか今は……真っすぐに『柔道』を追い求めるのが楽しくてな」
不良丸出し喧嘩三昧だった時とは明らかに違う……武術家としての強い心、と言った所だろうか。それが新白連合に入ったからこその変化なのか、それともラグナレクを抜けてただ一人の『柔道家』に戻ったからなのかは分からないが。
いい。
こういうのを見ていると……自分も本当に純粋に『やってやろう!』って気分になってくる。それこそ――ガキみたいに。
「……つーかさ」
「ん?」
「羨ましい、ってんならお前も食えよ。ほれ、俺の取ったやつで悪いが」
……なんて考えていた所で。
突然、目の前に料理が山盛りになった皿が差し出された。
「さっきからお前、全然食べてねぇじゃねぇか。武術ってのは身体が資本だぜ」
「いや、これはアンタの分じゃ……」
「あぁ、安心しろ。まだ手は付けてねぇから。ちゃんと美味いぞ、コレ!」
ほれ、と持ち上げられた皿の上には、肉を中心としつつも、バランス良く盛り付けられた料理が所狭しと並んでいる――視線を向ければ、にかっと馬鹿みたいにいい笑顔を向けて来る宇喜田。
いや、別にそこを気にしている訳でもないのだが……態々それを、今のコイツの目の前で口にするのも、なんだか気が引ける。それに、実際並んだ料理は美味そうだ。
「……ま、そこまで言うなら有難く貰っておくよ」
「おう、食え食え! 大体細すぎなんだよアンタ、骨からぶっとくしてけ!」
「宇喜田、それセクハラだよ」
「あー……おう。それはすまん」
……此方の一言に一転、申し訳なさそうに肩をすぼめる大男。醸し出される可笑しな愛嬌に、どうしても噴き出してしまうのを抑えられなかった。
案外、お互いに交流を深める場としては機能してるな、なんて。
いや、キサラといちゃつかせるいい機会だと思ったんですよ……気が付けば宇喜田君が純真な柔道少年に戻っていたせいでそれが全部丸つぶれに……