史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「我が翻子拳、素人同然の男に潰されたとなると……些か外聞が悪いんだよねぇ。という事で一つ立ち合いを――」
「退け。治療の必要のある患者が出て来た」
「……そうしたければ僕を倒して行くといい」
「邪魔をするのであれば、押し通る」
――先日は、見れなかった。バキシモの戦い方。
戦い方、といって良いのか。奴が患者と接する中で鍛え上げた言わば……制圧術か。患者に対する。それを、しっかりと見る機会だ。下手な事はせず、多少なりとも手加減くらいはする。まぁ、それでもアイツを刺激したのは間違いないが。
襲い掛かってくる相手を返り討ちにするのだから、気絶させるだけの一発は必要だからそれなりの力は入れた。言い訳はせん。
「では早速……ペシャンコにしてあげようじゃないか!!」
「……」
最初は翻子拳の使い手……慧、とか言って居たか。先に見たのと同じ、拳から……かと思ったら、足から繰り出して来る。どうやら戳脚も学んでいたようだ。拳主体で攻めていた先日の事を引っかけとする為に初手に蹴りから入った、と言った所か。
普通なら、前日殆ど拳しか使って無かったのを考慮し、引っ掛かっても不思議ではない。武人であれば、寧ろ引っ掛かるだろう。対戦した相手の事を憶えてその特徴から対策を練るのは普通の事だからだ。だが……
「――構っている暇はない」
「なにっ!?」
すり抜ける。足の下を。そしてそのまま、地面に倒れた男の方へ。まるで予期していたかのように……いや、実際予期していたのだろう。
バキシモと組手をしていて気が付いた。この男は、相対した相手をよく見ている。武術なんて言うのは目が重要というが、コイツはそれの具体例といっていい。
相手が動いたその時には、その体に染みこんだ医療の知識から分析を開始。体の動かし方、筋肉の付き方、そして重心が何処に乗っているかまで見抜いてくる。その上で、相手に対処する最適の動きを選択する。回避するのかそれとも、防御するのか。
制空圏なしに相手の動きを捌けるのも頷ける。
「……ッ!!」
「意識無し。最寄りの医療機関は……」
「無視しないで貰いたい!!」
とはいえ、無視された慧が面白くないのも当然だろう。飛び掛かっていくが……もう見られている。拳の乱打は哀しく空を切るばかりだ。
制空圏と違い、死角からの攻撃でも無意識でも反応する、という事は無いが。逆に視界に映っているのであればほぼ間違いなく相手の攻撃を防ぎ、避け、捌けるだろう。同格は勿論、多少格上相手でも通じるだろう技術。
傷を負って、一刻も早く安静にさせなければならない。しかし、武術を覚えた相手に下手な抵抗をすればよりケガを悪化させかねない。そんな患者相手の極限の状況で、素早くベッドに倒す為に身に着けたのだろう。
「――いい加減にしてもらいたいな」
「ッ!? こ、これだっ!?」
突き出した拳を右で内側へ往なしつつ、同時に一歩前進、左足を相手の前方、というより踏み出される足の前方に、左を後頭部に沿える。相手の攻撃を捌くのと、一歩前進し相手の動きを制する、同時に行ったその結果は。
重心が、拳の側に寄っているからこそ。
「ぐぁっ!?」
「ぬぅうわぁ!!」
派手に前面に転倒。
もし往なした後に、一歩前進の動きであれば間違いなく体勢を立て直されていた。相手の動きを見切って、その動きを先んじて阻害するあの動きは、此方としても想像の遥か外の動きだ。
想像し得るか? 自分の動きが、動き出しの時点で分析されているなどと。否、分かっている俺ですら、それを突破し得ないのだ。
動きから想像されるのであれば、想像を覆す奇手を打てばいい。が、やはり奇をてらった一手は威力にも速度にも欠ける。しかも此方の動きに先んじて動いているからこそ、向こうには僅かな余裕がある。その一瞬で防御やら回避に転じられてはどうにもならない。
王道では先んじて潰される。奇手は普通に防ぐなり回避すれば良い。
「……ぐっ」
「彼を病床に連れて行くだけだ。それだけの時間くらい……」
「こうも、転ばされて……止まれると思うかい!?」
激昂の声、そこから起き上がり直後の連続突きも、そもそも真っ向から対処せず下がられてはどうにもならない。奴にとっては、相手の動きを察知した時点で『阻止』『防御』『回避』の三択から、その時の状況に合わせて行動が選べる。
余裕があれば相手を阻害、無ければ防御、そして……
今の回避は、更に一歩踏み込んでの攻撃を誘う、布石だ。
「……」
「んなぁ!?」
下がっていた所から、更に一歩踏み込む瞬間に合わせ、此方からも一歩前進。低い姿勢で相手の懐に飛び込んで背中で胴をかちあげ、跳ね飛ばす。そのまま地面を転がった慧が立ち上がるまでにバキシモの奴はもう既に俺が倒した男を持ち上げていた。
「馬」
「ん」
「彼を最寄りの医療機関へ。頼む」
「……俺か」
「本来であれば俺が運ぶべきなのだが、予定変更だ。先ずは患者の身が優先、この男への説得は不可能と判断し、鎮圧する」
「医療スタッフの言う言葉ではないな」
「患者の身が優先だ。急いでくれ――ふっ!」
「よそ見をする余裕があるなんてねぇ!?」
飛び掛かってくる慧に対し、拳を打ち落として対応するバキシモ。俺に対処しろ、と言わない辺り奴を引き付けて置けば、倒れた男を運ぶのを邪魔されない、と判断したのだろう。実際そうだ。あの慧、とか言う男の執着、尋常ではない。
「――良いだろう、運んでやるから、存分に戦って来い」
『俺と組手しろ』
『――運動であれば、付き合う。健康に良いからな』
そういって奴は何時も俺の挑戦を受けた。といっても、満足のいく勝負が出来たかといえば正直そうではない。奴と戦う時は、何時も俺が好き勝手打ち込み、それをやつが全て捌いて躱して……決着も付かずに終わるのだ。
向こうからは一切向かって来ず、ならば制空圏は全く役に立たない。只管に此方から打ち込むしかない。だが、奴の守りを崩せたことは無い。
攻めに関しては、恐らく素人同然だろうが……その代わり、守り、そして捌いてからの崩しという一点においては制空圏すら使わずしてとんでもない硬さを誇る。俺がどれだけ全力を叩き込んでも、凌ぎ、防いで決して致命の一撃を通さない。
基本的に拳ではなく掌底。叩き落す、というよりは弾くと言ったような動き。相手の力を受け止めてそのままに弾く……効率の良い動きとは思えん。が、その代わり、なんというか……妙に疲れる。一回弾かれるだけでも大分力を使わせられる。
故にこそ、何時も『これ以上はどうしようもない』と此方が悟る程消耗して終わる。消耗している状態で突破できる程、奴の守りは柔くない。
『全く……どういう鍛え方をすればそうなる』
『患者と接していただけだ』
『患者と接するだけでそうなるなら医者は全員バケモノになっている』
『患部の治療を行う時に効率よく相手の筋肉の動きを抑えれば治療もしやすい。これもそれのちょっとした応用だ』
『そうはならんだろう』
思わずそう言ったのを覚えているが……まぁ要するに、徹底的に『
「……がぁあああっ!!」
「明らかに動きが鈍ってきているぞ」
「ふ、ふざけっ!!」
「君が一番分かっているだろう」
恐らく、これが最後になるだろう。
もう既に勢いを失った拳は軽々と弾かれ、逸らされ、その崩れた一瞬にひっくり返されて……後は、歯噛みした様な表情を浮かべる翻子拳の男が居るのみで……もはや、敵わぬことは流石に悟ったのだろう。
「覚えて……いろ……黒虎の、名に……賭けて……必ず貴様を……ッ!!」
捨て台詞を残し、逃げ去っていた。
「恨まれたものだな」
「そうされる覚えはない」
「アレだけ見事に敗北を刻んでおいてよく言える」
「仕方あるまい。もし来ても、対処するだけだ」
「ふん……そんな動きでか?」
「何?」
随分と、あの男の表情は恨みに歪んでいた。ああいう輩は、何をしでかすか分からん。そのつまらない復讐で潰されても、楽しみが潰える。故に、ちょっとした慣れぬ事をする気になった。
「お前は無駄な動きが多い。が、それを変えるつもりが無いのなら……間合いの管理くらいは、意識して見ろ」
「間合いの管理……?」
「武術家は基本的にやっている事だ」
コレでもし。もう少しこの男が強くなるのであれば。それも良し、と思ったのも、嘘ではない。
弾き、凌ぐ。隻狼かな?