史上最強の弟子ケンイチ 実績『達人としか呼ばれぬ者』獲得 作:秋の自由研究
「――っち。またコレか」
「時間だ。コレで失礼させてもらうぞ。馬」
「ふん、次こそは叩いて潰してやる……」
此奴との手合わせは、一つ条件がある。
この男は、基本的に治療する事を優先する。俺との組手に付き合うのも、格闘場での試合が一段落する、休憩時間のほんの僅かの隙間の時間だけ。凡そ、二十分あるかどうかも微妙なそんなわずかな間だ。
それでも俺の攻撃一つ一つに丁寧に付き合い、捌き、躱し、転がし、対応するコイツとの殴り合いは、実に身になるのは間違いない。
最近は言われたとおり、少し間合いを意識しているのか、さらに硬くなってきているのが分かる。実に……面白い。
「……おい」
「なんだ」
「お前、格闘場が閉まった後、暇か」
「……終わった、その後の時間は座学に使っているが、それはあくまで自習だ。自習をするという事は、暇な時間ではある。うん」
「回りくどいが、要するに暇なんだな」
コイツとの組手とは満足する、時間ではある。そして、人付き合いなんぞ苦手だが。魯と組手の後に酒を酌み交わしたあの時は、そう悪い時間でも無かった。故にその二つを頭の中で合わせ……ふと、思ったのだ。この目の前の男。
「一つ付き合え」
「なんにだ」
「酒だ」
此奴が、酔ったらどんな風になるのか。と。
この男がマトモに笑ったのを見た事が無い。そもそも、殴り合っている時ですら汗一つ流さない。何時も辛気臭い真顔をしている。
俺以上に鉄面皮。俺以上に無表情。俺以上に無愛想。そんな人間がいるなんぞ、この年になっても知らなかった。故に、本当に、柄にもなく。気になったのだ。コイツ、そもそも酒なんぞ飲むのかと。というか、こういった娯楽を嗜んだ事なんぞ、無いのではないのかと。思ってしまった。
「……」
「飲まんのか」
「いや。飲むが」
「では、見てばかりでなく、飲め」
「いや、その……酒を、飲むこと自体が……初めて、でな」
「……フッ、その面でか」
「顔は関係ないと思うのだが」
結果として。その予感は的中。
この男、そもそも酒を呑んだ事も無い。そして、この感じを見るに、娯楽らしい娯楽も嗜んで来なかったと見える。奴は何時でも、地下格闘場で患者の治療に明け暮れている。ずっとこう、と言われても一切違和感はない。つまりそう言う事だろう。
俺ですら酒という人生の楽しみを見出しているというのに。俺以上に不器用では無いのだろうか、コイツ。
「で、どうだ」
「……不思議な感覚だ。味ではなく、この、胸が熱くなる……コレは」
「良いか悪いかを聞いている」
「悪くは、ない……恐らくは、だが」
「くくっ、随分と歯切れが悪いな。」
初めての酒に少し困惑している姿からは、俺と向かい合って組み手をしている時のあの迫力は欠片も見られない。余りにも落差があり過ぎて、笑いが抑えきれなかった。
……こうなると、また気になりだして来る事は。
「酒すらマトモに知らんほどに……お前は何のためにそこまで鍛えている」
「患者を確実に制圧する為だ」
「即答か。いや、そう言う事ではない。何故そこまで鍛えられる環境に居る。貴様のような人間が態々あんな底の底に行く必要は無いだろう」
この男の様な人間は、何方かと言えば表の世界でカリカリと勉学にでも励んでいるような輩だ。真面目一徹、学に励みながら、社会に出て、晴耕雨読を地で行くが如く穏やかに過ごす。そんな生き方をしていても、何の不思議も無い。
血を見る事を病的なまでに拒み、負傷を許さぬなど、この世界にそぐわないにもほどがあるという話だ。
「……」
「――否定は、しない。パパには、その様な生き方を示された事がある」
「だろうな」
「しかし。今はその様な生き方に頷けはしない」
「どういう意味だ」
「夢があるのだ。俺には。夢というより、願いか」
そう言って、バキシモはゆっくりと、盃の中の酒をあおった。その顔は、何時もの鉄面皮からほんの僅かだが歪み……盃の中で揺れる水面に、睨む様な瞳が写り込んでいた。
「負傷も、死も。俺にとっては、許せぬものだ」
「あぁ、それは言われんでも分かる」
「故にこそ。俺は目の前に居る傷病人を決して零さない、と決めている」
「医者にでもなれば良いのではないか」
「――時間がかかり過ぎる。誰かを治療するのに、資格はいらない」
そこまで言われ。ふと思い出す。そう言えば地下格闘場の医療スタッフなど、殆ど素人同然の者が多い。ごく稀に、医者に成り切れず腐っている、藪医者が居れば幸運、ぐらいな物だろう。
「それで地の底で必死に医療の修行。それで思わずして腕が上がった、か?」
「初めは……そうだった。だが、今ではより効率よく自分の体を運用できるように、意識して動いてはいる」
「……ほう?」
「どのように人間を抑えればいいのか。そして、どうやって体を動かせば効率が良いのか。そう言ったモノは、医療にも活かせる知識だからな。意識して居れば、それは治療する時の得難い経験になる」
「はっ、随分と固執しているな。そこまでして、願う事はなんだ」
そう言ってバキシモは……少し考えて。窓の外、夜空を少し見上げ……改めてこっちに視線を向けた。
「願いは……ずっと、今でも変わっていない」
「あぁ」
「目の前の患者の命を、一つでも多く救うために。それが、より良い先に繋がると信じているから、俺はこうして、今でも願いを叶え続けている。この願いは終わる事無く、俺が死ぬまで続く……そんな願いだ」
……医者を目標にしている奴であっても。恐らくこんなセリフを言うのは、青臭い、本当に駆け出しの頃だけだろう。ましてやこんな年齢で、人生の甘いも酸いも噛みしめてきたこんな年頃の男が、酒の席で馬鹿真面目に、そんな事を。
「フン……青い事を言う。貴様、現実を見て居ないと言われたことは無いのか」
「言ってくる相手も、特に居なかったのでな」
「そうか」
だが。何故か納得できた。目の前のこの男が言うのであれば。
「まぁその辛気臭い顔には似合いの願いだな。精々叶え続けてみろ」
「……あぁ。そう言って貰えると、ありがたい」
この男は、凡そマトモではない。そんな男が言うのであれば、それは現実を知らぬただの夢物語ではなく。如何に苦難、過酷だとしても貫くと決めた。理想なのだと……と、思って居たら、何故かバキシモの奴がこっちを見ている。
「どうした」
「……いや、少しばかり気になった事があった」
「可笑しなことを言ったつもりはないが」
「こんな話をしたのは……お前が初めてなのだが」
「そうか」
「こういうのを語らうのは、友達とする、という事を聞いた事がある」
……まぁ、世間一般は、そうだと聞いた事が無いでもない。
「いや。我々はこうして差し向って酒を呑み交わしている訳だが。コレは、俺を酒飲み友達として、誘っているという事で良いのか」
「……ん?」
……なんぞ、妙なことを言い出したな。
友達。友。そんなつもりで誘ったつもりは無かった。ただの興味にしか過ぎなかったが。しかしながら。よく考えてみれば、こうして誰かを酒に誘うなど、あまり無かった。それこそ魯を誘う位だった。その魯は友と呼べる間柄なのだから……
「それで良いのではないか。知らんが」
「そう、か……そうか」
「なんだ。可笑しな顔なんぞして」
「いや。こうして、友達を得るなど、初めての、経験だったものでな」
……そう言われ、少し。酒を煽る手が止まる。
目の前の男は、今まで友も無く、何かを楽しむ事も無く。ずっと一人で、己の腕を極め続けて来た。俺ですら、己の信念を言い合える友があり、その信念を喜ぶための酒という供がある。
この男には、そんな物すらない……身に着けた医の腕と、腕っぷし以外に。本当にコイツには
「……飲め」
「む、なんだ急に」
「さっさと飲め。酒の席で辛気臭い話をされても敵わん」
「そ、そう言うものなのか……すまん」
哀れに思えた。
酷く。この愚直に行き過ぎて、人としての生き方も忘れたかのような、この男が。
そして俺以上に、道に生きる男に。同族として、イヤという程に、理解できるところがあったから。
「こう、言う時は……何を話す、べきなのだろうか」
「……そうだな」
だから。示そうと思った。俺も真っ当な生き方をしているとは言えないが。一応、道の先に居る先達として。一つ、気の抜き方でも。
「離れている親兄弟の話など、どうだ」
「親兄弟」
「そうだ」
――それから、とめどなく、互いの家族の事を語らった。
俺は、弟の事を。アイツは、父の事を。片や軟派で女好き、明るい人好きのする男。片や真面目で実直、しかし少し心配症な男。共通点は……誰にでも胸を張れるくらいに、自慢の家族である事。それを……互いに、耳にタコが出来る程、語らった。満足するまで。いやという程に語らった。
「それと」
「なんだ」
「〝槍月゛と、そう呼べ」
「……うん」
友として。
「お、おいアンタ!! コレ……!!」
『我らに挑戦しやすいよう、分かりやすい材料は作ってやった。貴様の友と共に待つ。殺しに来るがいい』
「アイツ等、この前の倍近い人数でまた店に……!! お、俺を庇って!」
誰かのために戦うなど。柄ではない。
「――見つけたぞォ! 馬 槍ゲッ!?」
「おい、とっとと答えろ」
「あ、げぃ……!?」
「奴らは、何処にいる」
別に。感謝されようとも思わない。
「――来たか、馬 槍月ぅ!!」
「折角、挑戦状を受け取ったのだからな……楽しませてくれるのだろうな?」
だが。
今、酷く、この胸が苛立つから。
俺は。此奴らを殺す事に。決めた。
刺客は要らない(大嘘)
ホモ君がせっかちすぎるだけなんだよなぁ……やはりホモ。
後、医療マシーンとして書いてきたホモ君の人間性をちょっと書きたいと思って書いてみました。