史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「……う、うーん……うーん……はっ!?」
体を起こす。今、完全に意識が飛んでいた――というか、長老の丸太の一発ですこんとあの遥かなるお空へと意識が消えていった……なんとなくわかる。自分は、この修行場から無事に生きて帰る事は出来ないだろう。父さん、母さん、そしてほのか。先立つ不孝をお許しください……あぁ、最後に美羽さん、一目お会いしたかった。
「とか言ってたら、ホントに……死ぬ……す、少しでも、きゅうけいを……」
全く立てないので、地面を這って、長老御手製藁のテントへとなんとか辿り着いた。流石に地面の上で眠るのは良く……いやもう直射日光であぶられないだけましとしてこのまま休んだ方が少しでも休めるだろうか。
べつに地面が硬いアスファルトという訳でもない、土の温かみが意外と体には良いのかもしれない。
……ここは闇ヶ谷。長老が若いころ使っていたという修行場。そして今は、ボクの『制空圏』習得の為に籠っている。武術家にとって、修行に最適な地、怪我の治りなどが不思議と早い等の効能があるらしいが……それもまるで追い付いていない。
「うぅっ……『武を禁じる修行』から一転して……長老直々の猛スパルタ……温度差で風邪引いた上で蜂にでも刺されているかの如し……」
正直、梁山泊の師匠方の修行が無ければ、とっくの昔に天に召されていると思う――それ位には、制空圏の修行は厳しい。
連華さんと共にあの日中華街で見て、そして先日『彼』との戦いで体感した。自分の領域内を『掌握』し、その中に侵攻してくるあらゆる攻撃を叩き落とす(主観的には)超高等技術……制空圏。その習得ともなれば、生易しい修行になる訳もなくて。
只今レベルは……幾つくらいだっただろうか。これがMAXだと嬉しい。多分違うと思うけれど。だって、長老の棍棒無双の嵐の中を生き抜いていると、柔らかくなっていくお肉の気分を味わえてしまうというか――
「……でも、これ位はしないと――龍斗くんには、勝てないんだろうなぁ」
ごろん、と。寝転がって、天井を見上げながら、呟いた。
思い出す……結果として、『決着は付かなかった』けれど。多分判定的に『負け』なんだろうっていう、彼との決闘。
昔、引っ越してしまった僕の幼馴染――そして今は、ラグナレクの第一拳豪、オーディンと呼ばれている……『朝宮龍斗』君との一戦を。
――まさか向こうから接触してくるとは、的なテンションから始まって。
『その『うめー棒』の開け方は――龍斗くん!? 朝宮龍斗君か!!?』
『やっと思い出したか、あいかわらずのんびり屋だなぁ~~~……』
思い出の駄菓子屋で、昔話に花を咲かせて――結局約束については思い出せなかったんだけれども――その中で、美羽さんの事になったとたんに、彼の様子が豹変した。
お互いの武に対する意見の相違や、彼の変貌もあって……結局、話し合いは殆ど始まる前に決裂する事となってしまい。
『君が忘れてしまった本当の約束を、今こそ果たそう!』
自分と、龍斗君との戦いは、火ぶたを切った。
『――こなくそぉ~っ!!』
『此方の気迫を呑み込むとは……だが、まだまだ未熟!!』
此方の拳は、悉く打ち落とされ……最初の『山突き』以外はまるで当たる気配すらなかった。正しく、自分の領域の中に侵入して来た物を全て打ち落とすその技。そして……その時、思い出したホーク先生が不意に見せてくれた、あの『領域』。
少なくとも、自分に理解できる領域のモノじゃないと分かってしまった――先ず、一朝一夕では。
『最初のもろ手突きは中々良かったんだけどね……そうだ、君も試してみると言い!』
まるで意趣返しの如く、彼から放たれた『山突き』ならぬ『もろ手突き』――これが直撃していたら間違いなく、その場で倒されてしまっていたかもしれなかった。
けれど……ここで、梁山泊での経験が自分を救ってくれた。
『うぉおおっ――ぶっつけ本番っ!!』
『なにぃっ!?』
至近距離からの二つの拳を……殆どヤケクソで、背後に倒れるみたいにして避けたのである。此方へと向かってくる相手の拳を目の前にして、避ける、とか、受ける、とかじゃなくて、『逃げる』思考だったからこそ、正直できたと思う。真後ろに、受け身を取る感覚で思いっきりぶっ倒れた。
メナング先生からの教えが活きた――とは到底言えないけど、それでも。その一瞬において、梁山泊の師匠の皆様に鍛えて貰った身体能力を最大限生かしての、現場判断緊急的戦術的撤退に成功したのは『いなし』を見せて貰っていたからこそだ。
『じ、実戦でそんな避け方をするなんて……!』
『ふぃ~……あぶなかったよぉ~……』
……まぁ全力でコケてたまたま回避に成功したともいう。その事に関しては岬越寺先生の受け身の執拗な教えに感謝。
まぁ兎も角。此処でいったん頭が冷えた。こりゃあダメだ。勢いで拳で修正してやると思っていたがそれが不可能なだけの実力差がある――でも、ここで逃げるのは違う。如何に戦術的撤退が必要なタイミングとはいえ……自分が武術をやろうと思ったのは、こういう時に見過ごして逃げ出してしまわないように。
間違ってる事は間違ってる、と言いたいから。
だったらどうする――そこで、自分が持ってるものを考えた。実力でも、多分才能面でも目の前の少年にはボロ負けしている。心が流す汗の量が増えた気がした。
しかし……だ。自分は、多くの事を教えてくれる、『師匠方』には恵まれている。自分には勿体ない位の、最高の師匠達だ。それが――(正式には)五人も!
『こうなったら――僕の全部をぶつける! 行くぞ龍斗ぉ!』
『ふ、それでどうにかなると? 浅はかだな。覆せない実力の差という物を――』
どかかかかかかかっ!!
『正拳突き! 当身! 双纏手! ティー・ソーク!』
『いや本当に全部をぶつけて来る奴があるかっ!?』
『まだまだあるぞ龍斗ぉ!!』
という事で……自分が今まで習った技を全部ぶつける事にした。捌かれようと、迎撃されようと、砕かれようと関係ない。こちとら無駄に硬い身体と手札の多さしか勝っている所が無いのだ。どれかが通じるまでぶつける。
削れるのは、修練不足で師匠方の技を活かせないという現実を見せ付けられる、此方の心だけである。とてもつらかった。
……そんな訳で。全手札をオールインしての殴り合いに持ち込んで、暫く。
『うぉおおおおっ! ティー・カオッ!!』
『飛び膝かっ! 関係ない、それも打ち落として――』
――活路は、意外な所から開いた。
『あ゛つっ……!?』
どうせ防ぎきられるだろうと、次は全体重を乗せた膝を見舞ったのだが――それを防いだ龍斗が、何故か顔を歪めて見せたのだ。
そこで思い出す。脚は手の三倍の力があるという逆鬼師匠の言葉。それにキチンと体重を乗せて放ったならば……威力の程は想像を絶する。あのトールさんに痛打を与えたのもやはり同じ膝を使った『カウ・ロイ』だった。
即ち、龍斗は……此方の飛び膝の威力を見誤り。制空圏維持の為に重要な手に想像以上のダメージを負う事となったのである。
『こ、この痺れはっ……!?』
『龍斗ぉ……っ!!』
その一瞬の隙に全てを賭ける。
瞬間、空手の息吹、中国武術の内功を練り上げる――時間をかければまた立て直されてしまうけど、だからって雑に殴りに行っても結局突破しきれない気がした。
沢山の手札で僅かに出来た突破口だ。自分の持てる最大の一撃に賭けるしかない。
『――行くぞぉっ!』
多分、お互いに、永劫にも感じるような刹那の後――覚悟を決めて、真っすぐに飛び込む。両手を『小さく前へ倣え』と構えて。
『正面突破だとっ……舐めるのも大概にしろっ!!』
当然、こうなれば制空圏もなにもない、前から飛んでくる拳をフルに受ける事になってしまう事にはなったが……それでも、それなりのダメージも何もかも覚悟はしていたから全て甘んじて受け止めた。
目を見開く龍斗を前に――瞬間、確かに彼の懐に飛ぶこむことに成功したのだ。
『コイツっ……』
『小さく前へ倣え……ッ!』
『無拍子!!』
瞬間、遮二無二構わず――自分の最大の必殺を打ち込んだ。
引手、体重移動、拳の感覚。正直、今まで一番『上手くいった』っていう確信が持てた一発だった。もしもアレが直撃してさえいれば……間違いなく、龍斗を止める事が出来ていた、と思う。
しかし、ながら。
『……がっ……あ゛っ……』
膝を突いたのは……先に龍斗の掌底が直撃した、此方だった。
『ぐっ……直前で、引き離して……この威力、かっ……!』
無拍子に対して、半ばカウンター染みて放たれた防御を投げ捨てた様な掌底が……此方と相手の距離を突き放す様に、胸の中心を打ち抜いたのだ。お陰で、完璧に直撃とはいかず……此方は、無防備な身体に重たい一撃を貰って、遂に立てなくなってしまった。
龍斗の方もノーダメージではなく、後ろの木に背を預けてはいたが……それでも、まだ何とか立っていて。拳を構える事も出来ていた。
『りゅ、龍斗……っ!』
『く、くくっ――嬉しいよ、覚えておらずとも、ここまで腕を磨いてくれていたとは』
しかし……龍斗は、そこで追撃を入れる事も出来ただろうに。
『……こんなタイミングでは、勿体ない。僕たちの決着は、やはり互いの『総力』の果てでないといけない』
『な、何を……!』
『君のチーム、新白連合、だったかな……興味が出て来た。今の君が所属しているんだから、油断できるような所ではないらしい』
彼は、その場から立ち去ったのだ。お腹を押さえ、少し呻きながら。
『――引き分けだ、ケンちゃん』
『ま、待てっ……!』
『私も、新白連合との『最終決戦』に自ら身を投じる事にしよう――決着は、その最後に付けよう。楽しみにしていてくれ』
……結局。その場で、立ち上がって追いかける事も出来ず。自分は、ただ彼が立ち去っていく後姿を見届ける事しか出来なかった。
引き分け、と彼は言った。しかしながら……自分は彼を止める事も出来ず。どころか相手は此方を見逃す余裕すらあった。
実質的な此方の負け――その悔しさもあって、僕はこうしてここに立っている。いや正確には『倒れている』のである。
「……龍斗」
藁ぶきの天井を見上げながら、呟く。
彼を止めるのは、自分でなくてはならない。ラグナレクと新白連合の抗争も、終わらせなければならない――芽生えたその気持ちのまま、ここまで来た。
「ごめん……君との決着、付けられないかもしれない……」
でもその結果、修行の最中に燃え尽きたとか笑い話にもならないよなー……なんて、思いながらくたーっと崩れ落ちる。
襲い来る眠気は、多分だけど自分を刈り取る死神の類なんだろうなぁ、なんて――燃え尽きる前に、家族や、美羽さんと、少しでもいいから声を交わしたいと思うのは、至極当然だと思うのだった。
――そんな思いが、自分の端末の『奇跡の一本アンテナ』を見つけさせ。
そして……新島から届いていた、『遺書じみたメール』を発見させることとなる。
なんでオーディンが出向いてるのかっていう話。