史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第十回・裏:強襲、バーサーカー! 其之三

「ぐ……ぅ゛っ……!」

 

 ……さっきとは、レベルが違う、か。

 

咄嗟に踏ん張り利かせてブロックしてなきゃ、そのまま吹っ飛ばされてしまいだったかもしれない。ブチ切れてパワーが上がるなら、何も苦労はしないのだが。目の前のコイツは実際上がってるんだから世話ねぇ。

 

「ヒビも入れられねぇだと? 舐めた口叩きやがって……っ!」

 

——ゴッ! ガッ! ドゴッ!

 

「ぐっ……ぬ゛ぅっ……!」

「お望み通り、その無駄に分厚い殻を叩き割ってやるよ! 真っ向からなぁ!」

 

 響く。響く。ガードの上からでも、鈍い痛みが芯に響いて来る。

 パイプレンチでぶん殴られてんのかコレ。肉ごとゴリゴリ抉られてるみたいだ。痛いのと、焼けてるみたいに熱いのと……なんでか吐き気までしてくる。口の中が錆臭くて、ねちゃねちゃして、気分最悪だし、まぁさもありなんか。

 

 相も変わらずのサンドバッグ。殴られ放題。いやもう、痛いとかそう言うのを越えてただただ辛くなってくる。やっぱり、大分後悔してしてしまう。そんな自分が情けないのが余計に、惨めだったり。

 

「テメェは、ノロマなカタツムリなんだよ。少し耐えたからって、可笑しな勘違いしてんじゃねぇ――」

 

 ……痛みと一緒にこびり付く、そういうのを。無理矢理に、そぎ落として、考えない様に、頭の片隅へ、追いやる。もうとっくに、頭の中はそれで一杯になりそうでも。

 

 こんな弱気すら、目の前の荒ぶる狂戦士相手には致命的だ。

 歯を食いしばって、出来るだけ、意識を外へ。突き出た棘みたく、どれだけ無視しようとも視界の端にチラつくが……それでも、影響は最低限に。思考の真ん中に一本筋を通して……その芯が見えてしまう位、限界まで研ぎ澄ます。

 

「ムカつくか? だったら反撃の一つでもしてみろ……やれるもんならなぁ!」

 

 嵐みたいな猛攻。ラッシュってのはこういう事をいうのだろう。

正直、どんな風に殴られてるかもわからん。ブロックで精一杯。上から殴られてる所くらいは、なんとか知覚できる、気もするけど。

 もし、コイツと凌ぎあいが出来る位に俺が強けりゃ……アイツの動きに対処したりとか足掻く事も出来る気がする。だがこちとら、多少頑丈になっただけの高校生だ。

 

 真正面から、全部受け止める事しかできない。

 機会を待つ。じっくりと。

 

「戦う前から負け犬みてぇな遠吠えしやがって、イラつくんだよ……っ!!」

 

 大ぶりの隙なんてもんは、ハナから狙えねぇ。どれだけデカい隙でも、武田並かそれ以上のスピードが無いと捉えられねぇ。

狙おうとしても『潰される』だろうし。そうでなくてもアイツからすれば俺の動きはカタツムリだ、咄嗟に避ける位は難しくもねぇだろう。

 

「その鼻っ柱へし折ってからだ。改めて、その面を上から踏み潰してやる」

 

 だから……狙うのは――その後。

 僅かなガードの隙から、霞む視界で野郎の姿をしっかりと捉える。隙を見て、それで咄嗟に掴み掛っちまったらそれこそ無様に地を舐める事になる。

 

 ……正直、殴られ過ぎて、感覚が鈍くなってきた部分も出て来た。防御固めていられるかも怪しい。つーか、擦れて血が出てる所も、しこたま殴られてるからか……いや、その辺りの惨状は想像したくもねぇな。

 まぁでも、逆にここまで鈍くなってきたなら――逆にガマンもしやすいか。

 

「テメェはノロマなカタツムリ――踏めば潰れる!」

 

 って、あ。

やべぇ、それは『抜ける』――取り敢えず顔の回り固めてるからなぁ、そこ以外はちょっと……耐えられるか分かんねぇ、か。

 

「それだけなんだよ!」

 

――ドボッ!!

 

「オ゛ッ……う゛ぷっ……!?」

 

 ――ッぁ……ぎっ……くっ……

 

 あ゛~……やべ、意識飛んだ一瞬。いや、ラッキーか。意識飛んで無かったら、食ったもん吐き散らかしてた。良いもん食ったからなぁ、流石に、無駄にすんのもな。

 鳩尾……感覚的に、折れちゃいない、か。内臓揺らされた、嫌な感触がしたが……あぁ、いや。流石に痛みだけじゃ済まねぇか。

 

 上って来た。錆臭い味が、たっぷりと。ゲロの代わりに、もっとヤベェのが来たな。内臓潰された……って訳でもなさそうか。ギリギリで。あ゛~クソ、なんで倒れてねぇんだ俺、これ。

 

「――さっさと、潰れやがれ……!」

 

 ……まぁ、だが。

 

 体勢的にも、状況的にも、百点。耐えた甲斐があった、って所か。

 アスファルトを踏み躙る重たい足音。体重を乗せた大振り。間違いなく飛んでくる。先ず止めらんねぇし、間に合わねぇし、どうあがいて直撃確定――そこは、許容か。肉を切らせて骨を断つ、というよりは、骨を折らせて骨を断つってところ。

 

 崩れそうな体勢から――身体を軋ませて、無理矢理に、一歩を踏み出した。こっちから拳を受け入れるみたいに。大きく腕を広げる。

 

「なっ……!?」

 

 目を見開いたのは、バーサーカーの方。向こうから見りゃあ、これで潰すつもりの打撃に向こうから飛び込んで来たのだ、まるっきり自殺行為にしか見えないだろう。

 だが残念。テメェに取っちゃ、拳は当たれば一発でノックダウンってのが基本だ。だが、そこが前提としてちげぇ。

 

——ズンッ!!

 

「ぐがっ……!」

「こ、こいつっ――!?」

 

 乗り切る前に、手前で受けりゃ威力は半減できる。鎖骨がクソ程痛ぇが。つっても。

 

 天才って奴は、確かに『受け』はスゲェだろうよ。反射と、身体能力の暴力で、当たらなけりゃあどうって事もねぇ。だがな――『攻撃』はどうだ?

 さっきの事で分かったろうに――人間どれだけ努力しても、どれだけ注意しても、天才性があっても……『どうしようもない』タイミングは必ず存在する。

例えば、今みたいに、しっかりと『自重』を乗せた派手な大振り、だとか。

 

『武術を習う事による、身体の精密な操作――それは決して万能じゃない』

 

 知ってる。

 先生は、偶にだが『自分が教えられる範囲の事』を教えてくれる。武術について教えられることは少ないけど――知識はあって困らないから、と。

 

『ガマク、と呼ばれる普段使わない部分の筋肉を使って、重心をずらしたりする技術が空手には存在するが――俺が知っているレベルの本物の達人ともなれば、アレを偽装ではなく『保険』として使う事もごく当たり前にある』

『えっと……保険すか?』

『あぁ。重心が完全に前のめりになってしまった場合――人体の構造上、それを一瞬で完全に立て直すのはどうしても『不可能』だ。そうなってしまわない為の、ね』

 

――そう言う攻めの工夫を、お前が知ってるとは思えねぇ。

 

 案の定……ここまでバッチリ体重乗せたお前の身体は、重心が前にガン乗り。さっきと同じ。いや寧ろもっと簡単だ。防ぐつもりもなし、始めっから受け止めるつもりで腕を広げてくれりゃあ。一撃で相手を沈めるつもりまんまんで、後隙なんざなんも考えねぇイノシシが突っ込んで来てくれる。

 

 そしたら後は、簡単だ。

 このままの勢いを受け止め、襟を取ったまま『後ろへ』倒れ込む――崩れた重心は、もう勝手に俺の手の中に転がり込んだ。

 

「はじめっから、このっ、積りで……!?」

「おう、マジで効いたぜ――っ!」

 

 背中から、縺れる様に倒れ込む。

 

 後は、その胴を――両足で、がっしりと確保。

 脚は腕の三倍の力があるってのは、先生から聞いたんだったか。脇から倒れ込む瞬間に両足を回して、がっちりと抑え込んだ。こうなったら、幾らコイツが天才様だからっつって……単純な体格とパワーの競り合いだ。

 

逃がすつもりも、ねぇ。

 

「こ、このっ……!」

「おっと――やめとけ」

 

——ギリギリギリギリ……ッ!!

 

「がぁっ……!?」

「こう、なっちまえば……俺の、好きに出来る」

 

 ホールドしたその身体を――太ももの筋肉で、思いっきり締め上げてやる。

 脇の筋肉の辺りから。めぎ、と何かが『ひしゃげる』様な嫌な音がして来たのは、コイツもはっきりと聞こえてるだろう。

 

「いわゆる『胴絞』って奴だ――背骨の硬さに自信はあるか、バーサーカー……!」

「っ!?」

 

 漸く状況が呑み込めたのか、さっきまで苛立ちで青筋が立っていたその顔が――今度は分かり易く青ざめ始めた。だが後悔したって、今更もう遅い。これだけ好き勝手やってくれた後なんだ。

 今度は、こっちのおもてなしって奴を、しっかりその身で味わっていただかないと。

 

 肺一杯に、夜の冷えた空気を吸い込む。

 体の隅々まで行き渡らせる様に――ゆっくり、大きく。ぐらつき掛けた意識を、再び引き締め直そうとして。

 

「っ!? は、放せっ……!」

 

 ――ずどっ!!

 

「ぐっ……!?」

 

 そんな僅か一瞬を狙って振って来たのは……肘鉄。

 鎖骨の辺りにめり込む。ごつごつとした肘の骨に、筋肉や血管が、纏めてごりゅ、挽き潰される嫌な感触。骨の軋む音と共に、痺れるみたいな激痛――喉の奥から上がってきそうな悲鳴を、奥歯噛みしめて呑み込んだ。

 

「放しやが――」

 

 ――めぎっ!

 

「ぎっ!?」

 

 ミシッ! めきめきめきめきっ……!!

 

「ぐっ――がぁあああああッ!?」

「大人、しく、しとけって言ってんだろ……っ!?」

 

 その痛みの分も合わせて……再び締め上げ直す。

 今度は、脚を通じて、相手の腹直筋を『絞り千切る』はっきりした手応えが伝わってくる。相手の身体が歪んでいく感触も添えるとかいう、最悪のセットメニューだ。

 

 ……骨ごと内臓を潰されていってるんだ。こんな、あからさまな悲鳴だって上げるのも当たり前か。先生曰く、痛みの中にも、自らの嫌悪感を特別に煽り立てる痛みっていうのがあるらしいが。これはその中に属するもんだろうとは想像も付く。

 先生の言う、本物だったら……または、もっとスゲェ柔術家なら。無駄に苦しめたりせずに、さっと『落とせた』とは思うが。

 

「そっちから先に仕掛けたんだ……ちょっとやり返された位で、みっともなく騒いでんじゃねぇ……!」

 

 生憎と、こっちは未熟で、青臭い柔道少年だ。最後まで、じっくりと、締め上げさせて貰うしかない。んでもって――そのジャケットの襟もばっちり抑えた。

抜け出す様な真似も、もうさせない。

 

「ラグナレクの、頭張ってる一人なんだろうが……!」

 

――討ち取った、っていう確証があった。

 

 相手は、俺の腕の中で暴れる事もまともに出来ていない。さっきの肘鉄も……さっきまでの鋭い乱打に比べりゃ、まだ温い方だ。向こうの渾身の一発を受けて疲弊してない訳が無い。それで削り切れなかったってんだ……あからさまに弱ってる。

 

 だから、だ。

 

 散々ばら好きに嬲られて……フラストレーションが溜まってなかったか、っていや嘘になる……あぁ、そう。だから今。自分が『勝った』っていうその実感が、酷く――

 

「ぐっ……ごぶっ……!?」

 

 めぎ……めぎっ……!

 

「どうした、踏み潰すんじゃねぇのか……っ!」

 

 ――口元が、歪む。

 

「やって見せろよ……天才サマっ……!」

 

 このまま、捕まえたコイツを『捻り潰してやれば』――落ちるっていう確信が。痛みすらも簡単にかき消してくれた。たまらねぇ、これが……これが、強くなれたって実感。ダメージで鈍ってた身体が、息を吹き返すのを感じる。弱まっていく抵抗に反して、こっちは驚くほどの上り調子。その流れに任せて、少しずつ締め上げを強めていく。

 勝ったんだ。どう足掻いても覆しようのない才能の差。それを持ってるっていう『本物』に。こんな……まだまだ未熟も良い所な、俺が、だ。

 

 バーサーカーを『潰せる』くらいには……強くなれたんだ。

 こうやって、体を鍛え直し。改めて柔道を学び直していけば、どんな奴にだって。負けやしねぇ。

 

「どうにも出来ねぇなら……このまま……なぁ……っ!」

 

 それなら……今も、勝つ。完璧に。

 捕えた獲物の身体から力が抜けていくのが、脚を通して鮮明に響いて来る。

 

「宇喜田……!?」

「て……め゛ぇ……」

「敗北の味に……膝を抱えて……眠りやがれ、バーサーカー……!」

 

 このまま、コイツを潰して、もっと、もっと――!

 

 

 

 

 

「――馬鹿野郎、宇喜田ァっ!」

 

 丁度、そのタイミングで。

 思いっきり、蹴っ飛ばされた。




ヒント1:ホモ君は体の鍛え方とか武術的知識は教えてくれます。
ヒント2:『それ以外』はあんまり教えてくれませんでした。
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