史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
――ドガッ!!
「ぐぅっ……!」
「ちっ……本当に、無駄に耐えやがる。テメェのカラダは何で出来てんだ?」
……バーサーカーの声は、自分から『三歩』も離れた所から聞こえて来る。今、間違いなくブロックの上からハイキックを叩き込まれた直後だってのに。その一瞬、聞こえたのは一回地面を蹴る、僅かな足音だけ。
一歩で、それだけ距離取って逃げられるとは、結構ちゃんとデカい癖に身の軽さも相当なもんか。格差に泣けてくる。
「さっきみてぇな『まぐれ』だけは警戒しねぇといけねぇからな……ま、一発入れたら距離を取る。それだけで十分だが」
「……簡単に、言うじゃねぇか……っ」
一発入れて、直ぐに逃げる。ヒット&アウェイ。武田の奴もやってた事がある――上手く相手の攻撃を躱してそこからもう一発を入れるのと、身体能力に任せて一発入れた直後に此方の手も触れられないような距離まで逃げるっていうのとは、何もかもが違うが。
……悔しいが、本当に居るんだな。天才って奴は。
空手やってるみたいな、腰の入った突きじゃねぇのは、二、三発も受けてりゃいい加減分かった。というか、そもそもの話……コイツ『何も武術を学んじゃいない』んだ。
生まれた時の才能だけで、他の何者よりもべらぼうに強い――マジで、漫画か、んじゃなきゃ悪夢みたいな野郎だ、本当に。
「――今まで、俺が潰して来たのは、どいつもこいつもノロマなカタツムリだった」
才能的にも、状況的にも、野郎の方が圧倒的に有利だ。
だってのに。目の前のバーサーカーの顔は、不快そうに歪んでやがる。
「あ?」
「だが、テメェは筋金だな。動きもせずに、どんだけ踏んでも潰れやしねぇ……スリルもクソもねぇ。詰まらねぇ、面倒くせぇんだよ」
それだけ、自分の『天才』で敵対してきた奴らを簡単に捻り潰して来たって事か。
地面を叩くみたく、靴の爪先が鳴る。分かり易いイラつき方。少し笑いそうになっちまうが、流石にこの状況で口先で煽る程、バカじゃねぇ。つーか、そんな余力は残念ながら残ってねぇ。
喰らったのは――しっかり守りを固めた、その上から、計五発。それだけでも、意識が揺らされてる。頭がガンガンとしやがる。
どっしり腰を落としてんのも……別に踏ん張ってる訳でもねぇ。ダメージが重くて、力が入りきらないだけだ。
「何が言いてぇか分かるか?」
「……さっさと潰れろ、か?」
「分かってんなら頼むぜ」
「出来たら苦労しねぇだろ」
そんなため息吐かれたって無理なもんは無理だ……
「――それなら、そっちの方が潰れてくれると助かるんだけどね」
……その声と共に、後ろから聞こえて来た足音が、此方の隣へと並ぶ。
微妙に時間がかかったが、どうやら連絡は間に合ったらしい。
「武田……」
「お疲れ様だ、宇喜田。さて……こっちが二人いる所に仕掛けて来たんだ。覚悟は出来てるかい?」
ぐらつく視界に映る、頼もしい味方。武田の突きの鋭さと速さなら、あのバーサーカー相手にだって通じるかもしれない。加えて二対一、なら。
張っていた緊張が、緩むのを感じていた……引き結んでいた口元も。
膝から力が抜ける。安堵のため息が漏れだす。なんとか助かった、なんて。そんな想いが頭の中に思い浮かんで来て――
「さーて、技の三人衆と呼ばれた二人の連携、一つ味わって……」
――そうじゃねぇだろ。
「おい……横入……すんじゃねぇ」
「な゛……っ!?」
並ぼうとする友達の肩を、引き留める様に、掴んだ。
驚いたように、武田がこちらを振り返る。
弱気な内心が悲鳴を上げる。そこは素直に受け入れておけよ人として、と――その顔面に無慈悲に即座に張り手を一発。そして……俯けていた顔を、何とか上げる。
「宇喜田……何を」
「……そっちこそ……約束、破るんじゃねぇよ……っ!」
落ちかけた膝へと、拳骨を落とす。ズン、と重い感触と、結構な痛み。一瞬緩みかけた緊張の糸に喝を入れれば……再びピンと弾ける様に弦が張るのが分かった。
消えかけた闘志に薪を。萎みかけた意地に空気を。折れかけた心に気合を。
武田に助けて貰って、あぁ、やれやれ良かった助かった。なんとか命拾いした――そんなんでどうするんだ宇喜田孝造。
何の為に脱退リンチを乗り越えて、ラグナレクを抜けて。一人の柔術家に戻ったと思ってんだ。自分なりの――『武の道』を進む為だろうが。
喧嘩勝負で勝ってイキるためじゃねぇ。強くなる、為だろうが。
「まだ終わってねぇぞ……指咥えて、見てろって……言っただろうが」
「何を――君、さっきまでボコボコにされていたじゃないか……!?」
「オイちょっとは容赦しろ、事実だが」
……ま、頭の中でカッコつけた所で。実際は手も足も出てなかったし、殆ど嬲られてる様な感じにしか見えなかったろう。信じられない、って風に言われても。正直否定のしようも無いが。
「……負けるつもりでやる訳ねぇだろ」
「か、勝てるっていうのかい? バーサーカー相手に……!」
武田の視線が、目の前のバーサーカーに向けられる。
向こうから見りゃあ、呑気に話して隙だらけだろうに。此方に仕掛けて来る訳でもなく、ただ此方を見つめて来るばかり。余裕の積りか。いや、それにしちゃこっちを見る視線は酷く険しく見える……気がするのだが。
「まぁ信じろ、とまでは言えねえがな――勝算自体はある」
そう言って。もう一歩、踏み出して。重たい手を、武田を庇う様に広げ。
改めて――バーサーカーの前へと進み出る。
「……やれるのかい?」
「やりたいのさ――キツいが、男だからな」
最後は。自分の意志……というか、わがままで。なんとか。諸手を構え直す。
バーサーカーの瞳が、ゆっくりと細められる。ぎり、と歯ぎしりの音が、同時に聞こえて来た。背後の武田の表情は……あえて見ない事にする。
ただ。殆ど引きずるギリギリみたいな、酷く、重たい足音だけが、聞こえて来た。
悪い事をした、とは思う。それでも……一歩を踏み出してしまうのは、止められない。
「……案外優しいじゃねぇか」
「単に邪魔されたくなかっただけだ――変に割り込んだ挙句、気が変わって二人で来られたら面倒くせぇ。テメェはすっとろいカタツムリだが、無駄に硬ぇからな」
今も、ポケットに手を突っ込んだまま動かないのは。武田が、直ぐには手を出せない所に行くまで、じっくり待ってるって所か。俺に対してブチ切れてる割には、依然思考はある程度クレバーに保ってると、やっぱクソ程厄介だなホント。
ポケットに手を突っ込んで立ってるだけ。
そうして、こっちを見てるだけでも感じる……この不気味な威圧感。
今更ながらに想ってしまう。ラグナレクの『スリー・オブ・カード』はやっぱ、化け物染みてると。
「……テメェにとっちゃ、どいつもこいつも、一足で踏み潰せる、ノロマで、ちっぽけなカタツムリってか」
――だからこその、『カタツムリ』か。
今まで、どんな相手だって自分の才能任せで、簡単に叩き潰してきたんだろう、天才様らしい言い回しだ。まぁ実際、その認識も間違っちゃいないんだろうが。
俺にしてみれば……まだ認識の浅い、『素人』の戯言だ。
「じゃあ訊くがテメェは――『人間サイズのカタツムリ』とやり合った事あんのか?」
「…………はぁ?」
呆気にとられたような声を漏らすバーサーカー。何を言ってんだ正気かコイツ、ってな面だが……残念ながら、こちとら体の節々とかがめちゃくちゃ痛いだけで、まだ可笑しくはなっちゃいない。
「テメェに取っちゃ爪先で踏み潰せるような小粒ばっかりだ。お前が勝ってきたのは」
「当たり前だろ、『カタツムリ』なんだからよ」
「でもよ……幾らノロマだって、『同じ』人間大ならどうだ――踏み潰せるもんかね。そんな簡単に。一足でよ」
一瞬、奴は目を見開いて。
そして……次の一瞬で、此方に向けられる視線が、目に見えて鋭くなっていくのが分かった。こっちが何が言いたいかは、凡そ理解できたらしい――そうしてると、奴の顔が余計に『いじめっ子』染みた面に見えてくるのが、少し笑える。
「下らねぇ……いる訳ねぇだろ、そんなもんが。現実に」
そう、吐き捨てる様にバーサーカーは言う。
いや、残念ながらそうでもねぇ。
俺は知ってる。バーサーカーじゃあどうしようもない程の、絶対の『高み』を。此奴じゃ絶対に傷つけられない、神話の化け物みたいに鍛え上げられた『蝸牛』を。
そして。此奴に追い付けないノロマではあるが。俺だって。
そう簡単に潰されてやる様な情けない男になったつもりは、ない。
「いるだろ、目の前によ」
「……んだと?」
「何度踏みつけた? どれだけ殴りつけた? 最初の方には、脚までバッチリ引っ張られたなぁオイ――背中、まだ痛むんじゃねぇか、狂戦士!」
あの人に色々と教えて貰って、身体も鍛え直したんだ。今まで一足で踏み潰して来たような奴らと一緒にして貰っちゃ困る――歯をむき出しに、吠えた。
煽ってるのか……当然、それ『も』ある。
でもまぁ。これくらいは言ったって良いだろ。やられっぱなしで、こっちも鬱憤が溜まってない訳もない。いい加減に舐められっぱなしっていうのも、純粋にムカつきっぱなしだ。正直な所を言えば。
こちとら、お前の獲物じゃねぇんだ。
「本気で来いよ――そうじゃねぇと、どんだけ踏んづけたって……殻にヒビも入れられねぇぞ、オイ」
「……」
――ポケットに収めていた拳が、ゆっくりと引き抜かれる。
それと同時に。
バーサーカーの肩の筋肉が、力強く隆起したのが見えた。握り込まれた拳が、ぎりっと音を立てたのが、聞こえなくても分かった。
「ったく、そうかよ。そんなに念入りに潰されてぇか……カスが」
僅かに沈みこむ身体――来る。
「それなら……望みどおりにしてやるよっ!!」
瞬間。
「っ……が……!?」
胴にめり込む、突撃の勢いも乗せたヘビーブロー。
明らかに、速い。お前は猟犬かってレベルの鋭さ。防ぐのが間に合わなかった。さっきのヒット&アウェイとは桁が違う。明らかに一段階、ギアが上がってやがる。
戦いの第二ラウンド。
そんな、バーサーカーが全体重を乗せて放った重たい鉄拳が、俺にその開幕を告げてくる――あぁクソったれ、今に見てろよ天才。
直ぐに、その傲慢に伸び切った鼻っ柱ごと、そのツラをもっと……もっと、『グチャグチャ』に歪めてやるからよ。
バイオレンス宇喜田君