史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得   作:秋の自由研究

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第十回・裏:強襲、バーサーカー! 其之四

 ――最近、良い顔をする様になった。

 

『どうなんだい? 身体づくり、順調なのかい?』

『あぁ、実感……っていうと、具体的には言えねぇけどな』

 

 ラグナレクに居た時は……なんていうか、結構な頻度でイラついて、暴れて。どれだけオブラートに包んでも尚、チンピラ、ゴロツキっていう誹りを受けるのも仕方ない。自分を高く置く積りなんて毛頭無いけれど、自分が彼の行動を諫める事だってあった。

 それが……最近は、どうだろうか。

 

『まぁ、スッゲぇ充実してるわ。柔道して、身体作って……』

『そっかー……なんだか羨ましいじゃな~い? キラキラしちゃって』

『んだよそれ?』

 

 ラグナレクを抜けた後の彼の笑顔は、精悍そのもの。

 寧ろ……彼の真っすぐな姿勢に、なんだか、感心させられてしまった。いや、同じ年頃の、友達を相手に、一体どこからの目線でモノをいってるんだ、という話だが。あんまりボキャブラリのないので、こういう言い方しか出来ないのは許して欲しい。

 

 本当に。心揺らされたのだ。同じ男として。真っすぐに努力をしてる――宇喜田孝造っていう柔道家の姿に。そして。

 

『なげ、られなく、ても……逃がさねぇ……っ!』

 

 あの雨の日――自らの身体に走る電流に、まるで怯まず。真っ向から向かい合って戦った。あの時の彼の背中は……とても、デカく感じて。だから。

友達だからこそ『負けられない』と思った。

 

彼が『投げの宇喜多』なら、自分は『突きの武田』だ。ラグナレクで技の三人衆として肩を並べた戦友――そこを抜けてから、後追いする事になるなんて、笑えない冗談だ。

漸く左腕も治った。新しいライバルとも出会って。これから、幾らだってお互いに強くなれるんだ、と。気持ちも新たにした。

 

――じゃあ。目の前のこれは?

 

「どうにも出来ねぇなら……このまま……なぁ……っ!」

 

 バーサーカーの胴を締め上げる宇喜田は――笑っている。

 でも、あの時のパワーに満ち溢れた、輝いて見えたアレとはまるで違う。

 

 額から流れる一筋の血が、戦化粧みたいに顔を彩ってる。砕けたサングラスの奥で、瞳孔まで裂けてるんじゃないかっていう位に見開かれた目――その奥に焔が燃えてる様に見える。口元が裂けるみたいに釣り上がって、牙を剥き出しにしたまま笑う貌は、まるで狂犬みたいだった。

 

 楽しんでる。何をかなんてのは、重要じゃない。今――バーサーカーが、僅かに口元から血糊の混じった何かを零し始めている、そんな状況下で。宇喜多は。

 

 ……いや、訂正する。

 何か、じゃない。きっと……この戦いの全てを。今の彼は、愉しんでるのだと。否応なく理解してしまった。背筋が凍る。もう喧嘩を通り越して、これは『殺し合い』に片足を突っ込んでいるというのに。

 

「宇喜田……っ!」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 ぶちり、と。何かが頭の中で、切れた。

 

 ――違うだろ。

 

 そうじゃないだろ、宇喜田。お前がやりたがってたのは。お前が目指そうと知ったのはそんなんじゃないだろ。一人の柔道家に戻るって言ってたじゃないか。

 やめろ。そこを踏み越えたら、もう戻れなくなるぞ。

 

「――馬鹿野郎、宇喜田ァっ!」

 

 気が付いたら。

 拳すら使わず……その顔面を、思い切り、蹴り飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……あ?」

 

 気が付いたら、夜空を仰いでた。

 なんか、顔がクソ痛い。つーか、身体が動かない。俺、さっきまで何をやってたんだっけか……いや、ちょっと待てこれ、顔だけじゃねぇなこれ。全身だ。全身痛い。

 さっきまで、めちゃくちゃに殴られまくってた様な、そんな――

 

「おい宇喜田っ!」

 

 ――そこで、グイッと襟を引かれた。

 

「あ……武田……?」

「ボケっとすんな! 寝てんじゃないぞ……っ!」

 

 顔を上げれば、目尻を釣り上げた武田の顔が目に入って来た。額に浮かぶ青筋。此方を睨みつけるその瞳の奥で、まるで焔が燃えてるみたいで――ブチ切れてる。

 なんでだ、とか疑問に思う間もなく……無理矢理、襟を掴まれて。そのまま、無理矢理に身体を引き起こされた。立てこの野郎って、酷く遠くから聞こえる様な気がした。揺さぶられる度、頭が、ズキズキ痛む。

 

 ……俺は、どうなったんだったっけ。バーサーカーの奴とやり合ってた筈だ。めちゃくちゃに殴られて……それで、漸く反撃のチャンスを掴んで。

 

「なんだ今のザマは! 君は――明らかにバーサーカーを『殺す気だったろう』!!」

「……え……?」

 

 ……は?

 

 此方を睨みつける、武田の瞳の中の焔に射貫かれて。

 

ふと。顔を、傾ける。

 地面に転がった、もう一人の人影に、目が留まった。

 

「……ぁ゛……ぐ……」

 

 アスファルトの上に、バーサーカーが、転がってる。うつ伏せになったまま。時折、ぴくりと身体を震わせて……その度に、夜闇の中でもはっきり分かる位に、紅い、何かがその口から、零れていって。

 

 ゾッとした。背中に、酷く冷たい感覚が走ったのを感じていた。

 どうなってる。なんでアイツが。放っておいたら、死んじまうんじゃ、あんな。ちょっと待て、一体誰が、あんな――

 

『どうした、踏み潰すんじゃねぇのか……っ!』

『やって見せろよ……天才サマっ……!』

『敗北の味に……膝を抱えて……眠りやがれ、バーサーカー……!』

 

「あ……」

 

 ――思い出した。

 

 手に入れた勝機。戦いの中で覚えた昂揚。伝わって来た人の壊れる感触。

 

「た、武田……俺……」

「っ……情けない顔をするんじゃない! そんな資格は今の君には無いぞ!」

 

 そうだ。俺が、コイツを……こうしたんだ。

 自分の手で、自分の意志で――コイツをこんな風に『壊した』。自分が強くなったって実感に、酔っぱらって。調子づいて。そして、人間一人を、あんな風に。覚えてる、バーサーカーの胴を、絞り千切ろうとした、あの。

 バーサーカーの抵抗の力が弱まっていく瞬間の……『歓喜』を。

 

 昇ってくる。喉の奥から、嫌な感覚が。えづいてしまう。視線は、逸らせない。倒れて、動けないバーサーカーから。運よく、生きていてくれたけれど。

 もし、もしもそうじゃなかったら――

 

「いいか、よく見ろっ……目に焼き付けろっ……!」

 

 僅かに震える身体。生気のない顔。虚ろな目――自分が犯した所業を。

 

「僕の黄金の左腕は、不良との喧嘩で壊れた……岬越寺先生が居なかったら、もう二度と治らなかった! 良いか、幾ら鍛えても人間はちょっとした事で深い傷を負う! 僕達みたいな鍛えた奴らなら、それが容易く出来ちまうんだよ! 今みたいに!」

 

 びくり、と体が震える。もう一度、前を向けば。

 

「君が……今、みたいにっ……我を……忘れて……っ!」

「武田……」

 

 ……武田は、泣いていた。

 怒りながら。泣いていた。

 

なんでお前が泣いてんだよ、って。そう思ったけど。でも、それは……俺がやらかしてしまった事への涙だってのは、分かった。俺の為に、そうやって、泣いてしまうくらいには、武田は真剣に……全力で。

 

「するなっ……もう二度と……こんなっ……!」

「……悪い……」

「謝るなよっ……僕じゃないだろうが……!」

「悪い……」

 

 笑えねぇ。でも笑える話だ。

 自分のエゴが招いた結果か。これが。情けなくて、涙が零れだしそうだった。でも、それよりも先ずは……自分で出来る、最低限の尻拭いはしないと。

 ポケットに手を突っ込んだ。最近は、何時もここにメモが一枚入っている。

 

 ……先生にも謝らないといけない。俺が情けないせいで――あの人が教えてくれたものも全部、汚しちまった。せめて、自分で責任を取らないといけないとは思うんだが。どうやらそれも難しい、らしい。

 

「た……けだ……」

「……宇喜田? おい、宇喜田っ!? どうした!?」

「これ……びょういん……れんらくを……」

 

 意識が遠のいていく。今更、無茶をしたツケが回って来たらしい。

力を振り絞って、手の中のメモを差し出す。情けねぇし、手前勝手な話だが。それでもあの人なら……俺のバカみたいなしくじりの尻拭いを、完璧にやってくれる。バーサーカーの奴もきっと助かる筈だ。

 

「おいっ、宇喜田っ、宇喜田ぁっ!」

「……ごめん……ごめんな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……馬鹿野郎」

 

 指先が震える。意識を失い、力なく首をしな垂れさせた宇喜田を前に、そう呟くのが精一杯だった。

 

 ……そんな情けない面する位だったら、はじめっからやるなと言ってやりたかった。

 歪んだ顔だった。子供みたいに泣き出しそうな顔の癖に、今にも手前の腹を掻っ捌いて死にそうな敗残兵のようにも見えて。

 あぁ、そうだよ宇喜田。この勝負に勝者はいない。どっちも……

 

「……えっと、この番号に連絡すれば良いのか」

 

 一つ、息を吐いて。改めて、宇喜多に渡されたメモを見る。あんな顔をしつつも此方に渡して来たのだから、余程信頼できるという事だろうか。

 岬越寺大先生に任せた方が良いんじゃないか、とも思うが……沈み切ったその中でもこのメモを渡す時だけは、彼の目は光を取り戻していた。

 

 そこまで言わしめる程の名医という事であれば――しまっておいた携帯を手に取り、その電話番号を入力――

 

「――悪いが、連絡されると少し困るのでね」

 

 瞬間。

 背中に――鋭い一撃がめり込んだ。

 

「がっ……!?」

 

 そのまま、地面に叩きつけられそうになって……何とか、姿勢を立て直した。

 強烈な不意打ち。意識が飛びそうになった所を、何とか耐えて。背後からの闖入者に向けて、振り返った。

 

「――ははっ、冗談だろ……?」

「残念だけど、現実だ。恨むのなら――此方を『本気にさせた』……ケンちゃんの方にして欲しいな」

 

 悠然と……手袋を直しながら、此方に歩み寄る人影。

 

 暗闇の中でも尚目立つ白スーツ。紫の髪色。特徴的な眼鏡と、そして……手袋に刻まれているのは、先程、宇喜多が死ぬ気で戦って……殆ど相打ちでなければ太刀打ちすら出来なかったような怪物、バーサーカーよりも『上』である事を示す――『Ⅰ』の刻印。

 

 知っている。知っているとも。

 ラグナレクの頂点。八拳豪最強、第一拳豪……オーディン。

 

「彼があっさりやられてくれたなら、態々出向くつもりもなかったんだがね……全く、正解だったよ。ただの一拳豪の配下が、バーサーカーとアレだけの死闘を繰り広げるレベルまで成長するとは」

 

 拳を構える。勝機があるとすれば……この幻の左の一発だけだ。

 

 宇喜多は、立ち向かった。

 自分も、逃げるわけには行かない。勝ち目は……正直、万が一もあるかどうか分からないけれども。

 

「新白連合、全く持って油断ならないチームの様だ」

 




バ タ フ ラ イ
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